第15話 コンゼン1:アイテムボックスに物が入りません
なろう三大基礎チートと言えば、アイテムボックス!
「はい、こちらナーロッバ転生者コールセンター、担当のカノンです」
「初めまして、コンゼンと申します。実は、アイテムボックスに物が入らないのですが、なぜでしょうか?」
「まずは落ち着いて……ますね。詳しい状況を説明していただけますか?」
この方はアホどもと違って冷静ですね。
外見は初老の紳士。落ち着いた物腰、柔らかい笑顔、……宗教関係の方でしょうか?
「はい。私が前世でしがないビジネスマンだったのはご存じかと思います。創造神様には、来世でも商人をしたいと、お願いをしたんです」
ほうほう、ステータスによれば、今世のお名前はコンゼンさん。
前世では商社にお勤めのビジネスマンだったようです。
この方は商人さんと呼びましょう。
「商人とは珍しいですね。普通は勇者とか魔法使いとかを願うのですが」
「そういったファンタジー的な職業へのあこがれは、中学で卒業しましたよ」
商人さんが苦笑しています。ドコゾのSランクとか、クレ転とかに聞かせてやりたいセリフです。
「それで、今世でも商人になったんですか」
「いやそれが、創造神様が聞き間違ったらしく、商人ではなく、聖人になってしまいまして」
「……は?」
またやらかしたのか! あの中二病患者のボケ老神が!
「いえ、まあその件につきましては構わなかったのです。商人とは心のありようと生き様であって、ステータス上の職業とは別の問題ですからね」
商人さんが悟りきった表情で微笑んでいます。なんと良い人なのでしょう。
この方は、僧職系商人改め、聖人さんと呼ぶことにしましょう。
「それで、問題はアイテムボックススキルですか?」
「はい。スキルに関しては希望通り、物を運ぶのが楽になるようにアイテムボックススキルを頂きました」
「異世界転生の三大チートスキルの一つですね」
「そうしたら、創造神様が気を利かせて下さって、生鮮食品なども運搬できるようにと、中の亜空間の時間を停止して下さったのです」
「時間停止したアイテムボックス、よく聞くチート能力ですね」
「ですが、実際に物を入れようとしたら、入らなかったんですよ。なぜなんでしょうか?」
「え? ……少々お待ちください。確認いたします」
ボケ老神が書いた仕様書をチェックしましょう。
……そういうことか。あのボケ老神め!
「原因がわかりました」
「私の使い方が何か間違っていたのでしょうか? マニュアルを頂ければ自己解決できたのですが」
「いえ、コンゼン様は何も悪くありません」
悪いのはボケ老神の頭です。
「というと?」
「そのアイテムボックスは、任意の手の届く範囲に、亜空間につながるゲートを開いて、そこに物を入れるタイプですよね?」
「そうですね。こんな感じになります」
聖人さんが目の前に直径1mほどの円盤状のゲートを開きます。
何も支えのない空間に、真っ黒で厚みもない円盤が浮いているのは、何とも奇妙な光景です。
「その円盤状のゲートに物を入れると、設定した別次元の亜空間に物体が転送されます。ゲートは使用者の手の先から2mの範囲で任意に動かせて、大きさは最大直径3mまでです。重くて動かせないものもゲートの方を動かして入れることはできますが、ゲートの大きさを超えるものは入れられません」
「そこまでの説明は創造神様にお聞きしました」
あのボケ老神も一応は仕事をしていたんですね、驚きです。
「ここまでは良いとして、問題はそのゲートに物を入れようとしても、入らないことですよね」
「そうです。こんな感じで、入れようとすると動かなくなるんです」
聖人様が地面に落ちていた枝をゲートに入れようとしますが、先端がゲートに触れた途端、それ以上動かなくなってしまいました。
「では仮に、棒を半分入れた状態を想像してみてください。半分は通常空間、半分は時間が停止した亜空間に存在することになります」
「……もしかして、時間が停止しているということは、移動も停止しているとか?」
どこかのSランク転生者と違って、聖人様は察しが良いですね。
「その通りです。移動とは、空間内における位置の時間変化です。時間が停止すれば、異動も出来なくなります。そして、棒の半分が移動不可能になれば、それにつながっている残りの部分も動かなくなります。結局、物を入れようとして、表面の1原子がゲートを通過した途端、その原子が動けなくなり、残りの部分はそれ以上入れられなくなるのです」
「なるほど、それで何も物が入らなかったんですね」
そういえばゲートの見た目が真っ黒でしたが、これは光ですら停止させられ、入ることも出ることも出来なくなるから、ブラックホールのように漆黒になっていたんですね。
「本当に申し訳ございません。うちの無能な創造神(上司)が、ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、もともとスキルなんて無くても、商人として頑張るつもりでしたからかまいませんよ」
本当にこの人は聖人なんじゃないでしょうか?
