20(1/2).やっぱりお嬢様には向かない仕事 - Unsuitable Work for a Lady After All
2023/12/24、改稿
一部内容を変更致しました。m(_ _)m
バーニーヴィルに帰宅したリリーは、まるで抜け殻のような有様だった。
顔を俯けて、ずっと伏し目がちで、表情は虚ろだ。ようやく自分の居場所を見つけたと思っていたところに、母親によって元いた世界に連れ戻されたこともひとつの原因だが、なによりも彼女の心を沈ませたのは、彼女の親友であり、兄のような存在だった幼馴染みのオルトン・ギファードだった。
バーニーヴィルへ向かう途中、列車のなかでオルトンは、ずっと無言だった。リリーと目を合わせようともしない。リリーに罪悪感があるからではない。オルトンはなにかを聞いたのだ。真実のいずれかが彼を他人行儀にさせてしまったのだ。
よしよし、とリリーの肩を撫でる母の手の温もりが、このときばかりは慰めにならず、彼女を虚しくさせるだけだった。その感情が伝わったのだろう、母は辛そうな顔をした。まるで自分のことのように。それがますますリリーを苛むのだった。
いつもは心地よい故郷の風が、今日はとても余所余所しい。
結局、オルトンは、ベルトラン家の邸宅に着くまで一言も喋らなかった――いや、喋れなかったのだ。
オルトン・ギファードは戸惑っていた。幼馴染みで親友で妹のような存在だった少女が、まるで別人のように感じて、どう接すれば良いのか分からなくなっていた。フェリシアにベルトラン家の秘密を打ち明けられてから、すべてが変わってしまったようだった――本当はなにも変わっていないのに。
玄関先で待っていた執事のエアハルトが恭しく扉を開けてくれたので、リリーはしずしずと家に入ろうとした。自宅に足を踏み入れる直前、少しばかり期待して、ちら、とオルトンの顔を窺い見たが、一瞬目が合ったかと思ったのも束の間、即座に逸らされてしまった。
……やっぱり避けられてる。
リリーは幼馴染みの突然の変化にわけが分からず、きゅっ、と唇を引き結んだ。結局、リリーが家に入ってしまうまで、ふたりが言葉を交わすことはなかった。
「ねぇ、オルトン」
フェリシア・ベルトランは、黙り込んだままギファード邸に帰ろうとするオルトンの背中に向かって言った。
「あなたにばかり頼ってしまうみたいで悪いんだけど、できることなら、これからもリリーに会ってやってくれないかしら。最初こそ、私たちはあの娘を守るためにあなたを利用していたけれど、今ではあなたのこと、本当に家族のように想っているの。だから……」
「――すみません」
オルトンは振り返る勇気も出せないままに、口を開いた。
「まだ、混乱しているんです。もう少し、時間をください」
それは尤もな要求だ、とフェリシアは思った。彼をここまで追い込んでしまったのは自分たちだ。これ以上、こちらの都合で、彼を困らせてはいけない。
そうね、ごめんなさい、とフェリシアは応えた。フェリシアに謝ってほしかったわけではなかったオルトンは、少々焦ったように、おやすみなさい、と言って、足早にここを去った。これではかえって失礼だったかもしれないと、帰宅後に彼は悩むことになるのだが、負い目を感じていた彼に、このとき無言で去るという選択肢はなかったのだ。
玄関を上がるなり、フェリシアはメイドのエレンから、リリーの様子がおかしいと報告を受けた。夕食は食べない、しばらく独りにさせてほしい、と言って部屋に閉じ篭ったのだという。
「如何致しましょう?」
なにがあったのですか、と主人に聞かないあたり、良くできたメイドである。エレンは眉ひとつ動かさず、じっとフェリシアの指示を待っていた。
フェリシアは、リリーの部屋のある場所を天井越しに見つめた。
……あの様子ならば、きっとそうなるだろうと予想はしていた。だって、消沈して、すっかり色を失ってしまったあの娘の瞳の中に、微かにだけど、小さな炎のような赤い光が灯っていたもの。
「大丈夫よ、私が話すから。リリーも、多分、それを望んでいるわ」
フェリシアは、リリーの怒りに似た感情が手に取るように分かっていた。血を分けた娘の考えることならば、まるで自分の頭のなかにもうひとつの人格があるみたいに、はっきりと理解することができたのだ。この力を、人は、テレパシーと呼ぶのだろう。
……そんな大層なものではないのだけれど。
2階へ上がり、リリーの部屋の前にやってきたフェリシアは、こんこん、と2回、扉を叩いた。
「リリー? 入ってもいい?」
返事はない。さて、どうしたものか。
「……私たち家族のこと、もう、話した方がいいと思って」
