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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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25/77

12(2/2)

2023/07/06、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

「――つまり、マシュー・スティールは、スワイリーですらなかったってことか」


 おもむろに、ヴィンスは隣に座る、長い毛の大型犬に話しかけた。その犬は、腹が白く、背が暗緑色で、耳には赤い毛が生えて、尾は背に向かってくるんと丸まった、奇妙な姿だった。


「こんなところにまで連れてこられて、なにを聞かされるのかと思えば……、あんなトンデモ話に付き合わされることになるとはね」


 犬はヴィンスの言葉に、金色に近いアンバーの目で、ぎろ、と睨んだ。それゆえか、ヴィンスは言い訳がましく言葉を続ける。


「……別に、さっきの話を今更信じられないとか言うわけじゃなくてさ、改めて思ったんだよ――この国、やっぱおかしいんだな、って」


 犬の視線は、じっとヴィンスに向けられている。それには流石のヴィンスもたじろいで、閉じた口を再び開く。


「いやね、わかってんのよ、おかしいのはこの国に限ったことじゃない、ってのは。でもさ、妖精たちをこの社会から締め出したのは別におれたちじゃなくて、遠いとおーい昔のご先祖さまかも分からない人間たちなわけで、そいつらのでかすぎる尻拭いをこんなちっぽけな島国の片隅でやろうとしてるんだって考えると、なんつうか、とんでもねえな、ってさ……」


 喋り終えて、ヴィンスは全身の力を抜くように、両手足を芝生の上に投げ出した。


 今日もバーニーヴィルのウォッシュバーン・パークには、上流階級の人々が各々の憩いの時間を静かに過ごしている。ブランポリスのハロルド・パークと比べると、子どもたちのはしゃぐ声はなく、木陰が多く、少し肌寒い。

 ウォッシュバーン・パークの高貴な利用者たちを眺めながら、ヴィンスは眉根を寄せる。


 まったく、御貴族様の道楽というのは、よく分からない。青臭い紅い水を飲んで、ショートブレッドをちびちびちびちび摘んで、なにが言いたいんだかよく分からない詩なんか読み合っちゃって。これのどこが良くて、みんなして貴族になりたがるんだか。


 ヴィンスは溜め息を吐いた。そんなことを考えるために、ここに来たわけではない、と。


「……なあ、スミスはジェムに、()()()()を話してんのか?」


 犬はヴィンスの言葉など聞いていないかのようにまっすぐ前を向き、微動だにしない。だが、しばらくすると、その細長い口を開いた。


「ご主人は、まだ彼に話す時ではないと判断された。勿論、グレアム殿にも」

「……おれに話すのは良くて?」

「お前はスミスの探偵ではない、部外者だからな。それに、アボット家にとって、全く関係ない話でもあるまい」

「おれと親父は関係ない」

「お前たちの後継者問題には興味無い。そんなことより、お前たちだって、これまで"妖精の階段"に辛酸を嘗めさせられてきたのだろう? 目的は違えど、敵は同じだ。アボット家のような組織の力を借りられるなら、俺たちはお前たちの参戦を歓迎する」

「……じゃあ、肝心のスミスの探偵のひとり(ジェム)が、()()話を聞かされないのはなんでなんだよ。重要なのは、そっちだろ?」

「……まだ、その時ではないからだ」

「なんだよ、その時、って。予言とやらに振り回されやがって! どうすんだよ、もしもジェムたちが、その争いとやらに巻き込まれてたら!」

「対処できないようなら、俺たちの求める人材として不足である、ということだ」

「てめえ――」


 喋る犬との問答で、ついつい熱くなってしまったヴィンスだったが、はたと己の未熟さに気が付いて、深呼吸をひとつ、自分自身を落ち着かせた。いつの間にか起こしていた上半身を、再び芝生の上に寝かせる。


