表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/77

31(1/3).仕事を終えて - After the Commission

2024/04/10、改稿

内容を変更致しました。m(_ _)m

 あれから数日後のことである。


 ジェムは自室のベッドに沈み込んでいた。最初に目を覚ましてから枕に顔を埋めて、既に小一時間が経過している。カーテンから漏れる、東からの陽射しを浴びながら、一定の間隔で深く息を吸い、吐く、という行為を繰り返し、夢でも現実でもない狭間の世界を漂っていた。


 ジェムは疲れ切っていた。仕事が一段落つけば張り詰めた緊張感がなくなり、疲労が一気に押し寄せてくるのはいつものことだ。だが、今回はいつもと具合が違った。手足は鉛のようで、頭はまるで重石のようだった。何度も目を覚ましては、身体の重みに耐えきれず、瞼を開く力さえ奪われ、いつの間にかとろとろと眠りに落ちていく。


 それは、一種の防衛反応でもあった。逃避行動と呼ばれるもの、つまり、疲れているのは身体ではなく、心の方なのだ。


 ……だとしても、こう何日もこんな朝が続くと、逆に参ってくるな。


 そんなとき、ごんごんごん、と乱暴に部屋のドアを叩く音と共に、気怠い日常に終わりが訪れた。()まない耳障りな音に、ジェムは眉を顰める。そして、パットの怒声が続く。


「おい、ジェム! 起きてんならさっさと出てこい、お前に客だ! まだ寝てんなら早く起きて、飯食いに下りて来い!」


 どちらにせよ、部屋を出なくてはいけないらしい。


 ジェムは鉛のような腕を持ち上げて、掛け布団(デュベ)を剥いだ。来客を待たせぬよう、失礼にならない最低限の支度をして、梯子のように急な階段を下り、数分で部屋を出る。


 廊下にパットの姿は既になかった。

 バザロヴァ老婦人の部屋とパットの部屋の前を通り過ぎて、1階に下り、洗濯機やその他の生活用品が仕舞われた棚等が置かれた共有スペースの先にある、『パットズ・バー&グリル』の従業員通用口に続く階段をまた下りる。


 カウンター裏には、この店のシェフであるパットが、営業時間外にも関わらず立っていた。調理場を抜けてパットの隣に姿を現したジェムを見て、カウンター席のど真ん中を陣取っているその男は、ひょいと左手を上げて会釈した。


「ようやくお目覚めか、眠り姫」


 ジェムは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。


「……やあ、父さん」


 呼びかけられてグレアムは、にっ、と歯を剥き出して笑った。


「そう身構えるなよ。ほら、ここに座って、飯でも食いながら話そうぜ」


 とんとん、とわざわざ自分の右隣の席を左手で叩きながら、グレアムは言った。ジェムはじっとグレアムの表情を窺いながら、言われた通りに店のカウンター席に腰を下ろした。


 今、ジェムにとって最も解き明かしたい謎は、目の前にいる男が、()()()()()()()()()()()だった。彼の『二重人格』は、しばらく話してみるまでは判別ができないから厄介なのだ。


 グレアムは、キッチンでパスタ鍋を取り出したパットの姿を眺めながら、ジェムに言った。


「まずは、ご苦労さん。最初の思惑とは随分違ったようだが、期待通りの働きをしてくれたって依頼人が喜んでたよ」


 どうやら、"アンヘル"の方のグレアムらしい。"アラン"ならば、今頃にたにたと笑って、こちらを翻弄させようと先の見えない会話を始めているはずだ。ジェムは、ほっと一息を吐いた。


「……喜ばれるようなことをした覚えはないけど」

「これから先、お前が妖精闘争に関わるつもりかどうか、はっきりと意志を示して欲しかったんだそうだ。勿論、すべてを知った上でな」


 給仕のウィリーがコーヒーの入った陶磁器のカップをふたつ、ジェムの陰に隠れるような位置から配膳した。ジェムはグレアムの話を聞きながら、ウィリーに小さく頭を下げた。

 カップを手に取って、ジェムは訊ねる。


「そのために、あんな遠回りを?」

「自分の目で確かめなきゃ、答えを出せない連中が、探偵社(うち)にはごろごろいるもんで」


 耳が痛い。


「……それで、ぼくにどうしろって?」

「変わらず、仕事を続けてくれ。新たに生まれ変わるスミシー探偵社で」


 ごくん、と口内に流し入れたばかりの黒い液体を、ジェムは嚥下した。


「なんだって?」

「先日の臨時総会で、エボニー=スミスが"妖精の階段"に準ずる組織に関しての意見書を提出してな、」

「本部に? 会長自身が?」

()()()()として、スミシー探偵社の社長として、だ。これまでは、アルビオンとの戦争を恐れてささやかな抵抗しかしてこなかったが、これからは、この国に生きるすべての命あるものが持つ権利を護るため、"妖精の階段"を筆頭とする集団による不当な差別的取扱いを断固として拒否をする――いや、拒絶すると言った方がいいのかもな――とにかく、そういった内容の意見書を提出した。マイケル・スティールが"メイガス"から奪い返した妖精たちの遺品や、常務の怪我、それからお前やミス・アシュビーやモーズリーらが奴らから受けた被害なんかも議題に上がったらしい――ああ、それと、オーガスタス・グリーンの風評被害もあったな。あれも結構、役員の連中を納得させるのに役立ったみたいだぜ」


