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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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27(1/2).無垢がもたらす危険 - Jeopardy by Innocence

2024/03/13、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

 日が昇ったばかりの白んだ空の下で、リリーたちを乗せた白いビジネスクーペは、時間帯ゆえか人の少ないガスステーション* に立ち寄った。

 助手席に座るリリーは、眠るまいとこれまで必死の努力を続けてきたものの、ほんの刹那だが、睡魔に陥落してしまっていた。エンジンによる揺れが収まったのとほぼ同時にリリーははっと覚醒し、きょろきょろと辺りを見回した。


 給油機の横で車を停めたオルトンは、そのまま下りるのかと思いきや、しばらくの間じっとサイドガラスの外を睨み付けていた。怪訝に思ったリリーは、声をかけた。


「どうしたの?」


 オルトンは即座に答えた。


「聖堂がある」


 言われてサイドガラスの外を見遣ると、確かにオルトンの目線の先には、"妖精の階段"の聖堂があった。魚の鱗のような板を重ねた三角屋根が連なった、特徴的なその建物は、まるで小さな城のようだ。広い空の下ではためく旗には、ユリの花が描かれている。


「……聖堂がどうかしたの?」

「"妖精の階段"の聖堂だぞ? なんにも思わないの?」


 オルトンの苦虫を噛み潰したような顔を見て、リリーは、ああ、と納得した様子の声を漏らした。


「ごめんなさい、まだ、実感が湧かないの。あの人たちが妖精に酷いことをしている、って」

「そりゃあ、君は彼らの"良いところ"しか知らないから」

「オルトンはなにか知ってるの?」

「忘れたの? あいつらが異教徒にどんな扱いをするのか」


 オルトンは噛み付くように言った。その勢いに気圧されながらも、リリーは考えた。


「……オルトンが聖堂に行ってないからって、学校で除け者にされたこと?」

「あぁ、懐かしいね――僕があの町を嫌いな理由のひとつだ。なにを信じようと、僕の勝手だろうに。 あいつらは昔から、自分たちの神々を信じない者を自然災害や疫病なんかの原因に仕立て上げて、生贄にしたり処刑したりして迫害してきたんだ。昔はそれが国を護ることにもなっていたのかもしれない。ひとつの教義によってまとまった集団っていうのは、軍隊にも匹敵する強さを持っているからね。だけど、未だに異教徒を罪人のように扱うのは、どういう理屈なんだ? 生命あるものは皆、神のもとに平等であるはずだろう? ――ああ、分かってるよ。彼らの教えにはない言葉で彼らを批判してはいけないってことも、本当の彼らは、自分たちに優位な社会を創造するのに邪魔な集団を、天命などと宣って排斥してるだけだってこともね。あいつら、口だけは達者だから。上手く信者たちを言いくるめて、布教という名目で選別を行ってるんだよ」


 オルトンの熱弁に、リリーは苦笑した。この、正義感が強すぎると言うべきか、他人に対して妙に批判的になる部分は相変わらずだ。


 オルトンの宗教嫌いは、幼少期に受けた屈辱に起因している。例えば、婚外子として生まれたオルトンは、ギファード家に引き取られてすぐの頃、食事の前や就寝前の祈りに関して彼がまったくの無知であることが発覚したとき、ミセス・ギファードに憐憫の眼差しを向けられた。オルトン曰く、その眼差しは、十分に教育を受けられていない野蛮人を見るような目つきだったという。


「もしも、偽りの神を信じることが罪なら、それを裁くのは神だ。人間じゃない。神の言葉を借りようと、人間が裁いていいものじゃない」

「そうね。ありがとう、おかげで目が覚めたわ」

「僕も眠気が吹き飛んだよ」


 ふぅ、と深く息を吐いて、オルトンはシートに沈み込んだ。夜通し車を走らせて、やっとひと息つけたのだ。まったく、リリーの我儘には困ったものだ――と思いつつ、心の片隅ではちょっとした冒険に心が浮き立っていた。まるで、子どもの頃に戻ったみたいに。

 しかし、今と昔では明らかに違うことがひとつ。オルトンは、ちら、とリリーを窺い見た。


「……皆が祀りあげてるものの末裔なのって、どんな気分?」


 リリーは視線を落としてじっくりと考え込んだ。最初こそ、妖精という存在が現実にいるなんて信じられないと思っていたし、否定すらしていたのに、自分が妖精の血を引いていると母に告げられたときは、難なく受け入れることができた。むしろ、納得すらしたのだ。ミアたちのような他人を虐げる側の人間にはなりたくないが、あの博物館で見た"妖精の遺物"のように虐げられてきた人々の味方にはなりたいと思った。だから、自分のアイデンティティを受け入れることができたのだと思う。

 だが、その妖精という存在が、エルヴェシアやアルビオンでどんな意味を持つのかについては、考えが及ばなかった――こうしてオルトンに訊ねられるまでは。


 ……改めて考えると、なんだか……


「……すごく変。昨日まで人間として普通に暮らしてたから。自分が妖精だと分かったからって、わたしはわたしで、なにか変わるわけじゃないんだけど、考えれば考えるほど自分が分からなくなってくるわ。ただ人間じゃない、ってだけなのにね」


