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第10話 ゴノー5:マヨネーズが固まらない

なろう三大チート調味料と言えば、マヨネーズ!

異論は認めない。

「はい、こちらナーロッバ転生者コールセンター、担当のカノンです」

「オイ、どうなってやがる! 油と卵と酢を混ぜたのに、マヨネーズができない! なぜだ!?」

 このキレた念話の声は、クレーマー転生者のゴノーさんですね。

 以前は甘味の食べ過ぎで、デブガキになっていましたが、最近は農作業で動いた後に大豆タンパクを摂取することで、少しは筋肉が付いてきたようです。それ以上に贅肉が付いているので、子豚のようですが。

 とはいえ、まだまだ成長期のお子様ですから、今後に期待しましょう。

「どうなさったのですか?」

「実は、ジャガイモ、水飴、豆腐といろいろ作ってきたから、そろそろ、なろうチート調味料の定番、マヨネーズを作ろうと思ってな」

「で、油と卵と酢を混ぜたのに、固まらないと?」

「なぜわかった!? 固まらんのは、魔王の陰謀か!?」

 そんなわけないじゃないですか。まあ、原因は大体予測できますが、一応確認しましょう。

 ……ああ、やっぱり。


「原因がわかりました」

「いつもにも増して早いな」

「よくやる失敗ですから」

「うん?」

「油と卵と酢を全部一緒に混ぜようとしたのが原因ですよ」

「……マヨネーズって、油と卵と酢を混ぜれば出来るんじゃないのか!?」

「これだから、高校化学をサボったブタは困るんですよね」

「おい、また本音が漏れてるぞ! サボったのはその通りだが」

 おおっと。

「マヨネーズとは、水と油が乳化、すなわちエマルションしたものなんです」

「えまるしょん?」

「水と油が混ざらないのはご存じですよね?」

「そのぐらい知ってる。ことわざにも『水と油』ってあるぐらいだからな」

「しかしそこに、水にも油にも混ざる乳化剤、別名界面活性剤というものを加えると、混ぜることができるんです」

「それ知ってる! 洗剤とかの成分だろ?」

「そうですね。油に混ざる部分で油汚れを包み込んでミセルという粒を作り、水に混ざる部分でそのミセルを水に溶かすことで、油汚れを水に溶かしてキレイにするんです」

「洗剤のCMで見たことあるな」

「そして、マヨネーズで界面活性剤の役割をするのが、卵黄に含まれるレシチンという成分なんです」

「ほうほう」

「つまり、酢という水に、卵黄の成分で包まれた油の粒が溶けている状態が、マヨネーズなんです」

「ふむふむ。で、なんで一気に混ぜちゃいけないんだ?」

「問題は、マヨネーズに含まれる水と油の量なんです」

「たしかレシピだと、卵黄1つに対して酢が15ml、油が200mlぐらいだっけ? 昔レシピを見て、油の量の多さにビビったもんで、覚えてたんだ」

「大体そのぐらいですね。そのように、油の量が水に対して圧倒的に多いのが問題なのです」

「あーそーゆーことね、完全に理解した」

 こいつ全然分かってないな。

「最初に全部を混ぜてしまうと、溶かすべき油が多すぎて、水の中に溶かしきれずに分離してしまいます。ですから、最初に酢と卵黄をよく混ぜておき、その中に油を少しずつ混ぜていかないとダメなんですよ。とりあえずこの失敗作は捨てて、やり直してみましょう」


