ダゴン
「おっとなんだ、客か? 帰れ! 俺は今忙しい!」
いきなりとんでもない言い草だった。
俺の中の職人というもののイメージがガラガラと崩れる音が聞こえてくる。
帰ろうと思った俺の目に映ったのは、『ダゴンの店』に並んでいる武具防具の数々だった。
俺の専門は鈍器と刀剣類、それ以外のものは門外漢だが……どれもこれも、一級品だとわかる。
店の端にある鎧は、何かの皮を鞣して作った革鎧だ。
色合いは茶色で、革を縮めた時に出るシワがいくつも寄ってはいるが……なんていうか、普通の冒険者がつけているそれとは違う。
近付いて見れば、裏側に何重にも素材を当てているのがわかった。これは……何かの膜だろうか?
どうやら肩幅なんかに合わせて段階的に調節できるようになっているらしい。
そしてどうやっているのか、網状に加工されている鉄で補強までされていた。
見た目はまったく派手じゃない。
けれど新品だっていうのに、まるで何年もの間使われてきたみたいないぶし銀の風格があった。
とりあえず、ダゴンさんの腕は確かなようだ。
……頭は確かじゃないかもしれないけど。
何にせよ、防具を作ってもらうならここがいい。
鎧を見れば、彼がただのエロ親父ではないことくらい、すぐにわかる。
でもこんな変な人とどうやって仲良くなれば良いんだろう……やっぱり、エロ話しかないんだろうか?
男でエロ話が嫌いなやつはいない。
話に乗るくらいなら問題なくできるはずだ。
「それって裸婦画じゃないんですか?」
「かっ、これだからトーシロは。王国じゃあ女体の裸婦画や春画は所持しただけで違法扱いされることくらい、お前だって知ってるだろ?」
「まあそれくらいなら……」
この国はなぜかそう言ったエロいものを持つことは違法とされている。
普通に娼婦を買ったり売春をすることは合法だが、モノを所持したらダメなのだ。
なんでそんなけったいな法律があるのかは知らない。
もしかしたら貴族の中に、春画に親を殺されたやつがいたのかもしれない。
まあ違法とはいえ、わりと持ってる人は多いとは聞いている。
ちなみに俺は一度も持ったことないぞ。
……本当だぞ?
「だから裸婦画なんてものを俺は持っちゃいないわけさ。これは裸婦像を着色しただけの言わば裸婦像画なわけだ。だから法律には何一つ触れちゃいないって論法になるわけだな」
「そんな脱法ハーブみたいな……」
俺的にはどう考えてもアウトだと思うんだが、どうやらこのガバガバ理論でエロい絵を持つのはセーフになるらしい。
ちなみに像同士が絡み合った物を着色した春像画なるものもあるらしい。
エロの道は奥が深いんだな……別に探求しようとも思わないが。
「これは王都でも有名なエロ絵師のルメールが描いた一点ものだ。エロオークションで競り落とすのにも苦労したんだぜ……」
そう言ってダゴンさんがこちらに見せてくれたのは、さっきの絵だ。
……やっぱりどう考えてもアウトな絵にしか思えない。
どうやら足下にあるふわふわした雲みたいなのが台座ということらしい。
なるほど、これで強引に像ですって言い張るのか……。
だが妙にデフォルメされているというか……目も胸もデカすぎんだろ……。
「ていうかエロオークションってなんですか……?」
「エロい金持ちが集まり、エロいものを競りにかける紳士達の集いだ。しかし最近は有閑マダムの参加者も増えているな」
どうやらエロい話なら無限に引き出しがあるらしく、俺はダゴンさんの話をずっと聞いていた。
絶対に将来使わないであろうエロ雑学からどうやってエロが発展してきたかのエロ史まで、何一つとして役に立たない知識ばかりだったが、まあこういう馬鹿話をしているのは気分転換になって結構楽しい。
お互いの性癖なんかを話すうちに、気付けば俺はダゴンさんと打ち解けていた。
エロを通じて仲良くなれるとは……エロの道って、奥が深いんだな……。
「よし、なかなかわかるやつじゃねぇか。何が欲しいか言ってみろ、話くらいは聞いてやるからよ」
こうして俺はなぜかエロ話で盛り上がるだけで、ダゴンさんに武具を作ってもらえることになったのだった。
というか……エロい話をするだけでこんなトントン拍子が進むっていうのに。
他の人達は、なんでまったく話も聞いてもらえなかったんだろうか……?




