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夏詩の旅人シリーズ 最終章  作者: Tanaka-KOZO
3/5

タイムリミット(夏詩の旅人シリーズ最終章3)

 鎌倉国立大学正門前


避難して来た民衆で、ごった返す正門前。

不二子と平松刑事は、校舎の外まで避難して来ていた。


正門前にはパトカーや消防車、救急車が多数待機していた。

テロの爆破に巻き込まれて怪我をした人たちが、どんどん救急車へと運ばれて行く。


マスコミの車もたくさん停まっていた。

各局のアナウンサーたちが、校門前から中継をしている。


「ご覧ください、この惨状をッ!、かつて日本で起きたテロ事件で、この様な凄惨な事件があったでしょうかッ!?」

「辺りの景色はとてもこの国で起きた事とは思えませんッ!、まるでッ…、遠い果の国で起こった内戦の様な状況ですッ!」


「まもなく犯人が要求した1時間になろうとしておりますッ!、しかし、政府からは未だ、何のコメントも出ておりませんッ!」


「講堂に立てこもっているテログループは、1時間おきに人質を1人ずつ殺すと声明を出しておりますッ!」

「政府はこのまま、講堂に囚われている人質たちを見殺しにするつもりなのでしょうかッ!?」


遠巻きに見える校舎のあちこちからは、今も煙が上がり続けている。

不二子はそれを不安そうに眺めていた。




「なぜだッ…、どうして突入できないッ!?」

不二子の後方で座り込んでいる平松刑事が、部下の三上刑事に言う。


「ダメなんです…。いつ爆破が起きるか分からない様な状況では、機動隊を突入させられないというのが、上層部の判断です」

悔しそうに三上が言う。


「俺たちが今こうしてる間にも、学生たちは戦ってるんだぞッ!」

はぁはぁ…と、折れたあばらをかばい、苦しそうに平松が言う。


「……。」

黙り込む三上刑事。


「くそッ!…」

負傷して横たわっている平松は、拳で地面を叩いた。






 鎌倉国立大学記念講堂内


「ジュンコッ!、ジュンコッ!…、ジュンコォオオオオ~~~ッッ!!」

顔を振り、大声で叫ぶハリー。


「それ別に、あたしの本名、櫻井ジュンコだし、何とも思わないんですけどぉ…」

隣にいるジュンがハリーに言う。


(まだやってる…)

