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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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30(3/3)

2024/03/21、改稿

内容を変更致しました。m(_ _)m

「ジェム、」とリリーは、自分の肩を支えて身体を起こさせようとしているジェムの服を引っ張って、言った。「早くここから逃げて」


「なに言って、」

「わたしは妖精です。少なくとも、すぐに殺されることはないはず。だから、今のうちに逃げて、()()が現れる前に」

「できるわけないだろ、そんなこと!」

「ジェム、お願い、動けないの」

「うるさい、黙ってろ、なにか考えるから!」


 ジェムはぎゅう、とリリーの肩を抱く手に力を込めた。

 同じ頃、コリンの身体を支配した"それ"がこちらに顔を向けた。


「――おい、鹿面(しかづら)


 ジェムは行き当たりばったりに口を開いた。


「説明しろよ、なんでぼくを殺そうとする?」


 コリンはくにゃりと首を傾げた。


「「なぜ説明する必要が?」」

「頼むよ、理由が分からなきゃ、死んでも死にきれない」


 ジェム、とリリーは彼の胸許の服を引っ張る。なに言ってるの、と目で諭す。ジェムは自分の服を引っ張る彼女の手を掴み、ぐっ、とその手の平に親指を押し当てて、文字を書いた。


「冥土の土産だよ、分かるだろ、鹿面」


 コリンはじっ、とジェムを見据えた。


「「……ケテルだ」」

「ケテル?」

「「吾の名だ」」


 鹿面、と呼ばれるのが気に食わなかったらしい。


「もしかして、」リリーがロケットペンダントを握りしめながら、言った。「あの鹿の頭は、カルノノス様を模しているのですか?」


 リリーの問いかけに、ケテルを名乗るコリンは目を細めた。


「「模しているのではない。()()は吾だ」」

「どういう意味ですか?」

「「吾がカルノノスだ」」


 ケテルの科白に、なるほど、とジェムは応える。


「つまり、あんたが"メイガス"の教祖さまか」


「「スミスの子らよ、」」ケテルは眉根を寄せ、ふたりに憐れみの眼差しを向けながら言った。「「貴様らは何も知らぬのだな」」


 ジェムとリリーは顔を見合せた。


 リリーの手の中でロケットペンダントがちりちりと熱を放っていた。ジェムには、そこからぱちぱちと火花が弾けるように光の粒子が飛んでいくのが見えていた。ふたりがやろうとしているのは時間稼ぎだ。しかも、ふたりはロケットペンダントがどんな力を持っているのかなど、なにも知らない。ただ、これが"妖精の遺物"であり、持ち主を護ってくれるものであるという事実を信じるしかなかったのだ。


 ケテルはふたりの前で仁王立ちになって言った。


「「精霊に愛されしスミスの子よ、それが貴様の使命なのだ」」


「使命?」とジェムは聞き返す。


「「その身に宿りし精霊を解放せよ。さすれば、その力を以て、己の屍の上に王国を築いてやろう」」


 ジェムは思わず顔を顰めた。


「……なんだそれ、全然納得できねえ。悪いけど、こっちには先約があるんだ。死ぬときはどうしても一緒がいいって駄々こねられてるんで、あんたの願いは聞いてやれそうにないな」

「「残念だが、これは吾の要望ではない。女神に与えられし貴様の宿命だ」」


 痺れを切らした様子で、ケテルはジェムたちに向かって腕を伸ばした。コリンの背に大きな昆虫翼の光の膜が広がる。


「「――だが、せめてもの救いに、此奴(こやつ)の幻惑の"魔法"を使って、貴様の愛する者の手で死なせてやることはできる」」


 ケテルの科白を聞いて、リリーは、ぶわりと全身の毛が逆立つのを感じた。


「待って――」


 ペンダントを握る手に力が入り、リリーの背から光の粒子が溢れ出て、大きな光の膜がふたりを護るように包み込んだとき、


「――そこまでよ」


 若い女の声と共に、ちりん、と澄んだ鈴の音がした。奥の部屋からとてとてと足を動かして、斑模様の小さな雌猫が現れた。鈴付きの首輪を着けた、顔のきっちり片側が真っ黒で左右の目の色が違う、珍しい外見の猫だ。


 雌猫を見て、セイラ、とリリーが呟いた。しかし、光の膜がどんどんと厚みを増し、リリーたちを覆って視界をすっかり遮ってしまった。


「「……何のつもりだ、猫よ」」


 ケテルが言った。


「「貴様らは中立を保つのではなかったか」」


 ジェムたちとコリンの間にちょこんと座り、猫が口を開いた。


「事情が変わったの。その人間は、ワタシたちの目的に必要なのよ」

「「さては、貴様の計略か」」

「あら、なんのことかしら?」

「「とぼけるな。貴様が、その者らが手を組むように仕向けたのだろう? ――貴様の予言通りに」」


 ふふん、と猫は誇らしげに胸を張った。


「ワタシの話を覚えてくれていたなんて、嬉しいわ。それも、カルノノスの生まれ変わりのアナタに」

「「貴様の予言には看過できぬものがあった故」」

「世界の終末のこと?」


 ケテルは深い溜め息を吐いた。


「「……貴様の話はどれも大仰で疑わしい」」

「ワタシの話は本当だって、何度も証明したはずだけど?」

「「貴様の未来(さき)を視る目は認めよう。だが、女神の赦しを得るまで貴様が何度も同じ生を受けているという話は、(にわか)に信用できない」」

「気持ちは分かるけど、ワタシも参ってるの。今回もエオストラのお眼鏡に適わなかったら、次にはついに、視力を失うでしょうから」

「「女神の名を軽々しく口にするな」」

「ワタシと同じ目に遭っても、同じことが言えるかしらね?」

「「既にその道を歩んでいる」」

「だけど同じ時代を繰り返すことはないじゃない」


 イライラとしっぽを揺らす猫の指摘に、ケテルは黙り込んだ。生と死を繰り返す、彼にはその苦しみが理解できた。ただひとつ違うのは、この猫はずっと同じ時間軸に囚われているということだ。


