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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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35/77

17(2/2)

2023/12/02、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

 先に結果を述べておこう。尾行は散々だった。


 ヴィンスの監視による安全対策のもと、人通りの多い鞍部市場で行われた幾度かの尾行訓練は、リリーの完敗だった。

 尾行対象であるジェムの行方を見失っても、最終的には彼女の嗅覚のおかげで居場所を特定することはできたのだが、その後、彼から繰り出される質問に、リリーはなにひとつ答えることができなかったのだ。


「途中、ぼくはある店に立ち寄ったんだけど、なんの店だったか覚えてる?」

「……えっ」

「商品を手に取って、しばらくしてから戻しただろ、なにを手にしてたか見た?」

「ええと、なにか……」

「あと、あれは偶然だったんだけど、知り合いに出会(でくわ)して、ちょっと話をしたんだよね。内容は聞こえてなくてもしょうがないけど、相手がどんな服装だったか言える?」

「く、黒っぽかったような……」

「ああ、そのあときみは、ぼくと目が合って、慌てて目を逸らしてたっけ」

「……」

「そして、ぼくが靴紐を結ぶのにしゃがみ込んだとき、きみはぼくを見失ったんだよな」


 もう、やめて。自分がどれだけ鈍臭いのか、もう嫌というほど理解したから。もうこれ以上、自分の不出来を目の当たりにしたくない。もう、終わりにして欲しい。


 でも、とジェムは、目を細めて微笑んだ。


「最後には必ず見つけてくれるんだよな。ヴィンスでも、そこまではできなかったよ」


 ぽんぽん、と肩を叩かれて、労いの言葉をもらったリリーは、悔しそうに唇を噛み締めた。

 なるほど。これが、"ホーム"の子どもたちに懐かれている所以か。とんだ人たらしだ。

 ……次は絶対、見失わない。負けるもんか。


 ひゅっ、とジェムが口笛を吹いた。リリーはぐい、とジェムの袖を引っ張った。


「もう一回!」


 リリーは己の感情に任せてジェムに詰め寄った。ジェムは些か驚いたようで目を丸くしていたが、やがてくしゃりと笑った。


「わかった。だけど、次はヴィンスが相手だ。その前に、少しだけやり方を教えるから、次はそれを試してみて」

「やり方? 尾行の?」

「グレアム式のね」


 ふたりに合流したヴィンスに、ジェムが次の対戦――もとい、訓練のことを伝えると、まだやるのか、と呆れた様子で呟いた。しかし、一瞬にして彼の顔にはにやけ面が戻り、得意気に自分の鼻先を親指で弾いた。


「久しぶりに、いっちょやりますか」


 ヴィンスと別れて5分後、ジェムはリリーと歩幅を合わせて歩き出した。ヴィンスの派手な亜麻色の髪を見つけると、ジェムは足を止めて、言った。


「さっきは、どうしてぼくと目が合ったんだと思う?」

「それは……、視線を気取られてしまった、から」


 それはそうなんだけどね、とジェムは肩を竦めた。


「きみが、尾行対象の頭ばかり見ていたからだよ」


 リリーは、きょとん、とジェムの顔を見上げた。ジェムはリリーの目前で人差し指を立てると、すっ、と指先を下に向けた。つられて、リリーは下を見る。


「見るなら胸より下――できれば、足許だ」


 グレーの靴下と、スエードのダービーシューズが目に入る。そのまま視線を滑らせ、ちょうどヴィンスが立っているところに辿り着いたとき、リリーは思わず、あっ、と声を上げた。


「有難いことに、あいつは随分、分かりやすい靴を履いてくれているみたいだな」


 ジェムの意見に、リリーはこくん、と頷いた。今日のヴィンスは、派手な軽装、足にはサンダルを履いていた。否、サンダルではない。ゲタ、と呼ばれる異国の履物である。おそらく、似たような履物を身に付けている人物は、この辺りでは、ヴィンスしかいないだろう。

 リリーがじっ、とヴィンスの足許を見つめていると、隣でくす、と笑う声がした。


「そんなに足ばっかり見てると、尾行相手がなにしてるか、全然分からないだろ」


 むっ、と唇を窄ませて、リリーはジェムを睨みつけた。しかし、彼女の垂れた目では、少しも脅しにならない。


「だって足を見ろ、って」

「ずっと見てろ、とは言ってない。……カメラを持っていれば記録ができてもっと楽なんだけど、持っていないときは自分の記憶と観察眼に頼るしかない。だから、対象がどこでなにをしているのか、常に気を配っておかないと」

「足ばかり見てたら、分からなくなっちゃうわね?」

「それは、あくまで尾行対象と目が合わないようにするためだよ。相手に自分の顔を曝け出すことは、絶対に避けるんだ。いつも俯いているくらいが、ちょうどいい」

「……だから、足なのね」

「そういうこと」


 ヴィンスは買い物をしているようだった。なにやら熱心に看板を読んで、店先に並べられた色とりどりの石のアクセサリーを吟味している。最近、若い世代で流行っている代物である。