遠巻きから2人を見ていた小田がそう思った。


ハリーはまだ、“噂の刑事トミーとマツ”の奇跡を諦めていなかったのだった。


講堂の壇上では、中沢が立膝をついて座り、腕時計をじっと眺めていた。


「あッ!…」

ジュンの隣で突然言うハリー。


「なによ…?」

ハリーに振り向き、怪訝そうに聞くジュン。


「脱出する良い方法がありました!」


人差し指を立てて、ジュンにそう言うハリー。

メガネの奥から、ハリーの目がキラッと光った。


「ちょっと、今度こそマトモな方法なんでしょうねぇ?」


「大丈夫です。私の人生において、この方法で失敗した事はありません…」


ハリーはそう言うと、正面の壇上に向き、体育座りのままスッと手を上げた。


「先生…」


「ん!?…、なんだ?」

手を上げているハリーを見て、中沢が言う。


「トイレに行かせてくださぁ~い!」


ハリーの横で座るジュンが、ズルッと崩れた。


「ダメだ…」と中沢。


「でも先生…、漏れてしまいますぅ…」

懇願するハリー。


「じゃあ、そこでしろッ」


「それじゃあ意味がありません。このままでは1時間経ってしまいますぅ…」

涙目のハリー。


「はんッ!?…、さてはお前、自分だけ助かろうとしてるな?」


「イヤイヤイヤッ…、そんな滅相もございませんッ!」

顔と手を左右に振って言うハリー。


「私はこの大学の警備員ですッ!、まずは人質の安全を優先するのが私の役目ですッ!」


「じゃあ、最初に殺される人質はお前にしよう…」


「わあああああッ!、ちょっと待って下さいッ!」

「私には、元気で寝たきりの年老いた母がおり、生まれてまもない娘の結婚式が明日に控えておりますですぅッ!」


支離滅裂な事を言い出すハリー。


「ほらッ!、ここに私なんかよりも、もっとピチピチした活きの良い若いコがおりますッ!」


「オイッ!」

身代わりに差し出されたジュンが、ハリーを睨んで言う。


「安心しろ…。もう1人目は決めている。お前じゃない…」と中沢。


「なぁ~んだ!、ああ~良かった!」


「お前なぁ…」

ジュンがわなわなと怒り震えて、笑顔のハリーに言う。






「なんか外が騒がしいな…?」

中沢が言う。


「まぁ良い…。さあ時間だ」


「おい!、そこのババアをここに連れて来い!」

「老い先短けぇババアなら、死んでも構わねぇだろう?」


中沢が、孫と一緒にいたあの老人を連れて来いと、自動小銃AK47を構えている仲間に指示をした。

老人は、孫をギュッと抱きしめ、中沢を睨みつける。


「わたしゃあどうなっても構わん!、その代わり、この孫だけは解放してやっとくれ!」


老人のその言葉を聞いた中沢が、何か閃いた顔をする。


「おい!、ババアはヤメだ。そのガキにする。そのガキをこっちに連れて来い!」


「ガキが犠牲になった方が、政府も黙ってらんねぇだろうからな…」


「ああっ!」

中沢の仲間に孫を引き離なされた老人が言う。


それを見た小田が立ち上がり、止めようとするが、銃を突き付けられ動けない。


「タケシッ!、タケシ~ッ!!…」

中沢の仲間に取り抑えられた老人が悲痛に叫ぶ。


「おばあちゃんッ!、おばあちゃんッ!…」

老人に手を伸ばし、泣きながら連れていかれる孫。


「ああ…」

目に涙を溜めたリョウが、両手で口を押えて言う。

隣の大柴は、その光景を冷ややかに眺めていた。


バーンッ!


その時、講堂の扉が勢いよく開いた。


振り返る大柴。

そして壇上の中沢や、ジュンら人質たちも開いた扉を見る。


(間に合った…)


僕は銃を構えている男たちが、子供を連れて行く姿を見て、そちらに向かって走り出した。

そしてバリケードを、ハードル飛びの様にヒョイとジャンプ!


「わあああ…」

銃を構えた男たちが、木刀を持って向かって来る僕に驚いて叫ぶ。


「らぁああッ!」

僕は子供を連れて行こうとしたやつらの肩口へ、木刀を振り下ろす。


バキッ!


「ああッ!」


ボキッ!


「うあッ!」


相手の鎖骨の折れた音。

やつらはその場に沈み込んだ。

これでやつらの腕は、もう上がらない。


すかさずジュンと小田は、やつらの落とした小銃を、急いで拾い集めた。


残りの2人を目がけて僕は走る。


「わわッ!…、わッ!」

銃を抱えているテロリスト。

だが、向かって来る僕に、なぜか撃ってこない!?


バキッ!


ボキッ!


「ぐあああ…ッ!」


肩口を押さえ、うずくまるやつら。


「ああッ!、これモデルガンじゃないッ!?」

敵が落としたAK47を手にしたジュンが言う。


「クソッ!」


ガーンッ!、ガーンッ!…。


壇上から僕目がけて撃ってくる中沢。

だが遠すぎて当たらない。


ガーンッ!、ガーンッ!、ガーンッ!…。


「素人だと、10m離れると当たらないってホントだな?」

中沢に笑いながら言う僕。


「くそうッ!」


ガーンッ!、ガーンッ!、ガーンッ!…。


壇上に向かって走って来る僕に撃ってくる中沢。

僕は横っ飛びでそれをかわす!


それを見て、どさくさに紛れて逃げようとするハリー。


「てめぇッ!、動くんじゃねぇッ!」

それに気づいた中沢が、壇上からハリーに向かって怒鳴る。


その時、壇上にいたカズが、後ろから中沢の背中を蹴った!


「わああああ~!」


両手を振ってバランスを崩す中沢。


ズダ~ンッ!


