アイルの戦い 3
幸い、盗賊の根城はアースリザードを討伐した平原からそう遠くないところにあるらしい。
盗賊退治を終えれば、恐らく二日もあればブルドに戻ることができるだろう。
「盗賊団の規模はさほどでかくない。ただ、首領はその首に賞金がかかっている元傭兵だ。盗賊だからと、ゆめゆめ侮らないように」
エルナが御者に命じ、方角を提示する。
どうやら盗賊が出没するあたりに向かうらしい。
御者に危険はないのかと思い尋ねると、同業者なので心配はないという答えが返ってくる。
一見すると一般人にしか見えないが、どうやら敢えてそういう人選をしたらしい。
「ちょっとわざとらしいけど、これくらいの方がいいのかもね」
「わざとらしいって……一体何がだ?」
「馬車がですよ、ビリーさん。この馬車、私たち五人が乗り込むにしては、ちょっと大きすぎるとは思いませんでしたか? 恐らく商人の馬車だと誤認させるためです」
「なるほど、五人だけに誤認させるってか……」
「「「……」」」
ビリーの言葉は捨て置き、アイルは馬車を見る。
商人が使っているように見せかけるためか、よく見ると幌が張り出すようにピンと張られている。恐らくはパンパンに荷物が入っているとみせかけるためだろう。
けれどこんな見え見えの罠にひっかかるんだろうかと、アイルは少しだけ不安に思うのだった――。
「まさかこんな簡単に引っかかるなんて……」
アイルたちが平原を進むことしばし。
平原を抜けた先にある雑木林の道を進んでいく。
どうやらこのあたりに、盗賊が出没するらしい。
そんな話を聞いてから一時間もしないうちに、アイルたちの馬車の通路の先に大きな丸太が横たえられていた。
馬車が進めぬよう進路を妨害する樹を置いておき、その間に馬を潰してから人と物資をいただくというのは、盗賊が良く使う手のうちの一つだ。
シンプル故に手間がかからず、かつ一定の効果があるのが大きいのだろう。
「引っかかるのではなく、私たちが引っかけたのだよ、アイル」
「エルナ試験官、それはどういう意味でしょうか?」
「今回、我々冒険者ギルドは盗賊討伐にあたり、この道を通る商隊の数を著しく制限した。そして通る者たちには、歴戦の猛者をつけるようにしていたのだ。当然ながら盗賊もバカじゃない、明らかに強そうな奴らが来たのなら、素通りさせるしかない」
エルナさんの言葉に、御者の男が続けた。
「そんな時に、それほど裕福そうじゃないが、護衛も連れていない商人の馬車が来たらどうなると思う? ――そう、たとえ若干怪しかろうとも、連中はこっちに手を出さなくちゃいけないってわけよ」
どうやらこの試験がなくとも、既に盗賊たちをなんとかできるだけの算段をつけていたらしい。
ちょうどCランクの昇級試験があったため、ついでに二つを一まとめにしたということらしかった。
「射手は私がつぶす。首領含めて、後の人員に対しては四人で対応しろ」
「「了解ッ!!」」
盗賊たちへの対応は事前に決めてある。
なのであとは……。
「そこの馬車、止まれッ!」
――盗賊を討伐するだけだ。
「既に弓箭が弓を引いている! 馬をダメにされたくないなら――おい、聞いているのか!」
「ああ、わかったわかった」
御者の男は、降参の意を示すために両手を上に上げる。
それを見て声をあげていた盗賊の頭目が、にやりと笑った。
「安心しな。中に入ってる荷物を全部よこせば、命までは取らねぇからよ」
当然ながら、頭目の男に助けてやるつもりなど毛頭ない。
自分たちの情報を喋らぬよう、身ぐるみを剥いでから物言わぬ骸にしてやるつもりだった。
「だが……そこの姉ちゃんはちょっとついてきてもらおうか」
そう言って指を指すのは、馬車の護衛をしていた一人の女性だ。
軽装をして野性味を感じさせる彼女は、恐らくは護衛の冒険者だろう。
