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トール


 その大剣は、金色に輝いている。

 刀身も、柄も、どこもかしこも金ぴかだ。


 一見すると成金趣味なようにも思えるが、しかし決して下品ではない。

 その所々に散らされている紫色と相まって、どこか高貴な感じを漂わせている。


 俺が見ていて特に綺麗だと思ったのは、柄の部分だ。

 下地は金なのだが、その上に紫色の布が巻き付いている。


 そしてその布には菱形の穴が空いていて、持ちやすさを保ちながらも、内側にある金色の美しさを隠していない。

 機能性と造形美を併せ持っているその槌に、俺は一瞬で魅了された。



「雷剣トール……それがその剣の名前だったはずだ」


 ディングルさんはこちらへやってきて、槌を俺に手渡した。


「お、重っ――!?」


 腕にのしかかるような、ずしりと重たい感触。

 鋼鉄のメイスの何倍も重量がある。

 レベルが上がる前の俺だったら、間違いなく取り落として、足を怪我してしまっていたと思う。


 けれど今なら……一応問題なく持つことはできそうだ。

 けどギルマスは、どうしてこれをいきなり俺に?


「そいつを使ってた『雷剣』のトールは俺の戦友でな。俺がギルドの職員として隠棲を決め込んでからも、ずっとバリバリ現役で冒険者を続けてたんだ」


 けどな……と一旦間をおいて。


「トールは結局、Aランクまで上がってから死んだ。遠くの地で、貴族の威信をかけて行われたドラゴン討伐で殿を務めたせいでな。あいつ一人でやれたのなら、逃げることくらいは簡単だっただろうに……」


「この槌を、俺にってことですか……?」


「ああ、無論タダじゃやらんがな。一応、その武器の名義人は俺になってるんだよ。最期まで妻子を持たなかったトールが、教会に託していた遺言書。その中身がお笑いぐさだったんだ。古なじみの俺といきつけのバーのマスターで二等分……そして俺への分配の中に、その雷剣トールがあったってわけだ」


 何やら物悲しい雰囲気になってしまったディングルさん。

 どうやらこの剣は、既にこの世を去った彼の親友のものらしい。

 そんな大切なものを……譲ってもらってもいいものだろうか。


「成功報酬の前払だ。トールもこのまま死蔵されるより、誰かが使ってくれた方が武器が浮かばれるって思うだろ。自分の名前が入ってるこの武器を、あいつ気に入ってたからな……」


 再びしんみりしだしたディングルさんは、黙って歩き出す。

 俺達もついていくと、辿り着いたのは冒険者ギルドに併設されている練習場だった。


「振ってみな、さっさと試してみたいって顔をしてるしな」


「はい、それじゃあ……」


 ここにやってくるまでの道中、軽く素振りをしてみたり、肩にかけてみたりと色々と試していたので、少しこの重さにも慣れてきている。


 重量で言えばかなり重たく、メイスのように完全に意のままに操れるって感じじゃないが、それで構わない。

 そもそもの話をすれば、こういう鈍器は重ければ重いだけいい。


 完全に取り回しが効いてむしろ軽いと感じるくらいなら、強引に動かして全力を叩きつけられるものの方がいいのだ。

 重ければ重いだけ伝わる衝撃も増し、攻撃力も上がる。


 攻撃力不足を痛感していたところだったから、ディングルさんの申し出は本当にありがたい。

 懐事情は改善したとはいえ、鉄製よりも頑健で重たい武器を買うほどの余裕はなかったからな。


 両手に剣を構え……まずは軽く振り下ろす。

 大剣とメイスでは差異もあるが、基本的に鈍器の扱い方はさほど変わらない。


 硬い殻や強靱な肉体の内側に、衝撃を通す。

 頭部を打ち抜いて頭蓋の内側にある脆い脳を揺らし、脳しんとうを起こす。

 弱点へ重たい一撃を加えることで、剣や魔法では通せないダメージをしっかりと蓄積させていく。

 それに加えて断ち切るという選択肢が増えた感じだな。


 振ってみると、やはりかなりの重量感がある。

 気を抜いて攻撃をすれば、身体がもっていかれかねない。


 慎重に振っていき、徐々にその速度を上げていく。

 五度目の素振りを終えた段階で、盾が邪魔になったので取った。


 今後どうなるかはわからないが、少なくともあのゴブリンと戦っている最中は、盾は不要だろう。

 大剣を使うならなおのこと、攻撃に重点を置かなくちゃならない。

 俺もダメージ覚悟で突っ込むし、盾で防ごうとしても、あいつはそれを抜けるように攻撃を差し込んでくる。


 両手で大剣を持ち直す。

 身体も温まってきたので、今度は腕の力をかなり込めて振る。


 ブゥンという、切っ先が空気を割る音が聞こえるのに満足する。

 だがそれで終わりではなかった。

 次に音が続く。


 バリバリッ!