中沢が壇上から転落した。


その光景を、あっけに取られて見ていたフールズの1人から、バッと、イキナリ銃を奪うカズ。


「あッ!」

銃を取られたフールズの1人が言う。


(やっぱり、これもモデルガンだ!)

銃を手にしたカズが、相手の顔面目掛けて撃つ。


パンッ!、パパパ…パンッ!


「ぎゃッ!、痛ぇッ!」

顔を押さえるフールズ。


もう1人のフールズが、カズ目がけて撃つ。


パンッ!、パンッ!


「当たんねぇよ。シロウトめ!」

相手の弾を器用にかわすカズ。


「サバゲーはこうやんだよぉッ!」


パンッ!、パパパ…パンッ!


「ぎゃぁッ!」


カズの弾を顔に受けた敵が叫ぶ。


「ひょぉおおおおお~ッ!」

ハリーが叫びながら壇上へ駆けあがって来た!


両手で顔を覆い、フラフラと立っているフールズの2人。


「チョリソォ~ッ!」


ズダンッ!


「ぐあッ!」


ズダンッ!


「ぎゃッ!」


ハリーの柔道技を喰らったフールスメンバーの2人。

彼らは壇上で伸びてしまった。


「うう…」

腰を押さえながら、銃を手にフラフラと立ち上がろうとする中沢。


「らぁあああああ…ッ!」

尻餅をついている中沢目がけて走る僕!


向かって来る僕に気づいた中沢は、慌てて銃を構える!


僕は姿勢を低くし、居合抜きの型で木刀を下から上に救い上げ、中沢の手首を打つッ!


ビシッ!


「がぁッ!」


そう叫んだ中沢の手から、デザートイーグル357口径がふわっと上がる。

銃は高々と弧を描いて、僕の後方へと飛んで行った。


カシャ~ンッ…、カラカラ…。


居合抜きの姿勢をしたままの僕。

その後ろから、飛んだ銃が落ちる音が聴こえた。


「ううう…」

手首を押さえ、しゃがみ込んだ中沢。


「もうお終いだ!」

切っ先を中沢に向けた僕が言う。


「お前、こんな1丁だけの拳銃で、原発を止められると本気で思ってたのか?」

僕が中沢へ言う。


「くッ…、仕方なかった…。こんなはずじゃなかった…」

「武器の受け渡しが失敗したんだ…。でも予定は変えられなかった」

手首の痛みをこらえながら中沢が言う。


「武器調達が間に合わないから、精巧なモデルガンなら騙せると?」

僕が言う。


「へへ…、そういう事だ…」

悔しそうに中沢が、僕を見つめて言う。


「黒幕は誰だッ!?」


そう言った僕を、ニヤッと見つめる無言の中沢。


「いくらモデルガンばかりでも、これだけの爆弾を使ったテロを、お前らだけで起こすなど考えられんッ!」


痛みで額に汗をかいている中沢が、下を向いてクスクスと笑う。


「言えッ!…、黒幕は誰だッ…!?」


「それは私だよ…」

そのとき背後から、僕のこめかみに銃を突きつけた大柴が、不敵な笑みを浮かべながらボソッと耳元で言った。


「大柴さんッ!?」


リョウが、目の前にいる大柴に驚いて叫んだ。

大柴はさっき飛んできた銃を拾って、僕に突きつけていた。


ジュンや小田は、その状況を固唾を飲んで見つめている。


「お前か…!?」

銃を突き付けられてる僕が、振り返えらず、背中越しに大柴へ言う。


「まったく…、ホントに嫌んなっちゃうなぁ…」

「キサマはいつも、俺の周りでウロチョロ、ウロチョロしやがって、人の邪魔ばかりする…」

大柴が苛立たしく僕に言う。


「なんでこんな事をした!?」(僕)


「ふんッ…。良いだろう…、冥土の土産に教えてやる…」

僕の質問に大柴が言う。


「それは、俺がこのテロをやりたかったからだ…」(大柴)


「何んだと…!?」(僕)


「俺が原発が嫌いだからだ…」(大柴)


「ただそれだけの理由かッ!?」(僕)


「そうだ…。ただそれだけの理由だ」

不敵な笑みで大柴が言う。


「原発がホントは安全だろうと、実は原発が無くなると、日本の電力がやって行けないのが真実だろうと、俺には知ったこっちゃない…」(大柴)