 しかし、哀しい(かな)、人間かそうでないかが、この世界では重要な問題なのであった。オルトンは、リリーの微笑から滲み出る淋しさに、ちくりと胸が痛んだ。


「ねぇ、オルトン」


 気持ちを切り替えるように前を見たリリーが、フロントガラスの向こうに見えるコンビニエンスストアを見据えながら言った。


「お店の人、こっちを見てるわ」


 促されるようにオルトンも前を向くと、コンビニのレジに立つ男性が、窓越しにこちらを怪訝そうに見つめているのが見えた。車を停めてから数分は経過しているのに、誰も降りて来ないからだろう。怪しまれるのも、仕方ないというものだ。

 オルトンは、ふふっ、と小さく笑った。


「本当だ。ガソリンを入れに来たんじゃないなら場所を占領するな、って顔に書いてあるね」

「早く下りないと、怒られちゃうかも」


 リリーに冗談交じりに急かされて、オルトンはやっと車から降りた。コンビニ店員が半ばほっとした顔で彼らから視線を外したので、やはり彼は、ふたりのことを注視していたのだろう。

「君も降りておいで、腹を満たせるものを買っていこう」とオルトンに言われ、リリーも外に出る。


 車の施錠をし、コンビニエンスストアに入店したオルトンは、休憩、と言って手洗い場へ向かった。その間、リリーは店内を物色することにしたが、頭の中では"妖精の階段"のことばかり考えていた。


 かつての"妖精の階段"が、異教徒を血も涙もない方法で排斥してきたことは事実だ。けれども、それは大昔の話。現在の"妖精の階段"は、妖精伝説を通して市民に生活や思想の指針となる教義を説くだけの教団に過ぎない。彼らの教えを支えに、辛い境遇を生き抜いた人も少なくない。


 聖堂で開催される未成年を対象にした集会では、チェンジリング伝説について討論する授業なども行われていて、そうした環境で育った"妖精の階段"の信者には、たとえ取り換え子でも慈しみの心を持って育てる自信があると答えられる者が多く、実際に養子縁組に積極的な人々も多い。

 "妖精の階段"の教えによると――異国の妖精信者からは失笑されてしまうだろうが――、チェンジリングとは、女神エオストレに仕える妖精たちによって、人間たちが彼女の加護を受けるに値するか見極めるために行われる、試練なのだという。女神の子らである妖精のなかでも、醜かったり欠陥がある子を取り換え子として人間のもとへ送り、彼らがその子をどう扱うかを7年周期で見定め、審判を下すのだという。連れ去られた子どもについて、女神から返還されることを望んではいけない。それを望むことは、女神の慈愛の心を疑うことであり、愛情深さに関しては、女神エオストレに勝る者はこの世には存在しないからだ――というのが、"妖精の階段"の教えである。


 ギファード夫人も、その教えを信じていたからこそ、オルトンを正式なギファード家の子として受け入れられた。勿論、彼は取り換え子ではなかったが、"妖精の階段"の信者ならば、たとえ私生児だろうと預かり子には、まるで女神の子であるかのように愛情を注げるものなのである。その代わり、教団の教えに無知な人間を可哀想な野蛮人と捉えてしまうような、選民思想が垣間見えるところが少々厄介なのだが。


 休憩から戻って来たオルトンに、リリーは出し抜けに話を切り出した。


「聖堂に通うのも、悪いことばかりじゃないわ。死後の救済だとか、罪の赦しだとか、そういう教えは、悩みを抱える人たちの道標(みちしるべ)になることだってあるんだから」


 オルトンは、くいっ、と片眉を上げた。


「立場が変わった途端、奴らの味方をするわけ?」


 リリーは、オルトンのどこまでも反抗的な態度に呆れて、語気を強めた。


「事実を言っただけでしょう?」


 どうだか、とオルトンは肩を竦めた。はぁ、とリリーは溜め息を吐く。

 オルトンの言う通り、母の言葉を額面通り受け取るなら、リリーは"妖精の階段"が信仰する妖精たちの末裔に当たるのだろう。だが、それが理由で"妖精の階段"の味方になるなど、断じてない。


「どんなに良い薬も、使い方次第では毒になるってことよ」

「その薬で、甘い汁を啜っている人間もいるのをお忘れなく」


 ……まったくもう。どうしても"彼ら"を悪者にしたいみたい。わたしはただ、皆が皆、悪いことを考えてるわけじゃない、って言いたかっただけなのに。


 とはいえ、リリーにしても"妖精の階段"を筆頭とする宗教を、絶対的に肯定するつもりはない。勿論、否定もしない。何事にも一長一短がある、とは、フェリシアがよく娘に言い聞かせていた言葉である――それが、彼女を優柔不断な性格にさせてしまったことも事実だが。

 今だって、幾つもあるスナック菓子やチョコレート菓子が並ぶ陳列棚の前でリリーが立ち尽くしているのは、彼女のその優柔不断さが発揮されているからである。


 そこに、オルトンがリリーの目の前のチョコレートバーをむんずと掴み取ったので、リリーは、きっ、と非難の目を向けた。オルトンは、にこ、と羊のような笑みを深めた。


「時間が勿体ないよ?」


 むっ、とするが、その通りである。リリーは反発することを諦めた。


 オルトンがレジの店員に20リブル分の給油をすることと給油機の番号とを伝えて、会計をしている時間、リリーはコンビニエンスストアの外に出て、車の側で待つことにした。

*ガソリンスタンドのこと


何も考えずにアメリカのガソリンスタンドのシステムを使用してしまいましたが、良かったのかな…?

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