一匹のワイバーン
そこはブルドの街を南西にいったところにある高山地帯。
標高の高いいくつもの山が連なって、連峰を形成している。
麓には豊かな自然が広がる山々は、標高が上がれば上がっていくだけその緑を減らしていく。
頂上付近だけを見れば、どれもこれもはげ山ばかりだった。
その原因は一匹の魔物にある。
今日もまた、それは自分の寝床に戻ってきた。
バサッ、バサッ。
翼を上下に動かし、魔力を揚力と推進力に変えながら飛ぶのは一匹の魔物。
その体色は茶褐色だ。
全身を光沢のある茶色い鱗に包むその生き物は、長く鞭のようにしなる尾と、トカゲのような顔面を兼ね備えていた。
着陸をすれば、葉が落ち、うろだらけになっている木々は風圧で飛び、へし折れていく。
落ちていた雑多な生き物の骨はベキベキと踏まれ、骨粉となるが、そこから新たな生命の深緑が芽吹くことはない。
生命を生えた端から踏み潰してしまうその魔物の全長は大きい。
周囲の山々から見れば頂上にいることがわかってしまうほどの巨体だ。
強靱な体躯に高い身体能力を併せ持ち、尾からは毒を放ち口からは魔法のブレスを放つその魔物は――飛龍。
人からはワイバーンとも呼ばれているその龍は、簡単に言えば龍達の中でドロップアウトをした存在である。
龍の中では最も弱く、龍達のコミュニティの中ではいいように使われるだけであり。
それが嫌で飛び出してくる、最下層の龍。
それがワイバーンという魔物の実状だった。
事実、彼らはドラゴンであるにもかかわらず、その討伐難易度はBランク上位に留まる。
Aランク上位の鮮やかな色のドラゴンや、悠久の時を生きる討伐難易度不明のドラゴン達と比べれば、ひよっこに等しい。
「グルゥ……」
ワイバーンは自分の寝床に降り立ち、唸った。
その飛龍の楽しみは、自分より小さな生き物を虐めることだった。
中でも最近のお気に入りは、人間達だった。
小さな生き物達は皆せわしなく動くが、中でも人間達は他にはない動きをすることが多い。
誰かを守るために動き、自分の命を犠牲にしたり。
自分よりも荷物の方を守ろうとしたり。
実に色々なパターンがあり、見ていて飽きないのだ。
ワイバーンは人間がアリを潰すような感覚で、人を倒したり、時に住処に持ち帰ってから食べてみたりと、色々な方法を試していた。
けど最近、それにも少し嫌気がさしてきていた。
というのも、以前ほど簡単に人間のことを狩ることができなくなってきているだ。
最近は人間も以前のように無抵抗なものばかりではなく、ワイバーンに一太刀浴びせることができるような者も現れ始めている。
ワイバーンが好きなのは蹂躙であって、激闘ではない。
故にそろそろ狩り場を移動するという選択も、視野に入り始めている。
きっとここを離れれば、もっと無警戒な人間達が沢山いる場所があるはずだ。
そこであれば、自分はまた圧倒的な力で弱い者達を蹂躙することができる。
「ぐる……」
そうだ、それがいい……とそう思ったかどうかは定かではないが、ワイバーンはバサリと軽く翼を動かした。
窮屈になり始めているこの場所から、飛び立ってしまおう。
その大きな二枚羽をはばたかせ、高度を上げようとするワイバーン。
そんな龍の頭部に――いきなりの衝撃が走る。
ズドオオオオオンッッ!
ワイバーンは頭から地面に叩きつけられる。
くらくらと目眩を感じる中、ワイバーンは自分の目の上に見知らぬ人影があることに気付いた。
「困るな、今更臆病風に吹かれては」
そこに居たのは、ローブ姿の男だった。
話している言葉と、ローブの中に見えている素顔から彼が人間であることがわかる。
その顔には、魔法効果のある刺青がびっしりと彫り込まれていた。
恐らく既に効果を発揮しているからだろう、刺青はバチバチと青い電気を発しながら、青白く発色していた。
なぜ自分の考えが読まれているのか。
一体どうやって近づき、たったの一撃で自分を地面へと叩きつけたのか。
何もわからなかったワイバーンは恐怖に駆られ、立ち上がろうとする。
が、まるで見えない縄に縛られているかのように身体が動かない。
必死になってもがくが、それだけでは目の前の男の拘束から逃れることはできない。
「安心しろ――直に全て、どうでもよくなる」
そう言うと男は、グッと拳を握る。
そして音速を超える拳を、ワイバーンの頭部へと放った。
本来なら容易く頭部を飛ばすほどの威力を持った一撃は、ワイバーンの頭部を通り抜けていく。
けれどその一撃は、たしかに届いていた。
ワイバーンの頭蓋を貫通した先にある脳――そこに至った一撃が脳を壊す。
そして一度破裂した脳が、めまぐるしい勢いで再生していく。
脳が再構築されていくに伴い、ワイバーンの全身も造り替えられていく。
茶色かったはずの鱗は黒く染まり、その体色は漆黒へ塗り変わっていく。
「……がぁ」
ワイバーンは意識を失い、何かに変わってしまう直前に慟哭した。
結局自分はどこにいっても――強き者にいいように使われる生しか送ることができぬのだ、と……。
「ふむ。負の両面性を持つ個体であれば耐えられると思ったが……適合はせず、か。……まぁいい。これもまた、いい実験になるだろう。全ては――邪神様のために」
その言葉を、ワイバーンが聞くことはなかった。
「ギャアアアアアアアオッ!!」
新たに生まれ変わったそれは既に……ワイバーンではなくなってしまっていたが故に。
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