二人で過ごす休日の朝
ジリりりりり♪ジリリリリ♪りりりりりり♪!
大音量の懐かしの目覚まし時計の音で、男は、一度に覚めた。そして届く声に驚いた。
「おはよう、起きた?そんなにヨレヨレで痩せちゃって!情けないの!」
あーあー、カバーリングも、いつからお洗濯してないのよ!ほら起きて起きて!先ずは洗濯機かけなきゃー、せっかく戻って来たのに、何が悲しくて家中の大掃除とお洗濯なのよ!と布団を剥がす、亡き妻、夏菜子。
実体を持ち、側にいる。
「か、夏菜子か!」
慌てて起き上がると勢いのまま、布団を持つ手を勢いよく掴む夫。柔らかく温かい血潮流れる身体を感じる。最後の別れの時の無機質な冷たさは無い。
彼の目から涙が溢れてくる。流れるそれを見つめる妻。取り敢えず離してくんない?と生前変わらぬツッコミを入れられた。
「大丈夫、消えないし……そうよ、貴方の『声』を魔女が冥府に届けたのよ、私は王に呼び出され聞かれたの、どうするかと……、私は対価と引き換えに『蘇り』を手に入れた。話せるのはここ迄」
優しく微笑みながらそう話すと、枕元のテッシュを取り上げ夫に渡す。それに安心をした彼は、そろそろと掴んだ手を解いた。
「なんだよ……泣いてるのがおかしいのか?お前、何で泣かないんだよ、逢えて嬉しくないのか?」
チン!と鼻をかみながら照れくさそうに話す夫。
「嬉しいわよ、そうでなけりゃココに来れなかったわ。でもね、この身体は紛い物なの。確かに死体ではない、生者の温もりが宿っている。だけど……、涙は流せないの、ごめんなさいね」
サバサバとそう言うと、さっ!『一分一秒』を大切にしなくっちゃ!そういう決まりなんでしょ?と剥がしたカバーリングをくるくると丸めて抱える。決まり、その言葉を聞いて夫は昨夜、手首に言われた通りに嵌めた時計に目をやった。
「……動いてる……少しつつ進んで……あ、さっきの目覚ましってこれからだった様な」
「なに?それ時計なの?文字盤変わってるわねえ……、時間が勿体ないから、早く起きていてね」
身を寄せ少しだけそれを眺めた夏菜子は、パタパタと部屋から出て行った。ベッドの上で座ったままの夫は、それを見ている。昨日の事を思い出していた。
……、そういやあの店主、夏菜子は魔女とか言ってたけど、確か『86400時計』と言っていた。
その数字が気になったので、枕元のスマホで数字を調べてみる。そこにはこう書かれていた。
『24時間=86400秒』
「え?そうなんだ。じゃ、これがぐるりと、一周すれば……」
夏菜子との別れが来る。コチコチというよりもジワリジワリと進んでいる文字盤の針を見ていると、キッチンから鋭い声が上がった。
「ちょっと!早く来てよ!信じられない、もう!」
「あ!ごめん、すぐ行く」
彼は慌ててベッドから下りると、呼ばれた場に向かう。彼女が言っていた言葉が胸に固まっている。
『一分一秒が大事』
……、そう、そうだ、限られた時間の中なんだ。無駄にしちゃいけない。
「下のコンビニに、買い物行ってきて!」
キッチンに入るなり、そう言われた彼。冷蔵の前で仁王立ちになっている夏菜子。
「え?何で?」
「なんにも無いじゃない!パンも卵もハムも……あるのは魚肉ソーセージとチューハイ、ビールだけなんて、冷蔵庫……、見事に空っぽじゃない」
「あ……、うん、ごめん。今、家で食べる事があんま無いから……、その。色々思い出しちゃって、ごめん」
膨れる妻に頭を下げる夫。
「んー、まあ……先に死んじゃった、私のせいだから……、んー、どうしよっか。下のコンビニによく行ってたのよね、流石に『私』が行ったらヤバいでしょ、幽霊が出たとか、噂になりそうだし……、食べたい物買ってきてよ、あと調味料ね、マヨとかケチャップとか……行く前に顔を洗って髪とかしてね」
少しだけ寂しそうにそう言った。顔を上げた彼は、再び泣きそうになる。限られた時を無駄にしたくない、そう強く思い、言われた通りに身支度を済ますと、財布を片手に部屋を出た。
――、クロワッサンにサラダチキンと野菜を挟んだ物に、インスタントのコーヒ、カットフルーツ、夏菜子特製のチーズ入りのスクランブルエッグ、休日の朝に何時も作っていたメニューが、食卓の上に並べられた。
「一人でお使い良く出来ました!」
「なんだよそれ……、美味そうだな」
うふふ、食べよ、久しぶりねぇ……、と椅子を引き、何時もの席に何時もの様に座る夏菜子。その向かいの席に座っている彼もまた、久しぶりに空腹を感じていた。
「ヨーグルトなかった?」
「あー、忘れた、後で買ってこようか」
「んー、スーパーのネットで頼むからいいよ、午前中に頼めば、夕方に配達してくれるし、そっちのが安いから」
「昼はどうするの?」
「ピザ頼もうよ!デザートもあるし……て、朝ご飯食べながら何話してんだろ、やだわー、あ!洗濯機止まったし」
普段の会話が広がっている。ほんの数カ月前の『普段』が戻って来ている。
「美味しいな、味がある……」
素直な感想が口をついて出る夫。
「美味しいなは、嬉しい、だけど味が有るってのは、なんか違う、いただけないな」
フォークでパインを突き刺しながら、むくれる妻。
「あー、だってさ、一人だと、何食べてもわかんなくて、夏菜子がいないとほんと、だめなんだなって」
「うん、ダメダメ、部屋の中ホコリまみれだし、シーツもパジャマもくんくたんだし、洗濯物溜まってるし、ゴミだけ溜めずに出してるのは、褒めてあげる」
つけつけという妻の言葉に、だってさ……とむくれる夫。
食卓の上には、二人分の皿が並べてある。お揃いのマグカップにはコーヒー。
話を交わしながら食べる時。
味わう時。笑う時。文句を言う時。
むくれる時。あやまる時。許す時。
キッチンに、普段の時が戻って来ている。
「ご飯食べたらどうする?休日だし、どこかに行く?」
夫は何時もの様に妻に聞く。
「んー、帰ったら洗濯物畳むのが面倒くさくなっちゃう、家で過ごさない?」
妻はそれに普段と変わらず応える。
穏やかな幸せな時が、生まれている。寒々としていたその部屋に、つかの間の温もりを創り出していた。
一秒、一秒……時は止まらずに進んでいる。