第14話 ゴノー7:天然酵母でふっくらパンが作れん!
なろう三大グルメチート、天然酵母でふわふわパン!
「はい、こちらナーロッバ転生者コールセンター、担当のカノンです」
「オイ、どうなってる! 天然酵母を使ったのに、パンがふっくらしない! なぜだ!?」
画像を見ずとも、話し方を聞いただけでクレ転さんだと分かります。
「ハイハイ、状況説明をどうぞ」
「なんか最近、扱いがぞんざいじゃないか?」
「私は鏡みたいなものでして、ぞんざいに扱われると、ぞんざいに扱うようになるんですよ」
「……むう、反論できん」
「で、どうしたんですか?」
「それがだな、領地の黒パンがカッチカチで、先日不用意にかみついたら、歯が折れた。乳歯だったからまだいいものの、このままでは僕の歯がピンチだ」
「保存性を高めた黒パンは、古くなると釘が打てるという都市伝説があるぐらい硬いですからね」
「そこで、干しブドウで天然酵母を作って、ふわっふわの白パンを作ることにしたんだ!」
「……ん?」
「何回か失敗したが、ついにシュワシュワ発酵して、天然酵母が完成した」
「それで、黒パンの原料に混ぜて、フワフワパンを作ろうとしたら、柔らか白パンになるどころか、ろくに膨らみもしなかったと?」
「なぜそれが分かった!?」
あ~、いや、どこから説明しましょうか。
「そもそもなんで、フワフワのパンを作るのに、酵母を作るって発想になったんですか?」
「いや、なろう知識チートと言えば、天然酵母でフワフワパンだろ?」
「……なろう小説の読みすぎですか。そもそも、天然酵母なんて古代エジプト時代からあるぐらい普通のものです。酵母を使わない無発酵のパンというと、トルティーヤやクレープみたいに、水で溶いた小麦粉を薄く広げて焼いた平焼きパンになりますので、ゴノー様がイメージするパンとは別物でしょうね」
無発酵のパンは硬いので、平たく薄く焼いて、熱くて柔らかいうちに食べるのが普通です。ちなみに同じ平焼きでも、インドのナンは、発酵パンだったりします。
「じゃあ、うちの領地のパンも、酵母を使ってるってこと? そうならなんでパンが硬いの? やっぱり酵母を使ってないから堅いんじゃないの?」
「まず大前提として、この領地で食べている黒パンは、ライ麦パンです」
「そういえばパン職人が、この北の地では寒くて小麦があまりとれんから、ライ麦を使ってるとか言ってたな」
「そしてライ麦パンは、酵母を使って発酵させています」
「……え? 発酵させてるの? なんで発酵してるのに硬いの? 発酵させたらフワフワパンになるんじゃないの?」
「そもそも発酵させると小麦パンが膨らむのは、酵母が糖を分解する際に出す二酸化炭素を、小麦グルテンの網で捕まえて、細かい泡にするからなんです。でもライ麦パンは、グルテンが極めて少ないため、干しブドウから作った天然酵母のようなイースト菌では、膨張剤として役に立たないんですよ。サワードウという乳酸菌が入った酵母を使うことで、酸でデンプンを部分的にゲル化させ、酵母から発生する二酸化炭素を泡として取り込み、少しだけ膨らむことができるのです。それでも、膨らみが少ないので、小麦パンよりも密度が高く、重くずっしりとした硬いパンになるんですよ」
「なるほどわからん」
「さらに言えば、この領地のライ麦パンは保存性をよくするため、やや硬めに焼き締めて水分を少なくしているので、そもそもが硬くなっています。その上、酸味で腐りにくく長期保存が可能なため、一ヶ月ぐらい保存されたものもあります。そのように時間が経つと表面の水分が飛んで、糊化したデンプンの老化が起こり、更に硬くなります。それこそ、あらかじめ薄く切り分けておかないと、ナイフも通らない程ですね」
「あーそーゆーことね、完全に理解した」
「……まあ、パンが硬い原因は、粉の種類のせいなので、酵母を変えてもそんなに変わらないってことです」
「つまり、原料をライ麦粉から小麦粉に変えればフワフワパンになるの?」
「ざっくり言えば、そうですね。南の王都では、むしろ小麦粉100%のフワフワパンの方が普通らしいですよ」
「……じゃあ、小麦がろくに取れないうちの領地の硬いライ麦パンは、どうしようもないってこと!?」
