19-1.続・三人の盲目な探偵 - RE: Three Blind Detectives【case:ヴィンス】
2023/12/20、改稿
一部内容を変更致しました。m(_ _)m
ヴィンスがグレアムに連れて来られた場所は、彼のアパートメントの寝室だった。カーテンは閉められ、光源といえばカーテンレールの上の隙間くらいのもので、部屋は酷く薄暗い。そしてそこには、彼の思考の断片が物質的に可視化され、保存されていた。
部屋の装飾にしては悪趣味な赤い糸が張り巡らされていた。部屋を縦横無尽に張り巡るこの糸は、グレアムの思考の糸だ。壁という壁に人物写真や新聞記事、または手書きのメモがピンで留められていて、さらに、そのピンにそれぞれ糸が結び付けられている。
こんな部屋でよく寝られるな。ヴィンスは、おぞましいものでも見たかのように、顔をぐしゃっと顰めた。
ピンで留められた新聞記事の切り抜きの中に、スワイリーの記事がいくつもあることに、ヴィンスは気が付いた。それらから何本もの糸が伸び、その糸すべてが、"蹄鉄会"と走り書きされたメモに結び付けられている。
しかし、糸のうちの数本だけは、他のものとは違う色のものが使われていた。目立つように黄色の糸で結ばれたそれらは、どれも20年前のスワイリーの記事だ。
ヴィンスが糸を辿ろう手を伸ばした、ちょうどそのとき、ばたん、と背後で扉が閉まる音が響き渡った。
「それじゃあ、始めようか」
「なあ、アンヘル――」
「アランだ」
ヴィンスは眉根を寄せた。
「その区別、必要か?」
「必要だ。今は、な」
グレアムは、ヴィンスのシャツの衿腰を掴んで、ベッドに乱暴に座らせた。
やれやれ、徹底的だな。ヴィンスは、唇を震わせるくらいの勢いで、息を吐いた。
「……なにが聞きたいの?」
「全て」
……だから、なにを「全て」聞きたいのか、聞いてるんだけど。
とはいえ、グレアムがそれを教えてくれるとは思えない。ヴィンスは、渋々と口を開いた。
仕方ない。とりあえず、自分がジェムとリリーの"調査"に関わったきっかけから始めよう。
「おれがジェムに頼まれたのは、マシュー・スティールを探すことだった」
ヴィンスはこれまでに自分が調べてきたことを、順番にグレアムに話していった。その間、グレアムは一言も喋らず、ほとんど表情も変えずに、ヴィンスの話に耳を傾けていた。
クー・シーであるディガーのこと、探偵社に狂信者のスパイがいること。それから、グレアムにスパイの容疑がかかっているということ。それを聞いて、グレアムは、ふっ、と笑った。
「ジェムが言ったのか?」
「まあね」
「俺の教えを守っているようで、なにより」
息子の話をするときは、"アラン"も"アンヘル"も変わらないな。グレアムの表情を見て、ヴィンスはそう思った。
現"蹄鉄会"の会長がマシュー・スティールだということは、話さなかった。パウエルのことも。監査部長のバジョットやハドソン夫人らとの会話からも分かるように、パウエルの居場所は一部の人間しか知るのを許されていないのは、明らかだったからだ。
しかし、グレアムはヴィンスに訊ねた。
「うちの会社の常務取締役には会ったか?」
……それ、今一番訊かれたくない質問なんだけど。
「随分、限定的だな。なんでそんなことを訊くんだよ? その常務取締役がそんなに重要な人物なのか?」
「情報屋が、そんなことも分からないのか?」
"アラン"の高圧的な物言いに、ヴィンスは膨れっ面になった。まるで蛙のような顔付きだ。
「会長の補佐をするのが、常務の仕事だからか?」
「なんだ、よく分かってるじゃないか」
さも感心したかのように、グレアムは言った。あまりにそれが演技がかっているので、ヴィンスはますます機嫌が悪くなった。すっかり、グレアムのペースに飲み込まれてしまっている。
「どうだろうな? もし会ってたとしても、あんたに居場所は教えない」
「それで構わない。今回の件に関わっていると分かっただけで十分だ」
……なんだよ。なんなんだよ、腹立つなあ。全然、なに考えてんだか分かんないし、部屋の雰囲気は最悪だし。大体、この人、こんな必死になってなにを調べてるんだよ?
