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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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60/77

28(2/3)

2024/03/13、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

「……スミスの犬」


 一瞬、ディガーのことを言われたのかと思って、ジェムはどきりとした。しかし、話の流れから突然彼の話をするとは考えづらかったので、おそらく比喩的な意味で言ったのだろうと解釈した。


 いつもの人の良さそうなあどけない少年はどこへやら、そこには追い詰められた獣のような顔の男が立っていた。追い詰められた鼠は猫を噛むと言うが、こんな顔をするコリンを鼠と称するのは誤りだろう。どちらかというと追い詰められたのはジェムの方で、コリンを猫だと気付いていなかった、と言うべきかもしれない。コリンが敵を甘く見ていたのではなく、ジェムが敵の正体を見誤っていたのだ、と。


 コリンはふん、と鼻で笑った。


「ジェムは、会長派だったよね? こんなことするのは、会長のため?」

「なにを言ってる?」

「ああ、そっか。お義父さんは有名な会長派だもんね。ミスター・グリーンとも犬猿の仲だし。彼が次期会長になるのが、そんなに許せないんだ?」


 ジェムは困惑した。さっきまでスワイリーや"メイガス"のことを話していたのに、なぜ脈絡もなくミスター・グリーンの名前が出てくるのか、全く理解できなかった。


 ……いや、全くできないわけじゃない。少なくとも、ミスター・グリーンとコリンを繋ぐ、ある出来事を()()()()()――正しくは、グリーン派、だが。


「ミスター・グリーンの悪口を広めてるのも、君でしょ」


 コリンがそう断言した直後、ジェムは自分の背後に何者かの気配を感じ取って、瞬時に振り返った。


「……きみは、」


 そこに立っていたのは、先日、ここへ訪れたときに見た、吃音症のある年上の後輩社員だった。



 * * *



 あの日、ジェムがコリンの様子を探りに記録保管庫に訪れたとき、実はちょっとした騒動があったのだ。


 ジェムがぺらぺらと手許の調査記録を捲りながら、周囲の会話に耳を傾けていると、棚の向こうからやや大きな声で喋る社員たちの愚痴に注意を引かれた。どうやら彼らは、愛想の悪い依頼人や贔屓がすぎる依頼人などへの不平不満を個人名を挙げながら話しているうちに、興奮して自分たちの声量に気を使えなくなっているようだった。

 ジェムだけでなく何人かの保管庫の利用者が彼らの声が気になって、そちらに視線を向けていると、あの吃音症のある後輩社員が、愚痴を言い合う先輩社員たちの傍らに行って、彼らに負けず劣らずの声量で言ったのだ。


「今、なにを話していました?」


 随分と流暢だ。最初の違和感はそれだった。彼は、緊張しているときや感情が昂っているときほど、吃りやすい体質のはずなのに。


 先輩社員たちは、突然現れた後輩社員に驚いた様子を見せながらも、素っ気なく応答する。先輩としての威厳を示すには、尊大な態度を取ればいいと勘違いしているのかもしれない。


「なに、って、ただの愚痴だよ。君には関係ない」


 しかし、後輩社員は少しも怯まない。むしろ彼らに対抗するように、反抗的な態度で距離を縮めていく。


「サー・オーガスタス・グリーンのことですよね?」

「サー? ……それが、君になんの関係があるんだ?」


 すると、応対した社員とは別の、もう一方の先輩社員がなにかを思いついたのか、あぁ、と口を開いた。


「もしかして、グリーン派? やめときなよ、あの人が会長になっても、うちの会社にはなんの得にもならないから」


 後輩社員は黙りこくった。それはそれは、重々しい静寂だった。ジェムを含む彼らの話に耳を(そばだ)てていた者たちは、その静寂がなにを意味するのかはっきりと理解した。


「……そうですか。じゃあ、」


 後輩社員がすっ、と一歩を踏み出したかと思うと、彼の腕が真っ直ぐ伸びて、彼の手は、後に喋った方の先輩社員の頭を掴んで、その後頭部を後ろの棚に押し付けていた。


「――ちょっと! なにしてるの!」



 * * *



「――どうして、ここに」


 ジェムの呟きなど、聞こえてもいないのだろう。あの後輩社員は、ちょうどあの日の先輩社員に対峙したときのような顔で、ジェムの視線の先に立っていた。


「卑怯な真似で、サー・オーガスタスの邪魔をするとは! 恥を知れ!」


 言うが早いか、後輩社員はジェムに掴みかかろうと腕を伸ばした。ジェムは(すんで)のところで横へ身を(かわ)して、後輩社員の腕を掴んだ。その背後で、たったったった、と誰かが走り去る音がする。