「……お待ちください。そのアイテムボックススキルを変更することはできませんが、追加で別の亜空間を差し上げることはできます」
「つまり、亜空間に転送するゲートの能力はそのままで、転送する先の亜空間を別に選べると?」
「はい」
「それはありがたい!」
さっそく亜空間を創りましょう。
むむむむ……、天地創造実習は苦手だったんですよね……、容量を確保して、空間軸を設定して、生成した亜空間を聖人様のスキルに紐づけして……。
「できました! 最初の亜空間を倉庫1、この亜空間を倉庫2と仮に命名しましたので、開くときに指定してください」
「わかりました。早速やってみましょう」
「とりあえず倉庫2として、何もない空間を創ってありま……す?」
何もない空間!? あっ、待っ……!
「アイテムボックス、倉庫2オープン」
聖人さまを止めようとしますが間に合わず、ゲートが開いてしまいます。
ゲートに周囲の空気がものすごい勢いで吸われ始めました。
「ゲートクローズ!」
凄まじい吸引力に、聖人様がゲートに吸い込まれる直前に、かろうじてゲートを強制閉鎖することができました。
しかし、勢い余った聖人様が地面に突っ込んで泥だらけになってしまいます。
私としたことが、何たる失態!
「重ね重ね申し訳ございません!」
「いえいえ、良いんですよ。誰にでも失敗はあります。それで、一体何が起きたんでしょうか?」
泥だらけになったというのに、にこやかな微笑み。なんと良い人なんでしょう。
この人がボケ老神の代わりに上司になってくれませんかね……。
「すみませんでした。亜空間を創る際に、ついうっかり『何もない空間』を創ってしまいました」
「……つまり、宇宙空間みたいに真空のところと、ゲートでつながってしまったと?」
「その通りです。そのため、周囲の空気が吸引されてさっきのような事態に」
「はっはっは。危うく宇宙に放り出されて、また死ぬところでしたか」
いや、笑い話じゃすまない失態です。
「ちなみに、空間の大きさを直径1光年ほどにしてしまったため、ゲートを開けっ放しにしていたら、地上の空気が全部なくなるまで吸引し続けていたでしょうね」
「ふむ、『吸引力の変わらないただ一つの亜空間』ですか……世界を滅ぼせますね。その前に、私も窒息して死んでしまいますが」
「本当にすみませんでした。すぐ作り直します。今度は一気圧25℃の空気で満たされた亜空間にしますので」
「待ってください。常に一気圧だと、こちら側が天気の変化で低気圧や高気圧になったときに影響がでますよ」
「そう言われればそうですね……。どうしましょう?」
「それでは、空間を小さく、そうですね、ちょっと大きめの倉庫ぐらいにしてください。個人で商売するならそれで十分です」
「なるほど、空間が狭ければ、気圧に差があってもすぐ平衡になりますからね」
「せっかくですから空調はつけられますか? 密閉された倉庫だと湿気がこもってカビが生えそうです」
「承知しました」
「それから、内部が真っ暗だと入れた物が確認しづらいでしょうから、照明をつけられますか?」
「では、天井や壁が光るように設定しておきますね」
「中に液体を入れた場合はどうなりますか?」
「容器に入ってなければこぼれ……、いえ、重力の設定をしてなかったので、フワフワ浮いてます」
「それも楽しそうですが、中で荷物がぐちゃぐちゃになりそうなので、重力も設定してください」
「承知いたしました。それでは、重い荷物を扱いやすいように、地球の5分の1ぐらいの重力をかけておきますね」
「あ、ちなみに、亜空間の方に開くゲートの位置は、固定ですか?」
