17(1/2).ジョーカーを出し抜く - Finessing the Joker
2023/12/02、改稿
一部内容を変更致しました。m(_ _)m
ジェムたちは膝を突き合わせて、アシュビー家で起こったことをすべてパウエルに説明した。――否、実際には、ジェムにはたったひとつだけ、明かさなかったことがある。それは、彼にだけ、どうやら妖精が"魔法"を使った時にだけ現れる光の膜を見ることができるらしい、ということだ。
打ち明けなかった理由は単純で、彼はそれが特別な能力だと思っていなかったし、思いたくもなかったからだ。これを誰かに話すことで、自分が特別なのかもしれないと思われることすら、彼には不快だった。特別、などと言えば聞こえはいいが、結局は奇異の目で見られるのだ。人とちょっと違うからって、奇人変人扱いされるのは、もう勘弁して欲しい。
……スラム出身だとか、アラン・グレアムの息子ってだけでも、特殊な目で見られるのに。いい加減、そういうのには飽き飽きしてるんだ。余計なことは言わない方がいい。
同様に、リリーも自分の不思議な能力については、パウエルに明かさなかった。しかし、理由はジェムと違い、彼女はただ単に父の言いつけを守っただけに過ぎなかった――自分の見るもの、感じるものを無闇に人に話すな、と。独り立ちしようと、一度は親に反抗したリリーではあるが、長年彼らの庇護の下で身についた習慣からは、なかなか抜け出せない。こんなときに、無意識に従ってしまうものなのだ。
ジェムたちの話を聞き終えたパウエルは、スコッチ髭の下で、ふむぅ、と唸った。
「……それで、どうしてコリンがスパイだと?」
「あいつがニール・マイヤーとバリー・H・アシュビーの関係をぼくたちに教えた、張本人だからです」
ジェムは答えた。
「あいつからそれを聞いていなかったら、ぼくたちがアシュビー家に向かうのは、もっと先のことだったでしょう。それに、あいつは、ぼくたちに常務を探させようとしていました。常務なら、スワイリーに関する探偵社の事情を知っているかもしれないから、と唆して」
パウエルは眉間に皺を寄せた。
「だが、それが偶然だった可能性も否定できない――たとえ、出来過ぎた偶然だったとしても」
確かに、そうだ。出来過ぎた偶然は、存在する。そうでなければ、この世の冤罪は、もっと少ないはずだ。
「偶然ならば、偶然だったと分かるまで調べればいいだけです」
「どこかで聞いたことのある科白だな」
パウエルは含み笑いをしながら言った。指摘されて、ジェムは一瞬、目を逸らした。
……こういう咄嗟のところで、隙を見せてしまうんだから、自分は本当に駄目だな。
パウエルは、悩ましげに長い息をを吐いて、両手の指をぴったり合わせると、とんとんとん、と人差し指の腹同士をぶつけた。
なにかの映画で、探偵役が似たような仕草をしていたような気がする。ヴィンスは面白そうに、それを眺めた。
「……悪いが、私は君の考えに賛同することはできない」
パウエルの態度から、この流れを想像出来ていたジェムは、黙って彼の意見を受け入れたが、隣で聞いていたリリーは驚いて声を上げた。
「どうしてですか?」
パウエルはまごついた。彼はリリーの、アーモンドの葉裏ような、緑の瞳が苦手だと思っていた。彼のよく知る人物を思い起こすその瞳で問い詰められると、まるでその人物から問い詰められているように感じるからだ。
パウエルは、浮気を暴かれた調査対象が、真っ青な顔で罪を認めたときの気持ちとは、こんな感じなのだろうか、などとどうでも良いことを同時に考えながら、リリーの問いかけに答えた。
「コリンは、私が採用した子だからだ」
ヴィンスは、「まったく」と大仰に、あからさまな呆れた表情を作って、胸の前で腕を組んだ。
「あんたたちのところは、身内に甘いやつが多すぎる。知ってるか? 神話の時代から、父親の多くは息子に殺される運命なんだぜ。そして、兄弟は血肉を争うことになる。大抵、悪者は兄貴の方だ。――あれ。この場合、どっちが兄貴だ? もしかして、お前?」
「やめてくれよ、縁起でもない」
ジェムはうんざりして、ヴィンスの話を両断した。ついさっきまでパウエルを攻撃していたと思っていたら、突然矛先をこちらに向けて来るのだから、ヴィンスという男は本当に……、いや、やめておこう。彼の悪口を言ったところで、少しも利益にならない。
「あなたがコリンを雇った、ということですか?」
軽口を言い合う男どもふたりの代わりに、リリーが訊ねた。
そうだ、とパウエルは肯定した。
「コリンは……、アルビオンのストリートキッドだったのだ。あの頃、私はかの過激派組織の居場所を特定するために躍起になっていて、……褒められたことじゃないが、よくスラムの子どもたちの手を借りていたのだ――彼らが望むだけの報酬を支払って、ね。コリンは、その子どもたちの内の、ひとりだった」
