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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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14/77

7(1/2).ダイナー『ロス』 - Ross's Diner

2023/04/02、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

 この状況は、さすがに判断しかねる。


 昨日約束した通り、リリーとスワイリーの調査に赴くため、ジェムは彼女を迎えに朝方からブリアナたちの家にやって来ていた。しかし、どういう訳か、ジェムはブリアナの部屋の前で、門前払いを食らったのだ。


 ジェムがブリアナの部屋のドアをノックすると、彼女はドアを開けるなり、「ちょっと、まだ早いわよ! もう少しあとから来なさい!」と言って、ぴしゃりとジェムの目前でドアを閉めてしまった。だが、早朝からの調査を望んだのは、この家に滞在している少女の方であり、自分が無理を言っているわけではない。それをママ・ロスに伝えると、「女ってのは、支度に時間がかかるもんなんだよ! まったく、男ってのは、そんなことも我慢できないような人でなしばかりなのかね!?」と罵倒される始末である。ならば、一体どうすれば良かったのか。というより、なぜ自分は、男の代表としてママ・ロスにあんな非難をされたのだろうか。


 そんなすったもんだがあって、ジェムは、ロス母娘の住むアパートメントを出て、隣接するダイナー『ロス』――入り口のドアには、まだ「準備中」の札が掛かっている――で、リリーを待つことになった。店で最も奥まったところのボックス席に腰を下ろし、次々にやってくる従業員に会釈をするという、居心地の悪い時間を過ごした。そんな状況にジェムが首を捻らせていると、からんこらん、と入店を知らせるベルの音と共に勢い良く戸が開かれた。


「すみません、お待たせしました」


 それはリリーの声だった。憎まれ口のひとつでも叩いてやろうか、と思っていたジェムは顔を上げると、昨日とはがらりと雰囲気を変えた彼女の姿を見て、一瞬言葉を失った。


 装いが違うせいだろうか、とジェムは考えた。昨日着ていた折襟のジャケットとは打って変わり、リリーの着ている白いぺザントブラウスの襟元は大きめに開いたスクエアネックで、昨日履いていたサファリスーツのスカートは青色のベルボトムジーンズに、カジュアルな装いへと様変わりしている。さらにブラウスには、肩が露出していたり袖が提灯型に膨らんでいたりと、若い女性の間で人気のデザインが取り入れられていて、そのおかげかリリーは昨日と比べるとずっと若々しく快活そうに見えた。


 しかし、装いが変わったから彼女の纏っている空気も変わったと考えるのは、どうにも釈然としない。ジェムはじっ、とリリーを観察して、そもそも彼女の表情が違うのだと気がついた。


「なにかありました?」

「えっ、なにか変ですか?」

「いや、昨日より、晴れやかな顔をしてるから」


 リリーは照れたように眉尻を下げた。


「……ブリーのおかげだと思います」


 ……へえ。


「リリー、忘れ物!」


 ――と、リリーを追いかけるように入店してきたブリアナが、フリンジの付いたバッグを持って駆け寄ってきた。見たところ、それは昨日、リリーが肩にかけていたもののようだった。ブリアナはそれを手渡したかと思うと、今度はもう片方の手に持っていたサッシュベルトを甲斐甲斐しくリリーの腰に巻いてやっていた。


 なんと。いつの間にか、第二の保護者が出来上がっている。


「うん、この方がずっといい」


 などと、したり顔である。


「朝食はうちで食べていってね。ママに伝えてあるから、すぐに用意できるはずよ」

「何から何までありがとう、ブリー」

「あなたもよ、ジェム。さもないと、リリーを連れていかせないから」


 そう言うが早いか、ブリアナはさっさと厨房に入って行った。朝食の準備を手伝いに行ったのだろう。


 ブリアナがいなくなって突然気恥しくなったのか、リリーは鳩尾の辺りで手を組んだり視線を泳がせたりして、所在なげな様子を見せ始めた。ジェムはそんなリリーの不安を正確に感じ取って、「座って」と自分の向かいの席を薦めた。