「――わかったよ。その時が来るまで、おれは口出しするな、ってんだろ」

「そうだ――心苦しいが、その方が彼のためになる、とご主人が仰っていた」

「……従順なのはいいけどさ、たまには自分でものを考えろよ、子どもじゃあるまいし。ご主人様の言葉は絶対じゃないんだぞ」

「だが、ご主人は多くの事柄において正しい――」

「おいおい、"妖精の階段"とやりあおうってヤツがそんな台詞を吐いたら、ただの宗教戦争になるだろうが」


 呆れた様子でそう言ったヴィンスの方に、犬はぐるりと首を回し、べろ、と自分の鼻を舐めた。


「……それ、機嫌が悪いって意味だっけ?」

「お前に指図されるいわれはない」


 ヴィンスはむっ、と唇を尖らせた。人の良さそうな顔では、あまり効力のない睨みを効かせて、おい、と犬の注意を引いた。


「今日のところはお前の言葉に従ってやったけどな、ジェムになんかあってみろ、その自慢の毛、剃り上げて真っ裸にしてやる」


 犬はふん、と鼻を鳴らした。


「――それは、俺が死の先触れと恐れられる"クー・シー* "だと分かった上での発言だろうな?」

「お前を怒らせたら、おれが死ぬとでも? 上等だね。やってみろよ」

「いいか、これは忠告だ。お前のために言っている。俺が死と共鳴しやすいというだけで、死を操れるわけではない。なにが引き金となって、お前に死をもたらすのかわからんのだぞ」


 しかし、そんな犬の忠告を、ヴィンスは鼻で笑った。


「安心しろ、お前なんかのせいで、おれが死ぬことはない。おれが死ぬ時は、()()()が死ぬ時――ジェム・カヴァナー以外におれを殺せやしないよ」



 * * *



 マージ・アシュビーにナイフを突き付けているのは、背が高く眼光の鋭い男性だった。刈り上げとドレッドヘアを組み合わせた髪型は、色素が濃い褐色の肌の彼に良く似合ってお洒落だが、彼の雰囲気はお洒落を楽しむような人間のそれでなく、どちらかというと野性的だ。その横に立つのは、背が低く小麦色の肌で、頬骨が高いせいか頬が膨らんだように持ち上がって、ふくっらとした外見の男性だった。彼の方は荒事に慣れていないのか、おどおどとした様子である。


「悪いわね、こんな手荒な真似をするつもりはなかったんだけど」


 ミアに命じられ、ジェムとリリーは押し戻されるように書斎に入った。今考えると、この部屋が荒れていたのは、ミアとふたりの男たちのせいだったのかもしれない。なにかを探していたのだろうか。


「ハーヴェイ、()()()をこっちに連れてきてくれる?」


 背の高い方の男が、マージを部屋の隅に連れて行った。マージはかたかたと震えている。


「誰なんだ、あんた」


 ジェムがミアに訊ねた。


「アシュビー家の人間じゃないんだろ。なんでこんなことしてるんだ?」

「あら、あたしが妹じゃないって気付いてたの? ――まあ、こんなに顔が似てないんじゃ、しょうがないか。あたしの出来が良すぎるものね?」

「いや。ただの当てずっぽうだよ」

「あら、正直に言ってくれてもいいのに」


 そんなことをにこにこと言ってのけるミアは、この状況をお巫山戯(ふざけ)の延長だとでも思っているのだろうか。


「なにが目的だ?」

「聞きたいことがたくさんあるのはわかるけど、質問するのはあんたじゃないのよ」

「目的ぐらい、話してくれたっていいだろ、内容によっては協力できるかもしれない」

「必要ないわ。どっちみち、協力してもらうのに変わりないんだから」


 ジェムとミアが押し問答を続けていると、部屋の隅から、どすん、と重いものが落ちる音がした。「ミス・アシュビー!」とリリーが悲鳴を上げたので、そちらに目を向けると、マージがすっかり気が抜けたように床に座り込み、ぐったりと壁に凭れ掛かっていた。表情は固く、ぶるぶると唇を震わせて、恐怖で目を見開きながら涙をたっぷりと溜めているのに、身体にまったく力が入っていない様子は些か異様である。


