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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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11(2/2)

2023/04/30、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

 ダイナー『ロス』への帰り道、リリーはふと、街中でジェムを追いかけていたときのことを思い出した――五感から得られるあらゆる情報に襲われたことを。あんなことは、今の今まで一度も経験したことがなかった。息が吸えなくなるほどの刺激も、目を開けれなくなるほどの眩しさも、意識が遠のくような雑音も、なにをきっかけに感じられるようになったのか、まったく分からない。


 魔法……と呼ぶには華やかさが足りないけれど、あんな遠くからジェムの匂いを嗅ぎつけられるなんて、それこそ特別な能力がなければできないのではないか。

 だとしても、ブリアナに、リリーは人より嗅覚が優れてるのかも、などと言われて初めて認識した能力だというのに、そんな話をして間もなく、こんな力の暴走が起こり得るのだろうか。そういえば、いつからか、個々の匂いを事細かに判別できるようになっていなかったか。それまでは、他人の匂いを良い匂いか嫌な匂いぐらいとしか、感じなかったはずなのに。


 いつから変わったのだろう。いつから自分は、()()じゃなかったのだろう。


 キンバリー通りに辿り着いたジェムとリリーは、ダイナーの店先で、見覚えのあるふたりが笑顔で罵り合っている場面に遭遇した。ふたりの姿がはっきりと確認できるほど近くまで来たとき、ジェムは足を止めて、くるりと背中を向けようとした。リリーは慌てて腕を掴んだ。


「どこに行くんですか?」

「……帰りたくないな、と思って」

「今帰らないと、あとからもっと面倒なことになりますよ」


 苦虫を噛み潰したような顔をするジェムに、リリーはくすくすと笑った。


「本当よ、わたしがそうだったもの」


 リリーの説得に、ジェムは渋々従った。彼女もあの過保護な男によって、随分苦労させられてきたようだ。


 ジェムとリリーの出現に、逸早(いちはや)く気が付いたのは、ブリアナだった。ブリアナは、目の前のいけ好かない男のことなどさっさとほっぽり出して、リリーの帰宅を喜んだ。


 すっかり仲が良くなった様子の女性たちを横目に見ながら、ジェムは今夜も顔を見せに来た男に呆れを含んだ声色で声をかけた。


「今日もいらっしゃってたんですね」

「当たり前でしょ。あなたとはこれまでに付き合いがありませんし、リリーの身が安全であることを確かめないと、僕の気が休まりません」


 アルフォンス・ギファードは、冷ややかな態度でそう言った。未だにジェムに対して、警戒心を持っているようだ。


 ……まあ、仕方ないか。彼にとって自分は、どこの馬の骨ともわからないやつであることに変わりない。


 ジェムはグレアムを通じて、オルトンの父、テオバルト・ギファードを知っている。彼の人柄とギファード家の名声を知っているから、ジェムの方は最初からある程度の信頼をオルトンに置いていた。とはいえ、それは、()()()()()()信頼に値する人物、という意味だが。


「――それで、納得頂けました?」

「今日のところは」


 どうやら合格点を頂けたようである。


「満足したのならさっさと帰ったら良いのではありません? 叔母様が夕食を用意して待っていらっしゃるのでしょう? あまり待たせますと、叔母様が可哀相ですことよ」


  おほほほほ、とブリアナが空笑(そらわら)いをした。ジェムは自分以上に邪険にされている男を初めて見たので、オルトンに至極同情した。しかし、そんなことで腹を立てるオルトンではなかった。


「言われなくとも帰りますよ。リリーが随分と大切にされているのが分かりましたから。やはり、あなたは外見だけでなく、内面も美しいですね。顔も知らない僕の叔母のことまで、心配なさってくれるのですから」


 そう、にっこりと作り物の笑みでブリアナを褒めたオルトンに、彼女は悔しそうに唇を窄めた。なるほど、彼らは今まで、ブリアナがどんな厭味(いやみ)を言ってもオルトンに褒め言葉で返されるという、不毛な戦いをしていたらしい。いよいよこの場から早く立ち去ってしまいたくなるのを既のところで思い留まって、ジェムは咳払いした。


