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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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54/77

【挿話】オーウェル保安官は死んだ - Sheriff Orwell's Dead

2024/02/02、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

「ホントにもう、なんなのよ……!」


 ミアはコンテナターミナル近くの倉庫裏で、頭から湯気が立つほど向かっ腹を立てていた。


 ジェムとヴィンスとの対決の後、"魔法"の使用で枯渇した生命エネルギーを補おうと深呼吸を繰り返していたとき、ミアは、身体を自由に動かせるくらいに回復するまでの間、仲間たちが必要な()()を終えていることに期待していた。だから、ディエゴとハーヴェイが血相を変えて手ぶらで走ってきたのを見て、彼女は心底失望したのだ。なぜならそれは、彼らが任務に失敗したばかりか、敵に情けない姿を晒してきたことを意味しているからである。

 ミアは憤慨した。


「こっちは限界まで魔力を生成して、オドを使い切るところだったのよ? それがどういう意味かわかるでしょ? 瀕死よ、ひ、ん、し! 死にそうになってたの! それをアンタたちは、たかが犬に怯えて、しっぽ巻いて逃げてきただなんて!」


 ミアの叱責に、ハーヴェイは静かな声で反論した。


「犬じゃない。あれは熊か、狼だった」


 なぜ、そんなところで(こだわ)る必要があるのか。ミアは呆れて一瞬、言葉を失った。瞬きを繰り返したあと、ふるふる、と首を振って気力を奮い起こす。


「……どちらにしたって、同じよ。アンタの"魔法"で動きを止めればどうってことないじゃない」

「あれは、普通の生き物じゃない」


 まだ言うか。


「普通じゃないってなにが。大きさ?」

「オレたちの目でも視えるくらい強力なオド・パワーが、焔みたいにアレの体から発出していたんだ」


 ディエゴがふたりの間に入って、ハーヴェイの代わりに答えた。しかし、それはミアをさらに怒らせる刺激薬になってしまったようだ。彼女は口をへの字に曲げ、わなわなと肩を震わせた。


「だったら余計、アンタの魔法が有効じゃない! 相手のオド・パワーに干渉して、制御するのがアンタの能力でしょうが!」


 だがハーヴェイは、ミアの剣幕にも動じず、再び静かに反論した。


「……あの規模のオド・パワーを放出できるなら、やつは相当な量のオドを持っているはずだ。俺の魔力量じゃ、制御しきれない」

「ああ、そう! もうッ、沢山! 似たような名前ばっかで、わけわかんないのよ!」


 ミアは怒声を上げて所構わず魔力を放出させた。ジェムたちを襲ったものほどの威力はないが、ミアを起点に暴風が吹き、ディエゴとハーヴェイは、すてん、と地面に尻餅をついた。

 魔力と共に怒りをも放出したミアは、感情を抑えるために前髪を引っ張りながら息を吐いた。


「……大体、オド・パワーってなによ、オドとなにが違うっていうの?」

「オドとは、」


 聞き慣れない低い声に、三人はそちらへ一斉に顔を向けた。脇を締めて、臨戦態勢に入る。


 現れたのは、キャトルマンハットを深々と被り、ぱりっとしたシャツを着てサンダルを履いている、服の組み合わせがちぐはぐな男だった。男は鼻の下のカイゼル髭を自慢げに撫でながら、悠々とした動作で三人に近付いた。


「――ドイツの科学者が発見した、この世に存在するすべてのものが持っている物質のことであり、その名は北欧の神オーディンにちなんでいる。"魔法"を扱う者にとって、オドは魔力を体内に定着させるために必要な、重要な物質だ。魔力許容量なんてものは、各々のオドの性質によって左右されると考えられている。対して、超自然エネルギーであるマナは、メラネシア語で『力』を意味し、"魔法"以外にも大抵の神秘的な力は、このマナが源泉であると言われている。火事場の馬鹿力なんかも、このマナが関わっているそうだ。そして――」


 そこで男は一度足を止めると、ふう、と息を小さく吐いてから、言葉を続けた。「――オド・パワーは、オドを持つすべての生きとし生けるものからから発出している生命エネルギーのことだ。逆を言えば、命あるものでなければ、オド・パワーは発出されない。つまり、オドを持たないものは存在しないとされている現状、オド・パワーが発出されていない生物は死んでいる、というわけだ。凄まじいオド・パワーを持っているなら、そいつには並外れた生命力がある、ってことだな」それから、にっ、とニヒルな笑みを浮かべた。「――だから、魔力の生成には気をつけなければならんのさ。魔力はオドを消費し、生命力を奪っていくのだから」


「ご教授、どうもありがとう。――で?」


 ミアは女性らしい高い声で感謝を述べつつ、アイスブルーの瞳で男を射るように睨みつけた。自分の手首を握って、いつでも戦えるように魔力の生成を始める。ちら、とハーヴェイを見遣れば、彼も同じように自分の手首を握り締めていた。

