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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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29(2/3)

2024/03/13、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

「だったら、どうするの? まあ、まずは上司(ボス)に報告するんだろうね。そして、僕をスミスに受け渡す――その後は? それでキミたちは一件落着? 僕がそのあとどうなるかなんて考えもしないで? そういうのをさ、偽善、って言うんだよ」


 コリンは力が抜けたように、どさっと床に腰を下ろした。ジェムたちがじっと耳を傾けてくれるので、コリンは少し気分が良くなって――というより、自暴自棄になっているのかもしれないが――話を続けた。


「スパイを見つけたら、スミスはどうするつもりだろうね? 警察に突き出すかな? 200年前ならまだしも、たかが警察が妖精だとか"魔法"だとかを信じるとは思えないけど。それとも、保安局の手を借りるかな? いや、ないだろうな。あそこが"メイガス"による悪の温床になってることは、スミスだって知ってるだろうし。"谷間の百合"はどうだろう? アイツら、"メイガス"を前にして、理性を保てるのかなぁ。拷問とか監禁とかするんじゃない? ふふ、そうなったら、どっちが悪者かわかんないな――ね、ジェム。キミはどう思う?」


 ジェムは困惑した。コリンが"メイガス"のスパイなら、同じく"メイガス"であるミアたちと、どうしてこんなにも反応が違うのだろうと。


 ……そういえば、コリンは妖精闘争の被害者なのだと、アーヴィン・パウエルが言っていなかったか。


「なんで逃げた?」


 コリンの問いかけには答えず、ジェムは訊ねた。コリンの表情が陰った。口許には、彼らしい、人の良さそうな微笑みを浮かべているが、リリーから見たコリンの瞳には紺色の靄がかかって、いつになく寂しげで――なにもかも諦めているように見えた。


「……分かるでしょ、スミスやアーヴィンが誰にも言わなかったことを、僕が知ってるはずないじゃない――"メイガス"でもなければ」


 どくん、と、リリーは自分の心臓が大きく脈打つのが分かった。


「"メイガス"は知ってるのか、あの誘拐事件の現場にスワイリーがいたことを」ジェムが訊ねた。


「……ううん。でも、いないはずないんだよ。そうじゃなきゃ、あんな結果になるはずがない。"メイガス"の"魔法"使いたちが、全滅だなんて」


 ……そういうことだったのか。


 ジェムはコリンの話を聞いて、ようやく事の真相を理解した。スミシー探偵社があの事件をどうやって解決したのか、"メイガス"がなぜスミスの探偵に付き纏うのか、あの事件の犯人たちが死ななければいけなかった、その理由も。


  ……ただの誘拐事件ではなかった。戦いだった。その場は、戦場だったのだ。


「……本当にやつらのスパイなんだな」


 ジェムの言葉を、コリンは、うん、と肯定した。先程より素直な反応を見せるのは、ジェムが話も聞かずにコリンを責めたりしなかったからだろうか。

 参ったな、とジェムは呟いた。


「仕事だから、上になにかしら報告しないといけないんだけど……」


 ジェムの呟きに、コリンは身動(みじろ)ぎした。そんな彼の様子をジェムはじっと見つめた。


「……まあ、状況次第では、父さんくらいは容赦してくれるかもな」


 コリンが些か驚いた様子で顔を上げた。


「知ってること、言いたいことがあるなら吐き出せ。全部聞いてやるから」


 それを聞いたコリンは、ふふ、と笑う。


「甘いなぁ、ジェムは。敵のスパイの僕に、情けをかけるなんて」

「別に見逃してやるとは言ってない」

「わかってるよ」


 コリンはゆっくりと立ち上がると、首を傾けて、自身の背後を示しながら言った。


「――来て。スミスたちの隠れ家に案内してあげる」


 そう言って彼は踵を返し、少し歩いたところでしゃがみ込んで、床板を外した。地下へと続く穴と梯子が顕になる。

 

