19-3.続・三人の盲目な探偵 - RE: Three Blind Detectives【case:ジェム】
2023/12/20、改稿
一部内容を変更致しました。m(_ _)m
キンバリー通りに差し掛かったジェムは、その手前で待っていた様子のヴィンスに出会った。ヴィンスは、ジェムの姿を認めるなり、よお、と片手を上げた。
「お疲れさん。どうだった?」
「なかなか手強いな。上手いこと情報を引き出せない。もしかすると、ぼくはなにか勘違いをしているのかもしれない」
記録保管庫を出る前、ジェムは意を決して、コリンにとある質問をしていた。
「どうしてぼくたちにバリー・アシュビーのことを教えてくれたんだ?」
コリンは、その質問がまるでなにかの冗談かのように、面白そうに笑った。
「間接的にだけど、彼が一番"妖精泥棒"について詳しい、生き証人だったからだよ。まあ、本人は昨年亡くなっちゃってたと思ったけど、その代わりお孫さんが詳しかったはず。もう、会ったかい?」
いや、と嘘を吐いたジェムであった。コリンの方が一枚上手である。
仮に彼がスパイだった場合、どうして今、余裕そうなのか、そもそも今回の騒動が彼にとってどう得になるのかが分からない。パウエルの言う通り、コリンがアルビオンのスパイであることは、有り得ない話なのかもしれない。
「パウエルの指摘は正しかったってことか?」
「……ある意味では」
ふうん、と相槌を打ったヴィンスは口をへの字に曲げて、なにやら思案顔を浮かべていたが、実際のところ、なにも考えていなかった。彼の仕事はあれこれと推理することではなく、情報を精査することだからである。
とはいえ、ジェムの方も、推理をするのが自分の仕事だとは思っていない。そんなものは、創造世界の産物だと思っている。自分のしていることは、ただの当て推量で、それを確実とするための裏付け調査を行っているだけに過ぎない。
……恥ずかしげもなく、推理したなんて言えるやつの気が知れない。事実と違ったときのきまり悪さといったら……、耐え難さに死んでしまう。
「父さんはどうだった?」
ジェムの問い掛けに、ヴィンスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……興味深い話を聞けたよ。おれの方でもう少し調べたいところだけど」
「父さんと話したのか」
「そりゃあ、ね。お陰でアランにも会えたよ」
「"仮面"の方か。お前、アンヘルの方しか知らなかったんだな」
「まったく、ややこしいよな、同一人物のくせに。あの人、あんなにめんどくさかったっけ?」
「否定はしない」
やっぱり、尾行は上手くいかなかったんだな、とジェムはヴィンスを憐れに思った。実のところ、ヴィンスがグレアムを欺けるとは、ジェムは思っていなかった。きっと、早々に気付かれて、いいように利用されるだろうと考えていたのだ。
……こんなこと、ヴィンスに言ったら傷付けるだけだから黙ってたけど。
「……思えば、父さんが二重人格を演じるようになったのは、母さんが死んでからだったな」
呟きにも聞こえるジェムの言葉に、「へぇ!」とヴィンスは前のめりになった。
「そうなの? ――あ、もしかして、こういう髪で、滅茶苦茶美人だった?」
ヴィンスは両手で髪型らしきものを表現してみせるが、正直なところ、他人にはそれがなにかほとんど分からない。
「……なにか見たのか?」
「まあ、それっぽい写真をね」
だから、アンヘルは、あんなに必死になってたんだろうか、とヴィンスは考える。
……もしかすると、今回の件で巻き込まれるよりもずっと前に、ジェムは妖精か"妖精の階段"と関わりがあったのかもしれない。"ホーム"出身というのとは別に、スミスがジェムを選んだ理由があるのかもしれない。だとしたら、ますます無視はできない。
すると、ぱたぱたと平たい靴で駆けてくる足音がした。ジェムとヴィンスが、音のする方向へ顔を向けると、リリーがひらひらとキモノ・カーディガンを靡かせながら、こちらへ向かって走っていた。
「ごめんなさい、遅くなって」
ふたりの許へ駆けつけるなり、リリーが言った。遅くなった、といっても、数分ほどの遅れだ。大して待たされたわけでもない。ジェムとヴィンスは顔を見合せ、肩を竦めた。
「全然。来てくれただけで十分だよ。おれたちの仕事って、遅刻は仲間の危機を意味したりするから」
あけすけなヴィンスの物言いに、ジェムは肘で彼の横腹を小突いた。なんだよ、とヴィンスは怪訝そうに睨んでくるが、案の定、リリーの顔から、さーっ、と表情が消えた。
おっと、とヴィンスが慌てて付け加えた。
「大丈夫、いつもそうだってわけじゃないから!」
そうなんですね、と相槌を打つリリーの表情は硬い。
「――とりあえず、」ジェムは話題を変えるのが一番良いだろう、と判断した。「予定通り、パットの店に移動しよう。詳しい話はそれからだ」
ダイナー『ロス』と『パットズ・バー&グリル』は、高架橋を潜り抜けた先にある。政治思想や哲学者の名言、キュビスムを意識したかのような絵柄の猥雑な落書きがされたこの通りは、田舎の人間にとっては不快な場所だろう。
つい数日前のことだが、オルトンも複雑そうな顔で、この場所を通り過ぎて行ったほどである。