「コリン、待て! 話を聞け!」


 首を後ろに回して、コリンの背中に向かって叫ぶが、やはり彼はこちらを振り向かず、ジェムたちのいる場所からどんどん離れていく。


「――ったく、まだ"メイガス"の名前を口にしただけだろうが」


 苛ついたジェムが思わずぼやくと、その隙を見極めた後輩社員が、ジェムに掴まれた腕を捻ってくるりと彼の身体を反転させ、その腕を背に回してジェムを棚の方に押さえつけた。肩から腕が引きちぎれそうな痛みに、ジェムはうぅ、と呻いた。


「……なるほどね。これがグリーン派か。父さんが苦労するわけだよ」


 ジェムはどうにか拘束から抜け出せないかと、使える方の手で目の前の棚をぎゅっと掴んだ。そうして痛みに耐えながら、精一杯虚勢を張って、背後の後輩社員に揺さぶりをかけた。


「でも、おかしいな。きみ、まだ新人だよね? グリーン本人に会ったことないはずだけど? なんでそこまで心酔してるんだ? 自分でも、変だとは思わないのか?」

「うるさい! そのお喋りな口、利けないようにしてやる!」


 ……どいつもこいつも、話を聞かないな。


 ジェムはうんざりした。

 すると突然、うぐっ、と喉が潰れたような声がして、ジェムの腕が解放された。


「――悪いな、新米。お前の相手は、この俺だ」


 後輩社員とは別の声が言った。ジェムがその声の主の姿を確認しようとそちらに身体を向けると、目にしたのは、ヒッピー姿の男が後輩社員を羽交い締めにしているところだった。

 ヒッピー男と目が合ったので、ジェムは彼に声をかけた。


「やあ、デイヴ。やっぱり、きみは頼りになるよ」


 ヒッピー男――もとい、デイヴは変装で些か大きくなった鼻で、ふん、とジェムの賛辞をあしらった。


「おい、カヴァナー。まさかお前、こうなると分かっていて、俺を頼ったんじゃないだろうな?」


 ふむ、とジェムは考える。



 * * *



「――ちょっと! なにしてるの!」


 先輩社員に後輩社員が掴みかかった直後、甲高い少年のような声が保管庫内に響き渡った。


 あの日に起こった騒動で、ジェムが気になっていたのは、吃音症のあった後輩社員の不自然な変化だけではない。もうひとつ、(いさか)いが掴み合いの喧嘩のなろうとしていたちょうどそのときに、間に入ってきたコリンのことが、ずっと心に引っかかっていたのだ。


 コリンは後輩社員の肩を掴んで言った。


「ここをどこだと思ってるの? 喧嘩なら外でやってくれる?」


 すると、後輩社員は懇願するような目で言い訳をした。


「ですが、管理人! こいつらは、サー・オーガスタスを!」


 コリンはもう片方の手を挙げて、後輩社員を制するように手の平を見せた。


「はいはい、わかったから落ち着いて。キミのミスター・グリーンへの忠誠心は尊敬に値するけど、だからって暴力を振るっていいことにはならないでしょ?」


 後輩社員は納得がいかないらしく、不満を示すように声を洩らした。その様子は、親に駄々を捏ねている子どもの姿によく似ていた。しかし、コリンに三角の目でじっと見詰められると、後輩社員は渋々と先輩社員の頭から手を離した。


 ――否、ただ見詰められていただけじゃなかった。彼が先輩社員を解放する直前、コリンは後輩社員の耳に顔を近付けて、親が子に言い聞かせるように言ったのだ。


「――それに、いいの? ここで君が暴れたら、キミの敬愛するミスター・グリーンのイメージが、どんどん悪くなっちゃうよ?」


 そのときジェムは思ったのだ。まるであの後輩社員は、コリンに手網を握られているようだ、と。



 * * *



 ジェムは目を細めて、にやり、と口角を上げる。


「――さあ、どうかな」


 この顔をしたときのジェムは、決して本心を明かさないことをデイヴは知っていた。この気取り屋め、と自分自身が気取り屋なことを棚に上げてデイヴは思う。


「まぁ、いい。行け、逃がすなよ」


 デイヴの言葉に、ジェムはぱっと頭上を見た。幸い、吹き抜けの向こうの地下1階で、コリンが走っていく姿を確認することができた。


「ああ――ありがとう」


 ジェムはコリンから視線を外さないままに感謝の言葉を告げると、直ぐ様駆け出した。デイヴはその背中を目で追いながら、血走った目の社員を拘束する腕にさらに力を込めた。


「ミスター・グリーンのことなら、この会社の誰よりもよく知っている。安心しろ、その馬鹿な妄想から、この俺が救い出してやる」

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