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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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27/77

13(2/2)

2023/08/06、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

「なぜ、こんなものばかり……」


 リリーは、自身の乾いた声に驚いた。無意識に、思ったことが口を出てしまった。そのくせ、口内はからからだ。人から話を聞くだけでは本当のところは分からないはずなのに、保安官の告げる事実がどうしようもなく真実のように思えてならなかった。リリーは、自分でも気付かないほどに精神的なショックを受けていたのだ。


 ふむ、とジーク保安官はリリーの呟きに応えた。


「もとは、保安局で保管していたものなんだが、保安局の人間っつっても、全員が全員信用できるワケじゃねぇ。なかには、ここにあるようなもんのひとつに手ぇ出して、あわよくば、妖精の力とやらを授かろうとした奴もいて、問題になったこともあったのさ。そんなとき、"蹄鉄会"の会員であるここの館長のご懇意で、人目に晒さずこれらを保管してもらえることになってな。会長に口説かれて頼った男だが……、まァ、妖精伝説の熱心な研究者だってだけで、害のない人間で助かってるよ」


 ジーク保安官の説明に、ジェムは腕を組んだ。


「元々は誰が持っていたんです? これらを保安局が保管してたってことは、その人物は、なにかしらの犯罪で捕まったってことでしょう?」


 ジーク保安官は、ジェムの質問に面白そうに顔を歪めて、小さく首を振った。


「その推測には些細だが三つの大きな誤りがある。ひとつ、所有者は捕まっていない。ふたつ、持っていたのはひとりじゃない。そして、みっつ、逮捕されたのは、狂信者たちからこれらを盗んで、奴らの悪行を暴こうとしていた男だった」


 保安官の顔の横で立てられた三本の指を見ながら、ジェムは行き着いた推察に目を眇めた。


「……まさか」

「そのまさか、4代目スワイリー、マイケル・スティールだ。終ぞ、彼が真実を語ることはなかったがな」

「――つまり、これが”妖精の遺物”――」


 彼が盗んでいた”妖精の遺物”とは、本当の意味での”妖精の遺物”だったのか。妖精と呼ばれた人々の無念や遺恨などの想いが宿ったもの、それらが活用される前に盗んで、その想いを継承しようとしていたのか。


 ジェムは探偵社の記録保管庫で読んだ、キプリングの告白の手紙を思い出した――自分たちの過ちのせいで、二度とマイケル・スティールの信頼を得ることはできなくなり、「マイケルの捜査協力を望めなくなってしまった」こと、そして、「スワイリーが復活した際には、その責任を探偵社が負わなければならない」ことを――。マイヤーとキプリングは、マイケルの犯罪の動機を知っていたのだろうか。

 だとしたら、スワイリー復活の責任という意味が、途端に変わってくる。「マイケルを逮捕し、マシューを保護できなかったという事実が、探偵社がスワイリー復活の責任を負う、その理由だ」と綴られた言葉の真意は、妖精犯罪に打撃を与える機会を奪ったことに対する贖罪の意か、妖精信仰の邪魔者を始末し損ねたことへの血盟の意か……。


 そこまで考えて、ジェムは内心苦笑する。

 もし、マイヤーとキプリングが妖精信仰の狂信者で、彼らの告げる罪がスティール家の始末に失敗したことだったとするなら、20年前の5代目スワイリーは、既にその復讐を終えている。だが、”蹄鉄会”自体が狂信者の群れ(カルト集団)だった場合……、20年もの歳月を経て、スワイリーは、もう一度戦おうとしているのかもしれない。誰かが言っていたように、自分が所属している組織をまるっきり信じるのは危険なのかもしれない。

  だけど、本当に――本当にキプリングがマイケルに対して罪の意識を抱えていたのだとしたら。マイケル・スティールの逮捕こそが過ちで、その真実を明らかにできなかったことが、彼らの負った”責任”だとしたら。あの手紙に――あの不特定多数に読まれることが想定された手紙に、キプリングの真意は果たして綴られていたのだろうか。


「――じゃあ、スワイリーは、妖精を巡った犯罪を暴くために窃盗を繰り返していたのですか?」


 リリーの問いかけにジーク保安官は、しかし、はっきりとは頷かなかった。


「マイヤーとキプリングは、そう考えていたようだ。実際のところどうだったのかは、今となっちゃ分からん。ただ、奴が妖精信仰の危険性についてしょっちゅう語っていた、という記録が残っている。”妖精の遺物”を見れば、それが分かるともな」


 ジーク保安官は、ふたりをこの倉庫へ連れてきたにしては、無関心な態度で言った。やはり保安官だから、どんな理由にせよ泥棒であるスワイリーに対しては否定的な態度にならざるを得ないのかもしれない。

