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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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13/77

6(2/2)

2023/04/01、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

 先に入浴を終え、ブリアナに渡されたネグリジェに着替えたリリーは、身体を冷やさぬようにと渡されたガウンを羽織り、向かいの通りにあるパットの店を窓から眺めた。そして、少し前の出来事を思い返した。


 こちらを見ていないようで、なにもかもお見通しかのような"彼"の目は、リリーに幾ばくかの恐怖を覚えさせた。しかしその一方で、"彼"はあの短時間のうちにリリーの信頼を勝ち得てしまった。

 あのとき、自分が語った気持ちは嘘ではないが、あの頼み事はほとんど思いつきだった。あの人の瞳を見て、言葉を聞いて、この人ならば、きっと自分を理解してくれる、どういうわけかそう思ったのだ。だから、相手を困らせると分かっていて、無茶なお願いをしたのだ。


 ……あの目。他の人とは、どこか違った。でも、どこが?


「――ジェムのこと、気になる?」


 背後からかけられた声に、リリーの心臓は跳ね上がった。振り返れば、風呂上がりのブリアナが立っていた。彼女は、リリーの肩越しに窓の外の店を見て、リリーが今考えているだろうことに興味を引かれたのだ。


「あのっ、わたしは、その、ええと」


 微かに頬を染めて、恥ずかしそうに視線を彷徨わせるリリーの姿に、ブリアナは微笑んだ。


「別におかしなことではないわよ、人の好みなんてそれぞれでしょ」

「いえ! あの――そういうことではっ」


 否定するも、微笑みを崩さないブリアナにリリーは、窮地に追い込まれた気分だった。


 ……だって、なんて説明したらいいの? 変わった目を持つ人だったから、あの人のことをもっと知りたくなったなんて、そんなこと言ったら絶対変な人に思われる!


「そのう……、不思議な人ですよね、なんか……掴み所がない、というか、石鹸みたいな匂いもしますし、」


 早口で且つへらへらと笑って誤魔化すように話すリリーに、ブリアナはふっと笑った。噴き出したブリアナに、リリーは作り笑いを引っ込めて身体を縮こまらせて赤面した。確かに、変なことを口走ってしまった。匂い云々の話など、容易に口にするものではない。そんなリリーに、ブリアナは笑いながら謝る。


「ごめんなさい、おふざけが過ぎたわ。でも、石鹸みたいな臭いがするだなんて言うから」

「……しないですか?」

「さあ。気にしたこともないわね。リリーって臭いに敏感なのかしら? もしかして、私からもなにか臭う?」

「……お花みたいな匂いがします。薔薇、みたいな」

「ふうん? うちは無香料の石鹸を使ってるはずなんだけど。もしかして、服の臭いかしら? 洗剤に薔薇の香料でも入ってるのかもしれないわね?」


 リリーはきょとん、と目を丸くして、ブリアナを見つめた。


「ブリーの匂い、だと思います」


 リリーの言葉に、今度はブリアナが目を丸くした。


「私の臭い? ……体臭ってこと?」

「えっと、そう、なるのかな? でも、匂いがするって、普通のことじゃないですか?」


 ブリアナはしばらく黙り込むと、じっとリリーの顔を窺うような視線を送った。それは奇妙な時間だった。ふたりの少女が、窓の傍で戸惑った表情で見つめ合っているのだ。ブリアナは腕を組み、片手は頬に当てて、眉間に皺を寄せて考え込んだ。


「もしかすると、リリーって嗅覚が人より鋭いのかもね。それにしたって、人間から薔薇の臭いがするなんて、ちょっと変な話だけど」

「……分からないけど、優しい人からは良い匂いがしますよ。逆に、意地悪な人からは嫌な匂いがします」

「なにそれ、面白い。じゃあ、誰かが悪さをしようとしてたら、あなたには分かるの?」

「うーん、どうでしょう? 分かりません。だけど、今まで嫌な匂いを嗅いだときは決まって、誰かがわたしに意地悪をしてきたから、そうなのかもしれません」

「それって、凄いことじゃない? 臭いで危険を察知できるってことでしょ? 詐欺師なんて、すぐに見破れそうだわ」


 リリーは困ったように首を傾げながら、ブリアナの質問に答えることで、自分に特異な能力があることを理解した。リリーは今日まで、これが自分だけが持つ能力だとは、まったく知らなかったのだ。そういえば、初めて父に瞳の色を好きだと言ったとき、父は難しそうな顔をして、そういうことは人に言ってはいけないんだと教えられた。もしかすると、父は自分に特殊な力があることを気付いていたのだろうか。


 ……でも、どんな? 匂いのときとは違って、目の色を見て、温かいとか冷たいだとか、綺麗だとか醜いだとか、楽しそうだとか不安そうだとか、そう感じることのどこが特殊なことなのだろう?