「そんな知識なら俺だって知ってたさ…。だけど俺は原発が嫌いだ。だからこのテロを起こした…」(大柴)


「お前のイデオロギーの為に、何人犠牲になったと思ってるッ!?」(僕)


「革命とはそういうものだ…。チェ・ゲバラしかり、血が流れない革命などありえない!」(大柴)


「だから国民感情を煽って、そういう反原発の記事をいつも新聞にいっぱい載せた。そしたら国民はまんまと喰いついて来た…」(大柴)

フフフ…と、含み笑いをする大柴。


「新聞を利用して、情報操作したのかッ!?」(僕)


「仕方ないじゃないか、俺たちはジャーナリストと言っても、所詮はサラリーマンだ」(大柴)

「上の方針にそぐわなければ、出世の道が断たれてしまう…」(大柴)


「初めに答えありきなんだよ…、日本のジャーナリズムは…」(大柴)

「反原発が我が社の方針なんでね…」(大柴)


「だから、こうやりたいと思ったら、どんな手を使ってでも、たとえ嘘を書き散らしてでも、それを実行する!」(大柴)


「キサマッ!…」(僕)


「新聞も今や大変でねぇ…。だから国民感情を、煽って、煽って書き立てる!」(大柴)


「そしたら新聞も売れるんだよ…」(大柴)

嬉しそうに大柴が言う。


「一流大学を卒業していようが、中卒の社会人だろうが、こと政治の話になれば、ほとんどの国民は無知だ」(大柴)

「彼らに複雑な真実を新聞に載せても、興味がないから読みやしない!」(大柴)


「だったら単純な、“善と悪”という構図で、新聞に分かりやすい嘘を書いてみた。そしたらどうなったと思う…?」(大柴)


「新聞がバンバン売れるんだよぉ!」(大柴)

そう言うと大柴は、“ははは…”と笑い出した。


「気分良いぞ~!、考えてもみたまえ、自分が思うイデオロギーを、さも民意の様に書き綴ってみる」(大柴)

「するとそれが、本当の民意へと変わっていくんだ!、俺が勝手に書いた記事で、国民を躍らせれるんだよ!、思うがままにな…」(大柴)


「私を騙したのねッ!?」

泣きながらリョウが大柴に近づき怒鳴る。


「野中くん…、君はホント~~に、よくやってくれた」

「僕は君のHPを初めて見たときから、君は我々の目的達成の為に利用できると、すぐ感じたよ」


「君のHPのおかげで、たくさんの仲間が更に集める事が出来た」

「そんな仲間が、今回の自爆テロに喜んで命を捧げてくれた。君には本当に感謝するよ」


「酷いッ!…、私はこれ以上、目の前で人が死んでいく姿なんか見たくないのにッ!」

リョウはそう言うと、大柴につかみかかった。


大柴は銃を突きつけた僕の背中を突き飛ばした。

そして、つかみかかって来たリョウの手首をつかんで、銃を彼女に向けた!


「残念だなぁ~野中くん…。君は良いパートナーになれると思ってたのに…」

銃を向けられたリョウの顔が青ざめた。


「やめろぉ~ッ!」

大柴へ飛び掛かる僕。


バーンッ!


「ぐあッ!」


ズダーンッ!


振り向きざまに大柴が銃を撃った。

僕は左肩口に弾丸を受けて、その場に仰向けで倒れた。


口を手で押さえ、言葉を飲み込むリョウ。

後ろでは、僕の名を叫ぶジュンの声が聞こえた。


「がッ…、ううう…」


はぁはぁはぁ…。


倒れた僕の身体から、血がドクドクと流れ出した。


「お前だけは生かしちゃおけん…。お別れだ…」

倒れている僕へ、銃を向けた大柴が言う。


その時、大柴の目の前にカズがズイッと割って入った。


無言のカズが大柴を睨む。


「なんだお前は?…、先に撃たれたいのか?」

カズにそういう大柴。


「撃ってみろ…」


「ん?」


「撃てるもんなら撃ってみろッ!」

カズが大柴を睨みつける。


「そうか…、じゃあ先に死ねッ!」

大柴がカズに引き金を引いた。


カチッ…。


「ッ!?」

驚く大柴!


