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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大好きなゲームの世界に転生したので、1週目で推しを幸せにして、2週目で殺します

作者: 藤森ルウ



【1周目:オープニング】



「今日が騎士団の入団試験日なわけだが⋯⋯アラナ、緊張しているか?」


 私を男手ひとつで育ててくれた養父がそう言った瞬間、私は前世の記憶を思い出した。


 私の前世の名前は、荒垣緑。

 新卒で入った会社がブラックで、でも大企業に入れたことを両親が喜んでくれたから我慢して働き続けていたら、駅のホームから転落して死んだのだ。

 まあ3徹目だったし、体力とか判断力が落ちててもしょうがない、うん。


 そんな社畜人生だったけれど、前世の私、荒垣緑には心の支えがあった。

 それは推し、ユリウスの存在だ。

 ユリウスは「ストーリーオブナイト」、略してストオに出てくるキャラクターで、それまでもゲームはよくプレイしていたものの、「推し」という概念のない私を新しい世界に連れて行ってくれたのが彼だった。

 ストオは発売当初こそ、その微妙すぎるネーミングセンスで冷笑を誘ったものの、容赦のないキャラ殺しや鬱展開で脚光を浴びたゲームだ。と言っても、ストーリー自体は王道で、怪我が原因で引退した元騎士に育てられた主人公(男女選択可能)が、やがて国や世界を救う勇者となる話だ。まあ、その途中でやたらと人が死ぬのだが。

 少ない睡眠時間を削って推しのグッズを買ったり、原作で無惨に死んだ推しが生きてる二次創作を読んだりして楽しんだ日々を思うと、そう悪くない人生だったかもな⋯⋯と思えてくるから不思議だ。


 それはともかく。

 どうやら私は、そのストオの主人公(女)に転生しているらしい。

 しかも、自分の記憶以外の全てをリセットしてゲーム開始時──今の状態に戻ってこれる、強くてニューゲームなリセット能力付きで。

 何でそんなこと分かるかって? ステータス画面に書いてあるからだ。他の人には見えないようだけれど、私にはちゃんと見えている。空中に浮かんだ、ポップで間抜けな、世界観ぶち壊しのウィンドウが。


「最高かよ⋯⋯」

「どうした、アラナ?」

「あーなんでもないよ、父さん」

「そ、そうか? とにかく、いつも通りの実力を発揮さえすれば、お前なら合格間違いなしだ。頑張るんだぞ」

「うん、ありがとう」


 にっこり笑ってお礼を言うと、厳つい顔の養父もフッと微笑み返してくれる。

 いやぁ、改めて本当にお父さんっていいキャラだよなぁ。この顔で実は甘いものに目がないなんてギャップもあるし。まあ序盤で死ぬんだけど。


 それより、ストオの世界に転生ってことは推しにも会える? というか、推しを救えるのでは?


 私の推しであるユリウスは主人公アラナ(男性主人公を選択した場合はアラン)の先輩騎士であり、ライバルでもあるキャラだ。普段はいわゆるお調子者だが実は⋯⋯という、なんか大体一人はいそうな奴である。

 もっと細かく言うと、序盤はチュートリアル役を兼ねているのだが、主人公が強くなってくる中盤ではライバルとなり、終盤では強くなる主人公に焦るあまりに闇落ちしてしまい、最後には主人公の手で討たれるというなんとも報われないキャラクターだ。

 ちなみに原作だと、彼が焦りを覚えるシーンや強さにこだわっていることなんかが、プレイヤーには明かされるが主人公には明かされないため、主人公にとっては彼がなんで闇落ちしたのかが最後までよく分からないままになっているという鬼畜仕様。エンディング後の世界でも、なぜか闇堕ちしたよく分からん先輩騎士という扱いを受けている。シナリオ書いたの誰だ。もっとやれ。


 でもこれ、なんとか出来ちゃうんじゃない?

 主人公のアラナに転生した私なら、原作知識を活かして、ユリウスの闇落ちを防げるのでは?