「あなたって、不思議ね。目の色も珍しい緑色だし。本当は人間じゃなくて、妖精か、もしくは魔女だったりして。……なーんて」


 瞬間、空気が凍りついた。面白可笑しく声色を変えながら言ったブリアナに対し、リリーは、ぶわ、と全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。


 ()()。それは、リリーの嫌な記憶を呼び起こす言葉だった。


「……やっぱり、わたしみたいな肌の人間が緑の目なのって、気味が悪いですか?」

「えっ?」


 ブリアナはぱちぱちと目を瞬かせて、呆けた顔をした。最初は、質問の意図がよく分からなかった。だが、自分が言ったことを思い返して、慌てて釈明した。


「違うわよ! ああもう、私ってば、余計なこと言っちゃったのね! ほんと、ジョークのセンスがないんだから! あのね、私が言いたかったのは、あなたには不思議な魅力があるって意味で、決してあなたを悪く言ったんじゃないの」


 興奮して声が高ぶっているブリアナに、リリーは眉尻を下げながら微笑んで、首を振った。その笑顔は、些か寂しそうであった。


「いいんです、学校でもみんな気味悪がって、近寄らないですし、それが普通なんです。だから、申し訳ないけど、この目には慣れてもらうしか……、」


 音にもならない息を飲んだブリアナは、声を爆発させるかの勢いで叫んだ。「慣れろだなんて、言わなくていいのよ、そんなこと!」


 ブリアナの言葉に、リリーは戸惑った。


 慣れる以外に、どうすべきだと言うのだろう。初めてのものを目にしたとき、戸惑うのは誰でも皆同じだ。それでも、その異様さに慣れてしまえば、異様なものも異様じゃなくなる。そうやって、この世界は異様を受け入れていくのではないか。


 しかし、ブリアナの考えではそうではなかった。彼女はしばらく考え込むように頬にかかる縮れ毛を弄っていたが、やがて真剣な眼差しで口を開いた。


「あのね、慣れって言うのは、考えるのを放棄して順応するってことなのよ。つまりね、あなたが言っているのは、気味が悪いものは気味が悪いと思ったままでいいから、私と付き合ってくださいって言ってるのと同じことなの。でもね、ちゃんと相手を知ろうという気持ちがあったら、たとえ最初は気味が悪いと思っていても、見ているうちにそれが神秘的なものになって、いつかは美しいものに変わるかもしれないじゃない。そういうのは、慣れなんかでは変わらないのよ。……それにね、見知らぬ人をとやかく言うつもりはないけど、人を外見でしか判断できないやつなんて、その程度の人間ってことよ。気にすることなんかないわ」


 冷静でしっかりとした口調とは裏腹に、ブリアナの赤銅色の瞳には、憤怒の感情を連想させる赤色の光が宿っていた。


 ……ブリアナの言っていることは難しい。だけど、多分、彼女が言おうとしていることは、自分の目を気味が悪いだなんて思うな、ってこと?


 するとブリアナは、突然リリーの目と鼻の先にまで顔を近付けてきて、まじまじとリリーの瞳を凝視した。リリーは驚いて、思わず息を止めた。そして、ブリアナはぽつりと呟いた。


「ほらね、やっぱり。綺麗だわ」


 リリーは無意識に眉を顰めてしまった。そんな彼女に、ブリアナはふわりと微笑んだ。


「ほんとよ。嫉妬するほど綺麗」


 リリーは一瞬、時間が止まったかのように感じた。


「そうね、なんていうのかしら……、優しい色、穏やかで、引き込まれそう。まるで海みたい」

「……海の色とは違うと思います」

「じゃあ、宝石。エメラルド」

「もういいです、恥ずかしいので!」


 気恥しさに負けて、リリーはブリアナの身体を突き放してしまったが、ブリアナは構わず朗らかに笑ってくれた。

 こんなふうに自分の外見を素直に褒めてくれる人が、肉親意外に存在したなんて。リリーはたった数時間のうちに、すっかりこの少女に絆されててしまった。確かに、歯に衣着せないところがあるものの、彼女の醸し出す雰囲気や言葉には、それほどまでに包容力があったのである。


