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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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8(1/2).お嬢様には向かない仕事 - Unsuitable Work for a Lady

2023/04/10、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

 ブランポリス市最大の都市公園である、市民のオアシスというべきその場所は、ハロルド・パークという。自然の中にいるような錯覚をさせるその風景は、高度に計算された人工的なものだ。ボートを漕ぐ客が絶えない大きな湖、各種スポーツ用に設けられた芝生一帯など、勿論、自然保護区も存在するが、遊歩道を道なりに歩くだけでも飽きないほど多くのレジャースポットを有している。


 その遊歩道をアンバーの髪の青年と、ブルネットの髪の少女が並んで歩いていた。少女は公園に入ってから少し歩いたところで、ふんふんと風の匂いを嗅いだ。


 ……しょっぱい匂い。でも嫌じゃない。


 少女は、ふと、青年との距離を縮めて、ジェム、と呼びかけた。


「なに」

「これから会う人って、どんな方なんですか?」


 ジェムは瞬時に考えを巡らせ、そして逡巡(しゅんじゅん)した。その男について、どう説明すべきか、また、なにをどう言うのを控えるべきか、ジェムにとってそれらの問題は、この世のどの問題よりも難解に思えた――この時代に、彼のような人間は特異な存在とされていたからだ。


 ジェムは、リリーのことをよく知らないで、"彼"について詳しく話すべきではないと考えた。その前に、ちょっと探りを入れるべきだろう。


「……性別を超えた男」


 さて、どんな反応を示すか。


「性別を、超える?」


 リリーの緑の目は、大きく見開かれた。純粋によく分からない、といったところか。もしかすると、そういう人間に会うのは初めてなのかもしれない。先入観を持たせるわけにはいかないので、ジェムは「あんまり深くは考えないでやってくれ」と、それ以上説明するのを避けた。


 湖へと続く人工的な川が流れる堀を右手に遊歩道を歩いてきたふたりは、やがて、覆いのある橋の前に辿り着いた。

 一見、納屋のようにも見えるその橋は、カバード・ブリッジと言って、古い時代によく見られた造りのものである。

 橋の上で、ジェムはなにかを探すように周りを見渡していたが、ぱたと止めて、柵に寄りかかった。


「まだ来ていないみたいだ」


 リリーはこくんと頷いて、ジェムの横に控えめに佇んだ。


 少しの間、そうやって、ふたりで橋の上で並んで時間を潰していると、ようやくリリーが小さい声で訊ねた。


「性別を超えた男、って、同性の(かた)を好きになる人、って意味ですか?」


 ……わかってたのか。


「正確には、男女分け隔てなく好きになれるらしい。性別の壁なんかないっていうのが、あいつの持論だ」


 リリーは、そうでしたか、と応えて口を(つぐ)んだ。それ以上、"彼"について訊ねる気はなさそうだった。ジェムは、ちら、と彼女の顔を窺ったが、こちらを見る気配もないので、しくじったかな、と思った。


「気を悪くした?」


 ジェムの問いかけに、リリーはきょとんとした。


「……ええと、両性愛者だから、ですか? いいえ」


 リリーは大きくかぶりを振った。


「わたしの学校にもいましたから、そういう子が」

「仲が良かったの?」

「……いいえ、残念ながら。酷いですが、その子が他のクラスメイトに辛く当たられているのを遠くから見ているだけでした。だけど、時々すれ違いざまに目が合ったりして、そんなとき、いつもにっこり笑ってくれて。……お互い大変だけど、頑張ろうね、って、そんなふうに言ってくれているように感じました。わたしは好きでした、彼女のこと」


 ジェムは、ふうん、と曖昧に相槌を打った。

 お互い、か。リリーにとっても、学校は親しみのある場所ではなかったのだろう。とはいえ、無駄に深入りすることはない。ジェムは聞き流すことにした。


 なかなか姿を現さない"待ち人"に、ジェムは不安になって、辺りを探してみることにした。柵に預けていた身体を起こして、リリーにここで待つよう告げると、大股歩きで足早に橋を離れた。


 リリーは言われた通りに、橋の上でぼうっと小川の流れを眺めながら、ジェムが彼の知り合いを連れて戻ってくるのを待つことにした。


 目を閉じて、水が弾く涼しげな音を聞き、木々の匂いを身体に染み込ませていると、哀愁感に似た望郷の念にかられた。その感覚はあまりに奇妙で、異物的で、馴染みのない感覚だった。にも関わらず、泣きたくなるほどまだ見ぬ故郷を思い焦がれるようなこの感覚は、自分の心の奥底から滲み出たものだという確信があった。

 ――いや、違う。この感覚は、自分の身体の中で縦横無尽に駆け巡る()()()が持っている記憶なのだ。


 そのとき、背後に人の気配――(ほう)じた茶葉のような匂いとすたすたという足音――がして、リリーは振り返った。


 それは、東アジアの面影がある青年だった。頬骨が低く、体躯は細長で、長くなったから切ったといった具合の彼の短髪は、むしろお洒落な散切り頭に見えた。瞼が肉厚で、一見すると目が少し小さいように見えたが、涙袋が大きいために常に微笑んでるかのようにも見えた。微笑んでいるといってもオルトンの笑みとは違って、彼の持つ茶目っ気が滲み出ているような、ひょうきんで優しそうな印象を受ける顔付きだ。


