第7話 ゴノー3:甜菜から砂糖が作れない!
テンサイを栽培して砂糖を増産。内政チートの基本ですよね?
「はい、こちらナーロッバ転生者コールセンター、担当のカノンです」
「オイ、どうなってやがる! 砂糖を作りたくてテンサイを栽培したのに、砂糖が取れない! なぜだ!?」
今回はクレーマー転生者のクレ転さんですか……。
「ゴノー様、お・ち・つ・い・て・く・だ・さ・い!」
「アッハイ!(くっそ~、今度創造神にあったら、担当を変えてもらってやる!)」
クレ転さん、思考が漏れてますよ?
まあ、私の方も殺気がちょ~っとだけ漏れてしまったようですが。
「で、どうなさったんですか?」
「うむ。前回のジャガイモの件では世話になったな。おかげで領民たちが飢えることも無くなり、僕の首も皮一枚でつながった」
「いえいえ、担当天使として当然のことをしたまでです」
そういえば、以前はガリガリに痩せていましたが、栄養状態が改善されたのか、普通の体形になりましたね。貴族の子弟らしく、ちょっとイケメンになっています。
「とはいうものの、かろうじて生き延びただけ。次なる飛躍のために、特産品として甘味を充実させようとしたんだ。しかし僕の男爵領は北方の寒冷地にあるから、サトウキビは育たない。そこで、寒冷地でも育ちやすいテンサイで砂糖を作って一発当ててやろうと思ってな」
「テンサイ(甜菜)ですか。よく聞くテンプレチート作物ですね」
「幸い、近所で栽培されていたテンサイらしきものを見つけたんだ。だれもコレから砂糖が取れると知らないらしくて、馬の餌になっていた。それで、これを栽培したんだが、砂糖が抽出できないんだよ! なぜだ!?」
「ふむふむ、少々お待ちください」
甘味で内政チートですか、好きな女の子でもできたんですかね?
とりあえず千里眼で現地調査してっと……なるほど、分かりました。
「良いお知らせと、悪いお知らせと、残念なお知らせがあります」
「…………聞きたくはないが、悪い知らせから頼む」
ほほう、悪いことは先に聞いてしまうタイプですか。
「非常に言いにくいのですが、転生者様が領民を巻き込んで大規模に栽培させたあのテンサイ風の植物ですが……」
「ですが?」
「単なる大根の亜種です」
「……は?」
「テンサイというのは、別名砂糖大根ともいいますので、ダイコンの仲間と思われがちですが、テンサイはヒユ科アカザ亜科フダンソウ属の二年生の植物です。アブラナ科のダイコンとは、形はよく似ていますが、似ても似つかない植物です」
「え、ちょっと待って、嘘だよね? 農民たちが『この野菜は甘くなんかないから大規模に栽培するのは無駄だ』って言ってたのに、『絶対大丈夫だから栽培しろ、甘味を飽きるほど食わせてやる!』って言っちゃったんだけど」
またジャガイモの時と同じことをやらかしたんですね?
学習しませんね、クレ転さんは。
「……農民たちが、荷車にダイコンを山積みにしてお屋敷の周りに集まってきてますよ?」
「うぇ!?」
「みんな、甘味をとても楽しみにしているみたいですね」
辺境では珍しい甘味が味わえるとあって、ウキウキで踊りながら集まって来ています。
「もし、いまさらダメだったなんて言ったら……」
「吊るされるんじゃないですかね?」
「……」
「……」
「カノぇもん~、あの大根をテンサイに変えてよ~」
「私はタヌキ型ロボットではありませんので無理です」
「そんなぁ…………ん? さっき、良い知らせもあるって言ったよね?」
「気が付きましたか」
「もしかして、近くに本物のテンサイとか、サトウカエデとか、甘味が取れる植物があるとか!?」
「無いです」
「ダメじゃん! ああ、やっぱり僕は吊るされる運命に生まれたのか。……あのボケ老神が!」
一応、屋敷の庭にある蔦の汁を集めて煮詰めれば、アマヅラ(甘葛)という甘味料ができますが、微妙な甘さの上に少量しか取れないので、焼け石に水です。とはいえ、方法がないわけでもありません。
「諦めるのはまだ早いですよ。甘味が無ければ作ればいいのです」
「サトウキビも、テンサイも、サトウカエデもないのに、どうやって?」
テンプレチート知識しかないクレ転さんはこれだから……。
「ゴノー様は、グルコース(ブドウ糖)はご存じですか?」
「突然なんだ? なんか学校で習ったような気がするが……。砂糖の成分だっけ?」
惜しい。クレ転さんは学校の勉強をサボっていたようですね。
「砂糖の主成分は、スクロース(蔗糖)で、グルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)が結合した二糖類になります」
「ふむふむ?」
「グルコース(ブドウ糖)は、砂糖とは微妙に違いますが、甘い糖の一種なのです」
「なるほど」
「そして、このグルコースが二つ結合するとマルトース(麦芽糖)、さらにつながるとデキストリン、最終的にはデンプンとなります」
「ん!? と言うことはもしかして、逆にデンプンを分解すれば、ブドウ糖が手に入るのか!?」
「はい。そして、デンプンは……」
