一撃
剣が起こした風圧で、下がった俺の前髪がふわりと上がる。
つぅっと、俺の眉間から血が垂れる。
どうやら完全に避けきれなかったらしい。
マジかよ……この土壇場で、まだパワーアップするのかこいつ。
何段階力を強めてくんだ。
これが続くと、さすがにどうしようもないぞ……。
ゴブリンがこちらに迫ってくる。
さっきまでよりも、一段階速くなっている。
「グラアアアアアッ!!」
「ふんぬううううぅっ!」
激突。
今度は一撃の勢いがほとんど同じで、重量の差で向こうがわずかに下がった。
攻撃の威力が上がっている。
今はもう、俺とほとんど変わらないくらいまで。
「グラアアアアアッ!」
先ほどまでのような冷静な戦い方はいずこやら。
ゴブリンは俺を親の敵のように睨み、思い切り剣を叩き込んでくる。
自身が防御するなどという選択肢をハナから捨てているかのような、捨て身の一撃。
高速で放たれたその斬撃を完全に回避することができないと察した俺は、致命傷にならない程度の傷は覚悟して、カウンターを放つべく動いた。
交差、噴き出す血と鳴り響く重低音。
こちらもあちらも、自身の身など顧みない戦い方をしている。
ズキズキと痛む患部を治す暇もなく、再度の激突。
剣の欠片が飛び散り、俺とゴブリンの両方へと降り注いでいく。
爛々と輝く目を見て、俺は確信した。
多分あいつは、なんらかの状態異常のようなものにかかっている。
邪神の加護は、ただ魔物を強化するような、何のデメリットもないようなものではないらしい。
先ほどまでのゴブリンには、剣の術理のようなものがあった。
どんな時にはどう剣を振り、相手がこうしてきたらこのように対応する。
体系化された剣術ではないが、あのゴブリンが戦いの中で身につけた、我流剣術のようなもので戦っていたことが、干戈を交えた俺にはわかった。
「ふっ――シイッ!」
「ガアアアアッ!」
けれど今のゴブリンにはその一本通った筋がない。
力も、スピードも増しているが、ただ強化された身体能力を使い、力任せに剣を叩きつけているだけだ。
これなら、なんとかなるかもしれない……。
そんな風に考えながらトールを振るうが、胸中には懸念が一つある。
先ほどから、アイルの魔法が飛んでこない。
恐らく今の彼女は……既にMPが枯渇寸前なんだろう。
戦いの最中、アイルは既にかなりの量の魔法を使用している。
彼女のMPは既に70近いが、それでもライトジャベリンは5でヒールは3、そしてエンチャントライトの場合は4のMPを消費する。
時間経過によって回復はするが、それでもこの戦闘自体、まだそれほど時間が経っているわけではない。
回復したMPは使ったものと比べれば微々たるもの。
恐らく一番最初にガス欠になるのは、敵にも味方にも魔法を使っているアイルになるはずだというのは、事前のブリーフィングでも話し合っていた。
その時のために、策は一つ練っている。
俺が今、ヒールが飛んでこないような状況下でもこんな、一見するとやけっぱちにしか見えないような捨て身の突撃を繰り返しているのも、それが理由だ。
今の俺は、今後のことはとりあえずうっちゃっておき、ひたすら相手に重たい一撃を与えることだけに集中することができる。
本当にヤバくなったときに、アイルならば俺の期待に応えてくれると、そう信じているから。
激突。
激しくぶつかり合い、お互いの身体に傷をつけていく。
汗がかかるほどに近い距離で、相手の呼吸がわかるほどの至近距離で、俺達は剣と槌をぶつけ合う。
ゴブリンの剣は既にかなり刃こぼれしているが、未だその切れ味は十分に高い。
俺の身体には絶えず新たな傷が生まれていき、深く刺さった部分からは面白いように血が噴き出してくる。
対するゴブリンに攻撃は打ち込んではいるのだが、そのダメージは非常に分かりづらい。
攻撃を食らう度にのけぞったり一瞬意識を失ったり、口や鼻から血を流したり。
効いているのは間違いないんだが、どれくらい効いているかがわからない。
攻撃を続けるうちにトールの充填が終わり、再びただの槌へと戻る。
そして再度振っていくうちにまた最高速へと戻り、こちらが優勢の状態が続く。
一進一退の攻防が続く。
恐らく実際の所は、数分しか経ってはいないだろう。
けれど俺にはゴブリンと交わす命のやり取りが、まるで永遠に引き伸ばされているかのように感じられた。
力任せになった分対処はしやすくなったし、カウンターを合わせやすくなった。
確実にダメージは蓄積されているはずだ。
俺の方だって動きにキレがなくなっているが、あちらさんの動きもどんどんのろくなっている。
――けれどやはり人と人外じゃあ、同じ土俵には立てない。
トールを握り、もう何度目になるかも忘れた踏み込みのために足へ力を込めた瞬間……ガクリと膝から力が抜ける。
そして一瞬体勢を崩し、トールが手からすっぽぬけそうになる。
それを建て直すまでにかかった時間は、二秒にも満たないだろう。
だが目の前の人外は、そのタイミングを野性的な本能で察知し、決して逃さなかった。
ゴブリンの剣が、俺の胸に吸い込まれていく。
そして思い切り撫でるように斬り付けられ、今までとは明らかに違うほどに大量の血液が噴き出した。
俺はもう一度ガクリと身体を落とす。
その様子を見て、ゴブリンがニタリと笑った。
そしてその様子を見て――俺もまた、ニタリと笑う。
「チェンバーさんっ!」
遠くから聞こえてくる、アイルの叫び声。
俺は口から血を吐き出し、明らかに致死量の血を流しながら俺はトールを構え――そして全力で振った。
『レベルアップ! チェンバーのHP、MPが全回復した! チェンバーのレベルが13に上がった!』
天から聞こえてくる音と、回復していく俺の肉体。
勝利の愉悦に酔っているゴブリンは、全快した俺の攻撃に反応ができない。
このタイミングを見計らい、既にトールに込められている雷光の量は最大だ。
――ゼロ距離で食らってみやがれ、クソッタレ!
俺も一緒に、焼かれてやるからよ!
「どっせえええええええい!」
俺の全力の一撃が、ゴブリンに突き刺さる。
そしてその患部に、雷撃が迸る。
俺とゴブリンは、光の奔流の中へと飲み込まれていく――。
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