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ブラック・スミス 〜探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄〜  作者: 雅楠 A子
《本編:探偵と妖精泥棒と馬の蹄鉄》

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12/77

6(1/2).心地よい場所 - A Fine and Pleasant Place

2023/04/01、改稿

一部内容を変更致しました。m(_ _)m

 リリーを自室に招き入れたブリアナは、早速本領を発揮して、せかせかと忙しなく動き回り始めた。


「驚いたわ」


 ブリアナは衣装箪笥(いしょうだんす)の中を掻き回しながら、そう言った。


「まさかジェムが、女の子を泊めてほしいって頼んでくるなんて」


 ブリアナはくるりと首だけを回して背後を見遣った。そこには、緊張して肩を窄ませているリリアーヌ・ベルトランと、不機嫌そうに部屋の入口に立っているジェム・カヴァナーの姿があった。ブリアナはくすり、と含み笑いをしてみせた。ジェムは嫌な予感がした。


「昨日までは、女の子に水をかけられるような酷い男だったのに」

「……それは昨日だけだよ」


 至極迷惑そうに言い返すジェムに、うふっ、とブリアナは実に楽しげに笑った。


 ……非常に厄介だ。ブリアナに頼ることが、さっきまでは最良だと思っていたのに、もう既に後悔し始めている。


「でも、嬉しい。私、昔からお泊まり会っていうのに憧れてたのよね――ほら、私、女の子の友だちっていないから」


 ブリアナはそう言いながら、両手に白いネグリジェを抱えて振り向き、それをリリーに差し出した。


「歓迎するわ、リリアーヌ」

「リリー、で構いません」


 リリーは緊張気味にそれを受け取った。ブリアナは、ぴくっ、と片眉を上げた。


 ……おや。あれは、まさか。


「そう? じゃあ、リリーって呼ぶわ。私のことも、ブリーって呼んでくれて構わないわよ」


 ブリアナの応答に、目許を赤く染めながら、はい、と消え入りそうな声でリリーは返事をした。ブリアナは鼻腔を微かに広げて微笑むと、直ぐ様背中を向けて、再び衣装簞笥に頭を突っ込んだ――楽しそうに鼻唄まで歌いながら。


 ……やっぱり、嬉しかったのか。愛称で呼び合えるのが。


 珍しいものを見たさにジェムが凝視していると、それに気が付いたブリアナが、至極不機嫌そうに――バツが悪そうに――、「なによ?」と唇を尖らせた。ジェムは、にやにやと意味ありげな笑みを浮かべて、「いや?」と、とぼけた。ブリアナは、悔しそうに唸った。


 リリーが急遽宿を必要としたのには、距離的な理由があった。彼女の家があるバーニーヴィルは、かつて由緒正しいアルビオン王国の貴族が所有していた土地であり、現在では都会の喧騒に嫌悪感を募らせた上流階級の者たちが、静寂を求めて行き着いた場所である。つまり、ど田舎だ。そんなエルヴェシア北部の田舎町から、南西部の港町であるブランポリスまで、汽車で優に数刻はかかるのだ。

 そこで、ジェムがリリーたちに紹介したのが、『パットズ・バー&グリル』の向かいに建つ、ダイナー『ロス』母娘(おやこ)の家だった。(もてなし)に関しては文句の付け所のない母娘の、その娘がリリーにほど近い年頃の少女とくれば、()()()()()()()()も首を縦に振るだろうと考えたのである。そしてなにより、このブリアナという少女の持つ魔法のような、相手を従わせてしまえるあの態度が、あの場をどうにかするにはもってこいだった。


「それはそうと、随分と口煩くて面倒だったわ、あの男。よくもまぁ、あんなのと一緒に今まで過ごせてきたわね、あなたたち? 一体、何者?」


 二枚のバスタオルと二枚のフェイスタオルを両手に抱えながら、ブリアナが言った。すると、ジェムとリリーは困ったような顔で、それぞれに唇を引き結んで黙り込んでしまった。


 それは、パットの店でのことである。ブリアナの登場に、少しは大人しくなったオルトンだったが、それでも防犯面が気になるなどと言って、なんとかリリーの意志を変え引き止めようと食い下がった。かちん、ときたブリアナは、凄みのある笑顔の一言で彼を黙らせたのだ。


「あら。それでは、上流階級の人間でない私たちは、満足に防犯対策もできず、毎日己に降りかかる危険に脅えながら暮らしている、と。そう仰るわけですね」


 要するに、「お高くとまった御貴族小僧め、下級層を見下すのも大概にしろ」と言ったのである。


 そんなこんなでブリアナは、オルトンを口煩くて面倒な男だと評したわけだが、これまで彼の庇護を受けてきたリリーと、そもそも小心者で大っぴらに陰口を叩くこともできないジェムは、ブリアナの意見に同調することを躊躇い、黙り込んでしまった。