 なにが起こったのか、と訝しんでいると、ミアがまた、ハーヴェイ、と男性を呼んだ。


()()()()()()()


 なにを、 と疑問に思うのも束の間、ハーヴェイはジェムとリリーの腕を掴み、ぐっと後ろに引っ張った。すると、ジェムとリリーは、すとん、と床に崩れ落ちた。


 ……なんだ、これ。身体が動かない。力が入らない、というか、首から下の感覚がまるでない。


 ハーヴェイがふたりの目前に戻ってくると、ジェムはまた驚きの光景を目にした。

 ハーヴェイの背中には、歪な昆虫翼に似た形の光の膜が生えていた。リリーと違うのは、それが均整の取れていない、人工物のようなものであることだ。瞳に射している光も、金色ではなく錆色である。


「ミア、数が多い。あまり時間はないぞ」

「任せて。とっとと終わらせるわ」


 ハーヴェイの催促に、ミアは余裕の笑顔で応えた。そして、ミアはもうひとりの背の低い男の方に首を捻った。


「ディエゴ、頼んだわよ」

「あ、あぁ」


 ディエゴはジェムとリリーの前にしゃがみ込むと、ふたりの腕を取って、手首を握り締めた。ぶわ、とハーヴェイのものに似た光の膜が、彼の背後に広がった。いいよ、とディエゴは合図した。合図に応じてミアが、さてと、と始めた。


「どうして、ここに来たのか教えてくれる?」


 ミアの詰問に、ジェムは渋々と答える。


「……バリー・H・アシュビーの話を聞きに来た」

「嘘だね」


 すかさずディエゴが断言した。思わず、じろ、とジェムは彼を睨んだ。


「ニール・マイヤーの話を聞きに」

「それも嘘」

「どっちも本当だよ、嘘なんか吐いてない」

「だけど、本当の目的じゃないんだろ? 誤魔化しは通用しない。君がどうにかこの場をやり過ごそうとしているのは、オレには見え見えなんだよ」

「……なんだよ、それ。なんなんだよ、これは!」


 珍しくジェムは声を荒らげた。駆け引きするのも、いい加減、限界である。意味が分からない。おかしなことが起こり過ぎている。スワイリーに関わってからというものの、良いことがひとつもない。理解の範疇を超えている。


「あら。"魔法"を見るのは初めて?」


 ミアは珍しいものを見たかのような、きらきらとした目でジェムを見た。


 ……魔法? 本気で言ってるのか? そんなものが、この世に本当に存在しているとでも?


