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2023/12/24、改稿
一部内容を変更致しました。m(_ _)m
フェリシアは過去を振り切るように目を閉じて、話を戻した。
「人間社会の中で何不自由なく暮らすには、私たちが人間に馴染む必要があるの。だから、もし、あなたを人間として育てることができたら、上手く正体を隠し通せるんじゃないかって。そうすれば、妖精たちの争いから、あなたを守ることができるんじゃないかって思ったの。オルトンに、いつもあなたの側にいてもらっていたのは、あなたを妖精らしく見せないようにするためだったのよ。それにあの子は……、この土地の子じゃ、なかったから」
「……オルトンは、それを知って?」
フェリシアは後ろめたそうに視線を逸らした。
「妖精の血が薄い私には、人間の彼の考えていることは読めないのだけど、……傷付けてしまったんじゃないかと思う」
リリーは母を憐れに思った。この人は他人の考えていることが読めるから、多くの場合、人と対話することを無意識に避けてきたのだろう。妖精の考えていることしか読めないのなら、尚更だ。彼女の最も身近な妖精の父親と、考えを読めるにも関わらず、理解し合えていないのだから。
自分自身も同じだったから分かる。その瞬間から読み取った、そのときの相手の感情だけで、その人を知った気になっていた。自分には、一生理解できない相手なのだと。
実際には、残酷なほど純粋に恋をしていただけの、幼い少女だったというのは、彼女と対話したからこそ導き出せた真実だ。おかげで彼女の気持ちを完全に共有することはできなくとも、理解することはできたのだ。
フェリシアは、そんなリリーの心情を読み取ったのだろう、些かむっとした様子で言った。
「私だってね、あなたより長く生きてる分、いろんな経験をしてるのよ。あまり見くびらないで欲しいわね」
人を憐れむという行為は、時々――いや、多くの場合、失礼に値するのだろう。リリーは、ちょっと生意気だった、と自省した。
「――じゃあ、このペンダントは? どうしてスワイリーのサインがあるの?」
ああ、とフェリシアはリリーの胸許のペンダントを拾い上げ、それをうっとりと眺めた。
「このペンダントは、私の家に古くから伝わる"妖精の遺物"らしくてね。かつての力は失ってしまった私たちでも、妖精の力を使えるように、潜在的な能力を引き出してくれるものだそうなの。そして、これを所持する者を護ってくれるのだそうよ。だけど、それでも絶対的に私を護ってくれるわけではなくって……。スワイリーはね、そんなピンチのときに私を救ってくれた、命の恩人なの」
……あのメッセージは、お祖母様に宛てたものじゃなくて、きっとお母様になのだわ。
「もしかして、」リリーはパウエル常務と話したことを思い返しながら訊ねた。「ホースシュー・カフェで起こった誘拐事件と、関係ある?」
そんなことまで知ってるのね、とフェリシアは苦笑いした。僅かだが、表情が強ばり、瞳に灰色の影が落ちている。やはり"誘拐事件"は、どうしたって良い思い出にはならないのだろう。
「あの事件はね、妖精を狙う悪い人たちが、スワイリーの調査資料を探偵社から奪うために起こしたの」
リリーは驚いて、ひゅっと息を飲んだ。もしや、とは思っていたが、あの誘拐事件がここまで妖精闘争と密接に関わっていたとは。
「スワイリーは妖精たちの味方だったから、あの誘拐犯たちからしたら、目の上のたんこぶだったみたい。それで、探偵社を通してスワイリーの正体を探ろうとしたのでしょうね。あのとき、お父さん――あなたのお祖父様は、スワイリーの事件を調査していてね。お祖父様は私と同じ緑の目をしていたから……、私が誘拐されたのも、多分、偶然じゃないだろうって言われたわ。お祖父様を脅すためだったんじゃないかって。そのペンダントも、お祖父様を脅すために使おうとしていたらしいの」
「ペンダントを?」
「ええ、私を攫ったってことが分かるように。だけどその前に取り返してくれたのが、"彼"だった」
フェリシアは微笑んだ。蕩けるような、恋する乙女の微笑みだ。リリーもつられて、にっこりと口許を緩ませた。
