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第9話 ゴノー4:豆腐が食いたい

グルメチートの基本と言えば和食、和食と言えば、豆腐!

異論は認める。

「はい、こちらナーロッバ転生者コールセンター、担当のカノンです」

「オイ、豆腐を食いたいのにニガリが無い! どうしてくれる!?」

 この声は、クレーマーのクレ転さんこと、シュヴァイン男爵家五男のゴノーさんですね。どうやら今回は調理場から念話しているようです。

 しかし、いい加減にしてほしいものです。この人のクレームは、食べ物のことばかりで……そういえば、甘いものを食べすぎたせいか、体形がだいぶ丸くなりましたね。

「黙れこのデブ」

「アッハイ」

 おっと、本音と殺気が漏れてしまいました。

「ゴノー様、落ち着いてください。どうなさったのですか?」

「どうもこうもない! 久しぶりに豆腐を食いたくて、大豆を見つけて栽培した。ふやかして潰して茹でて濾して、豆乳までは手に入った。あとはニガリを入れれば豆腐の完成だ!」

「さすがテンプレ知識は豊富ですね」

「それなのに、海に接していないこの男爵領では、ニガリが手に入らない! どうにかしろ!」

 そんなことを私に言われても困ります。海のない領地に転生させたボケ老神に苦情を言ってください……、とは言えないのが宮仕えのつらいところです。

 周囲を見ると、かまどの上の鍋に、白い液体がなみなみと入っています。

 なるほど、この豆乳にニガリを入れれば豆腐完成というところで、ニガリが無いことに気が付いたんですね。相変わらず計画性のない人です。

「状況は承知いたしました。ご存じのとおり、ニガリは製塩の際に出る不純物です。隣の子爵領に製塩をしている村がありますから、そこからニガリを輸入すれば良いじゃないですか」

「……あそこには借りを作りたくない。そもそも塩関係は国の専売だから、子爵でも簡単には手を出せんだろう」

「ニガリのことで、苦り切った顔をしてますね」

「……つまらんオヤジギャグを言ってないで何とかしろ!」

 ふぅ、人の世のしがらみは面倒くさいですね。ここで、『豆腐は諦めて、湯葉でも食ってろ』と言えれば楽なのですが、天使の世界のしがらみも面倒くさいのです。

 お給料分のお仕事として、なんとか次善策をひねり出しましょう。

「そうなると……、豆腐はできませんが『豆乳を固めた物』でよければ可能です」

「ほう?」

「そもそも、豆腐がなぜニガリで固まるかご存じですか?」

「いいや。そもそもニガリが何なのかすらよく知らん」

「ニガリは製塩する際にでる不純物で、主成分は塩化マグネシウムです」

「なんでそれで豆乳が固まるんだ?」

「マグネシウムは、二価の陽イオンで、水中でマイナスに帯電している大豆のたんぱく質を架橋して凝集させることができます。ちなみに、食塩(塩化ナトリウム)のナトリウムイオンは一価の陽イオンなので、たんぱく質を架橋できず、凝集させることができません」

「……なるほどわからん!」

 高校の化学で習うと思うんですがね~。

「えっとですね、ニガリさんは、手が二本あって、それぞれが大豆さんを捕まえられるので、二つの大豆さんをくっ付けられるんです。それがたくさん集まって、一つの大きな塊になったのが豆腐なんです」

「……つまり?」

「大豆のタンパク質をあつめればいいんです」

「……どうやって?」

「タンパク質を凝集させる方法にはいろいろありますが、ニガリ以外で一番手っ取り早いのは、酸で変性させる酸凝固ですね」

「酸というと、レモン汁とか?」

「そうですね。ただ、レモンはミカン科の温帯の植物ですから、この北の辺境では手に入りません」

「ワインビネガーとかの酢なら?」

「大丈夫です」

「よし! じゃあやってみよう」

 クレ転さんが、さっそく温めた豆乳にワインビネガーをぶち込んでいます。

 この方は、話を聞いたり考えたりする前に、とりあえず行動するのが欠点なんですよね。

「む? ちょっとダマができたような気はするが、固まらんぞ?」

「反応に時間がかかりますので、少々お待ちください。あまり強くかき回すとせっかく固まりかけたものが分離してしまいますよ」

待ちきれずに、かき回そうとしていたので、止めておきます。

「……まっとれん!」

「そう言うと思って、こちらが1時間放置したものになります」

「また三分クッキングか!」

 実際には、一度私の手元に召喚して、こっそり時間を飛ばして、送還しているだけなんですけどね。

「まあまあ。まずは一口どうぞ」

 クレ転さんは一口食べると、じっくりと味わっています。

「……ふむ、確かに豆腐のように固まっているな。硬さはちょっと緩い。すこし酸っぱい。豆腐というほどではないが、まあ豆腐といえなくもない」

「その辺は、最初の豆乳の濃度とか、加える酸の量にもよりますので、研究してください」

「いきなりは上手くいかんか」

「あと、これを目の細かい布などを使って余分な水を切ると、カッテージチーズ風になりますよ」

「ほう?」

「こちらが半日水切りしたものになります」

 秘儀、三分クッキング!

「ふむこれは……旨いな。チーズというか、豆腐風味のクリームチーズだ」

「チーズは、牛乳のタンパク質を酸や酵素で凝集させて水切りしたものですから、作り方的には、これとかなり近いものになります」

「ほう、そうだったのか」

「ですから、ヨーグルトの乳酸菌が手に入るなら、豆乳を乳酸発酵させて、豆乳ヨーグルトを作れますよ。それを水切りすれば、更にクリームチーズに近いものができます」

「ふむ、乳牛の飼育も、そのうち検討してみるか」

 大豆の搾りかすが飼料に使えますから、可能かもしれませんね。



 さて、そろそろ時間ですか。

「若旦那、もう一口いかがですか?」

「いや酢豆腐は一口に限る……って、落語かよ!」

「それでは、おあとがよろしいようで、これで下がらせていただきます」

 クレ転さん、クレームは多いですが、ノリは良いんですよね。


 その後、いろいろ試行錯誤して、かなり豆腐に近いものを完成させたようです。

 クレ転さんは、話を聞いたり考えたりする前に、とりあえず行動してしまうのが欠点なんですが、逆に言えば、先入観にとらわれずに試行錯誤できるという美点でもあります。

 ……先入観と言えば、豆乳を固めるだけなら、寒天やゼリー、片栗粉で固めるという手もありました。豆腐はタンパク質を凝集させて作るものという先入観で、私も視野が狭くなっていたようです。

 寒天は海藻ですからニガリより手に入りにくいでしょうし、ゼリーは……、私はゼラチンを作る作業をしたくないです。でも、片栗粉を使った九州地方名物の呉豆腐ごどうふなら簡単にできますね。クレ転さんの調理場から、豆乳と片栗粉を失敬してきて、よく混ぜて、加熱して粘りが出たら冷却……。あっという間に呉豆腐が完成してしまいました。

 豆乳風味の葛餅みたいなもので、プリンや胡麻豆腐に近い触感です。ここに『男爵の大根役者アメ』をかければ、美味しいスイーツの完成です!

 今度、念話で相談された時に教えてあげることにしましょう。

「いや、さっさと教えろよ!」

 幻聴が聞こえますが、気のせいですよね?

豆乳に酢を加えて豆腐もどきを作るやり方は、海外在住の方がよくやる方法らしいです。

ちなみに、オチは「酢豆腐」という落語のサゲです。

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