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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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32/77

16(1/2).第三の男 - The Third Man

2023/11/23、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

 ついに、このときが来てしまった。


 オルトン・ギファードは、勤務先にかかってきた電話によって、叔母のアパートメントに呼び戻されていた。部屋のドアの前で深呼吸をし、意を決してドアノブを掴む。勢いよくドアを開け、「戻りました!」

と声を上げた。


「遅かったじゃないか。早くお行き。これ以上お客様を待たせるんじゃないよ」


 オルトンの顔を見て、彼の叔母のオレリアは開口一番にそう言った。部屋に入って最初に顔を合わせるのが彼女で良かった、とオルトンはほっとする。なぜなら今日、ここに尋ねて来たのは――


「こんにちは、オルトン。リリーは元気?」


 ――リリーの母、フェリシア・ベルトランだからだ。


「こんにちは、ミセス・ベルトラン。こちらに来られる前に連絡くださっていたら、お迎えに参りましたのに」

「ごめんなさいね、ふたりを驚かせようと思ったものだから」


 ふふ、とダイニングテーブルの席について、ティーカップを手にしていたフェリシアは、花が開くように綻んだ。


 ……大丈夫かな。僕、今、平静を装えてるかな。笑顔が引き攣っていたりしないかな。ああ、畜生、ジェームズみたいにふてぶてしくできたらなあ。


 オルトンの心の内はまるで嵐だったが、彼が心配するほど彼の外面に変化はなかった。羊のような笑顔のポーカーフェイスは、ジェムのふてぶてしさなんぞよりもずっと強力な、オルトンの武器なのである。要は、無い物ねだりというやつだ。


「――リリーはいないのね。てっきり、あなたと一緒だと思ってたんだけど」

「友人の案内で、街の観光に行ってるんです。夕食前には帰ってくると思いますよ」


 ――夕食前であれば、リリーたちと連絡がつくはずだ。それに、そんな遅い時間までフェリシアがここに滞在するとも思えない。オルトンは賭けに出た。


 そう、と些か驚いたような表情をしつつも、フェリシアは納得したようだった。しかし、どうしてそんな顔を、とオルトンが不思議に思っていると、フェリシアは柔らかな春の陽射しのような微笑みを浮かべて言った。


「あなたが安心して預けられるような友だちが、あの子にも、ちゃんといるのね?」


 ああ、とオルトンは合点した。


「……そう、ですね。この街のことなら僕以上に詳しい人ですし、リリーだって、たまには口煩い幼馴染みのいない時間が欲しいでしょう」

「口煩いだなんて。あなたにはいつも感謝してるわ、オルトン。リリーも、私たちも」


 フェリシアは、座って、と自身の向かい側の椅子を指し示した。


「実はね、リリーに直接聞きたいことがあって来たの」


 フェリシアはほとんど空になった自分のカップにブラックティーを注ぎながら、言った。


「セイラがいなくなったの」


 意表を突かれたオルトンは、椅子を引いた姿勢のまま、聞き返した。


「セイラ? ……猫の?」

「他になんのセイラが?」

「あ、いや――ただ、確認したくて――誤解がないように」


 オルトンは内心一安心したのを表には出さず、椅子に優雅に腰を下ろした。幼少時代、周りの御貴族(じだいおくれ)たちに負けるものかと必死になって身につけた彼の所作は、今となっては王室の人間にも匹敵する程美しい。

 オルトンの着席を見計らって、新しくティーセットを用意した叔母のオレリア・ギファードは、彼に無言の圧力をかけてきた。オルトンの顔を覗き込みながら、老眼鏡の奥の鋭い眼光をちらつかせている。その目が、あとで説明しろ、と訴えている。


 ……面倒なことになりそう。叔母さんは、自分が面白いと思わなければ協力してくれないし、他人の家の事情には首を突っ込まない主義でもあるし。


 オルトンは相変わらず微笑みのポーカーフェイスを保っていたが、彼の頭の中ではぐるぐると心配事が駆け巡っていた。しかし、身体に染み付いた習慣とは恐ろしいもので、オルトンはそんな危なっかしい心理状態のまま、叔母が用意したティーポットを持って、とくとくと自分のティーカップにブラック・ティー――つまり、紅茶であるが、水質の違いによる色の違いで、そう呼ばれることもある――を注いだ。


「……本当にどこへ行ってしまったのかしら。私のロケットも行方不明だし……。こんなこと言うのは可笑しいって分かっているけれど、もしかしたらセイラがロケット持ち去った犯人で、それをリリーが見つけて持ってるんじゃないかしらと思ったの。好奇心旺盛なあの子のことだから、中身を見て、なにか勘違いをして騒ぎを起こしてるんじゃないかと心配で――」


