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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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49/77

23(2/2)

2024/02/02、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

「――ヴィンス! 彼女を離せ!」


 えっ、とヴィンスが戸惑って腕の力を抜いたのと、ミアの瞳が金色に染まったのは、ほぼ同時だった。ミアはヴィンスの腕からすり抜け、彼の首を掴もうと右手を伸ばした。


 ヴィンスはミアの気配に、ぶるっ、と寒気がして、彼女の手を払い除けて距離を取った。ミアは、ちっ、と舌打ちした。


「……なんだ今の。なんか――ぞくぞく、ってした。霊能力?」

「今のがそいつらの使う"魔法"だよ!」


 ジェムの話を聞いて、ヴィンスはじっとミアの様子を窺った。ふたりの男と対峙することになったミアも同様に、微動だにしない。

 そのとき、デイヴのいる方向から、ぐうっ、と呻く声がした。はっとして、ジェムたちがそちらに視線を向けると、デイヴは地面に這いつくばっていた。


 見たところ、大して怪我を負っているようには見えない。歯を食いしばって、相変わらず目力のある目で射抜くようにハーヴェイを見上げている姿からは、まだ力が有り余っているように見受けられた。


「……お前、俺になにをした!」


 "魔法"だ。


 ジェムは、ハーヴェイの背中に広がる昆虫翼のような形に輝く光の膜を見て確信した。デイヴは、アシュビー家でジェムとリリーが体験した"魔法"を、今まさにその身で味わっているのだ。しばらくの間、彼はその場所から動けないだろう。

 もはや互角ではなくなった。


 ハーヴェイは地に伏すデイヴには目もくれず、迷いのない足取りでミアの許へと歩き出した。

 ジェムたちとミアたちは、お互いに戦力をひとり失い、双方この戦いを仕切り直すかのように相対した。


「ハーヴェイ、あなたの"魔力"を少し借りても構わないかしら?」


 ミアがジェムたちから視線を逸らさずに訊ねた。ハーヴェイにとって、それはほとんど意味のない質問だった――貸すも何も、自分の力はミアのためにあるのだから。


「取りすぎないでくれよ、ヤツを拘束しておけなくなる」

「誰にものを言ってるの?」


 ミアが隣に立つハーヴェイの手首を握ると、ハーヴェイの昆虫翼のような光の膜は、砂のように細かい粒となって彼の身体に集束するように消えていき、その粒は微かに発光しながらハーヴェイの血管を伝って、手首からそれを掴むミアの身体へと流れていった。どくどくと、光の粒がミアへ流れていくにつれ、ハーヴェイは苦しそうに顔を歪ませ、ついには膝をついて浅い呼吸を繰り返すようになった。

 それらは、あっという間の出来事だった。ハーヴェイの手首を離したミアの背には、昆虫翼の形をした光の膜が渦巻くようにして形を変え、4枚の羽が8枚に増えていた。その羽は恐ろしく巨大で、尚且つ、形が不揃いでグロテスクに蠢いている。


「……おいおい、そいつはお前の仲間なんじゃないのか? なんで仲間を苦しめるようなことをするんだよ?!」


 息も絶え絶えなハーヴェイの様子を見て、ヴィンスはミアを責め立てた。対してミアは、冷めた目で言葉を返した。


「仲間だから、できるのよ」


 それからミアは、胸の前で空気を捏ねるように手を動かした。


「教えてあげる、人間が"魔法"を使うにはね、それなりの対価が必要なの。ひとつは"魔力"を作る妖精の身体、もうひとつは、マナと呼ばれる大気のエネルギー。自分がどんなマナと親和性があるかで、あたしたちが"魔法"を使うために使う"魔力"の量や、"魔法"の質が変わってくるから、誰一人として同じように"魔法"は使えない。それに、体内に貯めておける"魔力"の量には個人差があるの。そして、あたしには、自分の姿をちょっとだけ変えられる力と、"魔力"に()()触れられる力、ふたつの力がある――分かるかしら? あたし、人間にしては、かなり()()()"魔法"使いなのよ」


 ジェムとヴィンスは眉根を寄せた。こんな話をして、ミアは一体なにをするつもりなのだろう。

 そんな彼らの疑問に答えるように、ミアは話を続ける。


「つまりね、本来ならあたしの姿しか変えられない"魔法"が、"魔力"を操作する力があるおかげで、他人の姿を変えることもできるの。しかも、()()()()"魔法"を発動させるのに、"魔力"はあたしが作ったものでなくとも構わない」


 ミアの手の中に光の粒が球状に集まると、ミアはにこ、とジェムたちに微笑みかけた。


「"魔力"にまったく耐性のない人間が、"魔力"を身に受けるとどうなるか――覚えがあるでしょ、ジェム? 」


 ミアの科白にジェムは、はっとした。そういえば、胃潰瘍と診断されたにしては、あれから食事をしてもなんの不調も出なかった。それにあのとき、アシュビー家で血を流したのは、ジェムだけではなく、ハーヴェイもだった。


 魔力、というものが、どうやって生成されるのかはよく分からない。ミアの話を聞く限りでは、"魔法"を発動するためにはマナと呼ばれる自然のエネルギーが必要で、さらに、身体に貯蓄できる魔力の量は各々で違うようだった。そして、魔力に全く耐性がない者もいて、そのとき魔力は有害な物質になる。即ち、魔力には許容量がある。魔力の許容量を超えると、その影響が出血という形で体外にあらわれるらしい。ならば、もとから魔法を扱える身体の妖精たちは、その身に魔力を流し込まれても、ジェムのように簡単に血を吐きなどはしないのだろう。


 ――だけど人間は、許容量を遥かに超えた魔力を身に受けたらどうなる?