 非戦闘員のディエゴだけは、走って逃げ出せるように、地面に手を着いて、先程尻餅をついた腰を浮かせている。


 ミアは声を低くして、男に訊ねた。


「アンタ、誰?」


 男は、ふ、と鼻で笑った。


 すると、男が懐に手を忍ばせたので、ミアたちは危険を予測して一歩を踏み出した――が、男が左手をすっと前に出し、掌を見せつけながら「止まれ(スブスィステ)」と言ったのを聞いて、三人はぴたりと動きを止めた。しかし、彼らの身になにも起こらないので、三人は戸惑った様子でお互いの顔を見合せた。

 にや、と男の口許が歪んだ。


 男が懐から取り出したのは、一口大のロリポップキャンディだった。男はキャンディの包み紙を丁寧に剥くと、現れた黒い飴玉を煙草でも吸うかのように摘んで口に咥えた。


「――人間の身体は魔力を作り出す機能を持たないので、マナを認知することができない。マナを認知できないから、魔力を与えられても使うことができない。故に、」


「ちょっと、」とミアは、流れる川の如く喋り続ける男の声を遮ろうとしたが、彼女の声に被せるように男の声が大きくなって止めることができない。


「――"魔法"が使用されたときに霧散する"魔力"の結晶すら、人間が知覚できることはほとんどない。だから、器となった妖精の身体に己の魂を移すか――もしくは妖精が持つ魔力を生成する器官を移植し、人間でも辛うじて知覚できるオド・パワーに引き寄せられたマナを利用することで、ようやくお前たちでも"魔法"が使用可能になった、というわけだ――が、」

「ねぇ、」

「――難儀だな、魔力を生成するために毎度己の身体に触れなければならないなんて。妖精ならば、お前たちの"魔法"程度、呼吸をするのと同じくらい簡単に、いや、瞬きをするのと同じくらいの何気なさで扱えてしまえるものを。その差こそ、本物と偽物を隔てる重要な差であることに、果たして気付いているのか、もしくは奴の思惑通り――」

「質問に答えなさいよ!」


 ミアが力一杯声を上げると、男はぴた、と唇を動かすのを止め、ゆっくりと顔を持ち上げた。キャトルマンハットの鍔の下から、鷹のようなヘーゼルブラウンの瞳が覗く。きつい印象を相手に持たせるその鋭い目付きを、長い下睫毛が甘く和らげている。


「君たちの言葉で言うなら、俺は、万物に流れているエネルギーの持つ情報を、読み取ったり書き換えたり統制する者だ」


 男は答えた。


「……つまり、"魔法"使いってわけ?」


 ミアは問い詰める。


「それはお前たちのことだろう?」


 男は腰のホルスターに手をかけ、とんとんとん、と人差し指でベルトを叩いた。


「俺は"魔法"そのものだ」

「まどろこしいわね。名前をお聞かせ願えないかしら?」


 ミアの要求を聞いて、とん、と男の指が止まった。


「エジキエル・"ジーク"・オーウェルだ」


 びゅん、とオーウェル目掛けて、ミアの手から風が吹く――が、風は彼の目の前で割れるようにふたつに分かれて流れた。そこへハーヴェイがすかさず殴り込む。オーウェルは、その拳を片手で受け止めて、言った。


「随分な挨拶だな?」

「あの事件の生き残りがいたら、見つけ次第始末せよ、との命令だ。生き残りとは即ち、裏切り者だからな」

「裏切り者? お前たちが勝手に俺のことを仲間だと思い込んでいただけだろう」


 ハーヴェイのもうひとつの手が、オーウェルの鳩尾を狙って突き出たが、オーウェルはそれをも片手で受け止めてしまったので、ハーヴェイはならばと膝を使って彼の急所を狙った。オーウェルはそれを何食わぬ顔で受け止めて、片脚で立っている状態のハーヴェイを押し崩した。そこへ、ぱん、ぱん、とミアの魔力の玉が炸裂する。しかし、それらはオーウェルに一切当たらない。ただ、ふわりとそよ風でも吹いたかのように、彼の狐色の髪を揺らすだけだった。


「ミア、」と彼女の背後に隠れたディエゴが言った。


「逃げよう! あんなのに勝てっこないよ!」

「なんでよっ、アイツが妖精だから?」


 ディエゴはぎゅっと自分の胸許を握り締めた。


「知ってるでしょ、エジキエル・オーウェルはアデプトだったんだよ?! 選ばれし妖精王の騎士たちだ、オレたちの"魔法"なんかで適う相手じゃないっ!」

「……それでも、あたしたちはやるしかないのよ!」


 ハーヴェイが何度も立ち上がってはジークへ間合いを詰め、攻撃を繰り出している後ろで、ミアはハーヴェイを援護するように魔力の玉を作っては、オーウェルに攻撃させる隙を作るまいとそれらを放った。それでもふたりは、彼の髪の毛一本すらも傷付けることができない。ミアがとっておきの巨大な魔力の玉を爆破させても、オーウェルの周りで粉塵が舞うだけだった。