「ジェムはどうしてる?」
「さあね。自分で調べろよ」
反抗的なヴィンスの態度にグレアムは、ふん、と鼻で笑った。そして、すっ、と胸のポケットから、一枚の写真を取り出した。とある女性のポートレート写真である。
写真を受け取り、この女性が誰なのかヴィンスが訊ねる前に、グレアムが言った。
「その女性については、なにか知ってるか?」
「……いや。知らないけど」
グレアムは、そうか、と呟いて、ヴィンスの手から写真を自分の手許に戻した。心做しか、ほっとしているようにも見える。
「――大体の状況は分かった」
そう言うとグレアムは、はぁ、と一息吐いた。
「その"魔法"ってのは、俺が思っていたより本格的なようだな。クー・シーなんてものが、まさか実在してるとはね」
それからしばらく、グレアムは顎髭を撫でながら深く考え込んでしまったので、ヴィンスは、存在を忘れ去られてしまったのではないかと疑いたくなるほどに、放っておかれた。そっちがそのつもりなら、とヴィンスは先程確認することができなかった、黄色の糸の先にあるものに目を遣った。
黄色の糸によって結ばれた、20年前のスワイリーの記事には、全てに同じ名前が書かれたメモが貼ってあった。
セドナ・サム・ストー二ーと、アーヴィン・パウエル。
パウエルはきっと、常務取締役の彼で間違いないだろう。そしてセドナ・サム・ストー二ーは……、パウエルの相棒、といったところだろうか。つまり、20年前のスワイリー案件の担当は、このふたりだったということか。
「――妖精信仰の過激派だか、狂信者だかの話だが、」グレアムは唐突に言った。「実際に目にしたことは?」
「……ない」
「存在を示す証拠は?」
「今のところ、被害者の証言だけだ」
「でも、"魔法"は本物?」
「嘘には見えなかったよ。もしそうなら、もうなにも信じられない」
「なるほど。余程のものを見てきたみたいだな」
じっ、と見つめて、ヴィンスはグレアムの表情から彼の考えを探ろうとした。グレアムがこんなにもあっさりと"魔法"の存在を受け入れるなんて、にわかに信じ難かった。
だって、そうだろ? 疑い深いのが探偵だ。あのアラン・グレアムが、おれの話を鵜呑みにするはずがない。
「"魔法"が実在するとして、その力を欲するがあまりに凶行に及んでいる輩が俺たちを敵視しているのは、奴らの実質的な敵であるスワイリーと会社の社長が繋がっているから、だったな?」
グレアムの問いかけにヴィンスは、うん、と答える。
「といっても、まだ疑いの段階だけどね。でも、"蹄鉄会"の福祉活動を連中が厄介に思ってるのは確かだよ。社会的弱者の救済が、妖精たちの救済にもなっているみたいだから」
「なるほど、そういうところに彼等は属しているんだな。しかし、気になるのは、何故妖精の存在が一部の人間にしか知られていないのかってことだ。知られていれば、スワイリーは一躍ヒーローになれるのに」
「そりゃあ、この国で生まれ育った以上、誰だって妖精信仰の過激派になる可能性はあるから、妖精の存在は隠しておいた方が安全だろ? それに、無闇に"妖精の階段"を刺激して、アルビオン王国との宗教戦争を引き起こすのは避けたいし」
「その前提がおかしいとは思わないか?」
「……どういう意味?」
「さて、な……」
とんとんとん、とグレアムは自身の顎を人差し指で叩いた。
「――ところで、スワイリーは妖精か、人間か、どっちなんだ?」
グレアムの質問に、ヴィンスはまごついた。
「えっ、とお……」
「まさか、知らないのか?」
呆れた様子で、責めるような口調で訊くグレアムに、ヴィンスは慌ててどうにか言葉を紡ぎ出した。
「多分、妖精だと思う」
「多分?」
「だって、妖精信仰の狂信者と戦ってるんだから、妖精だろ? マシュー・スティールだって、クー・シーにご主人様と呼ばれてるんだから、きっと妖精に違いない」
「じゃあ聞くが、エメリー・エボニー=スミスは妖精か? アーヴィン・パウエルは? 第一、なんでその狂信者共は妖精を食い物にしてるんだ。よく考えろ、妖精信仰の信者なら、妖精を敬い崇めるのが普通だろ。何故妖精たちを蹂躙する?」
「……狂信者たちは人間で、妖精の力を手に入れるのが目的だから?」
「つまり、自分たちが妖精たちに成り代わって、崇められる対象になろうとしてるってことだろ? だったら尚更、どうして妖精たちは姿を隠す? それだけの力があるなら、こんなふうに人間に蹂躙されるまでもなく、人間社会を支配できたはずだ」
「それは――それは……、そうしなかったのは……」
「妖精は、既に人間に負けてるんじゃないか?」
グレアムの指摘に、ヴィンスは困惑した様子を見せた。僅かに口を開けたまま、目をうろうろと泳がせている。グレアムは面白そうに顔を歪めた。
「これは、まだ裏があるな」
ヴィンスは頭を抱えた。自分たちは騙されていたのだろうか。それとも、アラン・グレアムに惑わされているのだろうか。人間の過ぎた欲望から妖精たちを守るために、自分たちは戦おうとしているのだと、そう思っていたのに――実際は、違ったのか? 自分たちは、妖精たちの復讐の手助けをさせられているだけだったのだろうか。
混乱したヴィンスは、つい、グレアムに縋るような視線を向けた。
するとそのとき、ヴィンスの目にあるものが飛び込んできた。
なぜ、今までそれに気が付かなかったかは分からない。部屋は全くの暗闇というわけでもなかったが、目が慣れていなかったせいだったのかもしれない。それとも、グレアムと話すことに気を取られて、少しもそちらを気にしていなかったからだろうか。だから今になって、それがたまたま目に入ったのかもしれない。
そこにあったのは、ふたつの花を付けた、簡易な鈴蘭の花の絵であった。ぐるりと強調するように円で囲われたそれは、なにかのエンブレムだろうか。
「アンヘル、それは――?」
グレアムは、今度はヴィンスの間違いを訂正せずに、彼が指で示した方向に首を回した。そして、ああ、となんでもなさそうに応えた。
「妖精の階段だ」
……いや、違う。
「"妖精の階段"のシンボルは、百合の花だろ。鈴蘭じゃない」
「だから、妖精の階段だと言っただろ。鈴蘭は、別名"天国への梯子"、"妖精の階段"、"谷間の百合"――間違ったことは言ってない」
……なにを言って――なにが言いたいんだ?
そこで、ヴィンスははたと気付いた。
「……"谷間の百合"?」
グレアムはにんまりと口許を歪めた。
「もう一度よく考えろ。これは本当に、妖精を守るための戦いなのか?」