 ミアは勢いよく両手を前に押し出した。その不気味な動きにジェムとヴィンスは咄嗟に構えて身を守った。ふたりに向かって暴風が吹き、ばこん、と背後にあったコンテナにへこみができた。

 それにしては、踏ん張って立っていられる程度の風だった――と、ヴィンスが訝しんでいると、


「……う」


 小さな呻きとともに、ジェムの鼻から血が滴り落ちた。


 それを見たデイヴが力一杯に叫んだ。


「逃げろ!」


 デイヴの掛け声で、ジェムたちは瞬時に身体を動かした。見えない攻撃から、ただひたすらに逃げることを考えた。


 がこん、ばこん、とコンテナが潰れる音が響き渡るなか、ジェムとヴィンスは全速力で走った。しかし、念動力のようなミアの攻撃は、素早く威力もあって、彼女の視界にいる限りは止みそうもなく、このまま逃げるばかりでは圧倒的に不利である。そう考えたふたりは、ひとまず、どこかに身を隠すことにした。幸い、コンテナターミナルには人間ふたりが身を隠せるような遮蔽物が溢れている。


 どうにか振り切り、ミアの目を欺いたジェムたちは、彼女の動向を注意深く観察しながら、静かに言葉を交わした。


「大丈夫か?」


 ヴィンスが訊ねた。


「……このくらいなら、問題ない」


 そう言いながら、ジェムは鼻の下を拭い、もう血が流れていないことを確認した。それから、ちら、とヴィンスの様子を窺い見た。


「お前は?」

「なんともない。これって、おれには"魔力"への耐性があるってことか?」

「多分」


 がこん、とそう遠くない距離でコンテナが潰れる音がする。


「……どうする?」


 ヴィンスは更に声を潜めて訊ねた。


「この場をどうにかして、デイヴを拾いに行きたい」

「そうだな。だけど、そうするには、あの女の目を潜り抜ける必要がある」


 ヴィンスの返答にジェムは頷いた。

 そこへ、ミアの声が響いた。


「――かくれんぼでもするつもり? 無駄な足掻きはやめて、早く出てきなさいよ。ぐずぐずしてたら、()()()()を助けられなくなるわよ?」


 ミアの声は、ジェムたちの隠れ場所の近くから聞こえてきた。ジェムたちは息を潜めて彼女の気配が遠のくのを待った。


「……さっきミアがしてた話、覚えてるか?」


 ミアの背中を目で追いながら、ジェムが訊ねた。


「マナとか魔力とか、"魔法"がどうこうってヤツ?」

「ああ。"魔法"を発動させるには、マナと魔力が必要らしい。そして、全ての生物の魔力に対する許容量は違うって話だった」

「お前はからっきしみたいだけどな」

「つまり、彼女にも存在する」


 ジェムとヴィンスは顔を見合わせた。


「もし、"魔法"を発動するたびに、魔力の許容量も変化するとしたら?」

「そんなことが起こり得るのか?」

「ハーヴェイ――あの男がどうなったか見ただろ?」

「突然苦しみだした、アレのことか?」

「そうだ。あれは、魔力を抜き取られたからじゃなくて、魔力を作るのに必要な()()()を使い過ぎたから苦しんでたんじゃないか? デイヴを拘束する"魔法"を維持するには、マナと魔力を消費し続けなければいけなくて、なのに彼女にも魔力を大量にあげてしまったから、彼の身体は限界を迎えた」

「……魔力の許容量は、同時に、体内で生成できる魔力の限界量でもあるのか」

「その仮定が真実なら、本来、彼女の身体はあの魔法を使うたびに、魔力許容量に関わるなにかしらのエネルギーも消耗するはずなんだ」

「――だけどあの女は、仲間から魔力を吸い取って、あの"魔法"を使ってる。本来消費するはずのエネルギーを持ったままのあの女の魔力許容量はとんでもないぞ」

「だけど、ハーヴェイの魔力を使い切ったあとは、自分の身体から魔力を生成しないといけなくなる。考えてみろよ、魔力許容量と言われているものが、他人の魔力を受け入れることになんの作用もないと思うか? そんななかで、魔力を生成したらどうなる?」

「……他人の魔力を受け入れたことでも、少なからずエネルギーは消費されている、ってことか。そんでもってアイツは、いつもより使える魔力が多いからっていい気になっていやがる」

「そんな状況で、"魔法"の乱発を続けたら?」

「あの大男みたいに、身体が悲鳴をあげて"魔法"が使えなくなる」


 ふたりの間に、しばし、沈黙が流れた。


「……やれるか?」


 ジェムが引き攣った笑みを浮かべながら訊ねた。


「やるしかないだろ?」


 ヴィンスは苦笑しながら答えた。


 ミアが耳を(そばだ)てながら歩いていると、近くで、たんたんたんたん、と人が走る音がした。ひとり分の足音しかしないことに内心首を傾げながらも、ミアは両手に魔力を集めて身構えた。


「こっちだ!」


 突然背後から声がして、ミアが反射的にそちらに魔力で固めたボールを放つと、ボールは間一髪で的を逸れた。すると今度は真横から、たんたんたんたん、と足音がする。音の鳴る方へ身構えると、また「こっちだよ!」と背後から声がした。


 ……消耗戦に持ち込もうってわけね。


 だが、ミアは的のどちらかにもう二、三度魔法を当てさえすれば良い。それも、魔力を生成するためのオドが枯渇する前に。


 ……まだ大丈夫。ヤツらに悟られる前に、絶対に当ててみせる。


「ほら、どうしたの? こっちはまだまだ余裕よ。あたしを疲れさせたいんでしょ? だったら、もっと頑張らなきゃ!」

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