 私は思い出す。自分の操作する主人公アラナでユリウスを殺した日のことを。報われずに死んだ彼の断末魔を聞きながら泣いたこと。彼を殺したその手ですぐさまスマホを操作し、彼が生きているIFの二次創作を読み漁ったこと。二次創作に出てくる主人公がアラナだろうかアランだろうが、ユリウスを救うのが主人公だろうがNPCだろうが構わずに、全部読み漁ったこと。

 ゲームの2周目、彼が生きているのを見るだけで尊くて泣いたぐらいには限界だったこと。

 それだけじゃない。パワハラ上司にネチネチ言われた日も、取引先のセクハラに唇を噛んで耐えた日も、仕事の功績をクソな同僚に横取りされた日も、来る日も来る日も、彼を思ってやり過ごしてきた前世。

 思えばユリウスに出会ったのは、私が精神的に一番辛い時だった。ユリウスがいなかったら、どうやって生き延びられたのか分からない。


 もう荒垣緑は死んだけど。死んでアラナに転生したけど。

 だからこそ今、彼を救うべきなのでは?

 SNSで他のユリウスファンと語り合った、幸せなIFの二次創作を本物にするのが、転生した私の役目なんじゃない? そのために私は、この世界で再び生を受けたのでは?


「父さん、私、頑張るからね!!」

「お、おお⋯⋯?」


 ガシッと養父の手を握り、私は決意を胸に抱く。

 絶対にユリウスを助けよう。原作知識もあるし、リセット能力もあるからきっとなんとかなる。中盤から怒涛で死亡フラグを回収していくキャラたちもできるだけ助けて、原作にはない大団円を目指そう。

 でも、養父だけは死なないと話が進まないから見殺しにするしかないなぁ〜。

 今のうちにたくさん親孝行するからね、ごめんね、父さん。





【1周目:クライマックス】



「実はさあ、俺⋯⋯お前に置いていかれる気がして不安なんだよな」


 キターーーーッ原作にないイベント!!

 

 入団試験を原作通りに越えた私、荒垣緑あらためアラナは、既にゲームで言えば中盤のあたりまで進んでいた。原作知識を活かしたおかげで、ゲームの見所とも言われていた大量に死ぬキャラの大半は生きていて、原作至上主義者に殺されそうな勢いで原作改変が進んでいる。閲覧は自己責任で、ってやつである。

 本来なら、このタイミングでユリウスは強くなり続ける主人公に対し、密かに危機感を覚えるところなのだが、そこは私が上手く実力を調整したおかげかうまく回避され、あろうことか原作にないイベントが起きている。ついでに原作以上に彼に懐かれている気もする。

 やっぱりあれか。ユリウスすごーい! って褒めまくったおかげかな。ユリウス、めっちゃ承認欲求に飢えてるからな。原作でも、彼を褒めるような選択肢を選ぶと引くほど喜ばれたし。やっぱり主人公がバンバン活躍するから、中盤以降、モブとかNPCが全然ユリウスに触れなくなるせいで歪んじゃったんだろうなー可哀想に。

 そう言えば、ユリウスを褒めると見えないしっぽが見えるって言ってたあの神絵師、元気にしてるかな。あの人の新刊欲しかったな。閑話休題。


 とにかく、これはいいぞ。原作にない流れは、改変においては大体いい流れだと相場が決まっているのだ。

 これからどうなるんだろう。胸のワクワクが止まらない。やったことのあるゲームなのに、まるで初めてやるゲームみたいだ。初見プレイの実況でしか聞けない悲鳴ってあるよね。


「へへっ、急にこんなこと言われても困るよな。格好悪ぃし⋯⋯それに、いつもの俺らしくないしさ」


 あーーーーイケメンの不安そうな顔!! 普段あんなに自信満々でお調子者なのに!! そういうことされると困ります!! 

 尊さのあまり今ここで死んだらどうしてくれるんだ。心肺蘇生してくれるのか? 推しにそんなことされたら、もう一度死んじゃいますけど??


