出張所
オレンジで宿を決め、地元民向けの比較的良心的な食堂なんかも見つけ、上機嫌で迎えた次の日。
俺たちはまずは情報収集がてら、オレンジの冒険者ギルドへとやってきていた。
入り口の看板には、『冒険者ギルド出張所オレンジ支部』と書かれている。
出張所というのは、簡単に言えばダンジョンのように恒常的に置いておくには不安があるが、現状利益は出せている、という場所に冒険者ギルドが作る仮の支部みたいなものだ。
本腰を入れていないらしく、ギルドも余所のようにのゴツゴツした建築物ではなく、普通の借家だった。といってもかなり広めの、元は金持ちが住んでたんだろうなという家だけど。 改装されているのか中はかなりスペースが広く取られている。
一軒家の中に冒険者たちが並んでいる様子は、なんだかちょっとシュールだ。
そこまで栄えていないのか、中にいる冒険者の数もさほど多くはなく。
大して並びもせずに、順番はすぐに回ってきた。
「すみません、竜泉花の花粉と、聖御影石を探しに来たんですが……」
「……ちょおっとギルドカードを見せていただいてもよろしいですか? ……ふむふむなるほど、Bランク冒険者の方でしたか、これは失礼致しました。というのもここ最近、竜泉花の花粉を探すあまりよろしくない輩の方が増えておりまして……」
竜泉花の花粉は現在、価格が高騰し続けている。
取り扱いには細心の注意が必要であり、基本的に国から許可を得ていないと所持が許されていない。
ミスリルといった強力な武装を作るために必要と言うこともあり、まず市場に出回ることもない。
そんな素材があれば、果たしてどうなるか。
答えは裏市場でのレートの爆上がり。
幻覚作用も持つため、禁制の麻薬のような使い方もできるとあり、非合法な組織の間での需要は高まり続けており、価格は上昇の一途を辿っているらしい。
「でもそれだと、ミヤダケでも乱獲されてたりするんでしょうか? 実は鍛治師の人に、花粉さえ持ってくれば武器を作ってやると頼まれてしまいまして……」
「いえ、それは大丈夫です。霊峰ミヤダケは侵入者を拒む、別名『幻惑岳』。生半可な冒険者では一度入れば、二度と帰ってくることはできません。そしてミヤダケを探索できる冒険者であれば、彼らはわざわざ裏ルートで非合法な取引をしたりしませんので」
どうやら探索さえできれば、竜泉花の花粉に関しては問題ないようだ。
ただ、裏の人間なんかの出入りは徐々に増え始めており、身を隠すにはもってこいの場所だということで年々きな臭い話や噂が増えているのでと注意喚起をされた。
もしかしたらあっちで、マフィアやギャングの人間と追いかけっこをすることになるかもしれないらしい。
霊峰ミヤダケってそんなにヤバい場所だったのか……事前に話は聞いていたけれど、もっと気を引き締めてかかる必要があるようだ。
戦い以外の面で色々と面倒なエリアに行くのって、実は初めてだし。
ちなみに聖御影石の話も聞いてみたのだが、採取はこちらの方が簡単だろうという話だった。
ピッケルなんかを持っていって掘削しなくちゃいけないので手間はかかるし、なかなか出ないレア素材なのも間違いないが、それでも裏の人間が目の色を変えて探している竜泉花の花粉と比べれば問題は少ないという。
「ちなみになんですが、個人依頼を頼まれた鍛治師さんのお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。ダゴンさんっていう方なんですけど……」
「――ダゴンさんですかっ!?」
受付嬢さんが、誇張抜きで椅子から跳び上がった。
周囲の視線がこちらに向き、なんだなんだと冒険者達が騒ぎ出す。
流石に自分の失態に気付いたのか、彼女は少しだけ恥ずかしそうに咳払いをして、
「んんっ! 失礼しました……けれどまさかここでダゴンさんの名前が出てくるとは思いませんでしたので……」
どうやらダゴンさん、離れた場所でもその名が轟いているかなり名の通った鍛冶師らしい。 俺からすると、裸の絵を見て鼻の下を伸ばしてたただのエロいおっさんなんだけどな……。
話はそこそこに、聖御影石の採掘用のピッケルや、竜泉花の花粉を保存できる密閉できる容器など必要品を買い入れていく。
またミヤダケ探索には必須と言われるポピンや派手な目印をつけられるカラーマーカーなども買い、ついでに情報も教えてもらう。
そして俺たちは意気揚々と霊峰ミヤダケに向かい、無事に辿り着いたのだが……上手くいったのはそこまでだった。
「迷ったーー!!」
結論だけ言おう。
霊峰ミヤダケにやってきた俺たちは、見事なまでに迷子になってしまったのだった――。