 ……あんなにも集中していたら、誰かに見張られていても気が付かないんじゃないかしら。


「ちなみに、あいつは耳が良い」


 リリーの思考を呼んだかのように、ジェムが言った。


「隙だらけのように見せかけて本当は周りの音を聞いて、気配を探ってるんだ。多分、ぼくたちの出方を窺ってる」

「わたしがここにいるって、もうばれてるの?!」

「バレてないと思ってたの?」


  リリーは頬を僅かに膨らませた。


「……いじわる」

「それじゃあ、頑張って。ぼくはヴィンスの仕事を引き継ぐから」


 つまり、代わりに市場一帯を監視してくれるということだ。ジェムはさっさと行ってしまい、すぐに人混みに紛れて見えなくなってしまった。


 仕方ない、とリリーは小さく息を吐いて、よし、と気合いを入れ直す。ヴィンスはその気配を察知したようだ。突然興味を失ったかのように、天然石の店を離れ、きょろきょろと首を回しながら、気の向くままに歩いている。だが、おそらく、それも芝居なのだろう。


 リリーはジェムに教わった通り、なるべくヴィンスの足許を見るようにして尾行を続けた。すると、慣れていないせいか、どうしてもヴィンスと距離が近くなってしまう。確かに対象に食らいつくようについて行くことができるが、これでは相手に居場所がばれてしまう、とやきもきする。

 ……いや、既にもう、ばれてはいるのだが。

 そんな焦りが隙を生んで、リリーは、ヴィンスからかなりの距離を取られてしまった。慌てて追いかけるも姿を見失ってしまい、どうしよう、と辺りを見回す。


 こうなったら、もう奥の手だ。リリーは自身の嗅覚に意識を集中させて、ヴィンスの、焙じた茶葉のような匂いの居場所を探った。


 ……良かった。匂いがまだ濃いし、ジェムのときとは違って、まだそんなに遠くには行っていないみたい。


 そして、ふと思い付く。視覚に頼らず、匂いを頼りに尾行をしたら、かなり距離が開いていても、相手がどこにいるか認識はできる。ならばいっそ、一度対象から完全に離れてしまって、相手に尾行を撒いたと思い込ませたらどうか。その間、対象がなにをしていたか探ることは、匂いや音で推理するしかないが、なにもしないであたふたするよりはましだ。

 普段、聴覚にだけ集中するのはまだ試したことがないから、どんなことまでできるのか分からないけど、試してみる価値はあるだろう。


 リリーは完全に足を止め、目を閉じて、ヴィンスの周りに感じる気配に意識を集中させた。


 なにかがじうじうと、音を立てている。同時に、ぱちぱちと弾く音もする。焦げたような、香ばしい匂いもする。しかし、ふたつも感覚を研ぎ澄ませていると、匂いの特定ができない。なんとか感覚を調整して、今度はヴィンスの声に耳を傾けてみる。


 ――おじさん、肉串、一本。


 ふふっ、とリリーの唇から笑みが零れる。なんて分かりやすい、最高の手がかり。


 やがて、歩き出したヴィンスに合わせて、リリーもその場を移動した。行先で目にした店で焼いていたもののひとつは、鶏肉を串で刺したものだった。他にあるのは、魚の串焼きと野菜の串焼き。ヴィンスが頼んだものは、鶏の串焼きで間違いなさそうだ。


 ……お肉が鶏肉しかないなんて、幸運ね。


 思わずリリーの口許が綻んだ。ジェムから聞いたヴィンスの特技が、思いもよらないヒントになった。あとは、視線がかち合わないように俯きながら、対象の匂いと音を辿っていくだけ。あのサンダルならば、見間違うこともないし。


 ヴィンスの選んだ最終目的地にリリーが姿を現したとき、彼女の顔は自信に満ちていた。途中で撒いたはずなんだけどな、とヴィンスが首を捻っていると、リリーは上機嫌で言った。


「天然石の店と呉服屋でウィンドウショッピングをしたあと、串焼き屋で鶏肉の串を購入。食べ歩きながら広場に向かって、寄ってきた猫から逃げ回り、その先で見つけた古本屋の店内を一周。そして今、もう一度広場に戻ってきて、ゲーム終了の合図に口笛を吹きました――よね?」


  えへん、とリリーは胸を張る。ヴィンスのにやけ顔は引き攣り、唇から息のような乾いた笑い声が漏れた。


  人混みの中からジェムが現れると、ヴィンスは興奮した様子で彼に駆け寄った。


「おい、聞けよ、ジェム! リリーってば、おれの行動をひとつも間違いなく全部言ってみせたんだ! てっきり撒いたと思ってたのに、どこから見られてたのか、全然分からなかった! 一体、どうやったんだ?」

