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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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47/77

22(2/2)

2024/02/02、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

「じゃあ、ぼくがこれからする話で、間違ってるところがあったら、それがどの程度なのかだけ教えてくれ」


 お、とヴィンス興味津々に眉を上げた。ジェムは肩を竦めて、「そんなに期待するな」と苦笑した。


 確実なのは、あの誘拐事件には、マシュー・スティールにとって知られたくない秘密があることだ。確証はないが可能性が高いのは、その事件にスワイリーが関わっていること。なぜなら、被害者のひとりであるリリーの母親がスワイリーの刻印入りのロケットペンダントを持っていて、その上ヴィンスがこの事件について語ろうとしないからだ。このふたつの事象から考えられる真実は、誘拐事件が妖精闘争の延長線上にあったものだということだ。

 そして、分かっている事実は、この事件を境に探偵社は保安局への協力を全て拒否していること。


「22年前、現会長であるマシュー・スティールは、スワイリーの事件を担当していた。当時、フランク・キプリングから、スワイリーの真実を聞かされていた彼は、保安局の調査に協力しながら、5代目スワイリーとの接触を図っていた。そして、マシュー・スティールはスワイリーに会ったんだ。それから今の相互扶助の関係ができた。きっかけは――多分――20年前の誘拐事件だ。あの事件の被害者にはスワイリーにとって大切な人がいて、その人を助けるためにふたりは協力することになったんだろう。それと、これは根拠のないただの勘だけど、この誘拐は保安局の人間が手引きしてたんじゃないか? だからデイヴは監視されている――保安局の"妖精の階段"との関係に気付き始めたから」


  ヴィンスのにやけ面が引き攣った。


「……悪いけど、おれも全部を知ってるわけじゃない」


 ジェムは目を細めた。


「その答えは、ずるいんじゃないか?」


 すると、それまで和やかな様子でミズ・ハロンと話していたデイヴが、急に険しい顔付きになって、ずんずんと大股でジェムたちのいる場所まで近付いてきた。

 あれ、とジェムが内心不思議に思っていると、デイヴは座っているジェムの胸倉を掴んで持ち上げた。


「お、おいっ」


 突然のことにヴィンスがあたふたしていると、デイヴは睨みを利かせた顔で、囁いた。


「奴らを問い詰める」

「……は?」

「手を貸せ」


 それだけ言うと、デイヴはぱっとジェムを解放し、さっさと桟橋の方へと歩いていってしまった。ジェムとヴィンスは顔を見合わせ、そして、取り残されたミズ・ハロンの様子を確認した。彼女はジェムたちと目が合うと、ぺこ、と軽く頭を下げて会釈した。デイヴの方に再び目を遣ると、彼は脇目も振らずにどんどん先へと進んでいた。勿論、人目も憚らず殺気にも似た視線をデイヴに注ぎ続けている黒人男には見向きもしない。


 ……なんだか、なにがなにやら分からないうちに、デイヴのペースに乗せられてしまったようだ。


 仕方ない、と、ジェムとヴィンスはデイヴの後を追うことにした。色鮮やかな船が並ぶ賑やかな港とは対照的に、不穏な空気が彼らの間には流れていた。



 * * *



 デブラ・バジョットは、不機嫌なのを露骨に顔に出したまま、ブランポリス支部の探偵事務所に訪れた。かつかつと力一杯歩く彼女の姿を見て、事務社員たちは身体を縮こまらせた。あの怖いものなしに見えるボニーでさえも、ちら、とバジョットの姿を認識したあと、まるでなにも見なかったかのように装った。

 バジョットは真っ直ぐ所長室へ向かうと、ノックもせずに扉を開けた。


「ミスター・グレアム。部下を個人的な目的に使うとは、どういう了見ですか」


 ばたん、と勢いよく閉められたドアの音と、バジョットの怒声にも近い声を聞いて、グレアムは手許のファイルから顔を上げ、にんまり顔を自分の顔に張り付けた。


「これはこれは、監査部長殿。どうもこうも、"蹄鉄会"の会員にのみ許された権利を行使しただけですが、それがなにか?」

「この勝手な調査がですか」


 ばん、と小さな紙切れをバジョットはグレアムの机に叩きつけた。それは、"ホーム"に訪れたジーク保安官が、バジョットたちの許に持ってきた電報である。


「今朝、こんなものを受け取ってな」とジーク保安官はアーヴィン・パウエルに電報を手渡した。


「なんですか、これは」


 刺々しい口調でバジョットは訊ねた。


「会長からの電報だ」


 それがジーク保安官の答えだった。


 ふふ、と忍び笑いを漏らしながら、グレアムは机の上の電報を眺めた。


「電報か。随分古風だな」

「はぐらかさないでください」


 ぴしゃりと言って、バジョットは話を引き戻す。


「デイヴ・モーズリーを使って、勝手に会長のことを調べていたみたいですね? どういうつもりか、説明して頂きましょうか」

「勝手だなんて。先程も言ったではないですか。私は"蹄鉄会"の会員として、探偵社に調査を依頼しただけですよ。この状況下ですから、組織の将来を案じて、会長について知りたいと思ったって別段おかしなことでもないでしょう? ほら、ここに依頼書も残っている」