 オーウェルは、くくく、と笑い、ロリポップの棒を摘むと、がりっと飴玉を噛み砕いた。


「妖精を食えば力が手に入るなんて迷信が、信じられていた頃が懐かしいなァ。あんときは、まだ、辛うじてでも俺たちに対する畏怖が感じられた。だが今の人間共は、妖精でもないのに"魔法"が使える自分たちこそ特別だと自惚れてやがる。結局は、なにもかもを妖精から奪って、やっと使えたってだけなのによ」


 にい、と白い歯を剥き出してオーウェルは、ミアの放つ"魔法"を狙って、ロリポップの棒を投げた。ばん、とハーヴェイの真横で魔力の玉が爆発する。


「――ちゃんと感謝してるか? その能力の元・所有者サマらに」


 ミアの"魔法"をもろに受けたハーヴェイは膝から崩れ落ちると、口から赤黒い液体が、がはっと飛沫を上げて吐き出された。オーウェルに使おうと内に溜めていた魔力と、ミアの玉の魔力が体内に吸収されたのとで彼のオドが限界まで消費され、彼の魔力許容量を超えたのだ。


 ミアがハーヴェイの敗北で気が逸れているところへ、オーウェルは戦闘が始まって以来、最初の第一歩を踏み出した。


「そういや、未だに迷信を信じてる愚者もいるにはいるんだったか? 信仰が行き過ぎて、俺たちのことを芸術品にしちまう輩とかな。まったくケテルの野郎、自分こそ妖精王だと(のたま)いながら、人間たちに妖精を好き勝手に蹂躙させてるだなんて、大したリーダーだよ」

「――ごちゃぐちゃ五月蝿いのよ!」


 ぺらぺらと涼し気な顔で喋り続けるオーウェルに、ついに堪忍袋の緒が切れたミアは、小さな魔力の玉を幾つも作って空中に打ち上げ、速射砲のようにオーウェルの頭上に降らせた。激しい破裂音が港に響き渡る。

 つう、と鼻からオド切れを示す液体が流れ落ちても、ミアは魔力生成を止めない。むしろ、着々と近付いてくるオーウェルに向かって、絶え間なく"魔法"を撃ち続けた。


 腕一本ほどの距離までミアに近付くと、オーウェルは彼女の頭を両手で掴んで頭突きを食らわせ、さらによろけた彼女の鳩尾に蹴りを入れた。

 ミアの屈折した身体は、背で地面を滑るように数メートル後ろへ吹っ飛ばされ、遅れてやってきた痛みに、うう、と呻いて身体を丸めた。


「うわああああああああああああああ!」


 ディエゴが奇声を上げながら、大きく腕を振り上げてオーウェルの背中を殴った。すると、やはり今回も微動だにしないオーウェルだったが、身体の表面に四角いブロック状のモザイクがかかり、ノイズのように彼の姿がちらついた。一瞬だが、ウォーターグリーンだった彼の瞳が、黒曜石のように真っ黒な瞳と真夏の空のように真っ青な瞳のオッドアイに変化した。キャトルマンハットの下の髪も、狐色と烏羽色の縞模様になっては、元に戻った。

 オーウェルは、それまで眼中にすら入れていなかったディエゴに対し、ほう、と感嘆の声を洩らした。


「その能力……、嘘を見抜くんだったか? まさか俺の魔法にも作用するとはな」


 オーウェルを殴りつけたまま、がたがたと震えるディエゴを、彼は人差し指で突き飛ばした。


 三人が地に伏せ、夜の港に再び静寂が訪れた。オーウェルは満足そうに笑みを浮かべ、ディエゴの懐から黒い丸薬が入ったピルケースを回収した。


「さて、と。お前らの教祖サマと、ちょっくら話をさせてもらうぜ」


 オーウェルは、ピルケースから丸薬をひとつ摘んで口に入れながら、三人全員に聞こえるように言った。そしてディエゴの傍らにしゃがみ込み、彼の額の上でくるくると指を動かすと、ディエゴの額には、いくつもの結び目が合わさったかのような文様が、焼印のように赤く浮かび上がった。オーウェルはさらにその下に1本の直線を引き、下方から継ぎ目のような線を足していきながら、今度は低い声で呟くように言った。


「……あんたの作った帝国は、あんたの愛弟子がちゃんと崩壊させてやるから、首を洗って待っていろ」


 そうして立ち上がったオーウェルは、キャトルマンハットを脱ぎ、狐色の縮れた髪を撫でると、彼の手が触れたところから髪が鼠色へ変化した。それから仮面を付けるように顔を左手で覆うと、手を外した次の瞬間には、オーウェルだった顔の上に鷲鼻で太眉の目鼻立ちのはっきりとした別人の顔が現れた。


「――おめでとう。お前たちの望み通り、これで()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もう二度と蘇ることはないだろう。……残念だな、あの姿、気に入ってたのに」


 ジーク・オーウェルの姿でなくなった男は、こうして静かに港を去っていった。

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