 俺が振った剣に……雷が宿った。

 そうやって言い表すのが、一番現状を正確に表現できていると思う。


 刀身が、紫色の光を纏っている。

 バチバチと音を鳴らしながら、妙に鋭角な軌跡を描く光が迸っているのだ。

 明らかにこの雷剣トールが帯電している。


 だが俺の身体が痺れるような様子もない。

 光はあくまでも頭部の部分に収まっていた。


「もっと振ってみろ、振りは高速でな」


「はいっ」


 ギルマスに言われるがまま、剣を振る。


 さっきよりも速く、それよりも速く、今日一番速く。

 一回振る度に雑念が消えていき、動きの中にある無駄が削がれていく。


 そして振り続ける度に、雷剣の纏う電気はその明るさと音、範囲を増していく。

 今ではもう、俺の触れている柄にまで電気が侵食してきていた。


 更に素振りを続けると……とうとう俺の手に光が触れる。

 だがバチバチと音は鳴っているのだが、不思議と身体に痛みはやってこなかった。


 ギルマスの方を向くと、彼は黙って頷く。

 どうやらまだ振り続けろということらしい。


 その指示に従いながら、剣を振る。

 振り下ろしだけでは味気ないと、振り上げ、横に払い、斜めに落とす。


 目の前には、あの黒いゴブリンの姿があった。

 あいつを今度こそ叩きのめすことができるように、その幻と攻防を繰り広げていく。


 戦った時とまったく同じ速度で、あいつは襲いかかってきた。

 対し今の俺は、得物の重量がまったく違う。


 だから防戦一方になるとばかり思っていたが……。


(俺が……速くなってるのか?)


 瞼を閉じれば思い出せるあのゴブリンの突きを、俺は問題なくいなすことができている。

 武器が重たくなっているのに以前と同じ……あるいはそれを超えるだけの速度で動くことができている。


 この違和感の正体は、恐らく雷剣トールにある。


 魔物の中には、自らを帯電させることで、高速機動を可能にするものがいると聞いたことがある。

 恐らくはこの武器もその特性の一部を利用して、使用者に対して速度の補正をかけることができるんだ。


 更に剣を振り、引き寄せ、伸ばし、叩いて叩く。

 その攻撃を繰り返すうち、気付けばトール全体を雷が覆い尽くしていた。


「そのまま全力で振り抜け!」


 ギルマスの言葉に従い、剣を高く掲げ――今の俺の全力で、振り抜くっ!



 ドギャアァァァァンッ!





 迸る雷光に、思わず目を瞑る。

 光が収まり目を開けた時、そこにはブスブスと焼け焦げた地面と、先ほどまでの光を失ったトールの姿があった。


「――重っ!?」


 ガクッと思わず倒れ込みそうになるのを、なんとかしてこらえる。

 今の攻撃を放ってからすぐに、大剣が急激に重たくなった。


 正確には最初に持った時の重さに戻っただけなんだろうが、さっきまで振り回していた頃よりもずいぶんと重たくなったから、そう感じてしまっているんだろう。

 やはりあの光のおかげで、本来よりもずっと軽々と振るえていたってことだろうな。


 いやでも、どこか脱力感のようなものも感じる気が……?


「この雷剣トールは、高速で振ることで自身に雷のエネルギーを溜めていく。そしてそれを使用者に付与し、その速度と膂力を一時的に引き上げる。そして己に溜まった雷が臨界点になったところで高速で振れば、雷を相手へ放つことができる」


「……すごい武器ですね、これ」


「そりゃあAランク冒険者が使ってたもんだからな。ただデメリットもある。雷を放った場合、一気に疲労の色が濃くなる。まあ細かい理屈はわからんが、使えば体力を消費すると考えればいい」 


「使わないこともできるんですか?」


「ああ、あの臨界状態を維持していると、数分もするとエネルギーが散っていく。無論雷による付与は一からかけ直しになるが、体力が持っていかれることはない」


「なるほど……」


 少し重たくなった身体で再度素振りをしながら、思う。

 この武器があれば、あのゴブリンを相手にしても勝つことができるかもしれない。


 俺は痺れを切らしたアイルがそろそろ帰りましょうと言い出すその時まで、無心でトールを振り続けたのだった――。


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