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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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17/77

8(2/2)

2023/04/10、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

 ヴィンスは顔を(しか)めた。


「なにを知りたいんだか知らないけど、それ、おれが知らないってこと前提だよな? これでもおれ、()()()なんだけど?」

「お前が知らないって確信してる」


 断言するジェムに、さっきまでのにやけ顔はどこへやら、ヴィンスはすっかり不機嫌になってしまって、ぶう、と唇を尖らせた。


「おれも安く見られたもんだね――で、なんなの?」

「マシュー・スティールの行方だ」

「マシュー……誰?」

「4代目スワイリーの息子だよ」

「なにっ、マイケル・スティールの? スミスめ、隠してやがったのか」


 ヴィンスは、苦虫を噛み潰したような顔で、悪態をついた。


 彼は"蹄鉄会"の会員でも、スミシー探偵社の社員でもない。情報屋は――これをひとつの職業と数えるのなら――個人事業であって、ヴィンスはどこの組織にも所属していなかった。だが、ジェムと知り合い、彼の情報提供者としてヴィンスが働くようになったのは、スミシー探偵社が大いに関係していた。彼の顔が広いことや、彼の伝手(つて)は、かなりその"関係"が影響しているからこそなのだが、ただ、その経緯は今は割愛するとして。


「ニール・マイヤーがいた時代を生きてるなら、今頃は、結構な高齢になっているはずだ。彼が何処でなにをしているか知りたい。もし見つけたら――」


 ジェムはヴィンスの隣に立つ少女を一瞥(いちべつ)した。ジェムの視線に気付いて、リリーは不思議そうにその大きな目をぱちくりと瞬かせた。


「――ぼくに教えてくれ。会いに行く必要があるかもしれない」


 ヴィンスは、腕を組んで首を捻らせた。


「……もし、彼が国外に逃げていたら、おれの情報網を持ってしてでも、探すのにかなり時間がかかるけど」

「悪いけど、早めに頼む」

「だろーな」


 ヴィンスは無理を言われているわりには爽やかに笑った。いつものことだから承知しているというよりか、ジェムの考えることならなんでもお見通しだ、と言わんばかりだ。


「それじゃ、ちょいと仕掛けてみますか」

「いつも悪いな、ヴィンス」

「親友だろ、お前のためならなんでもするさ」

「なんでもはするな。……頼むから」

「はいはい。まったく、心配性だなぁ、ジェムは。お前に死ねとでも言われない限り死なないよ、おれは」


 ジェムが今日一番の渋い顔をしたところでヴィンスは満足して、今度はリリーに身体を向けると、右手を差し出した。リリーは再び挨拶の握手をするのだろうと、その手を握り返そうとした――が、ヴィンスはその手の指先を握り、自分の口許に持っていくとその手の甲に口付けを落とした。


「それじゃ。またね、リリー」


 そんな屈託ない笑顔で言われたら、こちらも微笑まずにはいられない。リリーはにっこり微笑んで、「ヴィンスもお元気で」と返した。


 こうしてリリーは、近い将来、彼女の腹心の友となる情報屋との邂逅を果たしたのだが、しかし、ヴィンスを見送ったあと、彼女は釈然としない想いを抱えていた。


 ……ヴィンスの力を借りることに反対するわけじゃない。むしろ、有難いと思う。だけど、これってなにか、おかしくないだろうか。だって、こんな大事なことなのに、()()()()()()()()()()()()()


