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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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18-1.三人の盲目な探偵 - Three Blind Detectives 【case:ヴィンス】

2023/12/10、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

 祝日のアラン・グレアムは、実につまらない男であった。


 クリスティ・スクエアなどの中心地から少々距離のあるこのショルメ通りは、シティ・オブ・ブランポリス内では比較的穏やかで、喧騒から離れた場所にある。とはいえ、中心地に林立する超高層建築物のオフィスビルたちをはっきりと目視でき、紛うことなき大都会の一部であるので、白き都に憧れを持つ者たちの理想的な移住区として人気を集めている区域だ。


 そんなショルメ通りに建つ、ホースシュー・カフェからさほど遠くないアパートメントに住むグレアムは、近くのドーナツ屋に向かうべく外に出た。


 そして、彼は、その店の窓際のイートインスペースに、3時間ほど居座ったのだ。


 グレアムは、ちびちびとコーヒーを口に含みながら、10分に一度、砂糖がまぶされたドーナツを一口齧るといった具合に、実に要領の悪い食し方を続けている。なんて尾行しがいのない男だ、とヴィンスはげんなりした。


 どうやら、貧乏くじを引いてしまったらしい。これが、かのスミシー探偵社ブランポリス支部長、アンヘル・アラン・フェヘイラ・グレアムだとは。


 しかし、1個のドーナツと5杯ものコーヒーを摂取――彼の表情と食べ方では、単にエネルギーを取り込んでいるだけに見えるのだ――すると、ようやく椅子から重い腰を上げ、店を出る決心がついたらしい。大股歩きで颯爽と通りを歩いて行く。ヴィンスは、道路を挟んで向かいを歩くグレアムを横目に窺いながら、彼と歩調を合わせることに集中した。

 この辺りは、大きな窓ガラスを持っている店が多い。万が一にもグレアムと視線がかち合わないように、ヴィンスは、ガラスの反射越しに対象の背中を追った。


 コツコツと、想定していたよりも自分の足音が響くことに気が付いて、ヴィンスは配慮が足りなかったと、今更後悔した。

 ほんの数刻前までは、自分の変装の出来に、これ以上のものはないと満足していた。これを見破られるとしたら、母親ぐらいだ、とほくそ笑んだ。だが、どうだ。実際にこうして歩いてみたら、今に気付かれやしないかと、おどおどしている自分がいる。


 ……まぁ、尾行に気付かれたところで、おれだとは思わないだろうけど。


 ヴィンスは右手で、些か大きいサングラスの位置を調節した。これも、男の身体である自分を、より華奢にみせるための重要な小道具である。


 ドーナツ屋から4ブロックほど先には、ささやかな公園がある。マガリッジのハロルド・パークや、バーニーヴィルのウォッシュバーン・パークのように、自然が豊かでも広大な敷地を有しているわけでもなく、だだ広い芝生ばかりの小さな丘のような場所だ。


 ヴィンスは、この場所になんという名前があるのか、よく知らない。近辺のオフィスビルに勤務する人々のためのピクニックスペースだと思っているし、実際にそう呼んでいる。

 グレアムは、そんなピクニックスペースに設置されたベンチに座ると、なにをするでもなく足を組み、彼の柔らかな甘いマスクが持つ魅力を全面に引き出すような表情で、目を閉じた。


 あの男個人に、年齢制限を設けるべきだとヴィンスは思う。一部の思春期の青少年たちに、あの色香は、あまりに凶悪過ぎる。


 ……だけど、あの振る舞いは勉強になる。木を隠すなら森の中の逆を体現するあの男は、周りの人間の注意を自由自在に操る方法をよく知っている。


 ヴィンスの情報屋としてのイメージは、実のところ、アラン・グレアムが基盤となっている。ジェムがグレアムの探偵技術を継承するのならば、自分はあの男の振る舞いを見に付けよう、とふと思いついたことがきっかけだ。ヴィンスがジェムの鏡だ、と自負するのは、ふたりがアラン・グレアムを軸に、それぞれ別のロールモデルを導き出したことに端を発している。

 とはいえ、ヴィンスが彼を師と仰ぐことは、この先一生ないだろう。彼は、唯一無二の存在を好むから。


 グレアムの横を素知らぬ顔で通り過ぎ、ヴィンスは、服の裾をきっちりと手で抑えながら、他の公園の利用客のように、芝生の上に腰を下ろした。耳だけを頼りに、背後のグレアムの気配を探る。

 やはり、ほとんど動きを見せないグレアムだったが、一度、彼が公園の公衆トイレに向かったときには、流石のヴィンスも慌てふためいた。


 ……そんな公と名のついた私的な場所まで、ついて行く気はないよ、おれは。とくに、()()()()()()あそこに入ったら、おれは社会的に死んでしまう。


 結局は、無事に公衆トイレからグレアムが姿を現してくれて、ヴィンスは心底ほっとした。あのまま尾行を撒かれて、行方が分からなくなってしまったら、どうしようかと、肝を煎っていたところだった。


 公園でも数時間過ごしたグレアムは、やがて、なにやら決意したようにベンチから立ち上がり、林立するオフィスビルの間の細い路地へずんずんと突き進んで行った。

 自分の足音に注意しながら、ゆっくりとグレアムの後を追ったヴィンスだったが、行き着いた先のごみ集積場は、もぬけの殻だった。


 ヴィンスの頭は真っ白になった。グレアムの姿を見失ったことにも驚きだが、それよりもヴィンスの思考を奪ったのは、地面の上にぽつんと置かれた、そこにあってはならないものであった。


 ()()()()()


 わけも分からず、ヴィンスは跪いて、取り残された腕を手に取った。腕の断面を隠すようにかけられていたジャケットがはらり、と落ちた。そこから現れたのは、身体に装着させるための()()()である。


