活路
ワイルドディアーはその名の通りに鹿に近い見た目をした魔物だ。
討伐証明部位や魔石だけじゃなくて、新鮮であれば肉も買い取ってもらえる。
あと角や各種臓器なんかも錬金術の材料として使えるから買い取りが可能とのこと。
「おお、思ってたよりデカいんだな……」
俺達が向かった先には、普通に鹿がいた。
イメージだと鹿ってどこかに隠れたり敵を見つけたら逃げたりするイメージがあるけど、ワイルドディアーはそんな臆病さとは無縁らしい。
流れに流れて研磨された尖った流木のような角は、ねじくれた杭のようになっている。
その赤い瞳は、周囲にいるであろう餌を探すべくぎょろりと光っていた。
ちなみに俺達は、背丈の高い草に隠れている状態だ。
ポンポン、とメイの背中を叩く。
「とりあえず行ってみるか?」
「め……めぇめぇっ!?」
そんな、自分にできるわけないじゃないですか!
みたいな感じで、恐縮したように身体をブルブルと震えさせるメイ。
まあ昨日の今日だし、いきなり戦闘ができないのは仕方ない。
身体の傷は消えても、心の傷は残ってるだろうからな。
……とでも言うと思ったか!
やらなくても大丈夫ですよと言いだしたアイルを背に――俺はメイのことを思い切り押し出してやる。
ワイルドディアーはアングリーシープよりランクが下の魔物だ。
格下相手にビビって逃げ癖がついたらどうする。
むしろ格下相手に無双して、勝った時のカタルシスを感じさせた方が、将来的には絶対溜めになるはずだ。
「めえぇっ!?」
俺に押し出されたメイは、ゴロゴロと地面を転がっていく。形が丸っこいからか、結構な勢いだ。
跳ねた泥なんかも巻き込んで、もこもこの羊毛が汚れ、黒ずんでいく。
後で洗うの面倒だな……と思っていると、ワイルドディアーが超巨大な泥団子みたいになっているメイに気付いた。
「ぶるるるるるるっ!」
「めえええええええっ!?」
ワイルドディアーは名前に恥じぬ野生っぷりを遺憾なく発揮し、メイのことを追い立て始める。
メイの方も一応自然の中で育ってきたはずだというのに、泣きそうな顔をして全力ダッシュをし始めた。
だがどうやら、脚力はワイルドディアーの方が高いらしい。
両者の距離は、徐々に縮まっていく。
さてどうする、このままだと戦うしかないぞ。
「め……めめえっ!」
メイは『――はっ、そうか!』とでも言うようにきゅぴーんと目を輝かせた。
そして何をするのかと思えば――さっき俺に押された時のように、地面を転がり始めたのだった。
メイは身体が真ん丸なので加速がしやすい。
そこに羊毛がクッション代わりになってくれるおかげで、道端の石ころを気にする必要もなく逃げ続けることができている。
最初のうちは慣れないせいかスピードが若干遅くなっていたが、しばらく進むうちにその速度はワイルドディアーを追い越していた。
今ではぐんぐんと距離を話しつつあり、そして……それだけだった。
考えれば当たり前の話だ。戦闘が始まったんだから、どちらかがやられるまではそりゃ続くだろ。
ここ草原で見晴らしもいいから、パッと障害物に隠れてもすぐにバレるしな。
「め、めぇ~~」
『た、助けてくれ~』という感じのメイを見て、はぁとため息を吐く。
さすがにいきなり戦わせるのは速かったか。
「仕方ない、行くか」
「あ、そこはちゃんと助けに行くんですね」
「そりゃああのままじゃ埒が明かないからな」
俺達はワイルドディアーを仕留めるべく、丸っこい草から出ることにした。
でもあのゴロゴロを見てると……案外いけるんじゃないかという気がしてきた。
「めぇぇ!!」
見れば必死になって転がっているメイの速度は、転がるごとに上がっている。
どこまでスピードが出るかはわからないが、このあたりの平原であれば途中で止まることもなくぐんぐん加速ができるはずだ。
加速した身体を思い切り相手にぶつければ、すごい衝撃力が出るんじゃないだろうか。
俺は逃げることに必死になって涙目になっているメイを見つめ、どうすればあいつをやる気にさせることができるかと考えながら、トールを構えその身に紫電を纏わせるのだった……。
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