 がしゃん、だばだばだば。


 と、ティーポットの注ぎ口がティーカップの縁に引っ掛かり、中身がテーブルの上に広がって、床に滴り水溜まりを作った。

  誰が見ても、それは彼の動揺が引き起こした災害であった。そのくせ、オルトンの表情はフランス人形のように硬直して変わらないので、フェリシアのロケットペンダントについて、彼がなにか隠し事をしているのは誰が見ても明らかになってしまった。

 どんなに優れたポーカーフェイスを持っていようと、中身が伴っていなければ、宝の持ち腐れである。(オルトン)も、まだまだ未熟というわけだ。


「……オルトン?」


 聖母のような微笑みをフェリシアは浮かべている。オルトンはゆっくりとした動作でティーポットを置いた。


「……はい」

「なにか隠しているでしょう。怒らないから話して頂戴」


 ……ごめん、リリー。ミセス・ベルトランを相手に、僕には隠し通せなかった。


「……僕なんです。僕が、セイラがペンダントを咥えているのを見つけて。それをリリーに、」

「待って、」


 意を決して話し始めたオルトンを遮って、フェリシアは僅かに眉根を寄せて、聞き返した。


「セイラなのね? 最初にペンダントを持ち出したのは」


 そう何度も確認するほど、それが重要なことなのだろうか。オルトンは怪訝に思いながら、頷いた。やっぱり、とフェリシアは顔を顰めた。


「いや、でも、持ち出した、という表現が正確なのかは分かりません。だってセイラは、目が見えないと聞いていますし、第一、猫がロケットペンダントを持ち去る理由なんて――」


 ……いやいや。どうして僕は、猫の弁護なんかしようとしているんだ? 彼女がロケットを咥えていたのは紛うことなき事実なのに。

 セイラを庇うオルトンの台詞を、フェリシアはきょとん、と不思議そうに聞いていたが、直ぐ様彼の言葉を否定した。


「あるわ」


 オルトンは目を瞬かせた。さらに、続いた言葉に彼は混乱した。


「セイラには理由があるし、あの子は目も見えるわ。間違いなく、セイラが()()()()()のよ」


 ……いや、しかし、セイラの瞳孔が開きっぱなしなのは確かで、あれは、あの猫の目が見えないことを証明する特徴なのだと、確かに聞いたし、調べた。ずっと暗闇を見ているようなものだから、通常の猫のように、昼間は瞳孔が細くなることはない、と――。


 当惑した様子のオルトンを見て、フェリシアは、自分が彼の言葉を完全に否定するような発言をしたことに気付いて、やや早口で付け加えた。


「確かに、あの子の目は……普通にものを見ることはできないのかもしれないけど、なにも見えてないわけじゃないわ。確か――なにもかもが灰色に見える、って。あ、いつか完全に見えなくなるかも、とも言ってたかしらね……」


 ……言ってた?


「獣医がそう言ったのですか?」

「いえ? 本人が」


 本人が?


「……あなた、本当になにも聞かされてないのね」


 訝しげな表情が、だんだん案じ顔になってきたオルトンを見て、フェリシアは確信した。


 ――やっぱり、セイラが仕組んだんだわ。


 最初にロケットペンダントがないことに気付いたとき、フェリシアがさほど慌てなかったのは、夫のクロードが持ち去った可能性も考えていたからだ。あのペンダントには、中に刻まれたメッセージの他に、他人の手に渡ってはいけない理由がある――"妖精の遺物"であるという理由が。しかし、それ故に持ち主を保護する力もある。だから、もしペンダントがリリーの手に渡っていたとしても、クロードの意志によって手渡されていたのだとしたら、なんの問題もなかったのだ――彼がペンダントをリリーに託す目的は、保護の力以外に考えられないから。だが、セイラが犯人となれば話は別だ。


 ……あの子のことは可愛いと思っているし、悪いことを企むような子でもないと思うけど、だけどあの子は時々、目的のためなら酷く冷徹になれる子だから……。


「オルトン、」とフェリシアは姿勢を正した。「ケット・シー* っていう、猫の妖精の話は聞いたことがあるかしら?」


 突拍子もない話題に、オルトンは間抜け顔を晒した。

* アイルランドの伝説に登場する妖精猫のこと。外見以外は通常の犬に近い性質を持つが、人語をしゃべり、二本足で歩く

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