「……」
頭目が指笛を吹くと、周囲の茂みに隠れていた仲間たちが飛び出してくる。
もちろん、これで全員ではない。
女性は何も言わず一歩前に出た。
ぐへへ、と盗賊たちは下卑た笑みを浮かべる。
「お頭、壊さないでくださいよ」
「がっはっは、安心しろ、お前らにも良い目は見させてやるからよ」
盗賊たちが女性を囲むような形で布陣する。
そのまま拘束しようと進んだところで――、
「フレイムアロー!」
「――なっ!?」
女冒険者が魔法を使った。彼女が放った炎の槍は、遠方の樹上に向かっていく。
そして事前に用意していた弓使いはその攻撃をモロに食らい、断末魔を上げながら落下していった。
その的確な魔法行使に、盗賊の頭目は相手がかなりの手練れであることを理解した。
だがそれでも多勢に無勢。
多少の犠牲はあろうと、数でゴリ押せば問題なく倒せる範疇だ。
「――野郎共、やっちまえ!」
盗賊たちが女冒険者目掛けて向かっていく。
だが女冒険者は彼らの攻撃を避けながら、再度魔法を放つ。
放った魔法攻撃が命中し、狙撃手達は全員落とされてしまった。
彼らの命に別状がないかは、距離を置いたこちら側からでは見えなかった。
埒が明かないと考えた盗賊たちの一部が、御者を抑えに行こうとする。
だが――。
「ライトジャベリン!」
「フレイムアロー!」
「「ぎゃあああっっ!?」」
中から飛び出して来た魔法が当たり、盗賊が倒れる。
そして魔法攻撃とタイミングを合わせて、中から合わせて四人の冒険者たちが飛び出してきた。
前衛の双剣使いと大剣使いが前に飛び出し、盗賊たちへ応戦し始める。
「――ちっ、罠か! 引け、ずらかるぞ!」
頭目はそう言うと冒険者たちの方へ接近していく。
彼に合わせる形で、右腕の男も同じ方向へと駆けていった。
二人の狙いは、魔法使いの二人だ。
ここで遠距離攻撃の手段を持っている二人を潰しておけば、逃走が優位になるだろうという考えからだ。
幸い、後衛の彼女たちの距離は、前衛の二人とは離れている。
一太刀浴びせてから離脱するくらいなら、問題なくできるはずだ。
盗賊の中でもナンバー1と2である彼らは、戦闘用のスキルを持っている。
頭目の男は『剣術(中)』を、右腕の男は『短剣術(小)』。
御者の男が腰に提げていた剣を手にした。
構えからして、素人ではないだろう。
だが距離が離れているため、後衛の二人の女性の下までは間に合わない。
「この――食らいやが……がふっ!?」
「バルスカ!?」
一瞬の交差のうち、右腕であるバルスカは倒れていた。
頬の凹みを見れば、杖で思い切り殴打されたのがわかる。
恐らく倒したのは、物騒な杖を持っているヒーラーの女だろう。
(バカな――前衛を殴り倒す後衛がどこにいる!)
頭目が狙っているのは、もう一人の女だ。
逡巡したのはわずかの間だけだった。彼はそのまま女を殺して奥にある森の中へ逃げ込もうと一気呵成に駆け抜ける。
「――シッ!」
首筋を狙った的確な薙ぎ。
間違いなく女に致命傷を与えられた――はずだった。
「ライトウィップ!」
「――ぐはっ!?」
だが気が付けば盗賊の男は後ろから襲われていた。
見れば光の鞭が、自分の身体を強打していた。
あの一瞬で魔法を構築し、放たれたのだ。
それを為したのも――あのヒーラーの女だ。
「くそ、そんなの、反則だろうが……ガクッ」
盗賊はそのまま意識を失った。
「大丈夫でしたか、ミリアさん!」
「だ、大丈夫だけど……アイル、あなたそんな魔法まで使えたのね……」
「はい、ついこないだ使えるようになったんです」
「ついこないだって練度じゃなかったわよ!?」
こうして少し危ないところもあったとはいえ、盗賊退治は無事に終わった。
そしてアイルを含めた四人全員が、Cランク試験に合格することができるのだった――。




