23(1/2).コンテナターミナル - The Problem of Container Terminal
2024/02/02、改稿
一部内容を変更致しました。m(_ _)m
夕方、人の往来が少なくなるまで彷徨ったのち、デイヴが向かった場所は、フィンタンズ・ワーフから数キロ離れた先にあるコンテナターミナルだった。
色とりどりの巨大なブロックのように積みあげられたコンテナと、機械仕掛けの麒麟のような赤いガントリークレーンが並んだ光景を目前にして、ジェムは胸騒ぎを覚えた。否、むしろ、このような暗く人気のない場所で、不安にならない方がおかしいだろう。夜の港は、昔から人が闇の底へ消える事象が多発する場所なのだから。
まったく、とんでもない場所へ誘導してくれたものである。
「嫌な予感がする」
ジェムの呟きに、ヴィンスは頷いた。
「同感だね。国の経済を支える場所で問題なんか起こしたら、ただじゃ済まないぜ」
「……いや、そっちじゃない」
確かに、それも大事だが。
ヴィンスは、ふふん、と自信満々な表情を浮かべると、ばし、とジェムの背中を叩いた。
「心配するなよ、相棒。お前の背中はおれが守るさ」
「……心強いよ」
ジェムの感謝の言葉は、まるで気持ちがこめられていなかった。かといって、その言葉がまるきり嘘というわけではない。不安を覚えながらも、一方でどうにかなると考えられるくらいには、彼はヴィンスのことを信頼しているのだ。
ジェムとヴィンスは、もはや尾行ではない(そもそも最初から尾行ではなかった)と思いつつも、なるべくコンテナの影に隠れながらデイヴについて行った。
その頃、例の三人組はというと、散り散りになって、それぞれがコンテナの背後に回りながら、最終的にはジェムたちを取り囲む形になるように彼らの後を尾けていた。ひとりは、待ち伏せをするようにデイヴの前へ、他ふたりは、ジェムとヴィンスを個々に追跡する、といった具合に。その様子は、さながら狩りをする狼のようである。
彼らを取り巻くものは、コンクリートに打ち付ける波の音と、くおぅくおぅと鳴く鴎の声だけだった。終日営業であるはずの埠頭だが、今は従業員の気配すら感じられない――ただジェムたちのいる場所では作業していないだけのことかもしれないが。
やがて、あらゆる光が遮られたピッチブラックな場所を見つけると、デイヴは静かに歩みを止めた。
「もう、いいだろう。これ以上お互いの腹を探り合ったって、時間ばかりが過ぎていくだけだ。こそこそ隠れてないで、出てきたらどうだ?」
静寂を破るデイヴの言葉に、ジェムとヴィンスは顔を見合わせた。ヴィンスは己とジェムの両方を指さして、「おれたちのこと?」と声を出さずに口だけを動かした。「知るかよ」とジェムも唇の動きだけで返答した。すると、すぅ、と大きく息を吸い込むデイヴの気配がした。
「そこにいる五人、全員だ」
……ああ。嫌な予感は、これだったのか。
ふたりがデイヴの言われた通りに彼の前に姿を現すと、例の三人組もジェムたちの背後を取るようにぞろぞろと出てきた。
デイヴのやつめ、彼らに真っ向から勝負を仕掛けるつもりらしい。
「俺に何の用だ」
デイヴはぎろり、と自分の背後に立つ黒人男を睨んだ。しかし、黒人男は顰めっ面を返すばかりで一言も喋らない。
そこへ、ちょっと、とヴィンスの後ろに立つ白人女が口を挟んだ。
「そういう話をするのはあたしの担当なのよ。ソイツに絡まないでくれる?」
聞き覚えのある声に、ちら、とジェムがそちらに目を向けると、やはりその白人女はミアだった。姿を少し変えられると言っていたのに、あのときと同じ、小豆色の髪にアイスブルーの瞳のままだ。
ジェムの背後に立っているのは、ディエゴだった。ならば、この暗がりと距離でははっきりと顔を確認することはできないが、デイヴの後ろに立っているのは、ハーヴェイだろう――この三人が常に行動を共にしていることが前提ではあるが。
ミアは、「でも、そうね」と腕を組んで、デイヴに同意した。
「あたしもいつまでこんなこと続けたらいいんだろう、って思ってたところよ。そっちが動いてくれて、好都合だわ。だから遠慮なく、言わせてもらうわね」
にこ、とミアは笑みを浮かべた。デイヴにその表情が見えたかは疑問だが、彼女の機嫌が良さそうなことは、声だけでも伝わっただろう。
「あなた、より良い世界のために働く気はない?」
ミアの言葉に、デイヴは眉根を寄せる。
「散々、俺を脅しておいて、今更勧誘だと?」
「その脅しを躱してきたあなただから言ってるのよ。勿論、そこのお友達も一緒で構わないわ。この最低な世界を変えるには、ひとりでも多くの力が必要だもの」
「悪いが、そういうのは"蹄鉄会"で間に合っている」
「あんな生温い目的とは違うわよ」
「はっきり言おう、お前たちの話に聞く価値があるとは思えない」
「ひとの話は最後まで聞く、ってお母さんから教わらなかった?」
ミアの挑発的な態度に、デイヴは幾らか腹が立ったようだ。以前、ジェムを路地裏に追い詰めた時のような剣呑さを身に纏っている。その空気に、ミアは満面の笑みを浮かべた。
「想像してみて、誰もがなりたい自分になれる世界よ――富が権力を握る時代は終わり、誰の施しも受けず、指図されることもない。必要なのは、強い意志だけ。悪くないでしょ?」