 こつ、と後頭部を細いもので小突かれた。


「お前、相手が俺じゃなけりゃ、死んでるぞ」


 ヴィンスは深い溜め息を吐いた。


「……相変わらず、悪趣味だな、アンヘル」


 ヴィンスが振り返ると、そこには、左手を拳銃に見立てて、二本の指を突き出したアンヘル・アラン・フェヘイラ・グレアムが立っていた。右腕があるはずの場所では、ざっくりと短く切られたシャツの袖がひらひらと風に揺れている。彼は、にや、と笑い、そしてヴィンスの顔を見て言った。


「おい、なんだよそれ、付け鼻か? このご時世に付け鼻なんかを変装に使う奴が、まだいたとはね」


 ヴィンスはむっとして、付け鼻とサングラスを一緒に取り外した。


「いつから気付いてたんだよ?」

「そうだなあ。ドーナツ屋の外から、逞しいブルネットの女性がこっちを見てるなあ、って思って、俺がこのまま無駄に時間を過ごしたら、彼女、どうするかなあ、って」


 ヴィンスは悔しさに口を噤んだ。ばれていたのだ。最初から、女装した自分の視線に気付いていて、グレアムはなにもしなかったのだ。ヴィンスはただ、弄ばれていただけだった。


「……本当に、悪趣味だな」


 言いつつ、ヴィンスは手に持った右腕の義肢に視線を落とした。苦々しげに、きゅっ、と唇を結ぶ。

 グレアムは不思議そうに片眉を上げた。


「お前、俺の右腕が義肢なのは知っているだろう。なにをそんなに驚いてやがる」


「知ってるから、吃驚(びっくり)したんだろうが」ヴィンスは眉根を寄せた。「よりによって、右腕がここに落ちてんだぞ、あんたになにかあったんじゃないかって、いろいろ想像するだろ、そりゃあ」


 はは、と朗らかにグレアムは笑った。


「それは悪いことをしたな、ヴィンセント。これが一番手っ取り早く、ひとの注意を逸らせるもんでね」


 そう言ってグレアムは片膝を着き、ヴィンスから自分の右腕を恭しく受け取った。「着けるのはそんなに楽じゃねぇんだよな」などとぼやきつつ、器用にゴム紐を身体に巻き付け、上腕のベルトを締めた。


「……器用だな」と思わずヴィンスは呟いた。その呟きに、ふっ、とグレアムは笑う。


「生まれたときからこうだから、俺にはこれが普通なんだよ。それとも、腕が2本あると不器用になっちまうのか?」

「無神経だな」

「そうか? ただ、俺とお前の"普通"が違うだけじゃないのか?」


 それにしても、とグレアムはヴィンスの変装をまじまじと眺めた。


「……尾行に女装とは。ヴィンス、お前、まだアイリーン・アドラー* を目指してるのか」


 ヴィンスの唇が、不満げに突き出る。その子どもっぽい仕草に、グレアムは含み笑いをした。


「アドラーを気取るなら、もう少し演技力を磨かないとな。変装の腕は悪くないが、別人になりきれてない。お前は自分が好き過ぎるのが問題だ」

「自分を嫌うよりはいい」

「なら、もうひとりの理想の自分を演じてみたらどうだ? そして、そいつに名前をつけてやるんだ」

「なるほど、"アラン"みたいに?」


 すると、グレアムは突然人が変わったように、すっと目を細めて、ヴィンスの腕を乱暴に掴んだ。それほど筋肉質には見えないのに、骨が軋んで折れるんじゃないかと思ってしまうほど、強い握力だ。


「――それで、なんのつもりで俺を尾行したんだ?」


 グレアムは威圧するようにヴィンスに顔を近付け、低い声で訊ねた。


 ……これが、"アラン"か。


 初めて見るグレアムの"仮面"に、ヴィンスの顔は引き攣った。それでも、震えそうになる声をなんとか抑え、立ち向かう。


「……自分の胸に聞いてみれば? 最近、他人(ひと)に怪しまれるようなこと、したんじゃない? それか、誰かさんの恨みを買ったとか?」

「そうだな、それも、お前に尾行を頼むような奴だ。例えば――アボット家とか」


 ヴィンスは自分の耳を疑った。


「なんだって? よりによって、親父に手を出したの?」


彼の返答に、グレアムは口許を歪めた。


()()()()。やっぱり、彼奴(あいつ)の差し金なんだな?」


 ……心配して損した。最初から答えを分かっていて、わざとおれの家の名前を出したんだ。


 ヴィンスは悔しそうに口をへの字に曲げて、グレアムを睨みつけた。

 しかし、ヴィンスの睨みなど、大した脅威にはならない。睨むだけで相手を怯ませられるなら、その者はよっぽどの権力者だ。

 グレアムは、ふん、とヴィンスの威嚇を一蹴し、彼の腕を離したのも束の間に、肩を強く押してヴィンスに尻餅をつかせた。


「ここまで付き合ってやったんだ、お前が今扱ってる仕事、知ってること、包み隠さず全部吐け」


 そう言って、まざまざと自身の長身を見せつけるように立つグレアムの姿に慄いて、ヴィンスはつい、ちらりと背後を窺ってしまった。そこに、とどめを刺すように「言っておくが、」とグレアムは凄んだ。


「逃げられると思うなよ。お前なんぞ、腕一本で十分だ」


 ……そりゃ一体、どういう意味だよ。


 殺気すら感じるグレアムの凄みに、ヴィンスは竦み上がった。

* イギリスの小説家アーサー・コナン・ドイルによって発表された推理小説、シャーロック・ホームズシリーズに登場する架空の人物。男装してベイカー街221Bに訪れたことがある。

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