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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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28/77

14(1/2).スワイリーと仲間たち - S.Wiley's People

2023/08/06、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

「どうするの?」


 リリーにとっては、いつもと同じ遣り取りのつもりだった。しかし返ってきたのは、いつもの気怠げながらも真面目な回答ではなく、いつになく不安げなジェムの表情だった。


「……どうしよう、これから」


 思わぬ返答に、リリーは呆けてしまった。

 ジーク保安官の配慮で、ジェムとリリーは相談する時間を与えられた。ふたりのプライベートを守るために、保安官は距離を置き、倉庫の入口付近の姿が見えないところに立って待っていてくれいる。


 リリーは唇に人差し指の関節を押し当てながら、僅かに眉間に皺を寄せて考え込んだ。


 ジーク保安官との会話から察するに、ジェムはリリーと会う前から既に、"蹄鉄会"の会長から仕事を請け負っていたのだろう。そして、どうやらそれは、スワイリーに関する依頼だったようだ。だからジェムは、どうしてもリリーの依頼を受けなければならなかったのだ――少しでもスワイリーの情報を多く得るために。

 どうして会長が、こんな遠回りな方法でジェムにスワイリーら妖精と関わらせようとしたのかは、分からない。だが今、彼は決断を迫られているらしい。即ち、妖精と人間の争いに対して、今後ジェムは積極的に関わっていくかどうか、その判断を求められているらしいのだ。


 ……なら、これはわたしが口を出すべきことじゃない。だけど、自分も無視できないくらいには妖精と関わってしまっている。

 わたしがジェムの立場だったら、どうする? 妖精と深い縁があるわけじゃないけど、妖精たちの話を幼い頃から聞いて育ったし、女神の使いというよりか、友だちのように感じる彼らが、人間のいいように扱われているのは、正直、良い気がしない。それに、アシュビー家にいたあの人たちが言っていたように、”魔法”が妖精の身体を介して手に入れられるものだなんて話は信じたくないし、仮に本当にだとしても、許されることじゃないと思う。だから、わたしなら、彼らの行いを信仰の名目で正当化されたくないから、戦うことを選ぶ。だけど、それは、わたしの話。


「ジェム、」

「うん」

「わたしの依頼って、今からでも変えられますか?」


 ジェムは難しそうに顔を顰めた。


「それは、一度事務所に行ってから、今の依頼を下げてもらって……あ、いや、きみの依頼は公式には受けてないことになってるから、この場合――」

「事務的なことは置いといて」


 リリーは、少々混乱している様子のジェムを落ち着かせるために、そっと微笑んだ。


「依頼、変えても大丈夫?」

「……ぼくは、別に構わないけど」

「じゃあ、改めて、あなたにお願いしたいことがあります。わたしたちを罠に嵌めた人を、懲らしめてほしいんです」


 ジェムは驚いて、目を見開いた。


「懲らしめる?」

「はい。だって、悔しいんだもの、誰かの欲を満たすために、わたしたちを利用しようとしていただなんて。それにもしも、わたしたちがもっと前から妖精たちのことを知っていたら、あのとき、もっと酷い目にあっていたかもしれない。ジェムは、胃潰瘍になるだけでは済まされなかったかもしれない。そんなふうに考えたら、なんだか腹立たしくなってきません?」

「……まぁ、二度と関わりたくないと思う程度には」

「だったら尚更、二度とわたしたちに関わってもらわないよう、とっちめてやりましょう?」


 無邪気に恐ろしい提案をするリリーに、ジェムは、ふっ、と笑った。

 リリーはもう、パットの店で逼迫した表情を浮かべていた少女ではなくなっていた。たった数日の出来事であったが、それらは彼女の心境を変えるのに十分な経験を与えてくれたようだ。それだけでも、これまでのジェムの行動が無駄ではなかったと評価できる。


「――スワイリーのことは、もういいの?」


 ジェムは、片方の口角を歪に持ち上げて、意地悪そうに言った。


「ここまで来てしまったら、もう、あんまり気にならなくなりました。いつか、お母様の方から話してくれるときを待つことにします。今なら、どんな話を聞いても、わたしがお母様やお母様の家族を嫌いになったりすることはないと思いますから」

「それはよかった」

「それにね、」


 リリーはちょっと躊躇するように間を置いたが、ひとつひとつの言葉を丁寧に噛み締めるように紡いだ。


「ここで問題にされている妖精って存在が、なんなのか、わたしにはよくわかりません。わからないけど、その人たちのいのちを守ろうとしてくれていたスワイリーのこと、やっぱり悪い人には思えません。彼が、本当にお母様やお祖母様のかつて愛した人だったなら、なおさら会ってみたいですし、わたしにできることがあるなら、彼の力になりたいとも思います。だから――だからもし、今後、誰かが妖精の問題で困っていて、助けを必要としているのを見つけたら、そのときは、もう一度ジェムを頼ってしまうかもしれません。……それは、流石にいけないかしら?」