「ミスター・ギファード、少しお話を伺いたいのですが」


 ジェムの誘いを、オルトンは快く承諾した。


「構いませんよ。ちょうど僕も、あなたと話したいと思っていたところです」


 要するに、腹の探り合いを、である。


 ジェムとオルトンは、『パットズ・バー&グリル』で話をするため、リリーたちと別れることになった。別れ際、リリーは困った顔で、オルトン、と呼びかけ、釘を刺した。


「あんまり無理なこと、言わないでね」


 オルトンは、相変わらずの羊のような笑みを浮かべたまま、なにも言わなかった。


『パットズ・バー&グリル』に移動したあと、ジェムはオルトンの隣のカウンター席に着き、既に準備されていたコーヒーをウィリーから受け取った。


 女性たちと別れてから、不機嫌なのを隠しもしなくなったオルトンに対抗するように、ジェムは商売用のにこやかな笑顔で、「お時間を割いて頂き、ありがとうございます」と丁寧な言葉をかけた。

 この顔を貼り付けているときのジェムには、不思議とパットは話しかけてこない。探偵としてのジェムにはなるべく関わりたくないらしく、パットは触らぬ神に祟りなしとでもいうように、突然よそよそしくなる。叩けば埃が出るようなことでもしているのだろうか。


「それで、お話とは?」


 オルトンは素っ気なく先を促した。とっとと本題に入れ、という催促であり、親交を深めるためなんかの雑談はいらない、という意思表示である。ジェムは彼の望み通り本題に入った。


「リリーとは幼馴染みだと聞きましたけど、本当のところ、どういうご関係なんです? 幼馴染みとはいえ、そこまで彼女を気にかけるのは、少々異常では?」


 さあ、どんな反応が返ってくる?


 にやにやした笑みを保ちながらオルトンの返答を待っていると、彼は先程までの仏頂面からいつもの羊のような微笑みを浮かべた表情になった。


「そうやって、僕を煽って本音を引き出す手法ですか。悪くないですね」


 なかなか手強い男である。


「残念ながら、幼馴染みというしかありません。実の兄妹以上に兄妹らしい付き合いをしてきたとは思いますが、それだけですよ。あなたが期待するようなことは、なにもありません」


 誤解のないよう記しておくが、ジェムはふたりの関係について、とくになにかを期待をしていたわけではない。知りたかったのは、アルフォンス・ギファードとベルトラン家当主の()()()関係の、その真相である。だが、やはり直球で探るのは難しいようだ。ジェムは些か意地の悪い方法を取ることにした。


「ご兄妹は確か――、四人いらっしゃいましたよね、お兄様がお二人と、妹様がお二人。仲はよろしくなかったんですか?」


 ぴくり、とオルトンの眉が動いた。


「ミスター・グレアムからお聞きしたんですか?」

「または、調べ上げたのかも」


 などと、はぐらかしてみる。オルトンは無表情のまま、黙りこくってしまった。


 ……ちょっと悪ふざけが過ぎたかな、警戒させてしまったみたいだ。


 彼にはもう少し誠実さを示した方が、話をしてくれるかもしれない。ジェムは、商売用のにやけ面をすっかり剥がしてしまうことにした。


「アランから聞いたんですよ。あなたのことをよく気にかけていました、ぼくに相談するほどに」


 これは、半分は嘘で、半分は本当である。グレアムからオルトンの家族構成を聞いたのは、昨夜のことだ。パットの店の電話を借り、グレアムにかけると、面倒臭そうな声色で教えてくれたのだ。「あー、ギファードのとこの坊っちゃんな、彼奴(あいつ)、昔は無愛想でなあ――そう急かすなよ、ちゃんと教えてやるからさ、俺も忙しいんだよ――はあ? お前、俺は話す暇があるから話してるんじゃねえぞ、たまたま口が使えるから使ってんだよ、今、俺の左手と脳味噌のほとんどは他の仕事で塞がれてんだ、口が空いてただけでも感謝しろよ」……。