カチッ、カチッ、カチッ…。


何回も引き金を引く大柴が慌て出す。


「お前の拳銃は、デザートイーグル357口径。装弾数は9発だ」

「さっきあいつに撃った弾が、最後の一発だったんだよ…」


「なにィイイイッッ!」


その時、大柴の後ろに忍び寄っていたハリーが、やつの胴回りをガシッと抱えた!


「うわッ!」と大柴。


「チョリソォ~~~~ッ!」


ハリーの身体が思いっきり反り返るッ!

今度の技はプロレス技のジャーマンスープレックスだった。


ズガ~ンッ!


ハリーは見事なブリッジを決める。


失神する大柴。


皮肉にも、日本名「原爆落とし」の技に沈んだ大柴。

ブリッジしたままのハリーの爪先は、力強くピクピクと震えていた。


「救急車だぁッ!」

小田が叫ぶ。


ジュンとカズが、倒れている僕の方へ駆け寄って来た。

僕の名を呼び続けるジュン。


「お前が死んだら…、俺は自分の左手を切り落とすからなッ…」

涙目のカズが怒り顔で僕に言った。


「馬鹿な事を…」

ギタリストの命である左手を、切り落とすと言ったカズに僕が弱々しく言った。








「たった今、情報が入りましたッ!」

校門前にいるレポーターが、興奮気味に叫び出す。


「先ほど講堂前のデモ隊が、鎌大運動部の人たちによって制圧されましたが、今度は講堂内に立てこもっていたテログループの方も制圧された模様ですッ!」

「人質も全員無事ですッ!」


それを聞いた周りの人々や警察隊は、歓喜の雄叫びを上げた。

不二子もそれを聞き、ホッと胸を撫で下ろした。

乱闘が終わり、講堂前に座り込んでいた石井や運動部の連中も、皆笑みを浮かべていた。


「あッ…、ちょっと待って下さいッ!、犯人を制圧した民間人の1人が、犯人の銃で撃たれた様ですッ!」

追加情報で渡されたメモを読み上げるレポーター。


「撃たれた人は重体の様ですッ!」


それを聞いた不二子の胸が、ざわざわと揺れた。


「あッ!…、今、撃たれた民間人が担架で運ばれ、講堂から出て来ましたッ!」


停まって待機している救急車に向かって、急いで運ばれて行く担架。

担架の周りにはカズやジュン、小田が大声で言葉をかけて叫んでいる姿が見えた。


(まさか…ッ!)

不二子も担架に向かって駆け寄った。


担架の側まで近づいた不二子。

そこには人工呼吸器をつけられている彼の姿があった。


(だから行かないでって、言ったじゃない…ッ)

その姿を見た不二子は、顔をくしゃくしゃにして、涙をぼろぼろと流す。


剣道部の石井は、不二子が泣いているその姿を遠くから見つめていた。


「どなたか一緒に搭乗願います」

救急隊員が言う。


「私が行きますッ!」

不二子が言う。


「私もッ!」

ジュンも手を上げて言う。


「すみません。付き添いは1名まででお願いします」と救急隊員。


「あの人に任せろ…」

カズはジュンに向いてそう言う。


ジュンはもどかしい顔をして、カズを見つめた。


ピーポー…、ピーポー…。


救急車が走り出す。

それを不安げに見守るカズやジュンたち。


彼らの後ろでは、手錠につながれた大柴や中沢たちが警官に連行されていた。


「さ、あなたもこちらへ…」

三上刑事に同行を求められたリョウも、パトカーに乗せられていた。

パトカーの後部座席には、平松刑事が乗っている姿が見えた。


「彼女どうなっちゃうのかしら…?」

パトカーへ乗せられたリョウを眺めながらジュンが言った。


「彼女は大丈夫だよ…」

小田がジュンに言う。


「そうだ…。あの人は騙されて利用されてただけなんだからな…」

続けてカズも言った。



ピーポー…、ピーポー…。


救急車の車内では、両手を組んでうつむいている不二子の姿があった。

彼女はガクガクと震えていた。


ピッ…、ピッ…、ピッ…。


彼の寝ている傍の心電図が波を打っている。


(お願い…ッ、神様ッ…、彼を死なさないでッ…)