「そんなことないよ、話してくれてありがとう、ユリウス。私こそ、ユリウスには追いつける気がしなくて不安で、いつも精一杯なんだよ」


 高ぶる気持ちを抑えて、私はアラナらしく重点だけを端的に伝える。

 瞬間、ほっとしたように頬を緩めた彼に、また脳内で荒波がざっぷんざっぷん。くっ、どうしてこの世界にはカメラがないんだ。せめてスクショ。スクショを撮らせろ!


「そうなのか? 全然そう見えねえけどなぁ。何が起こるのか分かってんじゃねえかってぐらい、勘が冴えてる時あるし」

「いやいや、気のせいだよ。私はただ、ユリウスと肩を並べて戦えるように頑張ってるだけだよ?」

「なんだよ、それ。⋯⋯正直さあ、俺なんて必要ないんじゃないかって思うんだよな⋯⋯お前、すっげー強くなってっからさ」


 え?? 新イベント神すぎない???

 あのユリウスが不安をこうやって打ち明けるだなんて。あの、おちゃらけてるくせに絶対一線を越えさせないユリウスが? 嘘でしょ、二次創作じゃあるまいし。

 こうやって動揺してしまう程度には、これは原作じゃ絶対にあり得なかった展開だ。多少の選択肢はあれど、一本道のあのゲームで何度絶望を味わったことか。そこでハグだ!! と何度叫んだと思ってる。何度、ユリウスのいないエンディングを見たと。

 まさか一度もリセットせずにここまで上手く行くなんて、自分でも信じられない。私、もしかして原作改変の才能がある⋯⋯? 

 この感動を誰かに共有したい。きっと全ユリウスクラスタが歓喜するに違いない。今のところ、その手段がないので無理だけど。無理だけど共有したい。脳内に直接語りかけてえ〜〜〜


「そんなことないって! 私には、ユリウスが必要だよ」

「⋯⋯もし、俺がお前より弱かったとしても? それでもお前は、俺を必要としてくれんの?」

「強いとか弱いとか関係なく、私にはユリウスが必要なの。ユリウスじゃなきゃだめ。もうユリウスがいなきゃ、私は生きていけないよ」


 これは本心だ。ブラック会社でこき使われた毎日、彼のおかげでどれだけ癒されたか。彼がいなかったら、多分とっくに死んでたと思う。

 そんな私の言葉を、ユリウスは「プロポーズかよ」と茶化す。でも耳が赤いんだよなぁ。お調子者でナンパだってお手の物のくせに、何だその反応、可愛いかよ。


 ⋯⋯こっちまで照れるじゃん。ばか。




【1周目:大団円】

 

 

 仲間であるNPCを全員殺され、主人公ひとりでラスボスと戦うことになった原作と違って、私はユリウスを含め生きているキャラ全員でラスボスを倒すことができた。我ながら改変しすぎじゃない? しかも1対多数だからか、割と思っていた以上に呆気なく勝ててしまい、拍子抜けした翌日。


 唐突な呼び出しに慌てて訓練所に出かけた私の目の前には、片膝をついて跪くユリウスの姿があった。


「俺と、結婚してくれ」


 その一言と共に指輪を差し出す彼。野次馬を飛ばすギャラリー。緊張して声がひっくり返りそうなユリウスは可愛いけど、お付き合いをすっ飛ばしてプロポーズって、いやなんで?

 というかそもそも、これ現実??

 二次創作でアラナにプロポーズするユリウスとか何万回見た展開だけど、マジで言ってる??? ユリウス×アラナついに公式になったの??? アラナじゃなくてアランだったらどうなってたの???


「こんな俺を、お前はいつも必要としてくれたよな。道を踏み外しそうになるたび、お前の笑顔が俺を引き戻してくれた。だから、これからも俺といて欲しい。俺にできることなら、なんだってするから。⋯⋯お願いします」


 ンンッーーー普段お調子者な奴が急にそんな真面目な顔するの反則!!!