 ……必要以上に長電話になったことを思い出した。


 すると、アルフォンスは興味津々といった具合に目を見開いて、ジェムに訊ねた。


「ミスター・グレアムとはどういう間柄なんです?」


 オルトンの質問を受けて、ジェムはようやく自分がドジを踏んだことに気が付いた。

 ジェムのような末端社員が、歳も遠いのに上司を名前で呼ぶなんて、あからさまに特別な関係であることを匂わせるようなものだ。さらに悪いことに、オルトンの問い掛けにジェムは目を泳がせてしまったので、すっかりふたりの立場は逆転してしまった。次はジェムが腹を探られる番である。

 仕方ない、とジェムは正直に答えることにした。嘘を吐くと、ろくなことにならない。


「……義理の親子です。11年前、母とアランが結婚して、ぼくはアランに育てられたんです」


 オルトンは目を丸くした。


「では、あなたが幻のアラン・Jrでしたか」

「なんですか、それ」


 初めて聞く単語に、ジェムは怪訝そうに眉を顰めた。オルトンはリリーに冗談を言うときのように、顔を綻ばせた。


「父がよく言っていたんですよ、話はよく聞くのに姿は見たことがない幻のアラン・Jr、ってね」

「へえ。で、どうなんです? 兄妹仲は良くなかったんですか?」


 さほど興味を引かれなかったらしい。ジェムの素っ気ない返答に、オルトンは苦笑した。しかし、幻のアラン・Jrという二つ名の正体を知って、オルトンの警戒心が幾らか削がれた。オルトンは、いつもの羊のような微笑みを浮かべて、ジェムの問いに応えた。


「あなたも意地悪な人ですね。ミスター・グレアムから聞いてるんでしょう?」


 いや、聞いていない。ジェムは無言のまま視線だけを返した。その視線の意味を察したオルトンは、俯いて呟くように話し始めた。


「……母親が違うんですよ、僕」


 ジェムは目を見張った。

 上流階級の間では、特段珍しい話ではない。テオバルト・ギファードの性格を考えても、有り得ない話でもなかった。だが、オルトンという男にそのような背景があるとは、微塵も想像していなかった。ジェムはその意外性に驚いたのである。


 ……父さん(アラン)、わざと言わなかったな。


「今は義母様のクリスティーナ様にもよくして頂いていますし、認知してくださった父様にも感謝していますが、どうしても負い目を感じてしまって」

「……知らなかった。あんたも苦労してるんだな」


 ジェムの感想に、オルトンは居心地悪そうに身じろいで、それを誤魔化すように姿勢を正した。


「だからですよ。実の兄妹とよりも、まったくの赤の他人と兄妹ごっこをしているときの方が、気分が和らぐんです。そりゃ、大事にもなるでしょ」


 オルトンは、やけになって本音を漏らした。無傷というわけにはいかなかったが、彼の心の壁を崩すことに成功したようだ。ジェムはここぞとばかりに畳み掛けた。


「それだけですか?」


 オルトンは、ぱちぱちと目を瞬かせた。


「――と、いうと?」

「あなたはリリーの父親に頼まれて、彼女の保護者役を担っているんでしょう? それも、あなた方の口ぶりから察するに、年端もいかない頃からあなたは彼女の保護者だった。娘が心配なのはわかるけど、護衛を付けるでもなく、わざわざ近所の三男坊を頼って、娘の世話を任せるのはどうしてなのかな、と」


 オルトンの反応が悪い。質問を間違えただろうか。


「……言われてみれば、そうですね。どうして僕に頼んだのだろう」


 どうやら本当に知らないらしい。ジェムは、詰めていた距離を開けて、緊張を解いた。


「知らないのなら、いいんです。上流階級の方々にしては、随分庶民的な人付き合いをなさっているな、と思っただけなので」

「まあ、そのおかげで、あの閉鎖的な田舎で孤立せずに済みましたけどね。――そういえば、初めてミスター・ベルトランに会ったとき、『新参者同士、仲良くやろう』と言われたし、それが狙いだったのかな……」