「任意の位置を指定できます。いつも同じ場所に開いたら、入れた物がそこに溜まってしまいますから」
「なるほど。となると、あまり適当に物を入れると、行方不明になってしまいそうですね」
「そうですね。中に入れた物を整理する機能はありませんから、入れた場所を忘れてしまうと、取り出せなくなります」
「たまに棚卸して倉庫整理しないといけないのは、普通の倉庫と一緒ですか。ついでに掃除する機能なんてつけられますか?」
「はい。それでは亜空間倉庫内の任意の範囲にある物質を削除する機能をつけておきます」
「これでゴミ箱いらずですね」
「その他にご要望はありますか?」
「……大丈夫だと思います」
「では、亜空間を創りますので少々お待ちください」
今度こそ失敗しないように慎重に創りましょう。
「できました。この亜空間は仮に、倉庫3と命名しました」
「それでは試してみましょう……アイテムボックス倉庫3オープン」
聖人様が10センチほどの小さなゲートを開きました。
流石にちょっと慎重になっていますね。
「……とりあえず吸われることはないようです」
一瞬空気が吸われましたが、すぐに止まりました。
空間を狭くしたのは効果があったようです。
ゲートが光り輝いていますが、これは亜空間の照明の光でしょう。
「……はい。とりあえず大丈夫そうですね。なにか物を入れてみます」
そういうと聖人様は足元に落ちてた枝を恐る恐るゲートに突っ込みました。
何の抵抗もなく枝がゲートを通過しましす。
「おお! 枝の先っぽが消えた!」
ゲートの下から枝が出てこないことを何度も確認して驚いています。
「取り出しても異常はないですか?」
「……大丈夫ですね。手を入れても、大丈夫そうです」
枝を出し入れしたり、手を出し入れしたり、徐々に大胆になってきました。
「枝を放り込んだ後に、ゲートを閉じて、再び取り出せますか?」
「……できますね!」
「正常に作動したようで、ほっとしました」
ちょっと失敗しましたが、ボケ老神の尻ぬぐいはなんとかできたようです。
「そういえばゲートの裏側ってどうなってるんですか? 手を入れたら断面が見えたりして……」
「ややこしいんですが、亜空間側のゲートの裏側につながってます」
「……つまり、こちら側のゲートの表側から右手を、裏側から左手を入れた場合、亜空間ゲートの表側から右手が、裏側から左手が出て、空中に両方の手首から先が浮かんだような状態になると?」
そういいながら、ゲートの両側から両手を差し入れています。聖人様には見えてませんが、亜空間の中で、手で作った蝶々が空中に浮かんでいて、ちょっと不気味です。
「そうなりますね。裏から見たら、断面が見えるということにはなりません」
「まあ、いろいろと疑問は尽きませんが、あとは自分で実験してみますね」
「はい。この度は上司の創造神ともども、本当にご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、かえって申し訳ありません。いろいろサービスまでしてもらって、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
「いえいえ……」
キリがありません。
恐るべしジャパニーズビジネスマン。
「それでは、これで失礼いたします!」
適当なところで念話の接続を切りました。
今回は、反省することが多かったですが、いろいろフォローしましたし、これで聖人様も楽しい異世界商人ライフを送れることでしょう。
今日もいい仕事をしました、ビールが旨い!
冷静にいろいろ設定を考えると、あれこれ矛盾が出てきて困ります。




