【閑話】スミスたちの思い出 - The Memory of Smithies【閑話休題】半地下の冷風 - Chilly Breeze in a Semi-basement
2023/04/01、改稿
一部内容を変更・追加致しました。m(_ _)m
むかし、こんなことがあった。
まだ、"アラン"と"アンヘル"の区別を持たず、アンヘル・アラン・フェヘイラ・グレアムが一介の探偵社員だった頃、幼いジェムが彼の背を追いかけて、こう言ったのだ。
「ぼくも調査につれてってよ」
ジェムの突然の申し出に、グレアムはぱちぱちと瞬きを繰り返し、そして、怪訝そうな顔で訊ねた。
「お前、探偵になりたかったのか?」
「ううん」
「じゃあ、なんでついて来たいんだ?」
そこでジェムは、はっとした。探偵になりたいわけではないと即答してしまったために、別の言い訳を探さなくてはならなくなったことに気が付いたのだ。
「……さっきの、」視線を徐々にグレアムから外しながら、ジェムは答える。「あんたが話してた依頼の内容が気になって」
「知らないおっさんの浮気話が?」
うっ、とジェムは言葉を詰まらせた。やれやれ、と呆れた声を出しながらも、グレアムは破顔した。
「お前、あれだな、自分の母親に言い寄ってる奴がどんな奴なのか監視してやろう、って魂胆なんだろ?」
他人事のように言っているが、「自分の母親に言い寄ってる奴」とは、グレアムのことである。しかし、グレアムの予想に反して、彼は不満そうに唇を尖らせながらも真っ直ぐにグレアムの目を見て否定した。
「別に、あんたのことは疑ってないよ」
……あんたのことは、か。
グレアムは、ジェムの言葉使いから、どうやら他に彼の不快感を煽る人間が母親の周りにいるらしいことを感じ取った。
「つまり、誰かを調べるために探偵の技術を学びたいんだな? お母さんを守るために」
グレアムの問いかけに、ジェムは黙り込んだ。どうやら図星らしい。
ジェムの母親への思いは、母子家庭に起因しているだけではない。彼の生まれ育った環境には、親や配偶者によって傷付けられ、逃げてきた人々が多くいた。彼らの姿を間近で見てきたからだろう、ジェムは、都市部で見られる他の子どもたちよりもずっと、自分が母親を守らなければならないという強い使命感を持っていたのだ。
その心情は理解する。理解するが、
「駄目だ」
と、グレアムはジェムの申し出をきっぱりと断った。
「子どもがやっていい仕事じゃない。それに、お前は俺の子どもじゃない。なのにお前を調査につれてったら、労働基準法違反で俺が取っ捕まる」
「……ぼくがあんたの息子のふりをすれば良いんじゃない?」
「俺に犯罪者になれって? それで俺になんの得が?」
「……母さんとデートできるように、口添えしてあげるよ」
「断る。彼女とのことは、交渉の材料にしていいものじゃない」
むっ、と悔しそうにジェムは唇を窄ませた。そんな彼の様子に、グレアムは表情を和らげた。そして、どう見ても子どもを慰めているとは到底思えない声音で言った。
「あと数年待てばいい。そうすれば、お前を俺の"ワトソン"として、調査に連れ回してやるよ」
そんな台詞を、屈んだり腰を折ったりして小さいジェムの視線に合わせるでもなく、高身長のまま言うものだから、傍から見たら子どもを嘲って挑発しているようにしか見えない。しかし、これこそが、子どもに対するグレアムなりの礼儀なのだった。彼にとって子どもは小さな大人であり、大人は大きな子どもなのである。子どもこそ、対等に、本音で言葉を交わすべき相手である、というのが、彼の考えだ。態度がふてぶてしいのは、彼の性格によるものであって、決して相手を子どもだと見下しているわけではないのである。
それを理解しているジェムは、グレアムの言葉に怒るのではなく、自分の願いを叶えるべく食い下がった。