「……なるほど」


 オルトンは、自嘲気味に笑った。きっと、気取り屋の多いバーニーヴィルではあまり馴染めず、幼いときの彼は捻くれた態度をよく取っていたのであろう。

 とはいえ、ベルトラン家がバーニーヴィルでは新参者だったという事実は初耳だ。どうしてあんな片田舎に居を移すことにしたのだろう。画商という職業柄、家を空ける機会が多いからだろうか。それとも、()()()()()()()()()()()()()()()が、彼らには必要だったのか。


 ……アルフォンス・ギファードの言う通り、案外、そうなることを予想してリリーの父親は、アルフォンスと娘を付き合わせていただけなのかもしれない。孤立した者同士、結託して、困難を乗り越えられるように。それにしては、アルフォンスの利用されている感じは否めないけれど。


「ミスター・カヴァナー、」


 すると、オルトンはなにを思ったか、ジェムへの呼びかけを自ら訂正した。「――ジェームズ、」


「僕は、真実を暴くことがいつも正しいとは思わない。だから、もし――、もし、真実がリリーを傷付けるようなものだったら、彼女には伝えないで、上手く隠していて欲しいんだ。……君に、頼めるだろうか」


 ジェムは、躊躇った。確かに、この世には人に知られなくてもいい事実はあると、自分も思う。だが、他人が気を利かせて当事者が望むものを与えない、あるいは邪魔をすることが、果たして本当に彼らのためになるのだろうか。リリーのために、なるのだろうか。


「ギファード、」と、彼が負い目を感じている一族の名前で、敢えて彼を呼ぶ自分は、本当に意地が悪いのかもしれない。「それは、リリーが望んだことじゃない」


「だけど、」

「ギファード」


 ジェムは、必死に言い募るオルトンを制するために名を呼んだ。


「きみが彼女のためにやるべきことは、ぼくを説得することじゃない。必要なのは、どんな真実であろうと、きみが彼女の味方でいる覚悟を持つことだ」


 オルトンは奥歯を噛み締めた。ジェムに諭されて、オルトンは初めて気が付いた。自分が怖がっているのは、リリーが傷付くことではなく、自分が真実を知ることなのだ、と。


 ……そうだ。怖いのは、真実を知ったあとでも、自分がリリーと今まで通りの関係を築いていけるかわからないことなのだ。リリーが僕から離れていくのが怖い――否、僕が、リリーを突き放してしまうんじゃないかと、自分を信じられなくて、怖い。


「なんてね」


 ジェムがくす、と笑って言った。


「本当のこというと、きみになんと言われようとも、ぼくの依頼人はリリーだから、彼女が望むなら、ぼくは真実を伝えることしかできないんだ」


 冗談めかして言うその姿は、先程までのジェムとは大違いだ。まるで、自分の言ったことに、自分で恥ずかしがっているように見える。10代の少年のような顔つきである。オルトンは、自分がジェムという人物に惹かれているのが分かった。


  ……成る程、似ているんだ、彼女に。


「だから、きみの頼みは聞けない。残念だけど」


 そうやって、オルトンの頼みを断りながら謝るジェムに、オルトンは思わず笑ってしまった。

 もう、お手上げである。


「君はずるいなあ」


 そんなふうに言われたら、こっちは引くしかないじゃないか。オルトンは自分のコーヒーを飲み干し、覚悟を決めた。自分が今すべき覚悟を。


「リリーをよろしく頼むよ、ジェームズ」


 オルトンはそう言って、店を出ていった。


 オルトンと別れたあと、ジェムは屋根裏の自分の部屋に戻って、暗闇の中、ぐったりとソファに身体を沈めた。窓から射す月明かりをぼんやりと眺めながら、思案に暮れる。


 ジェムにはひとつ、懸念があった。自分が見た、リリーの()()()()()姿()――あれこそが、彼女の父親がオルトンに監視役をさせている理由なのではないかと。そう思って先程、オルトンに探りを入れてみたのだが、期待した答えは得られなかった。


 ……そもそも、あれを()()()()()()()()()()()()ってことが、問題なんだよな。


 ジェムは深い溜め息を吐いた。

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