「……できない」

「何でですか?」

「卵がもう無いんだ」

「あ~、確かにこの領地に養鶏場なんてないですからね、卵は貴重品ですか」

「そうだ。お小遣いをはたいて買えたのは一つだけ。そしてそれは使ってしまった」

「それでは仕方ないですね、またお小遣いを貯めて買ってきてください」

「……だめだ! 僕は、今、マヨネーズが食べたいんだよ! 何とかしろ!」

 クレ転さんの真骨頂、理不尽なクレームです。

「え~と……、卵黄の役目は乳化剤ですから、他の乳化剤を使えば、可能ですよ」

「そんなもの、どこにあるんだ? まさか石鹸でも混ぜろというのか?」

「いえいえ、効果が弱くていいなら、もっと身近で食べられるものがあります」

「界面活性剤、乳化剤、乳化……!? 乳化ってことは、もしかして牛乳自体がそもそも『乳化』したものなのか? だとしたら、牛乳自体に乳化させる成分が!」

 おお、食べ物のこととなると鋭いですね、この子ブタは。

「そうですね、牛乳に含まれるカゼインも乳化剤の一つです」

「なら、牛乳を混ぜれば……って、牛乳ないじゃん!」

 ノリ突込みですか。

「この男爵領では、牛乳も貴重品ですからね」

「期待させといて落とすのはやめろ!」

「いえいえ、牛乳よりもっと身近に、最近作った牛乳みたいなものがありますよね?」

「……まさか、豆乳!?」

「正解です。豆乳には、卵黄と同じレシチンが含まれているんですよ」

「豆乳が使えるなんて信じられん!」

「卵黄と違って、サルモネラ菌の心配もありませんよ。まあ、乳化する力は卵黄より弱いですから、濃縮して攪拌も強くしてやる必要がありますが」

「濃縮……、そういえば最近、水切り豆乳ヨーグルトなんて作ったな」

「良いですね、それ。使っちゃいましょう」

「なるほど、呉豆腐という簡単な方法をあえて教えず、水切り豆乳ヨーグルトなんて面倒くさいものを作らせたのは、この日のための布石だったんだな!」

「はい、もちろんその通りです!!(いえ、単に忘れてただけです)」

「オイ、思考が漏れてるぞ!」


「まあまあ、とりあえず作ってみましょうよ。水分は、水切り豆乳ヨーグルトに含まれる水分で十分でしょう。それに、油を少しずつ加えながら、激しく攪拌します」

「よし分かった! ふふふ、この日のために、鍛冶屋に泡だて器を作ってもらったんだ!」

 そういうと、クレ転さんは、針金を曲げて束ねたホイッパーを取り出しました。

「あ~、うん、そうですね、とりあえずやってみましょうか」

「うおおおおおお! ま~ざ~れ~!!」

 一生懸命攪拌してますが、混ざりませんね。

「……混ざりましたか?」

「なんで混ざらないんだ! 魔王の陰謀か!」

「豆乳は、卵黄に比べると乳化能力が弱いですからね。その分強く攪拌しないと混ざらないんですよ。やっぱりその原始的な道具と子供の力じゃ無理でしたか」

「ダメだってわかっててやらせたのかよ!」

「いや、ゴノー様ならきっとやり遂げてくれるに違いないと信じてました!」

「……本音は?」

「子ブタに少しは運動させたほうが良いかと」

 おや、クレ転さんが、ガチギレしてますね。しょうがないので、手助けしましょう。

「それでは、その泡だて器をちょっと改造しましょう」

「おお! 電動か? 歯車を使った手回し式か? もしかして魔道具か!?」

「いえ、それはご自分で開発してください。今お渡しできるのはこの程度ですよ」

 クレ転さんの所に、ホイッパーの柄よりちょっと太い筒と、曲がった棒の両端に紐を結んだ小型の弓のようなものを転送します。

「ナニコレ?」

「その弓の紐を、泡だて器の根本に一周巻き付けてください。そして、泡だて器の持ち手を筒に差し込んで、その筒を持って下さい」

「……これ見たことある! 弓きり式火起こし器だ!」

「そうですね、それを参考にしました。素手で混ぜるよりは遥かにマシなはずです」

 弓を前後に動かすだけで、紐が巻き付いた泡だて器が高速回転する仕組みです。

「よし、今度こそ! うおおおおおお! ま~ざ~れ~!!」


「はい、時間がもったいないので、こちらに攪拌し終わったものがございます。これに塩と酢を少々加えて、味を調えれば……、完成です」

「おい、三分クッキングはやめろと言っただろ! 僕の苦労は何だったんだ!」

「ああん? 食べたくないんですか?」

「……ごめんなさい、マヨネーズ食べたいです」

 正直な良い子には、スティック野菜をプレゼントです。

「……旨い。……マヨネーズだ!」

 涙を流しながら貪ってますよ。まるで豚ですね。

「ブタめ」

「思考漏れてんぞ。だが、そんなことはどうでもいい。これで……、これで僕はマヨネーズ革命を起こすんだ! 世界の食を我が手に!!」

 なんという、なろう的発想なんでしょうか。

「あの~、盛り上がっているところ申し訳ないんですが」

「なんだ! 僕は世界征服の計画で忙しいんだ!」

「いえ、マヨネーズは、すでにこの世界にレシピが存在していますよ?」