ジェムは、パウエルが言わんとしていることがよく分からず、目を眇めた。
「つまり、なんです? 自分の人を見る目に間違いはないから、コリンが敵のスパイであるはずがない、って?」
「違う、そうじゃない――」パウエルは頭を振った。「――コリンは、妖精闘争の被害者なのだ。彼はアルビオンの妖精信仰に恨みを持っていた。私は、子どもには重すぎる彼の復讐心を癒してやるために、彼を探偵社に連れて来たのだ」
なんだよ。じゃあ、やっぱり、あいつは妖精を巡る争いの存在を知っていた、ってことじゃないか。
だが、パウエルの言ったことが真実で、コリンにはそもそも、アルビオンの組織に味方する理由がないのなら、彼がスパイである可能性は格段に下がってしまう。
……人間の感情というのは、厄介だ。心の片隅では、そうだったらいいな、なんて、考えていて、この話にほっとしている自分もいるのだから。そういう希望的観測は、こういう仕事では、邪魔にしかならないというのに。
「だから、私には彼がスパイだとは、とても考えられない」
「……それでも、ぼくはコリンを調べるつもりです」
断固として自分の見解を変えないパウエルに、負けじとジェムは言った。
「君も頑なだな」
パウエルは苦笑した。どこまでも、彼の師匠とそっくりだなと、ジェムと若かりしアラン・グレアムを重ねて、ノスタルジックな気分になる。自分も歳を取ったようだ。
「まぁ、いいじゃないですか。そのコリンってやつは第一容疑者ってだけで、他にも調査対象はいるんだから、好きなだけ調べさせてやったらどうです? それで、あんたの言うように、コリンの無実を証明できれば、儲けものでしょ?」
ふたりの間に入って、交渉を持ち掛けたのはヴィンスだ。探偵社にとって部外者である彼だが、幸いなことに、だからといってパウエルは、彼の意見を聞き入れないなどという狭量なことはしない。パウエルは、ふむぅ、と唸って、再び両手の指をぴっちりと合わせた。
「……いいだろう、調査を許可する。本来ならば、社員たちの調査をするのは監査部の仕事だが、今回は当事者である君たちに任せよう。会長にも、話を通しておく」
ジェムの口から、思わず安堵の溜息が漏れた。ありがとうございます、と頭を下げるのも忘れない。
これでやっと、正式な依頼を請け負ったことになる。探偵社の監査部を恐れる必要はない。ようやく、厄介な枷が外れてくれたのだ。
しかし、晴れ晴れとした顔で隠れ家を去るジェムたちに、デブラ・バジョットが釘を刺した。
「スパイ炙りは大いに結構ですが、」バジョットは、表情筋がぴくりとも動かぬ澄まし顔で、言った。「貴方たちの行動も、常に監視されていることをお忘れなく――私たちは、いつも見ています」
……恐ろしい去り際の言葉を残してくれたものだ。
重いドアが閉められたあと、三人の若者は互いの顔を見合せた。
「……"貴方たち"って、おれのことも含んでんのかな?」とヴィンス。
「"アボット"なら尚更じゃないか?」とジェム。
「それ、どういう意味?」とリリー。
「誰にも秘密はあるのさ、ミス・ベルトラン。そのうち話すよ――気が向いたらね」
ヴィンスはニヒルな笑いを浮かべながらそう言った。
"ホーム"に戻り、食堂車にてディガーと合流したジェムたちは、これからの調査について話し合うことにした。
既に昼食を終えたらしい子どもたちにディガーは囲まれて、困惑した様子で座っていた。ジェムたちには偉そうな態度を取っていたのに、子どもたちを相手にすると、しどろもどろになって、されるがままになっていたようだ。
雄犬というのは、子犬に社会性を教えるために敢えて威嚇をすると聞くが、ディガーには子育ての経験がまったくないのだろうか。雄犬の威厳など、どこにやら、である。
子どもたちは、がらがらという、やかましい扉の開閉音に振り返った。あっ、ジェムだ、ヴィンスもいる、と、あっという間に子どもたちの興味がディガーから彼らに移ったので、ヴィンスはささっとジェムとリリーの背後に身を隠した。子どもたちにもみくちゃにされる未来を予知したからである。
しかし、子どもたちが動くよりも、ハドソン夫人が声を上げる方が早かった。ホストとして、ディガーと子どもたちの戯れを、同じ車両で見守っていたハドソン夫人は、ジェムたちの姿を確認すると、椅子から立ち上がって手を叩いた。
「ほらほら、皆さん、遊びの時間は終わりですよ! 3号車に移動して、授業の準備を始めてください! ミスター・ディガーにお礼を言うのも忘れないように!」