ああ、この表情を知っている。母の瞳に浮かぶ、この薔薇色の光も。
「――お父様なのね?」
フェリシアは目を潤ませて頷いた。リリーは、きゅっと、胸が苦しくなった。
どうしてそんな気持ちになったのかは、分からない。だが、ロケットペンダントに隠された真実を知って安堵したのと同時に、リリーは自分の心がなにかを訴えているのを感じた。この感情に敢えて名前を付けるなら、羨望、いや、渇望だろうか。
フェリシアは「でも、」と先程までの恋する表情をさっと引っ込めると、今度は寂しげな様子で話を続けた。
「あの事件をきっかけに、お祖父様とはすっかり疎遠になってしまったわ。それまでは、どうにか保っていた家族の縁も、ぷっつり切れてしまった。でも、良心は残っていたんでしょうね。私たちがバーニーヴィルに引っ越したのは、実は、お祖父様の勧めがあったからなのよ。良い意味で、ここが閉鎖的だったから――誰も私たちのことを探ったり、干渉したりしない。それが、私たちにとっては、互いを守る方法だったの」
リリーは再び眉を顰めた。事件後の祖父の行動について、母の説明では、理由が釈然としなかったからだ。
「……どうしてお祖父様は、お母様から距離を置いたのかしら?」
そうねえ、とフェリシアは悩ましげに呟いた。
「お祖父様はもう、私のお父様であり、セドナ・サム・ストー二ーであった過去を、捨て去らなければならないってことに気付いたから、って言っていたわ。スミスの意志を継承するには、それ相応の覚悟が必要だ、って。結局、不仲な娘よりもスミスを選んだってことなんでしょうね」
「スミスを……?」
リリーは驚愕した。まさか、まさか、そんな。リリーは思わずベッドの上に手をついて、フェリシアに詰め寄った。
「お祖父様って、エメリー・エボニー=スミスなの?!」
「……そうね。今も変わってなければ、そうなんでしょうね」
――なんてことだ。一度、情報を整理するとしよう。リリーの祖父は妖精で、"蹄鉄会"の現会長エメリー・エボニー=スミスで、即ち、マシュー・スティールということだ。しかも、父のクロード・ベルトランはスワイリーで、母のフェリシア・ベルトランは誘拐事件の被害者――。
……ううん、いくらなんでも、やり過ぎだわ。これじゃあ、わたしたち家族の問題に、多くの人々を巻き込んでいるようなものじゃない。探偵社や"蹄鉄会"の人たちから非難されたとしても、仕方がない……。ああ、どうしよう。今すぐにでもジェムに会って、謝りたい。
「駄目よ、リリー」
リリーの考えを読み取ったフェリシアは、怒ったように眉根を寄せた。実際のところ、彼女がまったく怒っていないという事実は、似た力を持つリリーにはすぐに分かることなのだが、母としての威厳を保つために、少しでも顔を顰めて見せる必要があったのだ。
「お父様から連絡が来るまで、あなたは外に出ちゃ駄目」
フェリシアの言いつけに、リリーはしかし、これまで通り黙って従うつもりなどなかった。いくら敬愛する母の指示でも、納得のいく説明がなければ受け入れられない。そのくらいの反抗心なら、リリーにだってあるのだ。
「それって、いつまで? どうして今は外に出ちゃいけないの? ブランポリスで起きていることと、関係があるの? お父様はどこでなにをしているの?」
「あなただけじゃないわ」
今度は少し、怒気を含んだ声色で、フェリシアが言った。
「私も、しばらくは外に出ないように言われているの。……もともと出不精だし、今までそんなふうに私に言う必要もなかったのに、わざわざ言うってことは、私たちにとって今の状況はかなり危険なんだと思う」
「じゃあお父様は、それをひとりで打開するつもりなの?」
「いいえ」
フェリシアは頭を振った。
「お父様には、仲間がいるもの」
――その仲間に、わたしは含まれていないのね。
リリーは悔しくなって、唇を噛み締めた。
今まで過保護にされてきた理由は、理解できる。彼らの一人娘というだけでなく、妖精の血を引いているのだから、そりゃあどうしたって過保護にならざるを得なかったのだろう。だけどもう、守られるだけの対象ではいたくない。
……強くなろう。お父様に守られなくても大丈夫なくらい、強くなって、今度はわたしがみんなを守れるように。
リリーはそっと、左耳のピアスに触れた。