「……ゑ?」

「単に、卵と油が貴重品だし作るのも大変なんで、庶民に広まっていないだけです。王都の貴族社会では普通に使われていますよ」

 もっとも、王都のレシピは卵白を含めた全卵を使ったもので、日本式の卵黄だけのマヨネーズとは風味がちょっと違います。豆乳マヨネーズとは五十歩百歩ですかね。

「そんなぁ」

「なぜか異世界転生した人たちが作りたがるので、すぐ広まったんですよ」

「みんな考えることは一緒かよ……」

 なんか項垂れちゃいました。


「そういえば、油はどうやって手に入れたんです? 油も結構な貴重品だと思いますが」

「ああん? 大豆だよ大豆。炒って潰して絞ったら油が出た」

 なるほど、大豆油でしたか。日本では植物油というと菜種油が多いですが、世界的には大豆油のほうが多いくらいですしね。

「ふむ、その豊富な油、生かしてみませんか?」

「……そうか! 揚げ物! 唐揚げにとんかつに天ぷらで僕は革命を……」

「いや、それ全部あります。知識チートの定番ですからね」

「ダメじゃん! なんで僕の活躍の余地を残しておいてくれなかったんだよ!」

 地団太踏みながら号泣しています。私にそれを言われましても。


「そうではなくて、バターの代用品、作ってみません?」

「バター?」

「そうです。バターは、牛乳の油脂成分の中に、水の粒が溶けている状態なんです。どこかで聞いたような状態だと思いません?」

「ん? マヨネーズは、水の中に油の粒が溶けているんだっけ?」

「まさに、そのマヨネーズと逆の状態が、バターなんです」

「……ということは、マヨネーズと逆に、油に水を少しずつ混ぜていけば!」

「バターのようなもの、すなわちマーガリンができます。まあちょっと冷やさないと固まりにくいですが」

「確かに、牛乳も貴重品だから、その加工品のバターはさらに貴重品だ! その代用品が安価な大豆から作れれば!」

「バターとマーガリンは風味がだいぶ違いますが、庶民用の代用品としては十分ですし、マーガリンにはマーガリンの良さもありますしね」


「でも、マーガリンって、トランスなんとかってのが毒だとかなんとか聞いたことがあるぞ」

 相変わらずフワッとした知識です。

「トランス脂肪酸のことですね。ご安心ください。トランス脂肪酸は、この製法のマーガリンでは関係ありません」

「どういうことだ?」

「現代日本のマーガリンは、常温で固まらない不飽和脂肪酸に、水素添加することで飽和脂肪酸にして融点を下げ、固めた物なんです。その水素添加の際に生成されてしまうのが、トランス脂肪酸です」

「なるほどわからん」

「それに対して、油に水を混ぜる製法は、ナポレオン一世の甥、ナポレオン三世の時代に開発されたもので、水素添加をしていません」

「つまり?」

「水素添加をしてませんから、当然トランス脂肪酸も生成されないわけです」

「あーそーゆーことね、完全に理解した」

 ……全く分かっていませんね。日本の理科教育も地に落ちた物です。


「まあいい。僕はマーガリンで世界をとる!」

 クレ転さんの与太話は放置して、サクッとつくりましょう。

「作り方は簡単です。油の中に、水切り豆乳ヨーグルトを少しずつ混ぜるだけです。思いっきり攪拌しながら」

「……またあの地獄の攪拌作業が?」

「はい。頑張ってください」

「うおおおおおお! ま~ざ~れ~!!」

 なんかクレ転さんが、適当に混ぜるふりをしながら、チラチラこっちを見てますね。

「さて、それでは、そろそろお時間となりましたので、これで失礼いたします」

「あ、おい、三分クッキングしてもいいんだぞ?」

「ブタは運動しろ」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 意味不明なフレームはスルーしておきましょう。


 さてその後、豆乳マーガリンは、庶民向けのバターの代用品として、流通し始めました。

 ちなみに商品名は「豚男爵オーク背油ラード」……、食欲が失せそうな名前ですが、なぜか人気があります。

「おいカノン、命名に干渉しやがっただろ!?」

 クレ転子豚さんの根拠のないクレームは、聞き流すことにしましょう。

 さて、失敬してきた豚男爵の背油をパンに塗って、おやつにでもしましょうかね。

 名前はアレですが、以外に美味しいんですよね、コレ。


 マヨネーズは、18世紀半ばに地中海にあるメノルカ島のマオンで作られた、卵と油とレモン果汁を使ったドロっとしたソース(マオンソース)が原型だと言われています。

 一方マーガリンは、19世紀末、ナポレオンの甥のナポレオン三世が、バターの代用品として発明させたらしいです。

 混ぜる比率と混ぜる順番を変えるだけなのに、マーガリン発明まで意外と時間がかかっていますね。発明とはそういうものなのでしょう。


次回、待望の温泉回!!

『全裸○○○○○、湯けむり殺人事件』


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