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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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26(2/2)

2024/03/13、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

「当ててみようか」オルトンは表情をなくした顔で言った。「君は街に戻りたい。だけど君の両親が許さない。だから家出して、僕を頼りに来た。家に居場所のない僕なら、たとえ利用されていると分かっていても君に手を貸すだろうから」


「利用してなんて、」

「間違ったこと言ってる?」


 リリーは返答に窮した。


 確かに、リリーはオルトンを頼りに来た。家を飛び出すまでは、自分ひとりでやり遂げる勇気があったものの、その先に待ち受ける長い旅路にはまだ、ひとりでは心細かった。それを「利用している」と言われれば、そうかもしれないとも思うが、だからといって、それを肯定したくはない。始まりがなんだったにしろ、リリーにとってオルトンはかけがえのない存在で、これまでもこれからもずっと家族なのだ。


 リリーは心を落ち着かせるために、深呼吸した。


「……オルトンは、わたしのお兄様だから、いつも一緒だったから、そばにいてくれると心強いの。だから、オルトンの力を貸してほしい」


 空気が、ぴりっ、と凍りついた。オルトンの目が真っ赤に燃えていた。怒りの色だ。そして微かに、哀しみの蒼色も。


「僕が君の兄だったことなんてない」


 オルトンは静かに、だが、はっきりとリリーに聞こえるように言った。


「他の誰かの兄でも弟でも、息子でもない。誰かの家族だったことなんか、一度もない。僕は、いつだって、利用されていただけだ――君にさえ」


 オルトンの言葉は、リリーの心に棘のように突き刺さった。彼の言葉は、まさにリリーが聞くのを恐れていたもの――いや、それ以上だった。


「……そんなふうに思ってたの? ずっと?」


 リリーは、答えを知りたくないと思いつつ、確認するように訊ねて、オルトンの言葉の真意を探ろうとした。しかし、帰ってきたのは突き放すような言葉だった。


「そうだよ。兄妹になれるはず、ないじゃないか。君は家族に愛されて、僕は誰にも愛されない。無理なんだよ、そんな僕たちが兄妹になるのは。僕たちは、お互いを理解できないんだから」

「……じゃあ、今までのわたしたちはなんだったの?」


 オルトンの表情が固まった。ぎょっとして目を剥いて、魚みたいに口を僅かに開いて、顔面を蒼白にさせて、一点を凝視している。一体、なにを見たと言うのだろう。


「リリー、」


 オルトンの唇が動いているが、なにも聞こえない。リリーはそれを不思議に思いながら、感情の赴くままに口を動かした。


「なにをするにも、どこへいくにもオルトンと一緒だった! 楽しいときも辛いときも、わたしの隣にいたのはあなただった! 家族にもできない相談を、オルトンにならできたわ! お母様やお父様への想いと同じくらい、あなたを愛してた! それでも、わたしたちはただの利害関係でしかなかったと言うの?」


 だとしたら、なんてことだろう。彼を想うふりをして、彼を頼るふりをして、実際には彼の気持ちを、優しさを、利用していただけだったのか。そんなことにも気付かずに自分の感情を都合のいいように解釈して、彼を兄のように慕っているなどとほざいて彼の心を縛り付けようとして、なんて自分は残酷だったのか。


「リリー、違うんだ、そうじゃなくて、」

「わたしには、わたしの世界にはずっと、わたしの家族とオルトンしかいなかった。だから、わたしにはあなたの気持ちを分かってあげられなかったのかもしれない。だけど、わたしの気持ちは嘘じゃなかった! だから――だから、自分は誰にも愛されないだなんて、言わないで! あなたにそんなことを言われたら、わたしは、わたしは……」


 ……もう、愛がなんなのか、分からない。


「……リリー、」

「……オルトンを信頼しているから、なんて、きっと都合のいい言い訳ね。オルトンの言う通りでわたし、あなたをいいように利用してただけだったみたい。今まで付き合わせちゃって、ごめんなさい。でも、安心して。もう二度と、あなたを困らせることはしないから。今までみたいに我儘も言わないし、こんなふうに頼ったりしない。オルトンがいなくても、なんでもできるようにするから――」

「僕がそうさせたんだ!」


 オルトンは大声を上げて、リリーの言葉を遮った。今度ばかりは彼女に声が届いたようだ。リリーは驚いた様子で、目をぱちぱちと瞬かせていた。


 オルトンはリリーの傍に歩み寄ると、チェストポケットからハンカチを取り出して、彼女に手渡した。リリーはハンカチを渡された意味が分からず、まじまじと惚けたようにそれを見つめていると、オルトンが呆れたように溜め息を吐いて、ハンカチをリリーの目許に抑えつけた。

 じわ、とハンカチが湿った。


「……困ったことがあったら僕を頼るように、僕が君に幼い頃から言い聞かせてきたんだ。誰からも必要とされなくなるのが、怖かったから」


 なのに突き放すような真似をした。惨めたらしく駄々を捏ねて、リリーを試した。自分が必要とされていることを確かめたかったのだ。彼女が、自分に利用価値がなくなったら捨てるような人ではないことを確かめたかった。


 ――必要なのは、どんな真実であろうと、きみが彼女の味方でいる覚悟を持つことだ。


 オルトンは、いつかジェムに言われたことを思い出した。結局、彼が忠告した通りになった。彼女が妖精だったってだけで、これまでに築いてきた彼女との確かな関係すらも疑ってしまったのだから。


 ……なんて、無様なのだろう。自分が傷付きたくないからと、彼女の心を傷付けて。彼女を失いそうになって、やっと自分の過ちに気が付いて。今、必死になって、彼女を繋ぎ止めようとしている――我儘は、どっちだ。


「……ブランポリスまで一緒に行くよ。君をひとりで行かせたら、僕はあとで後悔するだろうから」


 リリーはしばらく状況が掴めなくて、公園を出て行くオルトンの背中をぼんやりと見つめていたが、「リリー?」と振り返って怪訝そうに自分を呼ぶ彼の声で、我に返った。


 ……なにか言わなきゃ。あんな悲痛な顔で、口にするのも辛そうなことを言わせてしまったのに、わたしの頼みを聞いてくれたのだから、その気持ちに応えなきゃ。


「――ありがとう、オルトン」


 オルトンは肩の力が抜けて、唇に穏やかな微笑を浮かべた。


「僕の方こそ」


 久しぶりに見る彼の心からの笑顔に、リリーはほっとした。

 仲直りしたばかりで気恥しいのか、オルトンはシャツの袖口をさわさわと弄りながら、「早く行こう」とリリーを促した。


 ふたりは、公園の駐車場に停められたオルトンの車に乗り込んだ。貯金で購入したというこの車は、ボンネットフードがぼこんと丸く、小さなテールフィンが装飾された、型の古いビジネスクーペだ。


「――ところで、ブランポリスに戻って何をするつもりなの?」


 助手席に座ってシートベルトを締めるリリーを横目に見ながら、オルトンが訊ねた。


「わたしが始めたことを終わらせに行くの」

「君が?」


 その問いかけがまるで到底無理な話を聞いたような声色だったので、リリーは少々憤慨した様子で、頬をぷくりと膨らませた。


「人に頼んで任せっきりは嫌なの。それに、わたしにだって、できることがあるわ」

「……確かに」


 以前なら否定していたところを、オルトンは肯定した。確かに、彼女にしかできないことがある。その複雑な出自を受け入れた彼女にしか、できないことが……。


 血の繋がりはなくとも真の兄妹を乗せたクーペが、夜のバーニーヴィルを走り出した。

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