 言いながらグレアムは、用意周到にファイルの底に仕舞っておいた書類を取り出して、ひらひらと見せびらかした。その悪ふざけのような仕草に、バジョットはむかっ腹が立った。思わず机に手を着いて、感情任せに詰め寄る。


「なら何故、私の耳に届いていないのですか!」


 グレアムは冷ややかに笑った。


「それは、俺の知ったことじゃないね。別に俺は隠しちゃいないんだから、あんたらが見せろって言ってたら見せてたはずだ。それ以前に、依頼内容のチェックは俺たちに一任されているんだから、誰からなんの依頼を受けたか、逐一あんたたちに報告してからじゃないと仕事をしちゃいけないなんてことはないはずだろ?」

「話をすり替えないで下さい! アラン、分かっているでしょう? あなたが会員として探偵社に依頼をする場合、自分の所属する事務所以外にするように、と決められていたはず。なのにそうせず、自分の部下を使ったとあれば、私用目的と見做されても仕方がありません。立派な職権乱用となります!」


 ふむ、とグレアムは相槌を打った。


「そうですね、すみません。だけど、こうでもしなきゃ、貴方に会えなさそうだったので」


 ぴた、とバジョットの動きが止まる。みるみるうちに彼女の顔は茹でダコのように赤くなり、視線はうろうろと彷徨った。しかし、バジョットは狼狽えながらも反論する。


「……そ、そんなこと、あるはずないでしょう!? 私に会うだけなら、他の方法があったはずです!」

「アーヴィン・パウエルが不在な今、貴方にそんな余裕があるとは思えませんね。私がいくら急を要する案件だと言っても、貴方がここへ来ることはなかったでしょう」

「私に直接は無理でも、部下を介して話すことはできたはず――」

「急を要する案件、だぞ? そんな悠長なことしている場合か」


 バジョットは、悔しそうに歯を食いしばった。


 相手が感情的になればなるほど、グレアムは冷静になり、頭が澄み切っていくように感じた。バジョットが苛々して、とんとんとんとん、と人差し指で机を叩く音を聞きながら、グレアムはじっくりと考える。


 ……面白いぐらいに、自分の予想通りに事が進んでいる。否、予想していたよりも遅かったか。デブラならもう少し早く、こちらの動きに気付いてくれると思っていたんだがな。想像以上に、今の会長や常務の状況は思わしくない、ってことなのかもしれない。

 きっと、()()()の調査の進捗が芳しくないのだろう。


「デブラ。会長――サムに、伝えてくれ。あんたたちの目的に、俺の息子を巻き込むつもりなら、俺にも一枚噛ませろ、って」


 バジョットは、じっ、と恨めしそうにグレアムの顔を睨みつけた。


 やはり、気付いているのだ、この男は。会長がわざわざジェームズ・カヴァナーを指名してグレアムに持ち込んだ依頼が、単なる調査依頼ではないということに。

 ……まさか、スワイリーの真実にも辿り着いている?


 はぁ、とバジョットは溜め息を吐く。


「……こうなると分かっていたから、私は反対したんですよ」


 バジョットのぼやきとも取れる独り言を聞いて、グレアムはにっ、と勝ち誇ったように笑った。しめしめ、と交渉に持ち込む。


「それじゃあ、成果を出せば認めてくれるのか?」


 バジョットの細い眉が、きりっと立つ。


「なんです?」

「会長の解職騒ぎ、あれは、あんたたちが探っている組織の仕業かもしれない。いや、むしろ()()()()、未熟な侵入者が"()の組織"のためにやったことなんだろう。残念だが、あんたたちがいくらオーガスタス・グリーンの信奉者を洗ったところで、なにも出やしないぜ」


 ……この男、監査部の調査のことまで知っているのか。


 バジョットは、グレアムの調査能力について、ほとほと呆れ果てた。確かに、監査部はグリーン派と呼ばれる探偵社員たちを調べている。会長の座を狙っているとはいえ、あくまでビジネスマンの彼の名が、探偵社内で一大派閥になっていることに不審感を持ったからだ。


 実際のところ、グリーンは正義感が強い。『ホースシュー・カフェ』に対しても、ただならぬ情熱を抱いている。だが、それは"蹄鉄会"の会員であれば、さほど珍しいことではない。会長の座を狙うことだって、彼に限った話ではない。しかもグリーンの場合、その正義感は、他者の手を借りてでも満たされてしまうものだ。つまり、彼の求める結果さえ手に入れば、探偵たちがどんな手を使おうと構わない。探偵という職業に対しても、とことん無関心なのだ。顧客として好かれないわけではないが、名の付いた派閥ができるほどの信念など、彼にないはずなのである。

 とはいえ、スワイリーの調査に関して頑なに拒否をする会長に、反発していたのも確かなのだが……。


 バジョットは、またもや恨めしげな表情で、グレアムを見た。


 ……本当に、()()()()さえなければ、この男の介入を歓迎するのに。


「……分かりました。聞きましょう」


 バジョットは、グレアムに話の続きを促した。

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