しかし、ミアの話をデイヴは鼻で笑った。
「実力至上主義者の戯言だな」
「無能に扱き使われるよりはマシよ」
「どうかな。そういう世界って、教育者に無能が多いから」ジェムは口を挟んだ。
「分からないのが分からないからな」と、ヴィンスは賛同する。
「じゃあ、こうしましょう」と、ミアはジェムたちにさも失望したといった具合で提言した。「あたしが先生になって、あなたたちを導いてあげる。あたしの授業が終わるまで、あなたたち生徒は邪魔をしない。立場を決めるのは、それからでいいわ――どう?」
デイヴは迷わなかった。
「嫌だと言ったら?」
「分かるまでその身体に叩き込んであげるわ、あたしは先生だから」
それが開戦の合図だった。
大男――やはり、ハーヴェイだった――が、音もなくデイヴに近寄ると、ぐるんと腕を回して彼の首を絞めた。デイヴはハーヴェイの腕を両手で掴んで抱え込むように首を竦めると、彼のふくらはぎに片足をかけ、くるりと身体を反転させた。腕が首を離れ、ハーヴェイがバランスを崩したところをデイヴが押し倒し、馬乗りになって攻撃するのを、ハーヴェイは腕で跳ね返した。そして、ついに拳を受け止めると、腰を跳ね上げてデイヴの体勢を崩し、彼の身体を押し出した。
その様子を眺めていたジェムとヴィンスは、ミアがふたりに接近してきたことに暫く気付かなかった。
「余所見してる場合?」
ミアから放たれる殺気に、ジェムとヴィンスは反射的に後退して、彼女の攻撃を避けた。ふたりの行動を予想して華麗な回し蹴りを披露したミアは、その結果、狙い通りに彼らの距離が離れたのを見て、にんまりした。
「さぁ、どっちが相手になってくれるの?」
そう言ってミアは右足を引き、鳩尾辺りで拳を握ると、左手は顔の前に立て、膝を軽く曲げて次の攻撃のために構えた。すると、ヴィンスも片足を引いて姿勢を低くし、右手は顎の近くに、左手は前にミアと距離を置けるように配置した。
それを見て、ジェムは苦い顔をした。
「できれば話し合いで決着をつけたいんだけど」
「なに言ってんだよ、ジェム。これも立派な話し合いだぜ?」
ヴィンスの言葉にミアはうふ、と笑った。
「同意見よ。あなたとは気が合いそうね」
言うが早いかミアはヴィンスの脇に蹴りを入れた。ヴィンスも応戦して、ミアの足を払うように左足で弧を描き、続いた腹部への攻撃は背を丸めて受け止めた。ふたりの間に暗黙の了解でもあるのか、どちらも首から上は狙わない。デイヴとハーヴェイの戦いに比べると、まるで格闘技の試合のようだ。
好戦的な仲間たちのことはもう放っておくことにして、ジェムは半ば縋るような目で残るディエゴに向き合った。ディエゴは、胸の前で手を組みながらはらはらとミアたちの戦いを見守っていた。だがジェムの視線に気が付くと、びくっと肩を震わせた。ジェムは、怯えている様子の彼をこれ以上刺激しないように、両掌を見せながら話しかけた。
「取引をしよう」
「取引?」
「交渉ともいう。お互いの妥協点を探すんだ。無益な戦いは望んでないだろ?」
ところが、ディエゴはジェムの提案を乾いた笑いで固辞した。
「分かってないな、オレたちに妥協点なんかない」
ジェムは食い下がった。
「そりゃあ、きみたちの組織はそうかもしれないけど――」
「う、わああああああああああああああ!」
ディエゴは奇声を上げながら、勢いよく振りかぶった。突進するような彼の一撃をジェムは身を翻して避けた。ディエゴは前のめりになって、すんでのところで地面に倒れ込みそうになるのを持ち堪え、再びジェムに殴りかかった。ジェムはそれを身体を仰け反らせて避けるが、どんなに避けてもディエゴの攻撃は止まない。
「――同じ組織の人間だからって、同じ方法を取らなくちゃいけないわけじゃない! どうせきみには嘘が吐けないんだから、交渉も悪い手じゃないだろ?」
ぶん、とジェムの顔の真横をディエゴの拳が飛ぶ。
ディエゴの動きには軸がなく、ふらふらとしていて、力強さがない代わりに動きを読みづらい。また、動作の幅が大きいために、避ける動きにも余計な労力が必要で、非常に苛立たしい。
ジェムはそろそろうんざりして、ディエゴが幾度目かの突進攻撃をしてきたのを受け流してから、彼が前につんのめって背中が空いたところを思いきり蹴った。
まともに蹴りを食らったディエゴは、豪快に地面に突っ伏してしまった。
「ひとの話を聞かないのが悪い」
などと捨て台詞を言って、ジェムは倒れたディエゴに近付こうとした――そのときである。ミアが、ヴィンスに強力な攻撃を見舞ったあと、直ぐ様標的を変え、抱きつくようにジェムを押し倒したのだ。
「また会えたわね、ジェム」
ミアはジェムに抱きついた姿勢のまま囁いた。なにか言い返してやろうとジェムが睨むと、ミアの身体が離れた。何者かが、彼女をジェムから引き剥がしたのだ。
ミアをジェムから引き剥がしたヴィンスは、彼女を羽交い締めにした状態でジェムに声をかけた。
「大丈夫か?!」
「……ぼくの背中を守ってくれるんじゃなかったのか?」
「大丈夫そうだな」
不思議なことにミアは暴れず、大人しくヴィンスに捕まっていた。しかし、ジェムが起き上がってそちらを見遣ると、その認識が間違っていることに気が付いた。ミアの周りに、きらきらと発光する塵のような光の粒が漂っていたのだ。