「ねえ、よかったら、髪を触らせてくれない? 私、友だちの髪を梳かすのとか、ちょっとやってみたかったのよ」


 ブリアナの頼みにリリーは快く頷き、ふたりはブリアナの部屋に移って、ベッドの上に腰を下ろした。ブリアナは嬉々として、リリーの背後に回り込み、彼女のチョコレート・ブラウンの髪に手を差し込んだ。どうやら期待した通りの触れ心地だったらしく、彼女は何度かリリーの髪を堪能するように手櫛で梳いていたが、しばらくするとサイドテーブルに置いていたブラシを手に取った。


「さっきの話ってわけじゃないけど、ジェムのこと、どう思う?」


 ブリアナの質問の意図を測りかねて、リリーは咄嗟に首を回して、ブリアナの顔をまじまじと見つめてしまった。ブリアナは苦笑した。


「いやね、あいつって無愛想でしょ。もし、怖いと思っているんなら、一応あいつの友人として、悪い人ではないってことを伝えておきたいと思って」


 リリーは短い間考え込むような素振りを見せたが、はっきりと、いいえ、と答えた。


「怖くなんてありません。そうじゃなければ、同行をお願いしたりしません」

「そっか。良かった」


 ブリアナは心底安心した様子だった。その表情は、友人の顔というよりも、弟を心配する姉の顔のようである(実際のところ、年齢はジェムの方が上だが)。


「私、ひとりっ子だし、友だちも少ないから、」


 ブリアナが器用にリリーの長い髪を編みながら、言った。


「誰かと服を選んだりだとか、髪を結い合ったりだとか、そんなのに憧れてたのよね」


「どう?」とブリアナはリリーの前に、大きめの手持ち鏡を差し出した。そこには、母譲りのブルネットの髪を三つ編みにした、深い緑の目を持つ少女の姿が映っていた。


 いつも鏡で見ている顔が、今日はなぜだか輝いて見える。陰気で憂鬱そうだった緑の目が、いつもより穏やかで澄んでいるように思えた。それは、ブリアナが丁寧に髪を手入れをしてくれたおかげで少しばかり良く見えただけなのかもしれないし、もしくは彼女との交流がリリーの見方を変えてくれたのかもしれない。とにかく、ブリアナの手により、リリーは自身の顔立ちから幾らか角が取れたように感じたのだった。


 いつからだったか、目の色を煩い始めてから、リリーは自身の顔を構成するものそれぞれがあまり好きではなかった。主張の強い太い眉は垂れた目の上で、きりっ、と立って高慢に見えたし、オリーブ色の肌は、母のように健康的な色ではなくて青みがかっていて、身体は細いばっかりで可愛げがなく、不健康そうだと思っていた。学校では魔女みたいで気味が悪いと言われ、リリーもいつしかその通りだと思うようになっていた。だが、こうしてブリアナといると、いかに自分は捻くれた見方をしていたのだろうと思わせてくれる。自分を表す自分の顔を、どうして今まで愛してやらなかったのだろう、と。


 ブリアナは、はっと目を引くほどの美人だった。褐色の肌は健康的で、特徴のある縮れ毛は華やかに彼女の顔を飾っていて、容姿端麗であるのは勿論のこと、若さが彼女の美しさを更に引き立たせ、溌剌とした輝きを持っていた。ふっくらと程良く肉付きのある身体は、女性らしい丸みを帯びていて、リリーの理想そのものだ。そしてなによりリリーが惹かれたのは、(あで)やかと形容するのが最も相応しい、彼女の赤銅色の瞳であった。リリーは、ほう、と息を漏らした。


「ブリーは、本当に綺麗ね」


 ブリアナは一瞬、きょとん、と呆けた顔をした。だがすぐに、じわじわと顔全体に笑みを広げて、彼女はリリーを背後からぎゅっ、と抱きしめた。


「リリーもとっても綺麗よ」


 それは社交辞令かもしれないし、可能性を考えるのもおこがましいが、本音かもしれない。しかし、そんなことなど、リリーにはどうでもよかった。なによりも重要なのは、ブリアナとの交流が、胸が詰まるくらいに暖かかったことだ。リリーは目頭が熱くなるのをぐっ、と我慢しながら、彼女のような女性に出会えて良かったと、しみじみ思ったのだった。

本文中に、外見や肌の色について差別的な意見がありますが、あくまで物語上の表現であり、それを容認・推奨する意図は全くございません。

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