「前回大量に作ったジャガイモからいくらでも取れる!」
「そのとおりです」
「何たる朗報! 早速デンプンを分解して……、どうやって分解するんだ?」
「何通りもやり方はありますが、デンプン分解酵素のアミラーゼを使うのが簡単です」
「アミラーゼ……聞いたことがある。唾液に含まれる酵素だっけ?」
「あ~、確かに唾液にも含まれますね」
某精神入れ替わりアニメ映画で有名になった『口噛み酒』なんかは、この唾液の分解酵素でコメのデンプンを分解して酒にしています。
「よし、じゃあデンプンを噛んでヨダレまみれにすればいいんだな!」
早速クレ転さんが、ジャガイモデンプンの粉を口に含もうとしてます。
「いやいや、私みたいな美女がやるならともかく、ゴノー様の唾液まみれの液体とか、だれが飲みたがるんですか?」
「じゃあ、うちのメイドたちに……」
一部の特殊な性癖の方たちに飛ぶように売れそうですが、いろいろ問題があるので止めてください。
「そんなことをしなくても、分解酵素は手に入ります」
「いったいどこに?」
「アミラーゼは、別名、ジアスターゼとも言います」
「じあすたーぜ…………!? ダイコン! そうだ、確かダイコンに含まれる酵素がジアスターゼだ!」
「正解です」
「昔何かの本で、『大根を食べると食あたりをしない。それが転じて、演技が下手で当たらない役者のことを、大根役者というようになった。ダイコンには、消化を助けるジアスターゼ酵素が含まれるためである』と読んだことがあってな」
「よく知ってましたね」
「で、ジャガイモをダイコンで叩けばデンプンが分解されるのか?」
なぜそういう脳筋発想になるのか、不思議でなりません。
「ダイコンは、酵素を取り出すためにすりおろして、布で絞ったしぼり汁だけを使います」
「すりおろす作業は、ジャガイモデンプンで慣れたもんだぜ!」
なにしろ前回は、怒り狂う領民をなだめるために、三日三晩不眠不休でジャガイモを擦り続けましたからね。
「デンプンは、そのままだと分解しにくいので、水を加えて加熱して、デンプンがほどけた状態、すなわち糊化したデンプン糊の状態にします」
「むかし工作で使ったデンプン糊ってこうやって作ってたのか。これはこれで使い道がありそうだな」
デンプン糊は、工芸品なんかの接着剤として利用できますが、今は関係ない話です。
「このデンプン糊に、さっきのダイコンのしぼり汁を加えて、半日ほど反応させます。65℃前後に維持すると反応が早いですよ」
「これでデンプンが分解されて、甘いブドウ糖になっていくわけだな」
「魔法でちょっと時間を飛ばして……、反応が終わったものがこちらです」
「三分クッキングかよ!」
「時間がもったいないので」
時間外労働(残業)はしたくないのです。
「まあいい。しかし、ずいぶんサラサラの液体になるんだな」
「粘り気の元となっていたデンプンが、分解されている証拠ですね」
「なるほど」
「この反応が終わった液体を濾して、煮詰めれば……こちらが完成品の大根水飴です」
「茶色い水アメみたいだな。砂糖ほどの強烈な甘さはない……。だが甘い! 甘いぞ!!」
水アメみたいというか、水アメそのものですね。麦芽の酵素を使用した水アメ、いわゆる『麦芽水飴』とは微妙に違いますが、原理は一緒です。
「無事完成いたしましたね。ではそろそろ時間ですから、私はこれで失礼いたします」
「え? あ、オイ! またここで放置かよ! だけどありがとな! これで領民どもの胃袋をがっちりつかんで、あの娘の心もつかんでやるぞ!!」
今回も何とかなりました。あとはクレ転さんのがんばり次第ですが……、いつものように、クレームで鍛えた舌先三寸で、領民をうまく丸め込みましたよ。吊るし上げ回避成功ですね。
おやクレ転さん、どさくさに紛れて、美人のお嬢さんに告白しています。
「きっ君のために、こっこの甘味を作った! どっどうか僕の……こっ恋人になってくれないか?」
お~、噛みまくりで下手くそな役者のようなセリフですね。
そういえば、重要な伝達事項を一つ忘れていました。念話で伝えておきましょう。
『ゴノー様、残念なお知らせを伝え忘れていました』
『いま忙しいんだ、後にしてくれ』
『えっとですね、今ゴノー様が告白中の女性、すでに婚約者がいらっしゃいます』
『……ゑ?』
あ、「ごめんなさい」されちゃいましたか。領主の息子からの告白なら、ワンチャンあるかと思ったのですが、やっぱり五男じゃダメですよね。
クレ転さん、男らしい潔い引き際ですが、動揺が隠せずに右手と右足が同時に出てますよ?
『婚約者いるって知ってたなら、さっさと教えろよ!』
クレ転さんの理不尽なクレームは、聞き流すことにしましょう。
さて、おやつ代わりに、くすねてきた水アメでも舐めますかね。ちょっとダイコンの風味がしますが、優しい甘さの中に少し苦みがあって、私は好きですよ。
後に、このダイコン水あめは、盛大に失敗した三文芝居のような告白ストーリーと共に広まり、『男爵の大根役者アメ』と呼ばれるようになったとかなんとか……。