「……いや、いいよ。むしろ、そう言ってくれる方が助かる――ありがとう」


 正直なところ、ジェムはほっとした。その相談は、ジェムにとって、思わぬ助け舟だったのだ。会長の誘いに乗るかどうかは、自分の答えらしい答えを導き出せたものの、具体的にどうしたいかについて決めるには、まだ踏ん切りがつかない。そんなだから、リリーの提案にはとても助かった。誰かに頼まれたという理由さえあれば、ジェムは否応なく動くことができる。


 彼女のために妖精に関わると決めたのだ、この際、とことん彼女に振り回されてみるのも、良いかもしれない。


「それじゃあ、頼まれたことだし、裏切り者を懲らしめるとしよう――きみも一緒に来る?」

「勿論!」


 ジェムとリリーは、倉庫の入口で待つ、ジーク保安官にふたりの決断を伝えることにした。

 ただ狭くて暗いだけのその場所で、ジーク保安官はなにをするわけでもなく、ただただロリポップキャンディを舐めて、ジェムたちを待っていたようだった。保安官は、ふたりの表情を見ただけで、彼等の決断を察したらしい。にっこりとカイゼル髭を持ち上げて、白い歯を剥き出しにした。


「決断したようだな」

「ええ。自分たちの手で、裏切り者を暴くことにしました」

「そりゃァいい。そんで、お前は妖精信仰の狂信者共と戦う決心がついたわけか?」

「……そうですね。今のところ、ぼくから進んで彼らを刺激するつもりはありませんが、妖精を保護するために、どうしても敵対しなければならないのなら、あなた方の活動に喜んで協力します。今は、それで勘弁してください」

「戦うことに躊躇はないか?」

「ありません。たとえ、その狂信者たちが、”妖精の階段”の幹部だったとしても」


 ジェムの回答に、はっはっはっはっ、とジーク保安官は声を爆発させるような笑い声を上げた。


「そいつァ、いい。文句なしの回答だ。そんならオレは、お前たちを襲った三人組の方をどうにかするとしよう。――健闘を祈る」


 くい、とキャトルマンハットの鍔を摘んで、ジーク保安官は軽く会釈をした。彼なりの別れの挨拶なのだろう。ジーク保安官は、それきりなにも言わず、ふたりと倉庫から出たあと、ひとりですたすたと去っていった――と思いきや、くるりと踵を軸に身体を半回転させ、こちらに顔を向けるなり「お嬢さん」と呼びかけた。


「――我らが友人の話によると、そのペンダントは()()()”妖精の遺物”らしい。後世に遺すべくして遺されたもの、という意味だ。肌身離さず持っておきなさい。きっと、貴方を守ってくれるから」


 そう言って、ジーク保安官はぱち、とリリーに目配せした。キザたらしい仕草だが、保安官がやると様になってしまうのがなんとも悔しい。そうして、今度こそジーク保安官はすたすたと、その長い足で去っていった。

 リリーは、ぎゅ、とロケットペンダントを握り締めた。


 ……もしかすると、スワイリーはずっと、このペンダントでお祖母様やお母様を守ってくださっていたのかもしれない。アシュビー家で突然、ひりひりとした熱を帯びたのは、ペンダントに宿った妖精たちの想いが反応して、自分たちに危険が近付いているのを知らせようとしてくれたからなのかもしれない。


 どんな事情があったにせよ、スワイリーが自分の家族にくれた心遣いに、リリーは感謝したいと思った。


 エルモア歴史博物館の館内では、もう閉館のアナウンスが流れている。そろそろ帰らなければ、『ロス』でブリアナたちが用意してくれている夕食の時間に遅れてしまう。ジェムの体調を鑑みれば、ブリアナの小言は避けた方が、今は得策だ。


「――それじゃあ、これからどうします?」


 ジェムはリリーの問いかけに思わずにやりと笑った。


「それは明日、話し合おうか」

「賛成です」

「人手も足りないことだしね」

「ヴィンスのこと?」

「ご名答」


 リリーはジェムの返答に、ふわり、と微笑んだ。



 * * *



 夕方18時頃、アラン・グレアムは所長室の内鍵を閉め、さらに全ブラインドを閉め切った。来客用のオーク材のソファーには、三人の探偵社員が座っている。


「悪いな、終業時刻間際に呼び出しちまって」


 グレアムは、いつもの人の良い笑みを浮かべて、三人の社員に向き直った。つう、と三人の背中に冷たい汗が流れた。グレアムの笑顔は、所謂(いわゆる)、初見殺しなのである。初めてその微笑みを見た者は彼に好感を持ち、酷い場合は、ぺらぺらと秘密を洗いざらい喋ってしまうのだ。そして、その者に待ち受けているものは、よりにもよってこの男に話してしまったことへの後悔と呵責である。