 っていうか推しにプロポーズされるとか、なにそれやばい。これ夢じゃないよね? 目が覚めたらブラック会社の椅子に座ってるなんてこと、ないよね? もしそうだったら死んでやる。クソ上司道連れにして死んでやるぞおい。


「こちらこそ、これからも私の傍にいて欲しいな」


 はにかみながら手を差し出せば、顔を綻ばせる推しと、歓声を上げるギャラリー。

 原作じゃどうやっても辿り着くことの出来ないハッピーエンド。大分改変してしまったけれど、ようやく辿り着くことができたんだと思うと、自然と涙が浮かぶというものだ。

 だって、何千回と報われず死んでいった彼を、この手で救えたんだから。


「ユリウスのこと、絶対に幸せにするよ」


 私を抱きしめるユリウスの背中に手を回して、私は笑う。

 それは俺のセリフじゃないのか、なんて彼は言うけど。だって、私はもう充分幸せだからいいんだよ。


 君が生きてるだけで私は嬉しいんだよって、いつか伝えられたらいいな。


「なんだったら、ここで永遠の愛を誓おうか?」

「気が早くねえか?」

「ふふっ! だって、愛してるから!」

「はー、そういうのは俺から言わせてくれよなぁ。⋯⋯俺も愛してるよ、アラナ」


 困ったように、だけど嬉しそうに笑うユリウス。

 幸せだなぁ、って私は思った。

 もちろん、嘘偽りなく、心から本当にそう思っていた。





【1周目:後日談】



 どうも、ユリウスの新妻アラナです(マウント)。

 結婚するということは一緒に暮らすということで、一緒に暮らすということは、なんと1日の始まりと終わりに見るのが推しの可愛いお顔です。

 毎日おはようからおやすみまで推しの顔が見れるなんて、ここが天国か、って言ったら笑われた。昔のユリウスは笑ったふりをしてることが多かったけど、今では心から笑ってくれてるのが嬉しい。

 あと、お調子者だった彼だけど、結婚してからは本当に一途というか、溺愛というか⋯⋯出る作品間違えてない!? ってぐらい。前世から耐性がないので、毎秒毎秒心臓に悪い。いちいちドア開けてくれたり、今日も可愛いなとか言わなくていいから!


 いま幸せ? って聞いたら、幸せだ、って蕩けそうな顔で言ってくれた。こんな顔、二次創作ならともかく原作じゃ絶対に見れなかったよね。原作改変してトゥルーエンドを開拓した甲斐があった。

 本当にユリウスガチ恋勢冥利に尽きる。ユリウス推しで良かった。私をアラナに転生させてくれたどこかの神様、まじでありがとう。



 幸せな日々は続く。

 

 



【1周目:後日談】



 どうも、毎日幸せすぎて死にそうなアラナです。

 ユリウスが生きてるだけでも幸せなのに、それを一番近くで見られるなんて、まじでやばい。結婚して3ヶ月経つのに全然慣れない。公式からもこんな供給今までなかったよ??


 強さへの執着から脱却したユリウスは最近、新たに没頭できるものを求めているのか、なんとお菓子作りに挑戦している。NPC達にもすこぶる好評で、彼らが我が家を尋ねる頻度が上がったのは間違いなくユリウスのお菓子目当てだろう。

 今度養父の墓参りにも持っていこうぜ、なんてユリウスは言ってくる。父さんが甘いもの好きだって言ったこと、覚えてくれたんだなぁ。前までの視野の狭くなっていた彼なら、きっと忘れていただろうに。推しの成長が尊い⋯⋯。困ることといえば、SNSでこれらの展開を呟けないことぐらいで。


 だから、何かが足りない気がするのはきっと気のせいだ。


 ⋯⋯気のせいだよね?