「それじゃあ遅いんだ。ぼくは、今、知りたいんだよ。どうやって尾行するのかとか、証拠を集めるのかとか。調査についていけないって言うんなら、せめてやり方だけでも教えてよ」
それでもグレアムは首を振る。
「悪いが、それも了承できない。一度で身につけられるような技術でもないし、半端な知識のまま俺の知らないところで実践されても困る。ジェム、そんなに急を要するなら、"ホーム"の施設長に相談しろ。そうすれば、施設長が依頼人になってくれるだろうし、俺も公的にお前の悩みに応えてやれる」
「だけど、ぼく、自分の目で確かめたいんだ」
「自分以外は信じられないって?」
「そうじゃないけど、」
「全ての問題は己で解決できると思ってる奴の考え方だな。言っておくが、それは間違いだ。時に他人に選択を委ねることも重要なんだよ。そうしてこの社会は成り立っているんだ。分かるか?」
「……わかんない」
「じゃあ分かるように、俺が言ったことをやってみろ。施設長に相談するんだ、いいな? この話はこれで終わりだ」
そう言ったきり、背中を向けて去っていくグレアムを、今度はジェムは追わなかった。
ジェムと別れた場所から数メートルほど歩いて、人通りの少なくない場所で、グレアムは熱い視線を背中に感じた。ハンサムな彼にはよくあることで、グレアムも最初はほとんど気にしていなかったのだが、あまりにも執拗に視線が追ってくるので、グレアムはちらりと背後を窺った。すると、見覚えのある蜂蜜色の小さな頭が、ひょこっと遮蔽物の影――このときは、曲がり角にある建造物を利用していたように思う――から飛び出しているのが見えた。
強情な奴、とグレアムは嘆息した。言っても駄目なら、行動を示すまで。グレアムは、小さな尾行者に気付かなかったふりをして、そのまま道を真っ直ぐに歩き始めた。その先に、商業施設が点在する、人でごった返した交差点があることを知っていたからである。人混みを使って、尾行を撒こうと考えたのだ。
だが、グレアムが予想していたほど、尾行者は未熟ではなかった。素人のわりには熟練者だった。人を尾行するのは初めてでないのだろう。小さな尾行者は気配を消せずとも、確実にグレアムの後を追ってきた。
……面白い。
グレアムの競争心が疼いた。
それから、グレアムはわざと行き当たりばったりな行動を始めた。たまたま停まっていたキッチンカーの行列に並んだり、来た道を引き返したり、予測不能な動線を作り、尾行者の集中力や体力を削ぐ作戦に出た。急ぎの用事がないからこそできる作戦だ。しかし、子どものくせにやたら忍耐力のある尾行者は、なかなか音を上げない。
小さな尾行者のために一日を潰しても支障はないが、ここらで完全に撒いてやった方が彼のためだろう、とグレアムは考えた。これだけ無駄足踏ませたのだ、同行のことはきっぱり諦めるだろうう、と。
……不覚にも、この状況を楽しんじまっていたようだな。
彼の頼みを断っておいてすることではなかった、とグレアムは反省する。
小さな尾行者に限らず、人を撒くのに一番手っ取り早く確実な方法は、車だ。グレアムは歩きながら、ちょうど信号で止まったいたタクシーに近付き、とんとんとん、とリアドアガラスを叩いて、運転手に後部座席のドアを開けさせた。急いで開けられたドアに素早く身体を滑り込ませ、MA-1ジャケットのポケットから10リブル札を取り出し、「行ける所まで行ってくれ」と運転手に手渡した。
小さな尾行者の焦った顔が、彼方から近付いてくる。
……悪い、ジェム。
タクシーが走り出し、一気に小さな尾行者との距離を広げた。小さな足で駆けていた尾行者が途方に暮れた顔で立ち止まる姿を、リアガラスから確認する。
しかし、立ち止まってグレアムの乗るタクシーを見送っていたはずの尾行者が、突然路地へ走り出し、姿を消した。
……待て。どこへ行くつもりだ?