「どうして彼に捜索を依頼したんですか?」


 ジェムの背中に向かって問い掛けるリリーに、彼は顔を向けた。


「人手が欲しかったから」

「ええ、聞きました。だけど、彼が情報屋で、お仕事を依頼するだなんてことは知りませんでした。どうして先に言ってくれなかったんです?」

「……言ったところで、なにかある?」


 ……ない。特になにも思いつかない。反対だって、しなかったと思う。

 だけど、そういうことじゃない、とリリーは憤慨した。


「わたし、自分も調査に協力するつもりで同行をお願いしてるんです。相談するなり、提案するなり、なにか言ってくれても良かったんじゃないでしょうか?」


 ジェムは戸惑ったようだった。無意識にだろうが、一瞬、彼はリリーから視線を外した。リリーは慣れないことをして震える手を握り締めた。


「探偵社がなぜスワイリーの調査を打ち切ったのか、調べるつもりだと仰っていましたよね?」

「……言ったね」

「どうやって調べるつもりなんです?」


 ジェムは黙ったままなにも言わなかった。それが余計に腹立たしくて、リリーは声を荒らげた。


「あのっ!」


 びくっ、と肩が跳ね上がった。ジェムは少々驚いたようだった。気怠げな目が少しばかり開いて、青年というよりか少年のような印象を受けられた。リリーは構わず続けた。


「せめて――せめて、あなたの考えていることを教えてください。このまま、なにもわからず、なにも知らずについていくだけなんて嫌です。わたし、お遊びでこんなことしてるんじゃありませんもの!」


 仔猫の威嚇みたいだ。正直なところ、それがジェムの感想である。

 しかし、困ったことになった。どうやって調べるつもりなのか、それについては、まず行こうとしている場所がある。その場所については、着いてから説明しようと思っていた――いや、勝手に決めていた。この点については、リリーの指摘は的を突いている。


 もうひとつ困ったことには、ジェムには計画がある――しかし、それは、リリーには伝えることができない計画である。ジェムは、リリーのロケットの秘密よりも、"今"のスワイリーの方に興味があった。"今現在"活躍しているスワイリーについて調べて接触を図ることこそ、()()()()()()を同時に遂行する、手っ取り早い方法だと考えていた。

 だが、この方法は、彼女の意に沿わない方法だ。M・スティールという人間を自分の目で見定めたいと願う彼女からしてみれば、そのために必要な諸々の調査をすっ飛ばした方法だ。

 だから、言えなかった。否、言わなかったのだ。


 正直なところ、ヴィンスがマシューを見つけて、マシューからリリーのロケットについて聞くことができれば、なんとかなるだろうと思っていた。または、デイヴがなにか糸口を掴んでくれて、それで会長の依頼が達成させられれば、リリーの"見定め"にも付き合うこともできる。手柄なんてどうでもいい。どんなやり方でもいいから、とにかく、先に会長の依頼のためのスワイリーの情報が手に入れば良い。だけど、そんな事情をリリーに説明することはできない。


「……ごめん」


 リリーはむっとした。


「なにがですか? どういう意味です? なにも教えられないってこと? 馬鹿にしないで。だったら最初から、できないって言うべきだったでしょう!」


 雰囲気や態度とは相反して、なかなか意志の強い少女である。あのアルフォンス・ギファードが手こずるわけだ。だが、自分の狡さを承知しているジェムは、何も言い返せない。


「わたし、あなたに感謝してたんです――無茶を言ってるのはわかってたから、話を聞いてくれて本当に嬉しかったの。だけど、これではまるで詐欺ですっ。人探しは他人任せのようですし、調査方法も答えられないなんて、あなた、それでも探偵なんですかっ」


 ジェムは眉間に皺を寄せて、静かに怒りを顕にした。


「……確かに、ぼくが勝手だったことは認めるけど、ヴィンスにマシューの調査を頼んだことを他人任せだって非難される筋合いはないだろ。ぼくはただ、ぼくのできることをやっているだけだ。あいつに仕事を頼むことも、ぼくにできることだ。それを他人任せって、だったら探偵なんかに依頼しているきみの方こそ他人任せだろ。調査について説明が足りなかったことは謝るけど、あんまり舐めないでくれるかな」


 リリーは、ようやく対等に話してくれるようになったジェムを向かい討つように、彼を見据えた。


「舐めてかかったつもりはありません。あなたがなにも教えてくれないから、これじゃ駄目だと思って、自分の意見をお伝えしてるんです。わたしに隠してること、本当はいっぱいあるんでしょう? 全部言えとは言いませんけど、言うべきことはちゃんと言ってほしいんです。でなければ、この依頼は他の方に頼みますから」

「そうやって脅せば、なんでも言うこと聞くと思うなよ。正直に言わせてもらうけど、ぼくだって、きみをどこまで信用していいのかわからないんだ。きみは、ロケットを持ってスワイリーとの関係を匂わしてきたくせに、きみ自身は彼のことも母親のことも、ほとんどなにも知らないと言う。そんな話、怪しいと思うだろ? 怪しいと思う人間を相手に、自分の考えてることを、なにもかも包み隠さず話せるわけがない」


