魔物騒ぎ
「にしても謎の魔物っていうのが、なんとも怖いよなぁ」
「一応丸っこいという目撃情報だけはあるみたいなんですけどね」
それだけじゃあ、なんの参考にもならないけどな。
ブルドの街を出て北へ行くと、近くの街へと続く街道が伸びている。
件の魔物による襲撃騒ぎは、この街道の道中で起こったのではないかと、ギルドは考えているらしい。
俺達が受けた依頼は、この街と街の間で起こる失踪事件の原因究明だ。
受けたがる人がいないためか、報酬はCランクにしてはかなり多かった。
この両方の街を繋ぐ道は、経済的にかなり重要ってことだろう。
「お、説明された場所に来たぞ」
「ここからが気合いの入れどころですね」
しばらく歩いたところに現れたのは、街道の切れ目とその先に続く踏みしめられて作られた土の道。
ブルドの街とリーンの街をつなぐ街道は途中で切れてしまっている。
だいたい道の中間くらいのところから、歩きで三日分ほどの距離の道が壊れてしまっているようだ。
どうにも以前両者の街(正確に言えばその元になっている小規模な国)の仲が険悪だったときに、簡単に往き来ができなくなるように壊してしまっていたらしい。
そのしわ寄せが今になってきてるってことだな。
後になってから困るのなんかわかるだろうに、なんでそんなことしたんだろうか。
俺達は断絶され安全の保証のなくなった街道を歩いていく。
さっきまではどこか気を抜いていたけれど、ここから先はいつ魔物が出てもおかしくないからな。
歩く、歩く、歩く。
日が沈むまで歩き、周囲を警戒しながら夜を明かしてからまた歩いていく……っておいおい、マジか。
「普通に魔物に遭遇せずに来れちゃったぞ……」
「商人の方も毎度襲われているというわけではないみたいですからね」
俺達は二つの街の間にある壊された街道を抜け、リーンの街の側にある街道まで敵との遭遇なくやってくることができてしまった。
さて、ここで俺達が採れる手段は二つ。
来た道を戻って壊された街道をうろうろするか、とりあえず先に進んでみるかだ。
ただ報告では、石造りの街道の上に乗っていた商人達は襲撃されなかったって話だ。
となれば件の魔物は、魔物避けの効果を受けるって考えた方がいい。
それなら戻って、ギリギリまで探してみるべきだな。
食料にはまだまだ余裕もある。
あと数日くらいなら粘る余裕もあるし。
更に歩き続ける。
魔物が自然と襲ってくるように、敢えて街道から外れた場所なんかも歩いてみた。
けれどなかなかお目当ての魔物は現れない。
一度ブルドへ戻ろうかと話し合い、次は折り返さずにそのまま街へ向かおうとしたその最後の道中――その魔物は現れた。
俺達の目の前に現れたのは――全身を真っ黒いもこもこに包んだ、黒い羊の群れだった。
「アイル、いつもの通り俺が前に出る! 包囲されないようにだけ気を付けてくれ!」
見てくれは完全に羊だ。
どこかのほほんとした、こちらを和ませるような顔をしている。
けど間違いなく、こいつらが商隊を襲った魔物だろう。
丸っこいシルエットという前情報とも合致しているし。
トールを構えながら前に出る。
羊達の数はひぃ、ふぅ、みぃ……全部で十一匹か。
俺一人で抱え込むにはちと厳しいかもしれない。
なるべく早く処理をして、アイルの防御が破れないうちにカタをつけなくては。
レベルを上げて以前よりはるかに早くなった健脚を生かしながら、黒羊に接近する。
羊達の方はというと、表情を変えずにこちらにのそのそと近付いてきた。
うっ、なんだか戦いにくいな……けど手は抜かないぞ!
とりあえず、握ったトールを思い切り羊へ叩きつける。
一撃を食らった羊は……微動だにしなかった。
どうやらまったくダメージが入っていないようだ。
おいおい嘘だろ!?
ボールのように吹っ飛ぶだけの威力を叩きつけたはずだぞ!!
だが大きな変化があった。
俺の攻撃を食らったからか羊の体毛が、ごっそりと抜け落ちたのだ。
そして羊は、突如としてその姿を変えた。
角がより凶悪な形にねじくれ、先ほどまで柔和そうだった顔つきが一転。
怒りの形相に変わる。
なるほど、こっちがこの魔物の本性ってわけか。
さっきのは攻撃一回無力化、ってところか?
「うおりゃあっ!」
トールを振る。
魔物の頭と剣が激突すると、今度はしっかりとダメージが通る。
「アイル、二発打て! 二発目は絶対入る!」
アイルに聞こえるよう願いながら、全身のバネを使って鎚を振るう。
黒羊の頭はかなり硬いようで、頭部がわずかに陥没ただけだった。
けど衝撃はしっかり内側に通ったようで、しっかりとノックバックがあり、羊の頭がぐらりと揺れる。
もう一度無防備なところに一撃を叩き込んでやると、頭から血を噴き出して完全に絶命するのがわかった。
「「「ギィエエエエエエエエッ!」」」
俺が黒羊を倒し戦闘が終わると、周りにいてもしゃもしゃと草を食んでいた羊達もさっきと同様覚醒を始める。
どうやら凶暴化するトリガーは、攻撃を受けるか仲間がやられた時らしいな。
今度は四匹の羊が一斉に突撃してくる。
右側から二匹、前から一匹、そして後ろから一匹。
厄介なことにある程度連携を取ってきている。
けれど羊が駆ける速度より、レベルアップした俺がトールを振る速度の方が早い。
一心不乱に剣を振るう。
雷のように鋭く、光のように速く。
一撃を放ってから、それを超える速度で二撃目を放つ。
もっと重く、相手を内側から破壊できるほどの衝撃を。
そして狙った大技をきちんと決めるために、しっかりと小振りも絡めて狙いを絞らせないように。
大剣を振るうのは、ただ力任せだけじゃあいけない。
常に最前線に立ち、自分のダメージや力の残り具合を計算しながら戦い続けなくてはいけない。
一撃一撃は大雑把でも、それをしっかりと線にして繋げ、勝利を掴み取らなければならないのだ。
振るう度に新しい発見がある。
ダメージを食らう度に、何がいけなかったのかがすぐにわかる。
戦闘というのは学びの連続であり、その対価は傷と怪我だ。
HPは削れていき、青あざになりそうな鈍い痛みが全身に何度も叩きつけられる。
けれどその度に俺は何かを学んで、周囲には倒れた羊達が積み重なっていく。
そして気付けば、戦闘は終わっていた。
周囲に動く羊はおらず、無心で鎚を振るい続けた俺は、アイルから回復が飛んできてようやく、戦いが終わったことを知ったのだったが……。
「め、めぇ~……」
「なんだ、まだ残ってたのか」
声がする茂みの方へ向かうと、そこには一匹の羊がいた。
けれどそこにいた羊は……今にも死んでしまいそうなほどにボロボロで、他の奴らとは違って、真っ白だった。
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