近くに歩み寄って来る気配がする。がちゃ、と扉が開くと、ほんの小さな隙間から、リリーが顔を出した。
目許がぷっくりと膨らんで、赤らんでいる。
「……入ってもいいかしら?」
フェリシアの問い掛けに、リリーはこくん、と頷いた。
リリーの部屋は芸術一家の部屋らしく、だが華美過ぎない程度に、贅沢な調度品で揃えられていた。薄緑色の地に薔薇が描かれた壁紙と、窓枠を飾る白のモスリンのカーテンは、リリーの雰囲気にぴったりと納まるように、夫のクロードが誂えたものだ。部屋の隅には、リリーのお気に入りの白いドレッサーがあり、その隣に置かれた3本脚のアンティークテーブル上の青い花瓶には、アスチルベやカスミソウ、ティーローズなどの束が飾られている。今朝、エレンが生けたものだ。
フェリシアを迎え入れたものの、ぐちゃぐちゃな感情のせいで上手くものを考えられずにいたリリーは、扉の近くに突っ立ったまま、もじもじと手先を弄んでいた。そんな娘の頬を、フェリシアはすり、と撫でた。そして、よく沈み込むベッドの上に腰掛け、部屋の主人に隣に座るよう手で指し示した。
リリーは指示された通り、フェリシアの隣にぽすん、と座った。
「あのね、リリー」
どこから話したらいいかしら、とフェリシアは、やや緊張した微笑を浮かべながら言った。
「私たち家族は、他の人たちと少し、違うの。人の感情に敏感だったり――」
「――遠くにいる人の匂いを嗅ぎ分けることができたり?」
「ええ、そう。そういうことは、他の人たちにはできないの」
「お母様、」
リリーは燃えるほど心臓が苦しい気持ちに駆られて、母親に問い詰めた。
「わたし、妖精なの?」
「……ええ、そうよ」
……やっぱり。
母が認めた事実は、リリーの胸にすとんと落ちた。
気付いていたわけではない。かといって、自分の持つ力について、全く疑いを持たなかったと言えば、嘘になる。ジーク保安官に会ったあと――いや、実際にはアシュビー家に行ったあとだ――何度か頭を過ぎったのだ。これは、人間のなせる業ではないのではないか、と。
それだけではない。あの博物館の倉庫で"妖精の遺物"と言われたものを目にしたとき、ゾクゾクと、身体中の細胞が恐怖を訴えるように騒ぎ出した。同時に、怒りで身体が煮え滾るような感覚もあった。妖精に、それほど、深い思入れがあるわけでもないのに。
まるで、誰か――近しい存在を顔も知らない人たちに身勝手に扱われて、腹立たしく思うような……、そんな感覚。あれは、自分が妖精だったからなのか。
「遠い昔、妖精たちは背中にあった羽根を切り落とし、人間に紛れて戦乱の世を生き延びたそうよ。あなたのお祖父様は、そんな彼らの正統な末裔なの」
フェリシアの含みのある言い方に、リリーは眉を顰めた。
「……"正統"って、なに? お母様は、違うの?」
「私は半分妖精で、半分人間なの」
「じゃあ、わたしは?」
「妖精と、妖精と人間の混血よ」
随分とややこしいが、つまり、リリーの父は妖精なのだ。
「どうして今まで隠していたの?」
「いつかは伝えるつもりだったわ。だけどそれまでは、黙っておくことがあなたのためになると思ったの。妖精は本来、人間とは相容れない種族だから、」
「人間とは相容れないって、どうして?」
「それは――だって――これまでずっとそうだったから」
「だけど、お祖父様とお祖母様は? お祖母様は人間だったんでしょう?」
歯切れの悪い母に、リリーが純粋な疑問をぶつけると、フェリシアはむうっと不機嫌になった。しかし、瞳から感じ取れる色が憂いのある紫色なので、リリーの立て続けの質問が母を煩わせたわけではないと分かってほっとした。あの紫色は、過去に傷を負った人がトラウマを思い出して浮かべる色だから……。
そこまで考えて、リリーははっとした。
「まさか、そうなの? お祖父様にもお祖母様にも会わないのは、それが理由?」
「私たちが会わないんじゃなくて、あっちが会いに来ないのよ。きっと、私がどっちにも似てるから、顔を見るのも嫌なんでしょう」
そう言って、フェリシアは子供っぽく頬を膨らませた。慌ててリリーは己の軽率な発言を詫びた。
「ごめんなさい、わたし、知らなくて、」
「そうでしょうね。知られたくなかったもの」
リリーは、うぅ、と呻いて、悔恨の情で身体を縮こまらせた。
ペンダントの件もあるし、てっきり、母は愛のある家庭で生まれ育ったのだと思い込んでいた。それどころか、冷め切っていたのかもしれないだなんて。結局、自分は世間知らずなのだ。自分を取り巻く環境が、世間一般と同等であると思い込んでいたのだ。




