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2024/04/10、改稿
内容を変更致しました。m(_ _)m
そういえば、とジェムはこれまでの会話で気付いたことを口にする。
「父さんも、本部の役員だったよな? なんで意見書のことだけは、全部人伝に聞いたみたいな話し方をするんだ?」
『そうだ』とか、『ようだ』とか、『みたい』とか、『らしい』とか。グレアムは、婉曲的に、意見書の内容だけは自分が直接聞いた話ではないように話していた。そんなジェムの指摘に、グレアムは「それはだな、」と話す。
「残念ながら、俺はその会議に参加してないんだよ。今回の後始末で忙しくてな。部下の洗脳は解かなきゃならねえし、"妖精の階段"に言いふらされた流言のせいで、妙なところで探偵社の名が有名になっちまうしで、余計な仕事ばっかさせられたよ」
「……もう、そんなことになってるのか」
ジェムは呻くように呟いた。
あのケテルと名乗った男に、アーヴィン・パウエルがしてきたことを知られてからというものの、おそらく"メイガス"の仕業であろうが、スミシー探偵社は、まるで邪教徒が集まる反社会的勢力のような印象を"妖精の階段"の信者たちに持たれてしまっていた。また悪いことに、スミスの探偵たちが『エメリー・エボニー=スミス』に追従し活動する姿が彼らの流言をそれらしくさせてしまっているので、なかなか誤解を解けず、スミシー探偵社の社員たちは一部地域で肩身の狭い思いをすることになっているのであった。
すると、グレアムは急に神妙な面持ちになって、ジェムの鼻に巻かれたギプスを指差した。
「怪我の具合はどうだ?」
グレアムの問いかけにジェムは、うん、と応える。
「順調に回復してるみたいだよ。もうすぐ、中のガーゼも取れるってさ」
ケテルに取り憑かれたコリンに殴られた鼻は、やはり折れていた。完全に治るまでは折れやすいので、長いこと風呂に浸かれなかったり、激しい運動ができなかったりと、鼻のためだけに色々と制約があって、なかなか面倒臭い。この頃寝起きが悪いのは、この怪我のせいもあるのだろう、とジェムは思っている。
そうか、と相槌を打つも、グレアムの表情は変わらない。
「……なあ、ジェム。今回の騒動は、全部俺のせいだと思っていい。リグリーの計画がこれだけ作用しちまったのも、お前やあの娘が危ない目にあったのも、俺が余計なことをしたせいだ。お前が抱え込む必要は無い――お前のことだから、どうせ責任を感じているんだろうが」
「責任を感じてるのは否定できないけど、」とジェムは言った。「完全に父さんが悪いとも言えないんじゃないの? コリンの計画だって、あいつが利用したのがミスター・グリーンだったから、被害がこの程度で済んだんだと思ってるけど。勿論、こうなることを見越して、ミスター・グリーンとの不仲を演じてたわけじゃないんだろうけどさ、そうやって彼の人となりを有名にさせたのは、父さんの計略なんだろ。それを余計なことだった、って言ってるんなら、違うと思うよ」
この返答には、流石にグレアムも苦笑した。
オーガスタス・グリーンは本部の役員のなかでも有名人の部類だが、だとしても、コリンが彼の名を利用した大きな要因は、自分だろうとグレアムは分析していた。スミシー探偵社の支部長を務める、"蹄鉄会"で最も有名な『安楽椅子探偵』、それがグレアムである。探偵社に限らず、"蹄鉄会"の間でも彼の名を有名にさせたのは、彼が拠点を離れずして国のあらゆる事柄に精通しているという類まれなる能力だけでなく、彼が話題に事欠かない人物であるからだった。
グレアムはあらゆる人間関係もいざこざも、すべて自分が中心になるように、あちらこちらで種を蒔いてきた。それが彼の戦い方なのだ。自分が会長と親密であることを匂わせながら、オーガスタス・グリーンと必要以上なほどに不仲な関係を築いているのは、自分自身を目立たせるためでもあり、不審な動きを直ぐ様察知できるよう、張り巡らせた罠でもあったのだ。
オーガスタス・グリーンという人物は、グレアムの処世術にぴったりの人材だった。良くも悪くも仕事人間で、それなりに野心はあるが、興味がはっきりしていて無闇に権力を欲しがらないし、人の評判を誰よりも気にする。社内にでだけでも彼の悪い印象を与えておけば、トラブルが起こる度に彼の名が囁かれるようになり、そうなったとき、グリーンなら黙ってはいられないだろう。
水面に投じられた石が波紋を広げるように、やがて大きな事件を引き起こすほどの事態を、未然に防げるように。今回の件であれば、グリーン派に対抗するスミス派がいつの間にか出来上がっていたり、グリーンが"アラン"の所業に憤って探偵事務所に乗り込んできたのも、グレアムに言わせれば、そういった予兆に当たるのだ。