 グレアムは、さて、と尋問を始めた。


「お前たちに聞きたいことがある」


 三人の社員は姿勢を正した。


「――まずは、なにを飲むかだな。もう週末だ、ウイスキーくらいなら出してやれるぞ。どうだ?」


「いいえ、結構です」と社員たちは引き攣った顔で、口を揃えて言った。グレアムは不満そうに、ボトルを消費できる良い機会だと思ったのに、とぼやいた。

 ちなみにグレアムは下戸である。


「前に、オーガスタス・グリーンについて、お前たちから報告を受けたと思うんだが……。もう一度聞く。あの話は、本当か?」


 社員たちはそれぞれ、きょとんとして、ぱちぱちと目を瞬かせた。


「ええ、確かに聞きましたよ。会長が変わり、探偵社が"蹄鉄会"の手から離れれば、社員の労働環境は、もっと良くなるだろうって仰ってました。迷惑な話です」


 三人のなかでは比較的若い女が言った。彼女は男ばかりの前の職場にうんざりし、たまたま知り合ったスミシー探偵社の探偵社員に感化されて入社した、非常に正義感の強い人物である。そんな彼女は今、鼻に皺を寄せて、心底腹立たしそうだ。


「ホントに困ってるんですよ、若い社員たちはミスター・グリーンの語る夢物語にすっかりのぼせ上がっちゃって、給料がどうの、勤務時間がどうの、って日に日に勤務態度が悪くなってきてるんですから」


 三人のうち、新米社員の教育を担当している男が言った。少々、ちゃらちゃらとした印象を持たせる男だが、根はとても真面目で、彼を慕う若い社員はなかなか多い。


 確かに、彼の言う通り、探偵社には若い社員たちを中心としたグリーン派と呼ばれる派閥がある。彼等は決まって理想主義で、青臭く、繊細だ。そして、もうひとつ――彼等のほとんどが、グリーンとまったく接点がない。


「オーガスタス・グリーンは決まった人間としか交流をしない。加えて、グリーン派の社員は誰ひとりとして、奴と交友関係を持っていない。だのに、一体どこから奴の理想論は広まってるんだ?」

「それは、その、」


 三人目の大柄な男が言った。この男は筋肉質なわりにおどおどとした性格で、しかし、その臆病さゆえに培われた能力は、他の追随を許さないほどになっている。発揮する機会がないのと、主張をあまりしないから知られていないだけで、彼はデイヴ・モーズリーよりも優秀なはずなのだ。


 ……それで、よくモーズリーが彼に食ってかかっているのを目にしたことがある。あの男は、能力を無駄にする人間を嫌うからなあ。


 大柄な男は、おどおどした口調で続けた。


「ミスター・グリーンとはなくても、ミスター・グリーンを支持する会員の方と接点のある探偵社員は結構いますから……、その中の何人かから話が広まっていったんじゃ?」

「それは俺も考えた。だが、実際にグリーン派だとはっきり分かっている会員たちを調べると、これほどうちの若いもんたちに影響を与える力があるとは思えないんだ。グリーン派は、今じゃスミス派なんて言葉が生まれるくらいの一大派閥になっているんだぞ?」


 三人の社員たちは、揃って困ったように眉尻を下げた。


 そうなのだ。元々、スミス派なんてものは存在しなかった。"蹄鉄会"の会長でもある社長と、同等の影響力を持つ人物なぞ、ほんの数年前までは存在しなかったのだ。強いて言うなら、常務取締役のアーヴィン・パウエルだが、彼は忠実なスミスの相談役である。

 オーガスタス・グリーンが"蹄鉄会"本部の役員になるまで、探偵社は割合ひとつに纏まっていた。それが今ではふたつに――勿論、中立派もいるが――分断された。だからこそ、グリーンは以前にも増して、"アラン"にとっての目の上のたんこぶとなっていたのだ。


 グレアムは深い溜め息を吐いた。


「……知らないなら、仕方がない。最後に、いつどこでグリーンから独立の話を聞かされたか、それだけ教えてくれ」


 すると、どうしてか、三人の社員たちは途端に蒼ざめた。グレアムは怪訝に思って、三人の誰かが話すのを鋭い視線で待っていると、女社員が恐る恐る口を開いた。


「……すみません、ボス。思い出せません」

「思い出せない? だけど、はっきり聞いたんだろ? 奴が会長になったら、この会社を独立させて、労働環境を良くしてやると。さっきも話してたじゃないか」

「ええ、ですけど、分からないんです。確かに、ミスター・グリーンからそのような話を聞いたような気がするのですが、いつどこで、どんな状況で彼からそんな話を聞かされたのか、まったく思い出せなくて」


 他ふたりも同様のようだ。彼女の話に合わせて、うんうん、と頻りに頷いている。


 どういうことだ、とグレアムは左手で顎髭を撫でながら考え込んだ。この三人は、グレアムの部下たちのなかでも、非常に信頼できる優れた社員たちだ。揃ってこんなにもお粗末な嘘を吐くような奴らじゃない。ならば、考えられるのは、彼等の言うことが真実であるということ。つまり、なんらかの方法でこの三人が、()()()()()、グリーンから探偵社の独立話を聞かされたと思い込まされている……と、そういうことなのか?

 出来の悪い三文小説みたいな推察だな。グレアムは、自分の推理を鼻で笑いながら、同時に真剣にその可能性を考えていた。


 ――ねぇ、アンヘル。あなた、魔法って、信じる?


 グレアムは、数年ぶりに"彼女"のそんな言葉を思い出した。


 ……まさか、本当に、存在するのか? そんな、馬鹿みたいな話が……、スーが言っていたような力が。

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