 ブリアナは怪訝そうに目を細めたが、肩を竦めて、「まあ、いいわ」と言った。


「どうせ守秘義務とかなんとかって言って、大した説明もしないつもりなんでしょ。都合が悪くなるといっつもそう言うんだから。便利な言葉よね」


 厭味(いやみ)を含んだブリアナの物言いに、ジェムは腕を組んでそっぽを向いた。すると、ちょうど部屋を出るところだったブリアナが、ジェムの脛を軽く蹴ったので、ジェムは、いたっ、と声を漏らした。


「悪い人ではないんです。ただ、ちょっと、過保護なだけで」


 タオルを抱え、すたすたと廊下を歩いていくブリアナを追いかけながら、リリーはオルトンを擁護した。しかし、そんな言葉でブリアナの考えを覆せるはずがない。ブリアナは、はっ、と鼻で笑った。


「過保護になるのは、ある程度、支配欲があるからなのよね。自分の想定内に事が進まないとパニックになるタイプよ、ああいう人間は」


 言いたい放題である。


 ジェムは早々にこの場を離れることに決めた。その気配を、敏感にリリーが察知する。


「あのっ、ミスター・カヴァナー、」


 リリーに呼び止められて、ジェムは首をそちらに捻った。そして、ほんの少しの気恥しさを覚えながら、先に口を開いた。


「ジェム、と呼んで頂いて結構ですよ」


 歳近い少女にミスター呼びされるのは、なんだか居心地悪いから。


 リリーは、こく、と唾を飲んだ。


「……ジェム、その、ありがとう、ございます。わたしの我儘を聞いてくださって」


 ジェムは少し戸惑った。お礼を言われるようなことは、なにもしていない。自分はただ、やるべきことをやっただけ、必要なことをしただけだ――などと、きざたらしいことは言えるわけもなく。


「……いえ」


 適当に相槌を打って、ジェムは、そそくさとその場をあとにした。どうしたって格好のつかない自分に、挫折感を味わいながら。



 * * *



 オルトンは肝を()っていた。


 まったく、リリーの頑固さには本当に手が焼ける。ひとりでバーニーヴィルに戻ってきたオルトンは、ベルトラン家の灯りを遠くに見つけて嘆息した。


 オルトンが拾ったリリーの母のロケットを好奇心の赴くままに開けたことから、全ては始まった。そのときはただ、ロケットに刻まれた名前の正体が分かれば良い、探偵社に任せればいずれ分かるだろうと、そう思っていた。しかし、それは安易な考えだった。まさかあの名前が、かの有名な妖精泥棒のものだったなんて。おかげで、そんな名前の入ったロケットがなぜベルトラン家から出てきたのか、という新たな謎が生まれてしまった――このバーニーヴィルでなら尚のこと知られてはいけない、とんでもない謎が。


 謎が解明される気配を見せるどころか深まってしまえば、リリーの好奇心が刺激されるのは当たり前だった。だが、まさか、調査に同行すると言い始めるとは。


 ……いや、リリーならそう言うか。


 オルトンがリリーに同行できないのにはわけがあった。世の中の学生がちょうど長期休暇にいるこの時期、大学3年生のオルトンは、長期のインターンシップに参加していたのだ。15歳の時から志した法律家の道へ、着々と進むためである。長年目標としていた世界に、パラリーガルとしてでも携われることに、感謝の念を抱いていた。気恥ずかしくて口には出せないが、助けを必要としている人々に救いの手を差し伸べられる人間になりたいと願うのは、10代の頃から変わらない思いだ。


 オルトンは今日何度目かの溜め息を吐いた。まったく、リリーにはほとほと困ったものだ。あんなふうに、懇願されちゃ、首を横に振ることなんてできない。あれは、兄の扱い方を心得ている妹の、可愛くも狡いやり口だ。


 オルトンがベルトラン家の前を通り過ぎる頃、玄関の戸が、がちゃり、と開かれ、リリーと同じ髪色の女性が現れた。女性は腕に猫を抱えて、こちらに向かって歩いてきた。どうやら、オルトンの姿を確認して、外に出てきたようだった。


「こんばんは、オルトン」

「こんばんは、ミセス・ベルトラン」


 フェリシア・ベルトランは素朴な女性だった。性格は穏和で寛大で、その心の広さといったら、空恐ろしいと思うほどだ。神秘的に見える緑の瞳や、しっかりとした太い眉は娘とそっくりだが、日焼けしたように健康的なオリーブ色の肌はともかく、骨太で鼻が丸く目は吊り気味なので、リリーと並べば、おそらくあまり顔の似ていない母娘だろう。


 フェリシアが腕に抱えている猫の名前は、セイラという。セイラは、ターキッシュアンゴラという種によく似ているが、とても珍しい外見の雌猫だった。というのも、体毛は白と茶色の(まば)らだが、顔のきっちり片側は真っ黒なのだ。そのうえ、左右の目の色も違い、右目は青く左目は緑だった。