「成程、それ、尾行を撒いたと思わせて、相手の警戒を解く作戦だよ。ぼくなら"ホーム"の子どもたちに手伝ってもらってやるけど、遠目で見てた感じ、協力者はいなかったよ。リリー、どんな方法を使ったの?」


 リリーはまっすぐに注がれたふたりの視線に気恥ずかしさを覚えて、肩を竦めながらも、やや誇らしげに答えた。


「特別なことは、なにも。匂いと音を頼りに、少し離れたところからヴィンスを追いかけてみたんです。だけど、ちょっと俯いているだけで、本当に気付かれにくくなるんですね」


 そうだね、とジェムは口角を上げた。


「それに、どうやらきみだけのやり方も見つかったみたいだ。もう十分だろう、訓練はここらで終わりにしようか」

「はいっ!」


 そう、リリーが元気よく返事をしたところで、これから彼らが帰路に着きそうな空気を感じ取ったヴィンスは、ちょっと待った、と声を上げた。


「ご褒美は?」

「……ん?」


 虚を衝かれたジェムは、ぽかんと鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でヴィンスを見つめた。


「こんな精も根も尽き果てる訓練をしたんだから、ご褒美くらいあったっていいだろ?」

「……お前に?」

「馬鹿、リリーにだよ!」


 ジェムから、ああ、と気の抜けた返事が返ってくる。考えもしなかった、といった顔だ。やれやれ、とヴィンスは肩を落とす。


「わ、わたし、なにも要りません! だって、そもそもこの訓練自体、わたしのためじゃないですか!」


 そんなリリーの遠慮を聞こえないふりをして、いいから、とヴィンスは彼女の腕を引っ張っていく。どうやら、あげたがり屋の悪い癖が出たようだ。ジェムは内心、しょうがないな、と思いつつ、特に反対する理由もないのでヴィンスについて行った。


 結局のところ、ヴィンスの提案は悪くなかったと言えよう。というのも、スワイリーや妖精やスパイ等の仕事のことは考えず、純粋に三人の時間を使って交流したのはこのときが初めてだったのだ。もともと買い物好きなヴィンスはリリーと一緒になって品定めをしていたし、仕事柄世の中の流行り廃りに関心のあるジェムは興味深そうに彼らや商人たちの話を聞いていた。そういうときのジェムは穏やかな表情をしているのだとリリーは初めて気付いたし、ジェムはヴィンスの新たな一面を知れてやけに嬉しく思い、ヴィンスはリリーほど趣味の合う友だちはいないだろうと確信した。思いがけず、三人は三人の絆をこうして深めたのだ。


 そして、リリーが自分へのご褒美に選んだのは、鞍部市場で売られていた、ピーコックグリーンのタッセルが付いたピアスだった。金具の部分に上等な真珠を使ったピアスであったが、訳ありで片耳しかなく、安価な値段が付けられていた。金額は気にするなというヴィンスとジェムの言葉に首を振り、これがいいのだと彼女は譲らなかった。


「ヴィンスも片耳にしてるでしょう? わたしずっと、いいな、って思ってたんです」


 そう言って、ヴィンスが右耳に付けていたマットシルバーのピアスを指すように、自分の右耳を指した。


 ふたりの友だちに買ってもらったピアスを着けようと、静かにはしゃぐリリーを眺めながら、ヴィンスはこそっと、隣に立つジェムに訊ねた。


「お前、彼女になにか教えた?」

「なにかって?」

「尾行のコツとか、おれの癖とか?」

「いいや。ぼくは、足許を見ろとしか言ってないよ」


 飄々と答えたジェムの話を聞いて、ヴィンスは自分の靴を見遣ると、はあああと、これ見よがしな溜め息を吐いてみせた。


「相変わらずお前は、そうやって人を甘やかして」

「そういうお前は、すぐにものをあげたがる。お互い様だろ」

「それがおれの人心掌握術なの」

「友だちできなそうだな」

「お前に言われたくないよ」


 なにかにつけ、ヴィンスが人に贈り物をする姿をジェムはあまり快く思っていなかった。それで結ばれる関係は、利益が見込まれなければすぐに切れるようなものでしかないから。


 ピアスを身に付けたリリーが、どうですか、と意見を求めたで、ふたりは「似合ってるよ」と答えた。まるで定型文のような返しに、リリーは苦笑いしながら、「ほんとにそう思ってます?」と抗議した。だけども、このくらいの素っ気なさが、なんだか心地好い。


 リリーの喜ぶ姿を見て、これは人心掌握のためでは決してない、とジェムは強く思った。これは大切な人に贈る、自分たちからのプレゼントなのだ、と。


 なんにせよ、これでデイヴの調査は幾らか容易くなったはずだ。こうして三人は、明日の調査のための準備を整えた。

がっくす3さんのイラストから着想を得て、片耳ピアスのエピソードを書かせて頂きました。

ちなみに、アラン式尾行の元ネタは、とあるアメリカの探偵小説です(【閑話休題】のサブタイトルの元ネタでもあります)。

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