 幸せな日々は続く。


 



【1周目:後日談】



 どうも、ユリウスと結婚して半年経ったアラナです。

 最近のユリウスは、もう前ほど強さには拘らない。だから、試合で私に負けたって思い詰めたりもしないし、不安になることだってない。自分のことを自分でちゃんと認められるようにもなったらしく、あの承認欲求の高さはすっかり鳴りを潜めている。

 どこか不安定さを抱えていた彼はもういないけど、その代わり、彼は毎日毎日、すごく幸せそうに笑う。それはいい事だ。本当によかったって、いつも思ってる。


 ⋯⋯それなのに、どうしてだろう。

 彼が以前のように強さを求めないことが、自分は必要とされていないのではと悩まないことが、小骨のように突き刺さって抜けない。


 それでも、幸せな日々は続く。

 私の気持ちなんか、まるでどうでもいいみたいに。


 







【1周目:後日談】



 幸せな日々は続く。







【1周目:後日談】



 幸せな日々は続







【1周目:後日談】



 幸せな日々


 





【1周目:後日談】



 幸せな







【1周目:後日談】



 幸







【1周目:後日談】










【1周目:後日談】



 ⋯⋯

 







【1周目:後日






**




【2周目:オープニング】



 いや〜〜〜さすがに飽きたわ!!!


 っていうか、はっきり言って思ってたのとなんか違った。

 結婚してから薄々と気づいてはいたんだけど、あんな悩みのないユリウスはユリウスじゃない。解釈違いとか地雷とでも言えばいいのか。シンプルに言えば、あれは()()()()()()()()()()()()()


「やっぱ、苦しんでる推しが見たいんだよなぁ〜!!」

「どうした、アラナ!??」

「あーなんでもないよ、父さん」

「そ、そうか? とにかく、いつも通りの実力を発揮さえすれば、お前なら合格間違いなしだ。頑張るんだぞ」

「うん、ありがとう」


 にっこり笑ってお礼を言うと、厳つい顔の養父もフッと微笑み返してくれる。

 いやぁ、本当にいいキャラだよなぁ。でも死ぬんだよなぁ。初見の時から分かってたもん、あ、このキャラ死ぬなーって。ユリウスは中盤から終盤にかけて怒涛で不穏フラグ立ててくれたけど、養父はもうキャラデザから死相が出てた。

 墓参りには、父さんの大好きなイチゴのショートケーキ買ってくるからさ。安心して眠ってね。



**



【2周目:クライマックス】



「お前さえいなければ、俺は最強のままでいられたのに⋯⋯ッ!!」


 慟哭を上げて、崩れ落ちるユリウス。

 イケメンが台無しの闇落ち仕様。さらには、闇の力を手に入れた者の末路として何も残らず塵となって消えていくという、承認欲求クソデカな彼に対して、存在した証すら残されませんよ〜という、徹頭徹尾報われないラスト。


 それなのに、この実家のような安心感はなんだ。

 

 原作を大幅に捻じ曲げた1周目と違い、今回の2周目はあえて原作通りに進んだ。だから原作通りに大量に人が死に、原作通りに彼をこの手で殺すことになった。原作至上主義者の勝利。

 自分の手で彼を殺すのは、コントローラー越しとは非にならないほど辛かった。途中で散々泣いたし、なんならリセットしたくなったぐらい。それでも私はやり遂げたのだ。


 彼の断末魔を聞くために。

 原作において、彼が唯一、今際の際になって初めて零す心の内を聞くためだけに。


「大好きだよ、ユリウス⋯⋯」


 地面に落ちた塵をかき集めて、うっとり呟く。傍目には変態かもしれないけど、違うんです、この塵は推しの塵なんです。アッまだ暖かい⋯⋯。

 かき集めた指の隙間からなす術なく溢れていくのが、なんとも彼らしい。この設定考えた人に焼肉奢りたいな。

 溢れていく彼から視線を外し、私はラスボスへと続く道を見やり、これからのこと、そしてこれまでのことを思い返す。


 1周目は、確かに幸せだった。

 報われないはずの彼が報われ、生きて、幸せになってくれて。なんであの分岐を原作は採用しなかったんだってぐらいの神ゲー。星5つなんかじゃ全然足りない。

 でも強さへの執着を捨てて、憑き物が落ちたように笑うユリウスは、もう私が好きなユリウスじゃなかった。

 私が好きなのは、クソデカ承認欲求持ちかつ、己はいらない存在なのではないかと悩み、誰にも打ち明けられず、闇落ちしてまで力を求めたのに最期まで報われない、可愛そうなユリウスだったんだ。