あの路地の先は、帰り道でない。てっきり、諦めて帰るのだとばかり思っていたが、あの小さな尾行者にはまだ奥の手があるらしい。
……それか、何かに巻き込まれたか。
一度そんなことを考えてしまえば、もう放っておくことなどできなかった。
「止めてくれ」
戸惑いと苛立ちを見せながら車を路肩に止めた運転手に、「釣りは取っとけ」と言い捨てて、グレアムはタクシーを降りた。
尾行者が入り込んだ路地に繋がる道を目指して、グレアムは駆け出した。それから間もなく、グレアムの前を顔の半分が真っ黒な茶虎柄の猫が横切り、そして小さな尾行者が行く手に現れた。
小さな尾行者――ジェムは、不思議と驚いた様子で、グレアムの顔を見上げていた。拍子抜けしたグレアムの口から、ふっと間の抜けた声が漏れた。
「……分かったよ、降参だ」
手を上げて、わざわざ降参のポーズをして見せたグレアムに、ジェムは小首を傾げた。そんな反応を見て、グレアムは自分の考えを明瞭にするために言葉を繋いだ。
「調査に同行させてやる。今からお前は、俺の息子だ」
* * * 【閑話休題】 * * *
「なにを言ってるか分かってる?」
オルトンがリリーに詰め寄った。その顔からは、いつもの穏やかさは消えている。
「いくらなんでも無謀過ぎる。僕は、君にこんなことをさせるために連れてきたんじゃないぞ!」
しかし、リリーはきっ、とオルトンを睨みつけた。
「なんと言われようと、わたしの考えは変わりません。わたしも調査に同行します」
「頼むよ、リリー。考え直してくれ。君になにかあったら、僕はミスター・ベルトランに顔向けできない――最悪、二度と太陽を拝めなくなるかも」
リリーは毅然とした態度で、兄代わりの幼馴染みの男に向き合い、頑なに首を縦に振ろうとしなかった。
先程、ジェムがリリーの申し出を受諾したのを聞いて、オルトンは顔色を変えて、リリーの腕を掴んだ。そして彼は、「ふたりきりで話す時間が欲しい」と有無を言わさぬ声色でジェムに告げると、リリーを連れて店の奥へと引っ込んだのだ。そして今、ふたりは化粧室に続く短い廊下で論議を交わしている。
上手に出たり下手に出たり、オルトンの変化は忙しない。どうにかしてリリーの意志を変えようと奮闘しているようだ。
「おい、ジェム」
店主のパットの呼び掛けに、ジェムは顔を上げた。
「いいのか? あのままにして。お前にも関係あることなんだろ?」
うーん、と唸って、ジェムはちらり、と彼らを見遣った。
……首を突っ込むのは嫌だな、面倒なことになりそうだし。
ジェムはふたりがボックス席を立ったあと、直ぐ様カウンター席に移っていた。そこは、ジェムにとってはいつものポジションで、ボックス席に移る前にオルトンが座っていた場所でもあった。
冷めたコーヒーを啜りながら頬杖をついて動く様子のないジェムに、パットはやれやれと首を振った。
「しっかりしろよ、探偵。依頼人はお前を頼ってここに来てるんだぞ」
「……わかってる」
「だったら、少しでも彼らの不安を取り除いてやろうとするのが、お前の仕事なんじゃないのか?」
ジェムは、ぼーっと眺めるような無気力な視線をふたりに向けたまま、ぽつりと呟いた。
「不安は、あった方がいいよ。下手に自信ばかりあったって、慎重さを失うだけだから」
パットはげんなりした顔を寄越した。
「……お前ってヤツは」
パットが呆れて溜め息を吐くのを聞きながら、ジェムは物思いに耽っていた。
心配性なお坊ちゃまと、箱入りのお嬢様。どちらにしたって、自分とはまったく違う種類の人間だ。日焼けもしてないし、肌に傷一つないし、きっと穢れもない。住む世界も違う。
なのに、なぜだろう。あのふたりを見ていると、胸が騒ぐ。ひどく懐かしさを覚える。思い出す、無知だったあの頃の自分と、思い出せば思い出すほど心が抉られるような気持ちになる、温かいあの優しさを。穢れを知らない者への憧れを。
「オルトン、わたし、もう18なの」
リリーが一際大きな声で言った。