 ――いや、そもそも、妖精信仰への嫌悪感を隠さないジーク保安官だが、妖精に対してはどう思っているのだろう。この争いに於いて、どういう立場にいるのだろうか。


「……その話が本当なら、」


 ジェムは慎重に言葉を紡いだ。


「歴代のエメリー・エボニー=スミスは、スワイリーの真実を知っていて、公表しなかったということになります――勿論、現会長も含めて。会長がぼくたちにスワイリーを調べさせないのは、この真実を知られないためですか? スワイリーをただの泥棒にしておかなきゃいけない理由があるんですか? それは、これらを”蹄鉄会”の管轄内で保管しておいて、妖精に関わる犯罪を公にしない理由と一緒ですか? 会長はなぜ、ぼくにこれを――ぼくにスワイリーを調べさせたのは――ぼくになにかを探らせるため……? 組織に妖精信仰の狂信者がいるのか……?」


 いつしかジーク保安官への質問は、自分の考えを纏めるための怒涛のような問いかけへと変わっていた。そんな形にもなっていない質問を、ジーク保安官は、ふん、と帽子の鍔つばでも摘ん聞き流すのかと思いきや、素直に応えた。


「まあ、そんなに焦りなさんな。焦って答えを導き出そうとしたって、録な答えにならん。かといって、オレもそれらの質問に全て答えられるワケじゃねぇ。オレにもオレの役割ってもんがある。だが、そうだな。会長がお前に望んでいるのは、おそらく協力だろう。妖精たちを助けるために、力を貸して欲しいんじゃないのか? その方法が、組織に潜む妖精信仰の狂信者を炙り出すことだと思うんなら、そうしてみりゃァいい」


 そう言ったあと、失礼、と前置きして、ジーク保安官は自身の胸ポケットから小さなロリポップキャンディを取り出して、包み紙を剥がし始めた。それがあまりに唐突だったので、ジェムとリリーは拍子抜けしたが、まるで煙草でも吸うかのような彼の真剣な顔付きに茶々を入れることは、ふたりにはできなかった。そうしてジーク保安官は、黒い飴玉を口にして、からころとそれを口の中で転がしたあと、ジェムに向き合い、保安官独特の鷹の目で彼を見据えた。


「――オレにも聞きたいことがある。お前ら、なんであの家にいた? 目的はなんだ? なぜあそこで、スワイリーを調べられると思ったんだ?」


 これは尋問だ。ジェムたちが会話を通じてジーク保安官や”蹄鉄会”会長らの真意を探ろうとしていたのと同じように、保安官もジェムたちの腹の内を探ろうとしているのだ。科白の端々から"蹄鉄会"の現会長が"妖精の階段"に抗う妖精側だと暗示したうえで、ジェムがどう答えるのか、彼が本当はどちら側の人間なのかを見定めようとしているのだ。

 ……無理もない。この国に住んでいれば、誰しもが"狂信者側"になり得るのだから。


 スミスに雇われている身のジェムは、はっきりと自分は妖精側だと表明したいところだったが、そんなことをして目の前の男の信用を勝ち取れるとは思えなかった。会社の上司に従順過ぎる部下なんてむしろ、怪しまれるような気さえする。

 それに本当のことを言うと、ジェムはまだ、会長の()()を信じ切っているわけではいないし、妖精を救いたいというよりも、妖精がなんだかんだと言って人を痛めつけている輩に心底軽蔑しているというだけで、会長に協力しようと考えている理由は、大義のためというより自分の気持ちのためといった方が正しい。どちら側なのかと問われるなら、自分は、人を傷付けない方、と答えるしかない。


 難しいことを考えるのはやめて、ジーク保安官の詰問にジェムは素直に答えることにした。


「バリー・H・アシュビーの話を聞きたかったんですよ。ニール・マイヤーからスワイリーの話を聞いてたんじゃないかと思って。残念ながら、彼は亡くなっていましたが」

「なぜ、アシュビーなんだ? スワイリーのことを知りたいなら、別に彼じゃなくたって良かったはずだ。探偵社の資料だって、調べたんだろ? 資料だけじゃ不十分だったのか? なぜだ?」

「生きた証言が欲しかったんです、どうもスワイリーが悪い人だとは思えなかったんで。なにせスワイリーは、ミスター・アシュビー曰く、怪盗らしいですから」


 ジェムは、ディエゴとかいう人間嘘発見器がいないことを心底喜びながら、答えた。ふん、とジーク保安官は鼻で笑った。


「そりゃ怪盗コンバラリアの話だろ? 小説の読み過ぎだ。スワイリーは現実にいる窃盗犯だぞ」


 まったく、その通りである。小説の世界では『怪盗』という称号が付くだけで、なにかしらの美学を持つ犯罪者として一目置かれるのだから、羨ましい限りだ。犯罪を犯していることには、変わりないのに。


「でも、」とジェムは、彼が胸の内に秘めていた疑念を伝えることにした。それこそ、目の前の男が本当に知りたいことだと分かっていたし、この男が敵だろうが味方だろうが、それを伝えたところでジェムたちの害になることはないだろうと判断したのである。