はああい、と子どもたちが声を揃える。九死に一生を得たヴィンスは、ほっと胸を撫で下ろした。
ようやく子どもたちから解放されたディガーは、平常時の仏頂面を取り戻し、ジェムとヴィンスの顔を見るなり、ふん、と鼻を鳴らした。
「気は済んだか?」
どの口が言うのか。ジェムは、呆れるのを通り越して笑いたくなった。
「思いがけず、調査の許可をもらっちゃいました」と、リリーはにこやかに答えた。
そんな、彼に対する和やか態度が新鮮だったのだろうか、毒気を抜かれたように、ディガーはそうか、と微笑んだ。
「あんたはこれからどうするんだ? もう、おれたちと行動を共にする必要もないだろ?」
ヴィンスが刺々しい口調で訊ねると、ディガーは再び仏頂面を身に付けた。
「ご主人の許に帰る。長いこと離れてしまっていたから、心配だ。ご無事かどうか確かめなければ」
「……是非とも、あんたとご主人の出会いについて、聞いてみたかったんだけど」と、冗談交じりにジェムは呟いた。
ディガーの鼻が、ぷくぷくと膨らんだ。まるで馴れ初めを聞かれた新婚の男性のような反応だ。
「またの機会にしてくれ」
ディガーは膝を折り、両手を床に着いて短距離走の選手のような姿勢になると、身体の先端という先端から光の靄を溢れさせて、身体を毛皮で覆っていった。ちょっとした変身魔法なら、アシュビー家でも目にしたが、彼のそれは比べものにならないほど繊細で、芸術的な見世物として十分過ぎる素質を持ち合わせている。
……そんな憧憬の気持ちが嫉みに変わって、一部の妖精信仰者を過激化させてしまったのかもしれない。ふと、そんなことをジェムは思った。
猟犬の姿に戻ったディガーは振り返ることなく、とととと、と軽快な脚運びで食堂車を後にした。
残された若者三人は、ヴィンスの「さてと」という言葉を合図に、顔を見合せた。
「それじゃ、作戦会議といこうか。おれはジェムの義父さんを調べる。どう?」とヴィンス。
「それ、作戦か?」とジェム。
「役割分担を決めるのも、立派な作戦だぜ?」
「では、わたしはミスター・モーズリーを担当します」
そうリリーが提案すると、ジェムとヴィンスは意外そうな表情でこちらを見た。もしかして、出過ぎた真似をしてしまったのだろうか、と不安になって、リリーは恐る恐る訊ねた。
「……駄目、でしょうか?」
「いや、むしろ適任だと思うよ。きみが相手なら、あいつの警戒も緩むだろうし、それに、あいつとは約束もある」
「あ、確かに!」
「約束? なんの約束?」とヴィンスは眉根を寄せた。
「約束というか、取引だ。ぼくのやり方にとやかく言われないために、協力関係を結んだんだ」
ジェムの答えを聞いて、ヴィンスは眉間の皺をさらに深く刻みながら訊ねた。
「……お前、そのモーズリーってやつに弱みを握られてんのか?」
「まさか。面倒事を避けるのに必要だっただけだよ。まあでも、あいつをいいように使えたら、そりゃあ愉快だろうとは思うけどね」
お気の毒、とヴィンスはぼそっと呟いた。
「それじゃあ、決まりですね。わたしはミスター・モーズリーを、ヴィンスはミスター・グレアムを、ジェムは本命のコリンを調べる、ということで」
リリーは些か興奮した様子で、ふたりに確認した。初めての単独行動に不安がないわけではない。だがそれ以上に、ふたりがチームの一員として自分を認めてくれているこの状況が、彼女には嬉しかったのだ。
すると、ジェムは「それで、なんだけど」と言葉を濁し、思案顔でリリーをじっと見据えた。ヴィンスは彼のその表情に、なにやら思い当たる節があったらしい。うざったそうに目を細めて、「おい」と呼び止めた。
「やめようぜ、遊んでる暇なんかないだろ」
「遊びじゃないよ、訓練だ。調査のために、やっておいた方がきっと役に立つ」
「付け焼刃の訓練で、すぐに使えるようになる技術でもない。それとも、本気で彼女をこっちの世界に引き込むつもりか?」
「……身を守る術にはなる」
「危険に足を踏み入れる行為にも、だ。お義父さんに言われたろ?」
「試したいことがあるんだ。それに、彼女には素質があると思う」
「……その言葉で、おれは情報屋になった」
ふたりの間で繰り広げられる会話は、リリーを戦々恐々とさせた。一体、彼らはなにについて話し合っていて、なにをリリーにさせようとしているのか。
「……余計なお世話か?」
「そうだな。でも、全くやらないよりかはいいだろ」
そう言って、はあああ、と大袈裟な溜め息を吐き、ヴィンスは両掌を見せつけるように掲げて、降参の意志を示した。
「リリー、突然で悪いんだけど」
ジェムの提案に、リリーは、はい、と背筋を伸ばした。
「ぼくを尾行してみない?」
「……、はい?」
唐突に、探偵による訓練が始まったのだった。