「これが、あの柱の秘密か?」

「なんだ、気付いてたの?」

「壁紙の下から見えてたんだ、鉛の壁が」


 ジェムとコリンの話題についていけず、リリーはこのまま置いていかれるまいと、首を突っ込んだ。


「なんの話?」

「階段の横に大きな柱があったろ」


 ジェムは言いながら、穴を指さした。


「これが、その中」


 リリーは、じっとジェムの指が示す先を見つめた。その目が、興奮できらきらと輝き始める。


「……すごい」

「きみ、隠し通路とか好きだよな」


 そういえば、初めて保管庫に訪れたときも、こんな顔をしていたっけ。


「この先で話をしよう。見せたいものがあるんだ」


 ジェムとリリーは再度顔を見合わせ、そして、コリンの提案を受け入れることに決めた。コリンを完全に信用したわけではないのだが、この先にあるものを確かめなければ、という探究心には抗えなかったのだ。


 好奇心を刺激されたリリーが最初に梯子を下り、次にジェムが続いた。最後にコリンが梯子に足をかけ、床板をもとに戻してから下からの僅かな光を頼りに下りていった。


 地下には無機質な鉄筋コンクリートの通路が続いていて、その先にはこれまた重厚な金属製のドアがあった。通路には等間隔に灯りが付いていて、先程の廃屋と違ってこの地下には電気が通っているようだ。ドアの横には、換気装置とガスフィルターが設置されている。これらは、"ホーム"から行ける地下トンネルの隠れ家を想起させたが、そのドアを開けるのにコリンが力一杯使っていた様子から、この先にある部屋があの隠れ家よりもずっと強固で、中のものを確実に守るために使われていたであろうことは、誰の目にも明らかだった。


 鉄筋コンクリートに守られたその部屋は、殺風景な仮設病院のような場所だ。

 6台ほどのベッド、薬用冷蔵庫が1台と壁一面の薬棚、パーテンションで区切られただけの小部屋には診察台と採血台が置かれていて、簡易的な処置室になっているようだ。ドアの横に備え付けられた固定電話は、緊急用だろうか。


「ここはね、」コリンが後ろ手でドアを閉めながら言った。「"メイガス"の再教育合宿から逃れてきた人たちを、アーヴィンが匿っていた場所なんだ」


 ジェムが窺うようにじっとこちらを見つめてきたので、コリンはふっと微笑んで、自分には敵意がないことを示してみせた。


「僕も少しの間だけど、ここにいたのさ」

「……常務に拾われたって言ってたな。奴らの再教育を受けていたところを彼に助けられたのか?」


 ジェムの問いかけにコリンは首を振った。


「違うよ。アーヴィンが犠牲者の人たちを施設から連れ出そうとしていたところに僕が偶然出会(でくわ)したんだ。それで、ちょっと面白そうだな、って思ったから、『僕も連れてってよ』って頼んだ」


 ジェムの片眉が、些か驚いたように、くいっと持ち上がった。


「まるで状況を理解していない様子の僕に、アーヴィンは同情してくれたってわけさ。ホント、お節介だよね」


 コリンは、まるでそれが笑い事かのように目を細めて言った。しかし、彼の声色にはなんとなく哀愁が漂っていた。


 座って、とコリンはジェムたちに、1台のベッドを指し示した。ジェムたちが黙ってそれらを見ていると、既に隣のベッドに腰掛けたコリンが不思議そうに見上げてきた。


「座らないの?」


 ちら、とふたりはお互いの顔を窺い見て、そしてジェムが口を開いた。


「……ぼくはいい」

「信用してないの?」

「ああ」

「そりゃそっか」


 そんなジェムとコリンの遣り取りを静かに見守っていたリリーは、では、とベッドに腰を下ろした。これからコリンの話を聞くにあたって、ジェムが疑う役を受け持つというのなら、リリーは信じる役を買って出ようと考えたのだ。