「ひとつ、気になることが」

「ほう?」

「アシュビー家に潜んでいたあの三人組、ぼくたちが来るのを待っていたように思えるんです。まるで最初から、スミシー探偵社の人間が来るのを知っていたみたいに」

「誰かが奴らに、オレたちの情報を流してたって?」

「ええ、おそらく」


 かろん、とジーク保安官の口内でロリポップキャンディが転がった。


「そいつが誰だか、お前は見当がついてるんだな?」

「……確証があるわけではないので、はっきりとお伝えすることはできませんが」

「名前を言う気はないか」

「そこまでは。思い違いだったならいけませんし、あなたを完全に信用しているわけでもありませんから」

「成る程」


 ジーク保安官は、腰のホルスターに手をかけ、とんとんと、指の腹で革を叩いた。


「ミス・アシュビーも同じようなことを言っていた。奴らはあの家でスミスの探偵が来るのを待っていた、と。スミスんとこの探偵を名乗る奴が来たら、家に入れろと言われていた、とな」


 ……ああ、だから。


 ジェムは合点がいった。だからマージは、ジェムの襟元のピンを見て、扉を開けたのだ。要件を聞かず、顔を真っ青にさせながら、ジェムたちを家に上げたのだ。

 ジーク保安官は唇を半端に開け、ふぅーっ、と長い溜め息を吐いた。ロリポップキャンディの白い棒を噛んでいるせいで、その見た目から、今にも煙がもくもくと煙草のように吐き出させれるのではないかと勘違いしそうになる。


「――で、次は? 社内にお前を裏切った奴がいると分かって、お前はこれから、どうするつもりなんだ?」


 ジェムは困惑気味に眉を顰めた。


「……どうする、とは?」

「会長に協力して、裏切り者を暴き出すのか? それとも、おとなしく、オレたちが奴らをどうにかしてくれると信じて、お利口さんに待ってんのか?」

「……どちらにせよ、それが会長の本意なら、ぼくはそれに従うまでです」

「会長の本意なんて、オレは知らん。お前がどうしたいかを聞いてるんだよ。このしちめんどくせぇ妖精の争いに、首を突っ込むのか突っ込まねぇのか、自分の意思で決めろ」

「そんなの、今更聞くことですか? この争いには既に、片足突っ込んでるんですよ? それとも自分は、狂信的な妖精信仰者の排斥を望むのか、信仰に関わらず争いには傍観を決め込むつもりなのか、立場をはっきりさせろって話ですか?」


 ジーク保安官は、くくく、と笑った。その笑い声が、彼から発せられた言葉のなかで最も本音らしく聞こえた。


「……そこまで分かってんなら、はっきり聞かせてもらおうじゃねぇか。お前はどうしたいんだ?」

 

 ジェムは即座に答えることができなかった。


 ……ジーク保安官は、オレたちが、と言った。つまり、彼は現会長と共に妖精信仰の狂信者たちに敵対して、なにかしら動いていたことを暗に示したわけだ。それはいい。それは大いに結構なのだが、どうして自分は、今まさに彼から決断を迫られているのだろう。


 おそらく、ジーク保安官に出会い、この倉庫に来たことで会長の依頼に関しては一旦の区切りが付いたのだ。会長の解職騒ぎもあっての仕事だったので、スワイリーの調査が会長の権威を回復する一手になるのかも、などと勝手に予想していたが、そういうわけではなかったようだ。――否、解職騒ぎが起こったからこそ、現会長として彼がすべきことをしたのかもしれない。要するに、会長は今、自分が指揮する立場を失ったあとでも、妖精たちを保護し妖精信仰の狂信者たちと戦う意志のある者たちを集めようとしているのかもしれない。


 ……だが、だからといって、どうすればいい? 自分になにができる? この妖精に関わる争いに首を突っ込むと決めたのは、確かだ。それが、リリーのためになると思ったから――もう二度と、身近な誰かを失いたくはなかったから。

 でも、それは、悪い方向に肥大している妖精信仰と戦うことを意味しているのだろうか。それとも、ただ、彼女や彼女のような人々を守れるなら良いが、争いには加担したくないと、直接的な活動には否定的なのだろうか。信仰の自由までは規制されるべきでないと? そんなに政治やら権利やらに関心を持っていただろうか、ぼくは?

 

 自分は、スミシー探偵社の探偵だ。会長が――スミスが望むというのなら、その期待に答えるのが自分の仕事だ。だけど、これは、そういうのじゃない。自分の意志を求められている。自分の行動は自分で決めろ、命令されて動くな、雇われているだけだからと責任を転嫁するな、と。妖精に関わるならば、そんな甘えた考え方はもう許されない。


 ……あの人なら、どうするんだろう。


 ジェムは、ジーク保安官になんと答えればいいか分からなかった。自分が本当はどうしたいかもよく分からなかった。そのうえここには、困ったときにいつも手本となって導いてくれる、()()()もいない。逃げ場を失ったジェムは、自分自身を決定づける行為への恐怖で二の足を踏んでいた。

保安官・保安局をエルヴェシアではどういう立ち位置にしようか、いろいろと迷ったのですが、英国の保安局のようなものではなく、米国の保安官に近いけど、どちらかといえばFBIみたいな独自の組織という位置付けにしました。

実際の米国の保安官は結構複雑で、考えるの面倒臭いんで、本作には反映させませんでした。だって、別の国のお話だし……(´ε`;)

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