"蹄鉄会"や探偵社への反発、どうせなら、生き辛い世の中への鬱憤くらいが丁度いい。それらの矛先が、全部自分に向けばいい。世界の嫌なこと全部が、"アラン・グレアム"という男のせいにできたら、きっと皆はもっと楽に生きられる。そう考えていたし、どこかそうなることを期待していた。だから、こんな人の恨みを買うような生き方を後悔したことはなかった――のだ、けれど。
そんなグレアムにも、今は、譲れないものがひとつだけある。
「お前は俺のことをどれだけ知ってるんだ?」
「知らないよ。たかだか十数年しか一緒にいないんだから」
「それにしては随分、俺のことを理解しているようじゃないか」
「なに、父さんの処世術の話?」
「分からねえってんなら、別にいいが」
にこにこと機嫌の良さそうなグレアムを、ジェムは怪訝な顔で見ていた。これほどまでに自分を理解し赦してくれる人がいるという事実が、どれだけ嬉しいことなのか、まだ分かっていないようだ。それとも、自身の発言の真意をきちんと理解していないのか。どちらにせよ、意図して人心掌握をできないようでは、探偵としてはまだまだ未熟だ、とグレアムは評価する。
……まあ、考えなくてもできるなら、それはそれで貴重な才能か。
「さてと、それじゃあ、俺は行くとするかねえ」
左手で、捲り上げていたボンバージャケットの右腕の袖を直し、帰り支度を始めたグレアムに、ジェムは目を眇めて不満そうな顔で訊ねた。
「父さんは、なんで"メイガス"を調べてたの?」
それは、ジェムがずっと気になっていたことだ。以前、ヴィンスがグレアムから"メイガス"の存在を示唆された話を聞いたとき、ジェムは疑問に思った。なぜ、そっちを調べているのだろうか、と。会長の名誉のためにスワイリーを独自に調査しているのだとしたら、調査対象は"メイガス"でなく、"谷間の百合"になるのではないか、と。
……ヴィンスがグレアムの部屋で見たという女性の写真、あれはもしかすると、
「――だから言ったろ、ジェム。全てを打ち明ける必要はない。たとえ相手が大事な息子だろうと、な」
じゃあな、とグレアムはひらひらと左手を振りながら席を立ち、パットやウィリーに会釈をしてから店を出ていった。
……はぐらかされた。
そういえば、とジェムは店の壁掛け時計に目を遣り、まだ時間に余裕があると分かって安堵した。今日は、親しい友人たちと会う約束をしているのだ。
ジェムはカタログ冊子を眺めるパットに、「今日は外で夕食を取るよ」と伝えて、再び自室に戻るため、ウィリーに会釈しつつ厨房を横切った。2階のバザロヴァ老婦人の部屋の前を通り過ぎようとしたとき、ぱっ、と部屋の主が扉を開けたので、ジェムは、おはようございます、と挨拶した。
「ジェム、アレはアンタのお客さんかい?」
ジェムの挨拶に返すこともなく、バザロヴァ老婦人が言った。グレアムのことだろう、とジェムは「ええ、父です」と答えた。
「もしかして、彼がなにか粗相を?」
「いやね、そうじゃないんだけど」
バザロヴァ老婦人は、まじまじとジェムの顔を見つめた。穴があきそうなほどの熱視線に、ジェムはたじろいだ。
すると、バザロヴァ老婦人はぽつりと言った。
「全然似てないわねぇ」
……まぁ、血が繋がってないからなあ。
ジェムは引き攣り笑いを浮かべた。バザロヴァ老婦人は、ちら、と天井の方へ視線を遣り、難しそうな顔で首を傾げている。
……天井?
それでは、とバザロヴァ老婦人と別れの挨拶を交わして、ジェムは廊下の端にある、屋根裏に繋がる戸を開けた。
玄関代わりの梯子のように急な階段を、部屋の変化を窺うために、ゆっくりと上った。それが悪かったらしい。階段を上りきるなりジェムは、落下防止用の仕切りの裏に潜んでいた何者かに、腕を引かれ、床の上に投げ出された。
急いで立ち上がろうと、上半身を起こしたとき、覚えのある感覚に襲われ、ジェムはうっ、と呻いた。
「――へえ。オド系の"魔法"を全部弾く、ってホントなんだ」
侵入者が、少し低めの爽やかな声で言った。浅い呼吸で、ジェムは声の持ち主を見上げた。
そこには、亜麻色の髪を持つ壮年の男が立っていた。目尻や頬に年齢を感じさせる皺を刻みながらも、どことなく瞳に憂いを帯びたその男は、おとぎ話から飛び出した白馬に乗った王子と称せるほどに眉目秀麗である。
「やぁ、ジェームズ。久しぶりだね?」
「……どなたですか」
「ああ、そうか。この姿では、はじめまして、か」
男はおもむろに右手を掲げると、ぱちん、と指を鳴らした。すると、亜麻色の髪がくしゃくしゃと縮れながら、じわじわと狐色に染まっていき、つるっとした口許にはさわさわと髭が生え、毛先がくるんと上を向いてカイゼル髭になった。
その姿を見てジェムは、はっ、とする。
「……ジーク・オーウェル保安官」
「――は、仮の姿で、」と、オーウェル保安官の姿をした男は、再び亜麻色の髪の男の姿になって言った。
「クロード・ベルトラン、リリーの父です」