 ……オルトンが言ってた。疑うばかりじゃ、真実には辿り着けないって。


 三人が向き合う姿勢になって、コリンは、とんとん、と指の腹で自分の右頬を叩きながら、なにから話そうかな、などと呟いた。


「ジェムは、"妖精化計画"って知ってる?」

「失われた妖精王国を再建するために、人間も"魔法"を使えるようにする、っていう話?」

「まぁ、概ね合ってるよ。本当は、たったひとりの妖精を神格化させるために立てられた計画だけど」


 ジェムの眉間に皺が寄る。


「……妖精王のことか?」

「知ってるんだね」

「名前だけだ」

「宗教組織っていうのは、神として崇拝できる、可視化された対象を求めるでしょ? 偶像崇拝、って言ったら怒られちゃうかな? とにかく、"妖精の階段"にも、それは必要だった。だから、曰く付きの芸術品とかを使って、信者に崇めさせてたわけなんだけどさ。"メイガス"の場合、それが生身の人間なんだ」

「つまり、妖精王は教祖なのか?」

「教祖、か。アレがなにかを説いているところなんて、見たことないけど」


 でも、そうだね、とコリンは頷いた。


「どちらかというと、救世主(メシア)って感じかな。教えによれば、妖精王国を復活させるためには、妖精と人間を統率する王が必要らしいんだ。その王になることが自分の宿命だと考えているヤツがいて、ソイツが()()()を使って、他の妖精の力を奪ったり、自分の身体を入れ替えたりする方法を見つけるための実験をしてた。そして今、その技術を応用して、信者という名の"メイガス"の支援者を集めてるってわけ。敢えて異教徒の言葉を使うなら――『求めよ、さらば与えられん』ってとこかな。力を求める人間って、結構いるもんでさ――ジェムもスラムで生きてきたんならわかるでしょ、この世は持てるものと持たざるものに分かれていて、力こそ全てだってことが」

「……ぼくに同意を求めるな」


 ジェムの返答は相変わらずは素っ気ない。そこへ、あの、とリリーが口を挟む。


「自分の身体を入れ替える、ってどういうことですか?」

「そのままの意味だよ。ヤツは、元々持っていた他人の身体を操る能力を進化させて、身体を入れ替える方法を手に入れたんだ。僕らのおかげでね」

()()のおかげ?」


 コリンは一瞬黙ると、自分の手に視線を落とした。ぱっと広げた両手をまじまじと見つめながら、辛うじてジェムたちにも聞こえるくらいの声量で言った。


「……これは、僕の身体じゃないんだよ」


 リリーは言葉を失った。愕然として、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

 一方のジェムは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。この突拍子もない話を信じられるくらいの根拠が、彼にはあった。それは、ディガーが言っていた、ひとりの人間からふたり分の匂いがすることであり、あのミアやコリンの"魔法"が使用されるときに現れる光の翼が、妖精であるリリーの形と似ていることでもあった。


 ジェムは噛み付くようにコリンに訊ねた。


「他人の身体を奪ったのか?」

「……うん」

「妖精の身体を? 妖精の力を得るために?」

「別に僕が望んだわけじゃないけど、」

「いつだ、常務に出会う前のことだろ、その身体がいくつのときに入れ替えた?」

「……9歳だった」

「子どもじゃないか! その子はどうなったんだ、殺したのか?!」

「落ち着いてよ、しょうがなかったんだ! あの子の母親が無理心中を図って、子どもを生かすには僕がこの身体に入るしかなかったんだ!」

「生かしたって、()()をだろ!? その子の心は、魂は、()()()()()は、どこに行ったんだよ!」


 ジェムの剣幕に、コリンは圧倒されていた。確かに、身体の入れ替えは非道で、人の道を外れたものだ。正義を問われても仕方ない話だが、それでもまさかジェムがこんなふうに感情的になるなんて、コリンは思ってもみなかったのである。


 ……もっと、冷めていると思ってた。会ったこともない見ず知らずの子どもために、心を動かすような人ではないと、勝手に思ってた――いや、僕自身が()()なのか?


 コリンは少し冷静になった頭で、過去の記憶を辿った。そして、心の奥底に眠らせていたあの子どもの妖精への罪悪感を、このときになってようやく思い出した。助けられると思って入ったこの子の身体には、彼の記憶の断片すらも残っていなかったのだ。


「――分からないんだ。あの子はどこにも()()()()()、見つけられなかったんだ」


 三人の間に、重苦しい沈黙が流れた。

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