「「……その者を見逃せと言うのも、それが理由というわけか?」」

「そうね。そう思ってくれていいわ」


 ケテルは、猫の後にいるふたりを見遣った。"魔力"の膜に覆われて、その姿を目視することはできないが、ふたりがケテルたちの会話を息を凝らして聞いているのが容易に想像できた。

 何枚もの妖精の羽を象った光の膜が包むその姿は、まるで梅雨に濡れた繭のようだ。


「「――良いだろう。吾は貴様との対立を望まぬ。望まぬがしかし、貴様の思惑に加担もせぬ。だがいずれ、貴様にも分からせてやろうぞ、吾こそが(いにしえ)の王国へ導く、妖精王だということを」」


 猫の尻尾が嬉しそうに、ひょいと持ち上がった。


「ありがとう、この貸しは必ず返すわ。どうか、ワタシがこの運命から逃れられるよう、祈ってて頂戴」


 猫の科白をケテルは、ふん、と鼻で笑った。期待もしないし、祈りもしない。気まぐれに、この小さな猫に同情してやっただけ。

 ケテルは再び黒い霧となってコリンの身体を解放し、キッチンの魔法陣(らくがき)を通ってこの場を去っていった。ケテルの支配がなくなったコリンは、その場にばたん、と昏倒した。


 ケテルの気配を感じなくなって、猫はようやく"魔力"の繭に包まれたふたりに声をかけた。


「――行ったわ。ペンダントから手を離していいわよ」


 しゅるしゅると布が巻かれて仕舞われていくように、リリーたちを包む光の膜がペンダントの中へ収束していった。呆然とその光景を眺めていたふたりは、猫の存在にはっとする。


 猫はリリーを見据えて言った。


「リリー、よく頑張ったわね。もう安心していいわよ、ワタシが助けにきたから」


 猫の科白に、リリーは安堵した。どっと疲れが押し寄せて、強烈な睡魔に襲われた。一瞬にして意識を手放し、重力に従ってずるずると身体を傾けた。

 リリー、と呼ぶジェムのひどく焦った声が遠くに聞こえた。


 珍しく慌てた様態を見せるジェムに、猫は「ジェームズ、」と声をかけ、こちらに顔を向かせた。


「大丈夫よ、"魔力"を使い過ぎて寝てるだけだから。アナタとは話したいことが沢山あるけれど、まずは人間の助けを呼ぶのが先だと思わない?」


 猫に促されるまま、ジェムは、入口付近に設置された緊急用の電話を視界に入れた。猫の正体が気になるものの、彼女の言う通り、今は助けを呼ぶべきだと考える。その上この猫は、リリーと顔見知りのようだった。


「……リリーを頼む」


 猫が頷くのを見て、ジェムはリリーを床に寝かせ、電話を使うために立ち上がった。

 受話器を手に取り、すっかり身体に染み付いた番号を押す。そして、3コールほどで、()()は出た。


「――こちら、スミシー探偵社ブランポリス支部」

「ボニー、ジェムだ。父さんに代わってくれ」


  無言の了承を得て、支部長室への回線が繋がる。


「――ジェムか。どうした」


 はあ、と深い溜め息がジェムの口から漏れた。それが疲れからなのか、安堵からなのかは、ジェムにも分からない。


「父さん、手を貸してほしい」

「――今、どこにいる」

「ガリヴ区の、ピクト山の麓の近くにある空き家だよ。その地下にいる。多分、"蹄鉄会"が所有してたものだ。ふたりが、気を失って倒れてる。原因は……よく分からないけど、"魔法"ってやつが関係してるみたい。その辺りは、会長か常務にでも聞いて、どうにかしてくれ。……ああそうだ、キェーフト病院とかいう所の医者なら、ふたりを助けてくれるかもしれない」

「――お前は?」

「……平気だよ、鼻から血が出てる以外には」

「――それは、『平気』の範疇なのか?」

「意識はある。動けるし、話せる」

「――……分かった。すぐに向かう」

「ありがとう」


 かちゃん、と受話器を置き、ジェムはひと呼吸置いて、後を振り返った。猫が蒼と翠の瞳でこちらを見つめていた。


 ……なんだか見覚えがあるように思うのは、気のせいか?


 ジェムは目の前の猫への既視感を覚えて、妙な気持ちになった。だが、だからといって、この猫を信用したり、疑ったりするというわけでもない。ただ、どのみち、探偵社からの助けが来るまで、この猫と話す必要がありそうだった。


「久しぶりね、ジェームズ――それともまだ、はじめまして、だったかしら。ワタシはセイラ。猫の妖精(ケット・シー)よ。それじゃあ、ちょっとお話ししましょうか」


 神妙な面持ちで正面に座るジェムに、猫は無邪気な少女のような声でそう言った。

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