  ――ぞわり、と体中の毛が逆立った。気持ちの悪さに、じんわりと汗が滲む。


「あぁ、正確には魔法じゃないんだっけ? 万物に流れているエネルギーみたいなものを読み取ったり書き換えたり、統制する力とかなんとかって言ってたわね、そういえば」


 ミアは面倒くさそうに説明した。"魔法"の仕組みなどは、彼女にとってどうでもいいらしい。


「とにかく、あんたの嘘はディエゴには全部お見通しなのよ。だから、本当のことを言ってくれる? ここには、なんの目的で来たの?」

「スワイリーのことを聞きに来ました」


 ジェムの代わりにリリーが答えた。ミアは嬉しそうに唇の端を吊り上げた。


「へぇ、どうして?」

「知りたかったからです。どんな人なのか。会ってみたかったんです」


 ディエゴは、なんの反応も示さない。どうやら、これはリリーの本心らしい。


「スワイリーに逢いに来たのね?」

「はい」

「それで、妖精を見つけた?」

「……いいえ」


 ミアは顔を顰めた。


「妖精たちを助けに来たんじゃないの?」

「……いえ。妖精というものを、見たことはありません」


 ディエゴの片眉が、ぴく、と動いた。


「きみは見たことがあるんじゃない?」


 ディエゴがジェムに向かって訊ねた。ジェムは悔しそうに眉間に皺を寄せた。


「……ない、とは言えない」

「どこで?」


 ミアが楽しそうに訊ねた。


「……あんたたちのことだろ」とジェム。


「厳密には違うわ。あたしたちは人工的に妖精の力を得てるだけだから。彼らの身体を利用してね」

「身体?」

「そうよ。あたしたち人間が魔法を使えるようになるには、妖精たちの身体を()()()()()()弄る必要があるのよ。まあ、彼らがそのあとどうなるかは知らないけど」


  悪気をまったく感じないミアの言い方に、ジェムは言葉を失った。ひとの生命(いのち)を弄ぶような行為を、なんとも思わないのだろうか。


「――でも、なんで分かったの? この力が、妖精のものだって」


 続くミアの詰問に、ジェムはうんざりした。


「……知らないよ。知るわけないだろ、()()()()()()()なんて!」


 ジェムの叫びに、ミアは怪訝そうな顔をした。とんとんとん、と人差し指で顎を叩きながら、唇を窄めている。


「……あんた、”魔法”を見たの、今回が初めてじゃないわね?」


 ジェムの感情の揺れを、ディエゴはその能力で感じ取った。それを目配せでミアに知らせるが、ミア、とハーヴェイが呼んだので、ミアはディエゴの話を聞く前にそちらを向いてしまった。

 ハーヴェイの鼻から一筋の血が流れ出ていた。


「……タイムリミットね。仕方ないわ」


 ディエゴ、とミアは彼を呼び戻した。そして彼女は、ディエゴの代わりにジェムとリリーの前に膝を着くと、目を三日月形に歪めた。


「あんたたちをこれからどうするかって話だけど、あたしたちも時間がないから、ちょっとしたテストをさせてもらうわ」

「「テスト?」」


 ミアの場違いな言葉に、ジェムとリリーは同時に聞き返した。そんな反応に、ミアはくすくすと笑う。


「心配しなくとも大丈夫よ、殺したりなんかしないから。あんたたちは、スミスを脅す材料になるもの」


 そう言うが早いか、ミアは自分の髪に指を差し込んで、手櫛で解くように頭上を滑らせた。すると、彼女のビスケット色の髪は鮮やかな小豆色になり、琥珀色だったはずの目は、氷の裂け目のような、透き通った青色に変化した。そのとき、ミアの背中に、ぱっ、とリリーのものに似た――だけど、やはりどこか歪な――蝶の羽のような光の膜が広がり、アイスブルーに変わったばかりの瞳に金色の光が射し込んだ。


「あたしの力はね、」ミアは言った。


「外見をほんの少しばかり、変えることができるの――先生が言うには、人が持っている情報を細胞レベルで書き換えてるってことらしいんだけど。そんなこと言ったって、たかが髪色を変えられるくらいだし、だから何って話ではあるんだけどね」


 そう言いながら、とん、と人差し指でジェムの唇に触れた。


「残念ながらこの力はまだまだ発展途上だから、完璧じゃなくって。他人の情報を書き換えようとすると、ちょっとした()()()が起こるみたいなのよね」


 そして満足げに笑って、ミアが人差し指を離した直後だった。


「――か、はッ」


 ジェムの口から、黒ずんだ液体が吐き出された。程なくして彼の拘束が解かれ、ジェムは床を()めるように倒れ込んだ。


「ジェム!」


 リリーが顔を真っ青にして、ジェムに呼びかけた。ジェムはそれに返事をすることができなかった。急激に襲ってきた鳩尾あたりの痛みに息が浅くなって、声を出すことができない。


 ……まるで、腹に一発喰らったみたいだ。内蔵が潰れたみたいにも思えるし、胃が膨らみ過ぎて破裂しそうでもある。喉になにかがせり上がってくる。空気なのか、胃液なのか、血液なのか、分からないけど……、ああ、まずい。冷や汗が止まらない。