ジェム、リリー、ヴィンスの三人が、『パットズ・バー&グリル』へ向かおうとしていたそのとき、ダイナー『ロス』では、そわそわと窓の外を見遣る少女がいた。少女は向かいの通りを歩く三人の姿が目に入ると、急いで店を飛び出した。
「リリー!」
「……ブリー?」
ブリアナ・ロスは、三人の行く手を阻むように、そこに立った。
「大変よ、あなたたちにお客さんが来てるわ」
血相を変えて言うほどの客とは誰だろうか、とリリーが黙っていると、ブリアナは深刻そうな顔で言った。
「多分、リリーのお母さんだと思う」
「え……」
リリーは咄嗟に首許のロケットペンダントを握り締めた。
「それ、本当に?」
呆然としているリリーの代わりに、ジェムがブリアナに訊ねた。ブリアナは頷いた。
「遠目に見ただけだし、顔も知らないから確証はないけど。あのギファードとかいう男が、ミスター・デーンズの店に連れて入っていったの」
「……わたしと同じで、緑の目をしていたんですね?」
「えぇ」
どうしよう、とリリーは振り向き、ジェムの顔を見上げた。そんな彼女の不安げな表情に、ヴィンスは困惑して、口を挟んだ。
「なに? お母さんが来るとまずいのか?」
ヴィンスの問いには、ジェムが答えた。
「彼女、母親に嘘吐いて、ここにいるんだよ」
「嘘? なんで。家出?」
「……悪い。ぼくの説明が足りなかった」
とにかく、とブリアナは男たちの会話を遮った。
「いったん、私の家に来て。あなたたちが帰って来たの、まだ知られてないはずだから」
ブリアナがリリーの背に腕を回して、早く移動しようと彼女を急かす素振りを見せた、ちょうどそのときだった。からんからん、とカウベルが鳴り、ふたつの人影がパットの店から現れた。ブリアナは、さっと腕を引っ込めた。
オルトン・ギファードは、表情を失くしていた。いつもの張り付いたような、穏やかな草食動物のような笑みは消え失せ、顔色は少々青白い。
その後ろに、リリーと同じ瞳を持つ、オリーブ色の肌の女性が、威厳のある表情で立っていた。猫背気味なのに風格のある彼女は、半分ほどの丈のシャツを着てベルボトムジーンズを履き、ガーゼ素材のガウンを羽織って、大きなフープピアスを着け、髪は60年代のような後頭部が膨らんだ派手な出で立ちなのに、化粧っけがない。醸し出される雰囲気は全然違うのに、ひと目で彼女がリリーの母親だと分かってしまうのは、彼女のリリーに向ける視線が愛情で溢れているからだろうか。
「……お母様」
リリーが囁いた。
「ごめんね、リリー。お父様が、すぐにあなたを連れて帰れって言うもんだから」
「あの、お母様、わたし――」
「分かってるわ」母――フェリシアは、ぽんぽん、とリリーの頬を撫でた。「ちょっとした手違いがあったのよ。そのペンダントは、まだあなたに渡すつもりじゃなかったの」
「でも、わたし――」
「ええ、そうね。でもね、状況が変わったの。このまま、あなたを放っておくわけにはいかなくなっちゃったのよ」
リリーは、すっかり言葉を失ってしまった。フェリシアは、昔からリリーの思考を読むようなところがあった。そのため、母と話すときはいつも、リリーは言葉少なになってしまうのだ。辛いときには頼りになる母だが、時々こんなふうに言葉を封じられて、従うことしかできなくなってしまう。
ジェムたちが呆気にとられていると、フェリシアは、彼らを見て、ふわりと微笑んだ。その笑みは、娘にそっくりだ。
「娘に良くしてくれて、ありがとう。また今度、時間があるときにお話、しましょう?」
フェリシアは、さあ、とリリーの腰に腕を回した。
「あの、わたし――」
フェリシアは、こくん、と頷いた。リリーは一瞬、なにかを熟考するように目を伏せ、それからジェムたちに向き直った。
「ミスター・モーズリーは、あの三人組と接点があるかもしれません」
「……デイヴが?」
ジェムは聞き返した。
「はい。近くで、赤毛の女性の姿を見た、と、わたしの……友人が教えてくれました。名前も彼女と同じです。友人は、彼女に脅されたことを話してくれました」
「分かった。ありがとう」
リリーはフェリシアに宥められながら、とぼとぼと来た道を歩いていった。リリーたちが話している間ずっと黙り込んでいたオルトンが、ふたりに続こうとすると、ジェムが、がし、と彼の腕を掴んだ。
「なにを聞いた?」
僅かに怒りを滲ませながら、フェリシアたちには聞こえないくらいの声量で、ジェムは訊ねた。
オルトンの表情はまったく変わらない。まるで石像のようだ。
「今は、話したくない」
オルトンはそれっきり一言も喋らず、やや乱暴にジェムの腕を解いて、リリーたちの後を追った。
「なんだ? あいつ」
ヴィンスは眉根を寄せて、不愉快そうに呟いた。ジェムは肩を竦めて、「あいつにも時間が必要なんだよ、きっと」とオルトンを擁護した。
ヴィンスは、ふうん、と、それでも不満そうな様子だったが、一応は納得したようだった。
それよりも不満げなのはブリアナだった。彼女は膨れっ面でオルトンの背中を睨みつけていたかと思えば、くるりと向きを変えて、早足でダイナーに帰って行った。すれ違いざまに、彼女がジェムの脛を蹴ったので、いつものごとくジェムは「いてっ」と声を洩らした。
……分かっている。彼女が怒っているのは、あの状況でなにもしなかった、このぼくだ。
ブリアナは、ジェムが半ば八つ当たりでオルトンの腕を掴んだのを見抜いていたのだ。
……やっぱり、彼女には頭が上がらないな。
ジェムは気不味そうに首を摩った。