「結論から言えば、小麦が無いなら、日本で食べていたようなフワフワパンは無理ですね」
「いや、ライ麦パンでも、フワフワなのあったし!」
「それは、小麦粉を半分ぐらい混ぜていたり、小麦のグルテンだけを取り出して混ぜていたりして、なんにせよ小麦がかかわってきています」
「……フワフワパンは無理なのか」
この世の終わりのような顔をしています。すぐに絶望しますね、この人は。
「王都から小麦を輸入すれば、簡単にフワフワパンになりますよ? ついでにつかってる酵母も一緒に持ってくれば更に簡単です」
「それじゃ、知識チートにならないじゃないか!」
「……随分とぶっちゃけましたね」
目的のために手段をえらばなかったはずが、いつの間にか手段のためには目的をえらばなくなっていたというやつですかね?
「現状手持ちの資源は、これまで作ってきた、片栗粉、マーガリン、水あめ、牛乳に卵少々、豆乳ヨーグルトにゼラチン、豆腐もどきってところか。これだけあれば、小麦粉が無くても何とかライ麦パンをフワフワパンにできんか?」
また無茶ぶりしてきました。とはいえ、これもお仕事です。何とかしましょう。
「そうですね……、要は生地に空気の泡を含ませた状態で焼き上げれば、フワフワになります。そのための方法は大きく分けて二つあります」
「ほう、二つとは?」
「一つは、空気を出す物質を混ぜて、それを何かで保持する方法ですね。例えば、小麦パンは、酵母に二酸化炭素を出させて、グルテンで保持してフワフワにしています」
「その方法は小麦粉が無くて、グルテンが無いからダメなわけだ」
「ほかにも、膨らし粉、すなわち過熱や酸で二酸化炭素をだす炭酸水素ナトリウム(重曹)を混ぜるやり方ですね。ホットケーキなどがその方法です」
「重曹なんて手に入るの?」
「トロナ鉱石とか、電気とかがあれば、合成は可能ですが……」
「そんなものは無いからダメだな」
「後は、水分が水蒸気になって膨らむのも効果の一つですね」
「ライ麦パンに水分含まれてないの?」
「含まれてて、あの状況です。水の量を増やせば多少は効果があるかもしれませんが」
「空気を出すものを混ぜる方向性はダメだな」
「そこでもう一つの方法です」
「酵母や膨らし粉を混ぜる以外にあるのか?」
「簡単に言えば、『パンが無ければケーキを食べれば良いじゃない』作戦です」
「なにそのギロチンで首を切られそうな作戦名」
「ゴノー様は、スポンジケーキをお食べになったことはありますか?」
「前世で食べて以来だが、あれはいいものだ」
「あのフワフワのケーキは、なぜ膨らんでいると思いますか?」
「膨らし粉でも混ぜてるんじゃないのか?」
「その方法もありますが、メレンゲを使うやり方もあります」
「メレンゲ……、ドイツのアウシュビッツで人体事件を繰り返していたというあいつか!」
「それは、ヨーゼフ・メンゲレです。メレンゲ、つまり卵白を泡立てて、クリーム状になるまで細かい空気を含ませたものです」
「空気を混ぜる?」
「そうです。機械的に空気を含ませて保持したメレンゲを粉と混ぜる、スポンジケーキのやり方がもう一つの方法です。これなら今ある手持ちの資源でできると思いますよ」
「混ぜるのは得意だ! 早速やってみよう!」
「卵は卵黄を混ぜてもいいのですが、最初なので泡立てやすいように卵白だけで行きましょう」
「卵黄と分けるのがちょっと難しいな」
「器具は、よく洗っておいてください。油が付くと、空気を抱え込んだ卵白のタンパク質を邪魔してしまい、泡立ちにくくなりますから」
「カシャカシャカシャっと。だいぶ白くなってきたが、こんなものか?」
「まだまだです。持ち上げても形が変わらなくなるぐらいまで混ぜてください」
「よし分かった! うおおおおお、ま~ざ~」
「で、こちらが混ぜ終わった卵白のメレンゲになります」
「だから、人にやらせといて、三分クッキングするのはやめろと!」
無視してサクサク進めましょう。残業は嫌ですからね。
「このまま焼いても良いのですが、ここに、さっき分けておいた卵黄、ライ麦の粉やジャガイモから作った片栗粉などを、泡がつぶれないようにさっくりと混ぜて、すぐにオーブンで焼けば……完成です」
「三分クッキング最高!」
手のひらの返しが早いですね、泡立てで鍛えられたのでしょうか?