「自分の行動に、責任が伴う歳になったの。いつまでも、誰かに守ってもらうわけにはいかないわ。わたしだって、そんな人間になりたくない」
その台詞は、いつかの自分と重なった。リリーの言葉を聞きながら、ジェムは心が掴まれる想いに駆られた。
「オルトンが、お父様に頼まれてわたしの面倒を見てくれているのは知ってる。わたしのことを守ってくれていることも有難いと思ってる。でもね、それは普通のことじゃないと思うの。事情はなんであれ、お父様はオルトンの自由を奪ってるんだもの。その事実に、わたしは向き合わきゃいけない。家族の優しさに甘えてばかりいないで、ちゃんと現実を見なくちゃいけないの。だから、お願い。わたしを調査に行かせて。……わたしを信じて」
リリーの声は逼迫していた。表情にも余裕のなさが現れていて、あのアルフォンスが黙り込んでしまうほどだ。
……これは同情だ。過去の自分を彼女に重ねて、憐れんでいる。何様のつもりか、救ってやりたいと思っている。
ジェムは、自分の甘さがほとほと嫌になりながら、ふたりの間に口を挟まずにはいられなくなった。
「いいんじゃないですか、彼女のしたいようにさせてあげても」
アルフォンスの厳しい視線が突き刺さる。
「心配なのは、ぼくだって同じですよ。同行者のいる仕事は初めてですし、なにより彼女は、探偵社と因縁のある相手に繋がる品を持っているんですから、不安なのはお互い様です」
「……彼女は、彼女です。そのスワイリーとかいう妖精泥棒とは、なんら関係ありません」
「実際はどうあれ、そういうふうに見られるということですよ」
オルトンは言葉を詰まらせた。非常に悔しそうではあるが、とりあえず、こちらの言うことに聞く耳を持ってはくれたようだ。ジェムは続けた。
「今までは誰も、そのロケットの秘密を知らなかったから良かった。彼女や、彼女の家族について、怪しく思われることもなかったでしょう。でも、今は違います。少なくとも、ぼくやグレアム支部長は、ロケットの存在を知っている。あなた方にも会っている。勿論、我々は顧客の秘密を守りますが、もし"蹄鉄会"の誰かがぼくたちやあなた方を怪しんで、調査するように依頼してきたら、探偵社はそれを断ることはないでしょう。ぼくたちは既に不審な行動をしてしまっているんですから――わかってますよね? 本来、こんなふうにスミシー探偵社の探偵が、社外で依頼を請け負うなんて、ないんですよ」
オルトンは嘆息した。そうだ、グレアムはオルトンたちの依頼を公式には受けなかったことにすると言った。だけど実際は、こうして探偵を紹介してくれている。手を差し伸べてくれたようで、本当は彼に嵌められて、なにがなんでもロケットについて調べなくてはいけない状況にまで追い込まれてしまった。――いや、違う。ロケットの秘密を知り、それを外に持ち出してしまった時点で、もう既に、後戻りなどできなくなっていたのだ。
「……でも、彼女が行く必要はないでしょう?」
「そうですね。でも、こう考えてみてはいかがでしょうか。彼女がぼくと行動を共にするのは、スワイリーの調査のためじゃない――とある人物の脅威から身を守るためだ、とね」
オルトンの目は見開かれ、リリーの顔は華やいだ。ジェムは苦笑した。
……やれやれ、なにやってるんだ、自分は。さっきまでは、ミス・ベルトランの同行に反対する気でいたというのに、これじゃあまるで、彼女を歓迎しているみたいだ。
「ね、オルトン、それならあなたも協力してくれるでしょう? わたし、調査に同行するんじゃなくて、守ってもらうんだから。それに――」
リリーは得意げな笑みを浮かべ、まるで子どもが友だちを悪戯に誘うような口調で言った。
「本当に護衛の依頼をしてしまえば、怪しまれることもなくなるわ」
オルトンは表情に柔らかな笑みを取り戻した。