 セイラを拾ってきたのはリリーだったように思う。そう、彼女は野良猫だったのだ。野良猫時代のセイラは、その見た目ゆえ、呪われているだの魔女の使いのなり損ないだのと、道行く人々から好き勝手に言われていたらしい。話に聞いていた猫が実際に町を徘徊しているのをリリーが発見し、程なくしてセイラはベルトラン家の猫となったというわけだ。

 しかし、この猫が抱えていた悲劇は、()()()()()ではなかった。それは、リリーが猫を連れ帰った日に発覚したことで、この猫は明るい部屋の中でも瞳孔が開きっ放し――要するに、猫の目には光がほとんど届いていなかったのである。それでも、ベルトラン家の手厚い世話によって、セイラは盲目ゆえの警戒心を解き、今では競うように彼女を可愛がっていたフェリシアとリリーに、常時くっついているほどの甘えぶりを発揮している。


「さっきは、電話をありがとう。ごめんなさいね、リリーがまた無茶なことを言って、迷惑をかけたみたいで。叔母様はお元気だった?」


 背の低いフェリシアは、オルトンを見上げながら言った。


「ええ、そりゃあ、もう――」オルトンは慎重に言葉を選んだ。「いつも通り、恐ろしい人です。どうしてリリーが懐くのか不思議なくらい」


 そんなことないわ、とフェリシアは微笑んだ。


 オルトンとリリーはベルトラン夫妻に、今日はミス・オレリア・ギファード――つまり、オルトンの叔母を訪ねに行く、と嘘を吐いていた。ミス・オレリア・ギファードは、上流階級の者たちばかりが集まる田舎町に辟易して、幅広い階層のものが住んでいる都会――ブランポリスに居を構えた変わり者だ。ふたりが向かおうとしていた先がブランポリスだったため、言い訳として好都合だったのである。


「でも、良かったんでしょうか。長期休暇期間とはいえ、ミスター・ベルトランの許可も得ず、勝手に叔母の家に滞在することを決めてしまって」


 しかし、フェリシアはオルトンの心配などどこ吹く風と、朗らかに笑った。


「いいのよ、ミス・オレリア・ギファードのところなら心配要らないもの。あの方、とっても面白い方だけど、とっても厳しい人でしょう? きちんとリリーを見てくれるわ。明日からは、あなたも一緒にいてくれるんだしね。それよりも、しばらくの間リリーがご厄介になって、本当にいいのかしら?」

「勿論です! むしろ、叔母の方が喜んでおられましたよ」


 実は、急遽リリーがロス母娘の家に宿泊することが決まって、口裏合わせのためにオルトンも叔母の家に泊まることになっていた。しかし、既にブランポリスに借家のあるオルトンとは違って、着替えなどの私物を一切持ってきていないリリーのため、オルトンは一旦バーニーヴィルへ戻ることにしたのだ。

 とはいえ、リリーの見切り発車によってすべてが決まってしまったので、他方に多分に迷惑をかけることとなったのは間違いない。ミス・オレリア・ギファードは、久しぶりの甥っ子の訪問にとても喜んでいた――ギファード家で唯一、オルトンだけが、偏屈な彼女のお気に入りであった――が、急なことで随分戸惑わせてしまった。とすれば、リリーの両親は、それよりもずっと大変だったに違いない。オルトンの良心がちくりと痛んだ。


 すると、フェリシアの背後からすらりと足の長いハリウッディアン髭の似合う執事のエアハルトが、スーツケースを持って近付いてきた。それに気付いたフェリシアが、エアハルトとオルトンのそれぞれに目配せをして、オルトンにスーツケースを受け取らせた。


「これ、リリーの荷物ね。ごめんなさいね、なにからなにまであの()の面倒を見てもらっちゃって」

「気にしないでください、僕にとってリリーは、たったひとりの兄妹ですから」

「……そう」


 良かった、とフェリシアは可憐な花のように微笑んだ。この女性に嘘を吐いていることが、なんとも心苦しい。


「それじゃあ、どうぞ娘をよろしくね、オルトン」

「はい。叔母に、そう伝えておきます」


 幸運なことに、研修先の法律事務所はマガリッジにあるし、叔母の住居もブランポリス市内だ。この慈愛に溢れた女性のためにも、ここしばらくはリリーの安否を確認しに、毎晩あの店へと向かおう。そして、もしもリリーが危ないことに首を突っ込んでいるようなら、彼女がなんと言おうと即刻連れて帰るんだ。オルトンは固く胸に誓った。


 じゃあね、セイラ、と猫の顎を撫でてやって、オルトンはフェリシアと別れた。セイラはオルトンの指に驚いて、一度は身体をびくつかせたものの、慣れた感触に安心して喉を鳴らしていた。

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