「打ち解けたようで良かったです」

「ええ、だって彼女、素敵な人ですもの」


 リリーの顔は、花が咲いたように綻んだ。ジェムはそれにつられるように微笑んだ。彼女の顔があまりにもあどけなかったからである。


 するとそこへ、小麦粉やバターの匂いを漂わせたバスケットを持って、ブリアナが戻ってきた。ブリアナは、ジェムとリリーの些か緊張感のある空気に、微妙な表情を浮かべた。呆れた顔というべきか、いや、諦めた顔と言った方が彼女の表情を表すのに相応しいかもしれない。ともあれ、その表情の原因はジェムにあった。


「あなたに社交性を求めるのは、無理な話みたいね」


 急な皮肉である。

 ブリアナは迷わずリリーの隣に席を取り、ふふん、と勝ち誇った。


 ……紹介したの、ぼくなんだけどな。なんだろう、この複雑な気持ちは。


 やがてテーブルには、クリームソースで煮込んだ挽き肉といんげん豆のキャセロールと、白い布が敷かれた籠にいっぱいのビスケット、輪切りにされた茹で玉子と、グレービーソースの入った小さな鍋が、玉杓子とともに置かれた。それから、それぞれの席にコーヒーが用意されたあと、ママ・ロスが小分けの食器とカトラリー、そしてブルーベリージャムを片手にテーブルの傍らに立って、言った。


「それじゃ、あたしたちはあっちで開店の準備をしているからね。用事があったら呼ぶんだよ、ブリー」


「ありがとう、ママ」とブリアナ。

「ご親切にありがとうございます」とリリー。

「いつもありがとうございます」とジェム。


 ママ・ロスはいつもの慈愛に充ちた顔を浮かべて、ひらひらと片手を振りながら(ちら、とリリーに視線を遣ってから、ジェムにぱちり、と目配せするのも忘れなかった)その場を去り、朝勤務の従業員たちと食事をしにカウンター席に向かった。ジェムはこの女性ほど、"ママ"と皆から呼ばれるに相応しい料理人に出会ったことがない。


 最初に分け皿を持って、それぞれにビスケット2個とキャセロールを装い始めたのはブリアナだった。次に、1箇所に纏めて置かれていたカトラリーをジェムが配分してくれたため、残るリリーはすっかりすることがなくなってしまった。なんだか、家の外でもお嬢様扱いされている気分で居た堪れない。


「私のお勧めはね」


 ブリアナは興奮気味に言った。


「最初にビスケットをふたつに割って、片方には玉子を乗せてグレービーソースをかけるの。そしてもう片方はジャムを塗って、ちょっとしたデザート代わりにするの。これで、ふたつの美味しさが味わえるのよ」

「……好きなように食べればいいだろ」


 あ、しまった。つい。


 ジェムの失態にブリアナは敏感に反応した。この男はいつも一言余計なのだ。


  私はこの店の従業員として、提案をさせて頂いただけですが?」


 怒られたジェムは、渋い顔をしながらコーヒーを啜った。リリーはそんな2人の様子に、くすくすと笑った。


「いつもこんな感じなんですか?」


 リリーが備え付けの砂糖瓶を手に取りながら訊ねた。


「こんな感じ、とは?」とジェム。


「……ええと、うまく言えないんですけど、なんだか楽しそうだな、って」


「ふふっ。じゃあ、明日もうちでご飯食べてく? あっ、なんなら、夕飯だって用意してあげるわよ?」とブリアナ。


「いいの?」


 ちら、とリリーはジェムの顔色を窺った。どうやら、先にジェムの了承を得るべきかと、返答に迷っているようだ。


「いいんじゃない? むしろ、夕飯時までに戻ってこないと、ブリアナに叱られそうだ」


 依頼人とその探偵という立場を考えても、あまり外に連れ回すわけにはいかないし。


「ありがとうございますっ」


 三人が食事に取り掛かったとき、時刻は開店時間を過ぎていたらしく、次々とベルの音を鳴らしながら客が入店してきた。ジェムはそれをぼんやりと眺めながら――先日のキャスリーンの件のせいで、こんなところでも警戒心を抱くようになってしまった――、食事を進めていると、「それで」とブリアナが口を開いた。


「今日はどこへなにしに行くつもりなの?」


 ちょうどビスケットに齧りついたところであったリリーは、そのまま硬直した。そして、ちらり、とブリアナの顔を窺い見て、緊張した様子でもそもそと咀嚼した。

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