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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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18-3.三人の盲目な探偵 - Three Blind Detectives【case:ジェム】

2023/12/10、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

 祝日の記録保管庫には、毎度、決して少なくない探偵社員が滞在している。その多くは、新入社員とアルバイトである。


 会員制の探偵会社にアルバイト、と聞くと、驚く人がいるかもしれない。確かに、スミシー探偵社では、誰もがアルバイトとして働けるわけではない。だが、探偵という仕事は、いつも人手不足との戦いだ。だからこそ、自己責任にはなってしまうが、それぞれの探偵社員たちは、フリーランスの"ワトソン(探偵助手)"を雇うことを許されているのである。探偵社員たちの言うアルバイトとは、新人の"ワトソン"ことなのだ。

 だからその分、記録保管庫の管理は厳重にされている――はずだ。


 ……そういえば、どうやって、()()()ひとりでこれだけの社員を相手してるんだろう。

 ジェムは吹き抜けの落下防止柵に腕を置いて、保管庫の全体の様子を観察した。


 すると、出口に通じる螺旋階段に近付いていったアルバイトの青年が、女性の新入探偵社員に肩を掴まれた。


「キミ、それ持ってどこ行くの?」

「えっ、どこって」

「ここで保管している記録は、一切持ち出し禁止だよ」

「あ……、すみません」


 青年はすごすごと、ファイルを抱えて来た道を戻って行った。新入社員は、青年の背中を見送ったあと、さっさと読書用のテーブルへ帰った。まるで機械のような動作だ。


 ……あれ。もしかして、新入社員の一部はここの警備を任されることもあるんだっけ。ぼくの場合、社員になってからもしばらくアランに"ワトソン役"として現場に引っ張り回されてたから、その辺よく知らないんだよな。


 保管庫で自主的に勉強をしている勤勉な新米社員たちを注意深く眺めていると、今度はウォーキートーキーを腰にぶら下げた男性の探偵社員が、機械から聞こえてきたコリンのくぐもった声に資料から顔を上げて、手にしていたファイルを棚に戻した。


 この記録保管庫には、小荷物専用の昇降機がある。

 ウォーキートーキーを持った探偵社員は、昇降機から新たに3、4冊のファイルを取り出した。どうやら、コリンに見繕ってもらったものを、昇降機を使って受け取ったようだ。


 今日のコリンは忙しそうだ。これなら、ふとした瞬間に、ぼろを出してくれるかもしれない。


 コリンは、地下1階の詰所の手前に設置された事務机に座って、台帳に不備がないか、預かった探偵社員のピンと照らし合わせながら、何度も確認していた。今日のように利用者が多い日は、コリンは探偵社員から社員証となるピンを預かり、アルバイトからは専用のリボンを回収する。記録保管庫への入室記録を正しく残すためだ。


 そこへ、ジェムの年上の後輩社員がコリンに近付いていった。コリンが顔を上げると、後輩社員は、あ、あのう、と(ども)りながら言った。


「ジョ、ジョージ・マックパーランドが、これまで担当した、い、依頼の記録を、読みたいので、すが」

「ああ、それなら僕の方で探しておきますよ。トランシーバーで連絡しますから、これ、持って行ってください」


 後輩社員は、ウォーキートーキーを受け取ると、安堵した様子で去って行った。


 さて、コリンが社員の求める資料をどう探し出すのかというと、まず、事務机の背後に大量に並んだ収納棚の、Mの抽斗(ひきだし)の中から、マックパーランドという姓の付箋を見つける。そこから更にジョージという名を探し出し、ジョージ・マックパーランドのファイルを取り出す。ファイルに仕舞われていた紙には、彼が請け負った依頼がそれぞれ採番されてリスト化したものが印刷されている。コリンはそのリストを片手に、今度は種類別・年代順に並んだ棚へジョージ・マックパーランドの全資料を探しに行くのだ。


 ジェムは背後からゆっくりとコリンに近付いた。話しかけるなら、周りに人がいない今が好機と判断したのである。


「コリン」


 ジェムの呼びかけに、コリンは振り返った。


「あぁ、ジェム。ごめんね、忙しくて、全然応対してあげられなくて」

「そんなことはいいんだ。ぼくだって、いつもお前の手が必要なわけじゃない」

「ふふ、ホントに? ひとりで必要なファイルを見つけられる? どの依頼がなんの棚に区別されているか、ちゃんと知ってるの?」

「……ぼくはそこまで愚鈍に思われてたのか」


 コリンはなんだか嬉しそうだった。つい先日、ジェムたちが彼と話したときより、ずっと活き活きとしていた。頬が緩んで、肩に力も入っていない。まるで、重責から解放されたかのような清々しさすら感じた。

 彼は本当に、アシュビー家での出来事をなにも知らないのだろうか。


「機嫌が良さそうだな」


 コリンはふたつめのジョージ・マックパーランドのファイルを手にしながら、首を傾げた。


「そうかな? ジェムに会えたから、ほっとしてるのかも。今日はずっと、張り詰めてたし。なんたって、この忙しさだからね」


 ……そうなのだろうか。


 確かに、今日ここへ来たジェムを、コリンはいつになく歓迎した。だがコリンの言うように、彼の雰囲気が柔らかなのは、忙しさの中でも友に会えたから、なんていう理由ではないようにジェムは思う。それよりか、忙しなく働くことを楽しんでいるようにジェムには見えた。