涙目の不二子が祈る救急車は、病院に向かって走って行った。





 1週間後。


4日前に意識が戻った彼の、面会謝絶が解けた。

不二子は大船にある、彼が入院している病院へ面会に行った。


病室に入る不二子。

そこには既にカズや小田、ジュンの姿があった。


肩に包帯が巻かれた彼は、ベッドから身体を起こし窓の外を眺めていた。


「どうなの具合は…?」

不二子が彼に聞く。


「左指がまったく動かない…」

彼が不二子に振り向いて静かに言った。


「どうやらもう、ギターは無理のようだ…」

悲しそうな表情で彼は言う。


「でもさッ…、これからリハビリとかやれば…」

リンゴを剥きながらジュンが言う。


ジュンのフォローが、無意味だとばかりに、彼はまた顔を窓に向けてしまった。


「そんな…」


不二子は顔を手で覆い、震えて泣いた。


「さ、俺たちは失礼しよう…」


一瞬の沈黙の後、カズがジュンと小田にそう言った。

彼らは不二子を残して病室を後にした。




病院を出た3人は、大船駅に向かって街頭を歩いていた。


「ねぇ…、彼は本当にもう2度とギターを弾くことができないの?」

カズへジュンがすがるように聞く。


「もう無理だろう…」

「あいつから弾き語りを奪った、これからの人生は残酷すぎる…」


カズがポツリと言った。


「そんな…、あんまりだわ…」

ジュンの目が涙で潤んだ。


しばらく黙って、駅へと進む3人。


商店街がある通りまで歩いて来た時に、ジュンが小田に突然聞いた。


「ねぇ小田さん…、原発は本当に危険はないの?」


「とんでもないッ!、原発はものすごく危険だよ!」

ジュンの誤解に驚いた小田が言う。


「でも小田さんは原発は安全だって…」とジュンが言いかけると。


「日本の原発施設は世界一安全だとは言った。でも100%と安全というわけじゃない」

「施設から漏れた放射能を大量に浴びると、発癌のリスクがとても高い…」

「やり方は賛同できないが、あのフールスの連中が言ってた事も理解できないわけではないよ…」


小田はジュンにそう言った。


「それにしても、あの時、政府は全然動いてくれなかったわよね?」

「もし彼が助けに来てくれなかったら、私たちだってどうなってたか…?」

ジュンが2人に言う。


「政府は僕らの為になんか、きっと動かなかったよ」と小田。


「えっ?、それって見殺しって事?」

ジュンが小田に尋ねる。


「結果的には見殺しになってしまうが、助けたくても助けられない事情があるんだ」(小田)

「政府にはもっと大きな理由があって、原発を止められないんだよ」(小田)


「それって、どういう事?、なんで政府は原子力を止めたくないの?」(ジュン)


「原発から生まれるプルトニウムが、核ミサイルに使われているのは分かるよね?」(小田)


頷くジュン。


「日本は今周りを中国、ロシア、北朝鮮に囲まれている。彼ら共産主義大国の核ミサイルに、日本は常に狙われているんだ」(小田)


「そうね、日本の周りの民主主義国といえば、台湾、韓国、それと国じゃないけど香港とか小さい国ばかりね…」(ジュン)


「彼ら共産主義国が日本を攻めて来ないのは、日本に駐留しているアメリカ軍が保有している核ミサイルが怖いからだ」(小田)


「極左の連中がアメリカを日本から追い出せと騒ぎまくっているが、この先、アメリカの経済力が落ちた時、アメリカは日本を出て行く事になる」(小田)


「そうなったら日本は丸腰になる。終わりだ…」(小田)

「だから日本政府も、核ミサイルを持とうと考えてるんじゃないかと僕は思う」(小田)


「考えすぎじゃないの小田さん」(ジュン)


「そんな事ないよ。1992年にフィリピンからアメリカ軍が撤退したら、95年にはフィリピンが所有する海域を中国人民解放軍が侵攻して来て、あっという間にミスチーフ環礁に軍事施設を建て占領した」(小田)