 リリーは言葉を詰まらせた。

 ジェムの態度は高圧的で、探偵とその依頼人という立場を考えれば問題である。が、彼の指摘が全く間違っているわけでもない。確かに、リリーが彼にとって信頼できる相手であると証明するには、今はなにもかもが足りなかった。――そうだ、疑わしいのだ、わたしは。わたしの、家族は。


 今まで、リリーは自分の両親について疑いの気持ちなど、持ったことはなかった。両親は善良な人で、世間に顔向けできない過去などひとつもないと思っていた。思い込んでいた。どうしてそんな盲目的に、盲信的にふたりのことを信じていたのだろう。――いや、どうしてもこうしてもない。わたしはふたりから愛情をたくさんもらって育ったのだ。温室でぬくぬくと、何不自由なく、安全に。それを疑えだなんて、元から無理な話だったのだ――なにかのきっかけさえなければ。


「……そうですね。確かに、わたしのこと、信用できなくて当然だと思います。出会ってまだ間もないのに、もっと相談してほしいだなんて、少し、我儘が過ぎました。どうか、お許しくださいませ」

「それは、違うだろ」


 リリーの台詞を聞いて、咄嗟に言い返したジェムだったが、自分の主張の矛盾に気付いて、彼は小さく息を吐いた。


 ……また、やってしまった。馬鹿なのか、ぼくは。


 仕事柄か、自己弁護が必要になるときがよくあって、論点をすり替えるような言い訳なんかが得意になってしまって、今回も自分の正当性を主張するふりして、相手を貶めるような方法を取ってしまった。それを分かっていたから、彼女の謝罪を受け入れることができなかった。悪いのは、どう考えたって自分の方だから。


 本音を言うと、それほど彼女を疑っているわけでもない。まるっきり信じているとも言い難いが、だけど、無警戒に背中を向けられるほどには疑っていない。なのに、無駄に距離を置くようなことを言って、彼女の心を傷付けてしまった。ただ、「それでも探偵なのか」という一言に、腹が立ったからというだけの理由で。


 ……餓鬼かよ、くだらない。


「――ごめん、さっきのは、さすがに言い過ぎだった。きみのことを信用できない、なんて。本当は、きみにどう接すればいいか、わからないだけなのに……悪かった」


 ジェムは、ばつが悪そうに、伏し目でリリーを窺いながら言った。


「いえ、わたしの方こそ、生意気でしたもの。本当にごめんなさい」


 ジェムの素直な言葉に、リリーも慌てて謝った。信用できない、などと言われたのにはかなりショックを受けたが、我儘を言うだけ言って、彼の身になって考えることをしなかったのは事実である。怒りで少々興奮していたとはいえ、随分と挑発的なことを言ってしまったという自覚もある。先程の謝罪だって、彼のように、心からのものだったかどうかは甚だ疑問だ。


 ……嫌われちゃったかな。こんなにも、歩み寄ってくれようとしていた人に。


「これから、探偵社の本社に行こうと思ってる」


 所在なさげにリリーから目を逸らしたまま、ジェムが出し抜けに言った。


「そこに、ぼくらでも利用できる探偵社の記録保管庫があるんだ。そこで、スワイリーの記録について調べるつもりだったんだけど――手伝ってくれると、助かる」


 彼なりにリリーの願いを叶えてくれたらしい。相談というより、提案というか、なぜか依頼人が探偵に頼まれ事をされているというおかしさはあるけれど。つっけんどんで、相変わらず言葉足らずだが、決して悪い人ではない。むしろ、優しいひと、とリリーは思った。


「是非、お手伝いさせて下さい。精一杯、力を尽くしますから」


 そこでリリーは、初めてジェムの瞳を見たときのことを思い出した。真夏の晴れ渡った空のように真っ青な瞳には、切れ長で冷たい印象に反して、ぼんやりと温かな光が宿っていた。感情の読めない、だけどぶれることもない、確かな光が。·····そうだ、だから昨日、リリーはこの瞳を信じたのだ。


 あの光に、ついていきたいと思ったから。


 ジェムはリリーの視線に、気恥しさに似た居心地悪さを感じて、一度咳払いをすると、「じゃあ、行こうか」と歩き始めた。目的地へは、さほど遠くはない。だのに、なぜだかジェムには異様に道程が長く感じられたのだった。

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