「これは、パンというよりは、シフォンケーキやパウンドケーキに近いと思います。だた、フワフワで、ライ麦の粉を使ったパン風の食べ物というご要望は満たせているかと思います」
「ふむ、外見はフワフワそうだが、あんまり白くないな」
「黒パンか白パンかは、粉の精製度の問題ですから。胚乳だけではなく、表皮や胚芽などのフスマを含めた全粒粉を使うと黒っぽくなり、フスマをフルイで取り除いて、胚乳だけの粉にすれば白くなります。ご飯でいえば、玄米と白米の違いみたいなものです。白いパンにしたければ、粉の精製方法を工夫してください」
「色は、粉に含まれる不純物の問題だったのか……。まあいい、今問題なのは、フワフワかどうかだ!」
「では、どうぞ召し上がってご確認ください」
「モグモグモグ……、なるほど、甘くないケーキっぽい感じだな。予想とは違うが……、柔らかい! 柔らかいぞ! これはこれで良いものだ!」
「水あめを掛けたり、マーガリンを添えたりして食べてもいいかもしれませんね。粉の比率を変えたりとか、片栗粉をまぜたりとか、混ぜ方を変えれば、いろいろな食感になると思いますよ」
「その辺も研究の余地ありか。分かった、やってみよう」
「それでは、そろそろお時間となりますので、私はこのあたりで失礼いたします」
「ありがとな! これで彼女のハートをゲットだぜ! 今度は婚約者がいないことは確認済みだ!」
おや、また女がらみでしたか。
……そういえば、言い忘れてたことがありましたが、まあいいでしょう。
翌日
「はい、こちらナーロッバ……」
「おい、どういうことだ! メレンゲを使ったケーキが、王都では既に一般的だとか聞いてないぞ!?」
「聞かれませんでしたので」
「彼女に見せたら、『ケーキなのに小麦も使えない貧乏ったらしいものなんて要りません』とか言われてふられたぞ!」
ライ麦粉は、ビタミンやミネラルが豊富で、麦の味がするんで私は好きなんですが……。
「ふられたのは、外見がブタだったからじゃないですか?」
「くっそ~、否定できない! 筋トレして痩せて、再チャレンジしてやる!」
「まあ、頑張ってください」
せっかくクレ転さんが彼女のために苦労して作ったのに、食べもせずに突き返すような情のない女性だったなら、ふられて正解だったと思いますよ?
あんな王都かぶれの女より、ずっと手伝ってくれていた料理長の娘さんのほうが、良いんじゃないですかね?
まあ、彼女がクレ転さんのことを好きだってことは、聞かれてないので教えませんが。
硬いパンをスープでふやかして食べるという描写をよく見ますが、スープでふやかして食べるアメリカ式の食べ方は、ロシアでは下品な食べ方だと言われるそうです。
文化やマナーというのは、場所と時代と世界が変われば変わるものですね。