 誰かに認められたいという本当の自分の願いには気付かぬまま、最強に固執して死んでいった彼はなんて、なんて、ああ──


「ユリウスって、やっぱり可愛いなぁ⋯⋯!!!」


 はあ、好き。尊い。愛してる。ここに記念碑を建てよう。


 でもその彼はもうここにはいない。まあ私が殺したからだけど、今さらながらに虚しくなる。

 どうせなら監禁ルートとか開拓してみれば良かったかな。飼い殺しにされるユリウス⋯⋯うん、ありだったかもしれない。

 だけど、本当はこんな後悔する必要がない。だって私にはリセット能力があるんだから。これさえあれば、私は何度でも、どんなルートを通ってでも、彼と出会うことができる。


 おはようからおやすみまで、なんかじゃない。

 初めましてからさようならまで、何度でも何度でも、何千回でも何万回でも繰り返すことができる。


 ほら、こんな風に。



**





***




【3周目:オープニング】



「今日が騎士団の入団試験日なわけだが⋯⋯アラナ、緊張しているか?」

「ううん、してないよ」

「そ、そうか? とにかく、いつも通りの実力を発揮さえすれば、お前なら合格間違いなしだ。頑張るんだぞ」

「うん、ありがとう」


 にっこり笑ってお礼を言うと、厳つい顔の養父もフッと微笑み返してくれる。

 だって、これでもう3回目だもの。なんなら、試験官がどこをどう攻撃するかも全部頭に入ってるぐらいだ。なんか縛りプレイでもした方が程よく楽しめるかもしれないけど、序盤は特に縛れるものもないからなぁ。


「ああでも、ここで落ちたらどうなるんだろう?」

「どうした、アラナ?」

「あーなんでもないよ、父さん」


 騎士になれなかったアラナはどうなるんだっけ?

 主人公が騎士になれないとストーリーが始まらないから、原作じゃもちろん語られるはずもない。だけど、開発インタビューでは確か、武器屋の店員さんになるかも〜なんて冗談混じりで答えていたような。


「そのルートもいいな⋯⋯」


 ボソリと私は呟く。

 ライバルがおらず、孤独に強さを求めるユリウスと武器屋の店員の私。せいぜい武器を新調する時ぐらいしか会わないだろうけど、その場合、物語はどんな風に進むんだろう。

 ファンの間では、「主人公と出会わなくてもどうせユリウスはそのうち詰んでいた派」と、「主人公と出会わなければ彼は大成していたに決まってるだろ派」によく分かれて戦争してたけど、その答えが見れるかもしれない。

 ちなみに私は前者過激派です。後者だったら解釈違いで殺すしかない。


「やり込み要素が多いゲームって、飽きがなくていいよねえ。おかげで何周でもできる」

「アラナ?」

「なんでもないってば。ねえ、もし今日の試験に落ちたら武器屋で仕事してもいい?」

「なんだ、不安なのか? お前の実力なら合格間違いなしだぞ?」


 怪訝そうな養父には答えず、私はこの先の展開に思いを馳せる。


 何千回でも、何万回でも繰り返そう。

 どんな道を選んだって、この世界にはユリウスが生きているのだ。それを思えば、繰り返すことは苦にならない。どころか、愛する彼の新たな生き様を見られるのだと思うだけで、胸が張り裂けそうなほどの幸福を感じる。


 愛する人のあらゆる可能性を網羅する。これ以上の人生があるだろうか。


 きっと、幸せな日々は続く。

 いつから繰り返していたのか分からなくなるぐらい、ずっとずっと、永遠に。




最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

報われないキャラクターを好きになった時、そのキャラが報われてしまっても好きでいられるのか、という思考実験をしながら書きました。

報われない「けど」好き、なのか、報われない「から」好き、なのかで結構変わる気がしますが、いかがでしたでしょうか。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 50周目くらいに『そうだユリウスを皇帝にして全土統一しよう!』とかとことんifルートを突き進んで欲しいですね。
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