 そんなジェムの様子を見て、ミアはあろうことか、ふうん、とつまらなそうな声を出した。


「なんだ、そんなものか。あんた、妖精じゃなくて良かったわね。妖精だったら、そんなものじゃ済まなかったわよ。一生外に出られない姿にしてやってたわ」

「……あなた、彼になにをしたんですか!」


 リリーは動けない身体で精一杯、ミアに食って掛かった。しかしミアは、彼女の言葉なぞ聞こえなかったかのような様子で蕩けるような笑顔を見せた。


「身体にちょっとストレスを与えただけよ、死にやしないわ。でも、あなたの方はどうかしらね?」


 ミアの行動を予測して、リリーは恐怖を押し殺しながら、きっ、と彼女を睨みつけた。ゆっくりとミアの指が近付き、リリーの額に触れようとした瞬間――リリーの視界がぐりんと転がった。

 身体に重たいものがのしかかり、頭上で苦しげな息遣いが聞こえる。


「……ジェム?」


 返事はない。だが、匂いで理解する。ジェムが身を呈してリリーを守ろうとしていることを。


「……なにそれ。せめてもの抵抗ってわけ? そんなことしたって、あんたを退()かせば済む話なんだけど、それが分からないほど馬鹿じゃないわよね?」


 ミアの言葉に、ジェムは応えない。声を出す気力なぞない。無駄なことをしているとは分かっているが、だけど、とリリーの肩に回した腕に力を込める。


「……へぇ。かっこいいじゃない。あたし、好きよ、そういうダサくても女のために馬鹿なことをする男」


 ミアが熱の篭った目で、そう言った。その彼女の後ろで、ミア、と切羽詰まった声がする。ハーヴェイの鼻から赤黒い液体が、ぽたぽたと、とめどなく流れ出ている。

 分かったわよ、とミアが苛ついた声で応えた。


「……興が削がれたわ。今日のところは見逃してあげる」

「だけど、ミア!」


 ディエゴが慌てた様子で口を挟んだ。それをミアが視線で咎める。


「いいじゃない、べつに。ひとり見逃したところで大した脅威になんかならないわよ。もういいから、行くわよ」


 ディエゴは不服そうだったが、ミアの言葉に従うことにしたようで、口を噤んだ。苦しそうに顔を歪めるハーヴェイを、ちら、と横目で見ては、決心した様子で頷く。

 一方のミアはなにやら満足した様子で、ジェムたちに顔を向けると、


「縁があればまた会いましょ、()()()?」


 と、片目を瞑ってそんなことを言い残し、スキップでもするみたいに足を弾ませて、書斎を出て行った。ぞろぞろと、その後にハーヴェイ、ディエゴと続く。そして、ようやくリリーたちの束縛が解かれた。


 リリーは、彼らを追いかけて捕まえたい気持ちを抑えて、ジェム、と呼びかけた。すると、声掛けに応えるように彼の身体が動いたかと思えば、どさり、とリリーの背後にその身体を横たえた。急いで上体を起こし、リリーはジェムに言葉をかけ続ける。


「ジェム? ――ジェム! しっかりして、まだ諦めちゃ駄目!」


 そして、ぐるん、と首を回して、ミス・アシュビー、と叫んだ。


「ミス・アシュビー、お願い、救急車を呼んでください!」


 マージは顔面蒼白にしたまま、びくともしない。リリーは声を荒らげた。


「早く!」


 そこで(ようや)くマージは意識を取り戻し、慌てて立ち上がって、祖父の作業机の上に置かれたダイヤル式電話機に手をかけた。


 リリーは息も絶え絶えなジェムの肩を(さす)りながら、もう片方の手で、ぎゅっ、と彼の手を握った。


「――大丈夫、大丈夫よ。きっと、すぐに良くなるから、もう少しだけ辛抱して。あなたは絶対、大丈夫だから」


 大丈夫、大丈夫、と繰り返すその言葉は、ジェムにだけではなく、きっと、リリー自身にも言い聞かせるために紡がれた言葉だった。

*スコットランドに伝わる犬の妖精、妖精たちの番犬とされている。

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