 聞き捨てならないと、ジェムはグレアムに詰め寄るように身体を向けた。


「ちょっと待ってよ、そのためにぼくは――()()()()は、あんな目に合わされたわけ?」

「いやいや、そのためにお前たちを危険な目に合わせたわけでは勿論ないさ。俺だって、火の中に部下を放り込めるほど鬼じゃない。虎穴に入らずんば虎児を得ず、なんて、図々しくて言えないよ。リグリーのことは想定外だったし、彼奴があんなことをするとは誰も思ってなかった。なにより、常務が彼奴のことを信じてたしな。だが起こったことは起こったこととして、奴らがいかにこの社会にとって危険なのかを示す事例としてはうってつけだったんだ」


 グレアムは、ジェムの目を真っ直ぐ見て言った。こうも真剣な顔をされてしまっては、疑おうにも疑えない。ジェムは、渋々と椅子に座り直した。


「……その意見書が、探偵社を生まれ変わらせるの?」

「それもあるが、社長が変わる」

「……え?」

「正直なところ、俺も驚いたよ。だけど、前回の定期総会で会長解任の議題が提出される前から、考えられていた話らしい。これまで通りスミスが社長を務めていたら、組織の力関係が崩れるからだそうだ。まったく、スミスもパウエルも困ったもんだよな、そんな素振りちっとも見せないで、後輩の俺たちにも相談せず、勝手に決めてよお――己の無力感に涙が出るぜ」


 グレアムは、ぐいっ、と肩肘ついて目頭を抑えたが、明らかに泣き真似である。


「それじゃあ、次期社長は――」

「その点については安心していい。お前がコリン・リグリーをしょっぴいてくれたおかげで、本部が選定に慎重なってくれたよ。集めてくれたグリーン派の資料からも、あの派閥がどんだけ頭すっからかんなのか分かったしな」


 ジェムは眉根を寄せた。


「……そんなの集めた記憶ないけど」

「……そうだったか?」


 グレアムは目を丸くさせて、さも記憶違いをしたと言いたげな顔だが、そんなことはないはずだ、とジェムは確信した。"アラン"との付き合いは短いのでいつも翻弄されっぱなしだが、"アンヘル"とはずっと家族として過ごしてきたので、このくらいの誤魔化しはジェムには通用しないのだ。


「父さん、()()ぼくの名前で自分の調査資料を提出したね?」

「頼むよ、ジェム。俺がやったって知られたら、途端にあの資料の信憑性がなくなっちまう」

「知らないよ――日頃の行いが悪いからそうなるんだろ」

「だってよお、"アラン"がオーガスタスのことをどうしても好きになれない、って聞かなくてさあ」

「自分の人格なんだから、自分で管理しなよ。ぼくに後始末を押し付けないでさ」


 ……なんでぼくは、この男を父さんって呼んでるんだ?


「……どうやって調べたの」


 呆れつつ、こうしてジェムは、義父の尻拭いを買って出る。身内に甘過ぎる、とは、よく言われたものである。


「なんてことはない、聞き取り調査だ。俺が直接聞くとはぐらかされるんで、ボニーに頼んで、グリーン派のふりをして話を聞いてもらった」

「……あの人も共犯か」

「いやあ、あの女性(ひと)には頭が上がんねえわ」

「ほんとにね」


 くつくつくつ、とグレアムは楽しそうに笑った。こんなふうに自分との会話を楽しんでいる姿を見ていると、目の前の男が"アンヘル"であると実感できる。ジェムの顔は無意識に綻んだ。


「――俺たちの新しい会社の話に戻るが、」いつの間にかジェムの方を見て微笑んでいたグレアムが言った。それに気付いたジェムが、些か気不味そうな顔を浮かべた。


「さっき話した意見書が本会議で可決されたら、うちに新しい部署が設置される。そうしたら、お前はそこに異動になる」

「また急な話だね。なんなの、それは?」

「妖精課だ」

「直球だな」

「正式名称は、スミシー探偵社調査部門ブランポリス支部妖精課特殊捜査班、ってところだろうな」

「長いな。ブランポリス支部、ってことは、全国各地の探偵社にも設置されるの?」

「いや、とりあえずはうちだけだな。だが、どうも同じ時期にお前と同じようにスワイリーの調査を任された連中が各地にいるらしくてな、調査結果次第ではそいつらも異動になるだろう」

「つまり、各地方の事務所からうちに集まるかもしれないってこと?」

「そういうことだな」

「じゃあ、そこにデイヴはいないね?」

「気になるのそこかあ?」


 確かに、聞くべき話は別にあるように思う。


「いつからぼくの異動が決まってたの?」

「強いて言うなら、常務が"メイガス"の再教育を受けたときからだ。とはいえ、俺がスミスたちに会うと専らお前の話しかしなかったから、ずっと目を付けられてたんだろうな」


 ジェムの眉間に深い皺が刻まれる。


「……冗談だろ?」

「本当さ。分かるだろ、お前の()()だよ。お前が"ホーム"にいた頃から、なんとなく察してたのかもしれないな。俺には全然分からんが」


 グレアムは些か悔しげに言った。その様子をジェムは不思議に思う。


「父さんは知ってたんじゃなかったの?」

「俺が? まさか。スーはなにも言ってなかったぞ。まあ、スミスたちがやけに俺の結婚に乗り気だとは思ってたがな。今になって考えると、目の届くところにお前たちを置いておきたかったのかねえ」


 ……母さんか。母さんはいつから"メイガス"や"魔法"の存在を知っていたのだろうな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