「先日、G7から外されたロシアだって、クリミア半島に侵攻したから、G7に参加できなくなったんだよ」(小田)


「当時のクリミア自治共和国は今の日本とまったく同じ状態だったそうだ」(小田)

「元々、ソビエト崩壊まではソ連だったクリミアには、親ロシア派の人間がたくさんいた。政治家にもマスコミにもだ」(小田)


「そういった親ロ派の連中が巧みにマスコミを利用して、戦争反対の名の下に軍備をどんどん縮小していった」(小田)

「またクリミアの国民も、のん気に戦争など起こるわけがないと平和ボケしてたんだ」(小田)


「そして骨抜きにされたクリミアはロシア軍にあっという間に占領されてしまった。これって最近のニュースだよ」(小田)

「日本にも、親中国派の議員やマスコミがたくさんいる。だから日本は今とても危険なんだ」(小田)


「だからって核ミサイルなんて、国民の賛同が得られなくちゃ作れないじゃない?」(ジュン)


「だから原発施設のプルトニウムを転用するんだ」(小田)


「核弾頭を積んだミサイルはどうするの?」(ジュン)


「JAXAが打ち上げている気象衛星ロケットさ。あれを転用すれば日本もすぐ長距離核ミサイルを作る事が出来る。日本の技術があれば簡単な話さ」(小田)


「だから原発施設は絶対に政府は止めなかったと…?」(ジュン)


「まぁ、あくまで僕の憶測だけどね」(小田)


「今回僕らが巻き込まれた様な、ああいう極左テロ事件の後ろには、いつも隣国のスパイが暗躍している」(小田)

「だから共産国は、日本に核を持たせない様、なんとしても日本の原発施設を止めたいんだ」(小田)


「やつらは国民の感情を巧みに操って、誠実な学生や弁護士、教師、はたまた芸能人やミュージシャン、文筆家や映画監督などもどんどん洗脳していく」(小田)

「そして、あのリョウという女性と同じように、人の心に付け込み、極左活動に巻き込んで行くんだ」(小田)


「恐ろしいわね…。ああいうテロは今後もなくならないのかしら…?」(ジュン)


「なくならないさ…」

カズが言う。


「ああいう極左連中は、至る所に潜んでいる」

「なんせ政権与党の幹事長自らが、どっぷりハマった親中派だからね…」

カズは日本の現状に悩むのを諦めた様に、吐き捨てた。


そう話す3人は、商店街を抜けて駅へと入って行く。



 彼らが通り過ぎた喫茶店の窓越しに、あの大柴のアシスタントをやっていた鳥川の姿があった。

彼は正面に座っている若者へ、熱心に何かを語りかけていた。


「だからさぁ…。やろうよッ!…、君も…。ミタイナ…」

そう言った鳥川は、ほくそ笑んだ。






 2週間後。

ここ最近、仕事が立て込んでいた不二子は、久しぶりに彼が入院する病院へ見舞いに出かけて行った。


花束を持って病室を開ける不二子。

だがその病室には誰もいなかった。


「すみません!、ここに入院していた患者はッ…?」

傍を通りかかったナースに尋ねる不二子。


「ああ…、ここの患者さんは退院されましたよ」とナースが言う。


「えっ…、でもリハビリは…?」と不二子。


「さあ…、なんか本人がリハビリを受けないと言って、強引に退院した様な…?」

ナースが思い出すように、首をかしげて不二子へ言った。


(どういう事…ッ!?)


ナースにお辞儀をした不二子は、急いで病院の外から彼のケータイへ電話を掛けた。


(お掛けになった電話番号は、現在使われておりません…。お掛けになった電話番号…)


彼の電話が解約されていたのに驚く不二子。

彼女は急いで、彼の友人のカズへ電話する。


「ああ…そうなんだ。家も、もぬけの殻だった。どこに行ったか誰も知らないんだ…」

電話越しでカズが不二子に言った。


(え…ッ!…、どういう事なの…!?)


スマホを切った不二子に不安が走る。


あなたは…、あなたは一体、どこへ消えてしまったのッ!?




To Be Continued…。


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