先日、不安げな目で追い込まれていた様子だったリリーは、今ではその瞳に強い意志を宿して、きらきらと輝いている。オルトンは、その変化をなかったことにはしたくないと思った。意見を変える気なんてないくせに、こうして自分に協力を仰いで、承認を得ようとするところなんか、実にリリーらしい。――結局のところ、自分は可愛い妹の健やかな成長を望んでいるだけなのだ。だったら、ときには自由に羽ばたかせてやるのも、兄としての務めだろう。仕方ない。共犯になってやろうではないか、と。
「……分かったよ。明日、改めて探偵社に依頼をしてくる。きみの護衛の依頼を、ね。だけど約束して、絶対に危ないことはしないって。じゃなきゃ、すぐにでも連れ戻しにくるからね――僕も一緒に行けたら良かったんだけど」
リリーはオルトンの両肩を掴んで、ぶんぶんと首を横に振った。
「大丈夫だから、オルトンはちゃんとお仕事に行って!」
リリーの慌てた形相に、オルトンはくつくつと笑った。
オルトンからの協力を得られたリリーは、彼の気が変わらぬうちにと駆け足でジェムの元に駆け寄り、熱心な眼差しを寄せてきた。あまりに必死な様子に気圧されて、ジェムは思わず仰け反った。
「それでは、本日より、よろしくお願い致します」
「――本日?」
聞き捨てならない単語に、ジェムは反射的に聞き返した。きょとん、としているリリーの背後から、大慌てでオルトンがやってくる。
「ちょっと待って、リリー、それどういう意味?」
「えっ、だって、すぐに調査を始めるんだったら、家に帰るわけにもいかないし。バーニーヴィルからだと、すぐにこちらに来ることはできないから、」
「まさか、ここに泊まるつもり?!」
そこでリリーがはっとして、慌てた様子でジェムに詰め寄った。またしても、ジェムの肩はびくり、と跳ねた。
「ごめんなさいっ。あのっ、もし、ご迷惑じゃなければ、調査の間、こちらにお邪魔させて頂いてもよろしいでしょうか? 勿論、お部屋に空きがあればで良いのですけど」
「リリー? なにもここじゃなくたっていいだろう?今からでもオレリア叔母さんのところに行って、頼めば――」
「でも、あなたの叔母さんの家は、ここからちょっと遠いじゃない。ロケットのことだって、なるべく隠しておきたいし。それに、できるだけミスター・カヴァナーの側にいた方が、依頼について怪しまれないだろうし、」
「リリー、頼む、それ以上喋らないでくれ! 僕の心臓がもたないから!」
オルトンはリリーを背中で庇うようにしてぐい、とジェムに距離を詰めると、「おい、」と睨みを利かせながら低い声で告げた。
「彼女に手なんか出してみろ、ただじゃおかないからな」
……待て待て、なんだこの状況は。
ジェムは顔を引き攣らせた。
快活な若者たちのやりとりに、バザロヴァ老婦人は、おほほ、と朗らかに笑った。
「なんだい、ジェム。アンタも罪な男だねぇ」
どうやら、今日も厄日らしい。
バザロヴァ老婦人の言葉に、パットが、がははは、と粗野な笑い声を上げた。
「俺は別に構わないぞ? お前が誰を部屋に連れ込もうとな。それでお前がどうなろうと、知ったこっちゃないが」
「……ちょっと黙っててくれないかな」
ジェムは深い溜め息を吐きながら、頭を抱えてカウンターテーブルに突っ伏した。
つまり、だ。つまり、この箱入りのお嬢様には、心配性なお坊ちゃまをこれ以上暴走させないための宿が必要らしい。しかし、この世間知らずなお嬢様に頼まれているように自分の居住スペースを貸すなんてことをしでかすと、そこの過保護なお坊ちゃまの逆鱗に触れて、ジェムは寿命が縮まる思いをすることになりそうだ。
……いや、なんだよそれ。なんでそうなる? いつから事態はこんなに狂い始めたんだっけ?パットに卵を投げつけられたときから? デイヴに尾行されたときから? それとも、コリンに探りを入れられたときからか?
そもそも、こんなややこしい依頼を持ってきたのは、アラン・グレアムだ。彼が昨日、ここにやってきて、ウィリーを使って、ロスで食事していた自分を呼び出したりしなけりゃ、こんなことには――。
はた、とジェムは思い当たった。
あった。この状況を覆してくれそうな、たったひとつの方法が。
「……ひとつ、当てがあります」