 青年は、リリーがそちらを振り向いたことに驚いたようだった。それから、気不味そうに笑って肩をすくめると、遠慮がちにリリーに歩み寄ってきた。


「もしかして、怖がらせちゃいました?」

「……え?」

「いやね、おれ、野鳥観察が趣味なんですよ」

「……はあ」

「あんまり大きい音を立てると、鳥が逃げちゃうでしょ。だから、なるべく足音がしないように歩く癖とかついちゃって。気付いたら摺り足になっちゃったんですよね。それで、気配が感じないとかで、よく人を驚かせてしまって」


 リリーは、ちら、と青年が首からぶら下げている双眼鏡に目を向けた。すると、青年はジーンズに丸めて押し込められていた冊子を、背中から取り出し、ほら、とリリーに見せつけた。表紙には、『フィールド・ガイド エルヴェシアの野鳥』と書かれていた。


 ……なんだか、取ってつけたように見せられたような気がする。


「ちなみにあなたは、ここでなにしてるんです?」


 と、青年。訝しんでいる様子のリリーに、にかっ、と笑って、「ただの世間話ですよ、鳥を見つけるまでの間の」と言う。


「……人を待っています」

「へえ、奇遇ですね。実はおれも、相棒と待ち合わせしてるんですよ」


 青年は初対面にしては些か馴れ馴れしく、最初こそ遠慮してたものの、徐々に距離を詰めてきた。気付いたときにはもう既に隣に立っていて、リリーと同じような姿勢で柵にもたれかかっていた。ちょっと近いな、とリリーが困惑していると、青年は、そうだ、と喋り続けた。


「カバード・ブリッジの言い伝えって知ってます?」

「……いえ」

「橋を渡っている間に願い事をすれば、その願いは必ず叶うんだって話ですよ。あ、女性とこの橋を渡るときは、その女性にキスをしても良いって話もあったっけな――いやいや、相手の気持ちを聞かんと駄目でしょ、って」

「……そう、ですね」

「それにね、おれ、思うんですよ」


 青年は、ずい、と顔を近付けてきた。リリーは思わず仰け反った。


「それって、キスしたい相手が男だったら駄目ってことなのかな? それじゃ、女の子が頑張って気持ち伝えたくても、男にキスできないってことでしょ? っていうか、女の子と歩いてる相手が女の子だったらどうなの? その場合はキスしてもオーケイなの? それって、女の子同士の恋愛は許されるってこと? それとも、そんなものは存在しないとでも思ってるわけ? そもそも、なんで女の子ばっかりが、キスを待ってると思ってるんだろうね? 女の子はキスされるのが好きだからって? いや、男は? キスが好きでもないのにしているとでも言うのかよ? そんな、馬鹿な、好きな人にキスされて、嬉しいって思う気持ちは男女関係ないだろ、男だってキスされるの待ってないわけじゃないだろうにさ、伝承でまでかっこつけちゃってまあこれだからおっさんは」


 わあ、こっちが恥ずかしくなってきた。今、ものすごく短い間に、キスって単語を連呼された気がする。ただの世間話で、こんなに恥ずかしくなる話題ってある?


「なにやってんの、お前」


 剣のある声にリリーがはっとして、振り返ると、そこには怪訝そうな表情をしたジェムが立っていた。それを見た青年は、ぱっ、と表情が明るくなった。


「久しぶりだな、ジェム。1ヶ月ぶり?」

「そんなことより、なにしてたんだ、ヴィンス。まさか、嫌がらせなんかしてないよな?」


 ヴィンス、と呼ばれた青年は、うーん、と唸ったあと、思い出したように手に持っていた冊子を持ち上げて、「ちょっと野鳥観察を」と言った。ジェムは深い溜め息を吐いた。


「――お前、()()()んだろ、ぼくたちのこと」


 ジェムの指摘に、ヴィンスは悪戯がばれた少年のような笑みを浮かべた。


「いやあ、だって、相棒が久しぶりに連絡してきたと思って喜んで来てみたらさ、そいつが可愛い女の子を連れてたんだぜ? そりゃ気になるだろ、ちょっと話してみたいなあって思うだろ。なによ、あの子、おれというものがありながらって」

「……お前はぼくのなんなんだよ」

()()だろ?」


 ヴィンスは、しれっと言った。そして、隣で黙ってふたりの遣り取りを見守っていたリリーを向いて微笑みかけた。


「はじめまして、おれはヴィンセント・アボット。友だちにはヴィンスって呼ばれてるんだ」


 自然に差し出された手を、リリーはおずおずと握り返した。


「リリアーヌ・ベルトランといいます。どうぞ、リリーとお呼びください」


 ヴィンスは、にっ、と歯を剥き出して笑みを深めた。


「よろしくね、リリー。さっきはごめんね、きみを試すような真似をして」


 かわいい人だなあ。笑顔ひとつで絆されるってこういうことか、とリリーはヴィンスを見て思った。


「で、用件は?」とヴィンスは、早速ジェムに訊ねた。


「調べてほしいことがある」


 ジェムは単刀直入に言った。

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