 ――ところで、ジェムがリリーと初めてここへ訪れたあのとき、コリンはなにに対してぴりぴりしていたのだろうか。


「人から聞いた話だけど、」ジェムは世間話でも始めるかのような口振りで言った。「お前、ぼくより年上なんだって?」


「えぇっ?」


 コリンは素っ頓狂な声を上げた。


「なにそれ。ホントに20歳(はたち)だよ、なんで誤魔化す必要があるのさ?」

「カビ臭いとも言われてたぞ」

「そりゃ、四六時中、地下に篭もりっぱなしでいたらね。もしかして、それで老けて見えたのかな? ねえ、ジェム、僕、いくつに見える?」


 ジェムは不機嫌そうに顔を顰めた。


「……その質問には飽き飽きしてる」


 コリンは、くつくつと、肩を震わせて笑った。

 ジェムは、資料を探す手も止まってしまう程すっかり寛いでいる様子のコリンを見て、もう少し立ち入った話をしても良いかな、と考えた。


「しかし、20歳でここ全体を任されるなんて、随分と上に信頼されてるんだな?」

「今更だね。まぁ、僕もキミと同じで、師匠が良かったからさ」

「そういえば、お前の事情は、あまり聞いたことがなかったな。孤児だった、ってのは知ってるけど」


 素っ気ないわりに、興味津々な顔で聞くジェムにコリンは苦笑いを浮かべた。


「聞いて楽しい話でもないよ。下水道を這いずり回る溝鼠(どぶねずみ)みたいな暮らしのことなんて」

「辛かったときのことを話せなんて言ってない。お前と傷の舐め合いをするつもりもないし。ただ、どういう経緯でこの会社に入ることになったのかは聞いたっていいだろ?ただの世間話さ」


 ジェムの熱心な口調に、コリンは、ふぅ、と溜め息を吐いた。


「……この保管庫の管理人、初代が誰か知ってる?」

「いや」


 即答だね、とコリンは笑った。


「常務取締役だよ。アーヴィン・パウエル――僕のお師匠であり、育ての親であり、……、本当の祖父みたいな人だ」


 ジェムは胸の前で腕を組んだ。


 ……嘘を吐いているようには見えない。瞳は物憂げで、ぽつぽつと紡ぎ出される言葉は辿々しいが重々しく、とてもその場凌ぎには聞こえない。


「彼に拾われたのか」

「そうだよ。だから、ここに入社した。単純だろ?」

「一緒に暮らしてたのか?」

「幼い頃はね」

「仲は?」

「良かったと思うよ。少なくとも、僕は慕っていた」

「前に、常務のことを話したよな? あのとき、彼の行方を知っていたのか?」

「ううん。それは本当に知らない。アーヴィンがなにを調べてたのかは、なんとなく分かるけど」


 ()()()、ね。


「彼はなにを調べてたんだ?」

「その質問には、お答えできません。守秘義務があるからね。僕の一存で、勝手にアーヴィンのことは話せない。それが憶測でも」


 コリンは、なかなか手強かった。思い出話をさせたら饒舌になるかと思いきや、彼はほとんどなにも話さなかった。聞かれていることにしか答えず、無駄に情報を与えない。なるほど、アーヴィン・パウエルに育てられたというのも頷ける。


 それにしては、スワイリーや"蹄鉄会"については、つらつらと私見を述べていた。それらのことについては、なにを語ろうとどうでも良かったからなのか、それとも、余程ジェムに聞いてほしい内容だったのか。


 ……なぜ、バリー・H・アシュビーのことをぼくたちに教えたのか、今はまだ、聞くときではなさそうだ。


 ともあれ、パウエルに関してこれほどまでに口が堅いというのは興味深い。コリンにとって、アーヴィン・パウエルという人間は、相当大事な存在のようだった。


 ……まさか、あの日ぴりぴりしていたのはパウエルが原因だったのか? 彼の居場所が分からなくて苛々していたのか?

 だけど、コリンは「知らない」と言った。今でもパウエルの居場所は分からないようだった。ということは、彼の悩みの種は行方不明のパウエルのこと……ではなかった、のか?


「そういえば、あの()はどうしたの? ほら、警護の依頼を受けて、一緒に妖精泥棒の対策を練っていた」


 あまりパウエルのことについて、聞かれたくないのだろう。コリンは早々に話題を切り替えた。お返し、と言わんばかりに弱いところをつつかれる。ジェムは仕事用の笑みを浮かべた。


「彼女は彼女の仕事をしているよ。気丈だし、ぼくなんかよりもずっと頼りになる。彼女がいれば、今回の依頼はどうにかなりそうだ」


 ジェムの言葉に、コリンは、へぇと目を丸くした。


「すごい褒め言葉だね。ジェムにそこまで言わせるなんて、こりゃあ、ちゃっかり手なんか出した日には、僕の首が危ないかも」

「そのとき、お前が警戒しなくちゃいけないのは、ぼくだけじゃないだろうな。それくらい、彼女を気にかけている人間は沢山いる」

「はいはい。警告はしっかり受け取りましたよ」


 コリンはおどけるようにそう言って、中断されていた仕事に戻った。


 ジェムは再び、遠目に彼を観察することにした。棚から適当にファイルを取り出し、吹き抜けに近い見晴らしの良い読書机の椅子に横向きに座った。ちら、と手にしたファイルに視線を落とすと、それが浮気調査の報告書だったのに気が付いて、"愛"とはそら恐ろしいものだな、などと、瑣末(さまつ)なことを考えた。

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