名前
ジャンル別日間ランキング7位でした!!
嬉しい限りです!
週が変わり、月曜日の朝。
眠気を誘うような呪文のごとき午前中の授業が終わり昼休みになった。
今日も例外なく、目の前には弁当を広げている彼女が座っている。
周りの男子たちが『いただきます!』と力強い声を発したと思うと視線をチラッとさりげなく...ではなく顔ごとこちらに向けている。
だが何にも反応してもらえず、男子たちは落ち込みながら弁当を食べ始めるという最近の恒例になりつつある一連の行動を尻目に俺も弁当を食べ始める。
食べている最中にチラッと視線だけを目の前に向けるとそこには美味しそうに弁当を食べている顔が映りこむ。
前から思っていたことだが、食べているときは本当に幸せそうな顔をする。
この前の土曜日の時もそうだ。
喫茶店のパフェを食べているときもこちらにまでその幸せな感情が伝わってくるほどだった。
土曜日...。
そこでふと喫茶店での出来事がフラッシュバックした。
「(そういえば間接キスしたんだよな...)」
顔に熱を帯びてきて、急にフラッシュバックしたものを振り払うように顔を左右に振る。
ようやく忘れかけていたのにまた思い出してしまった。
「大丈夫?」
俺が急に変な行動をし始めたので心配になって声をかけてきた。
俺は咄嗟にその言葉に反応する。
「だ、大丈夫だよ。心配しないで『柚木』」
俺がそう言った瞬間、ガヤガヤとしていた教室が静まり返った。目の前にいる彼女すらもピタッと動きを止めている。
急に静かになった教室の空気に俺は周りを見回す。
え、なに。どうしたんだ。
理由がわからない俺はただ狼狽えることしかできない。
だが、この静寂の答えはどこかからポツリと聞こえてきた。
「...名前」
名前?え、だって南木柚木だから柚木で合ってるはずだよな。
本人からもこの前そう呼んでって...言われ...たし...。
自分が何をしでかしたのかをちっぽけな脳みそが答えを出した。
それを理解し始めたとともに段々と全身から汗が噴き出してきた。
「みんなの前でそう呼ばれるとは思わなかったな、『颯真』君」
照れた様子でそんなことを言う目の前の美少女。黄色い声を出すクラスの女子たち。呪詛を唱え始める男子たち。
え、何それ、怖っ!
「いや、これはこの前の土曜日に一緒に出かけたときのこと考えてたからで!」
俺の言葉を聞き、女子たちの熱と男子たちの殺気が上がる。
殺気は抑えて!マジで!!
黄色い声と殺気溢れるカオス状態な教室。
どうすればいいのかわからない俺は助けを求めるしかない。
「ね、ねぇ、南木さんからもほかの人たちに何か言ってよ」
「...」
え、この状況で無視する!?
「ね、ねぇ...」
「...」
ツーンとした表情でプイッと顔を背けている。
え、えぇー、さっきまで普通に話してなのに急にどうした?不機嫌になるポイントなんてあったか?
必死に頭を回転させ、ある一つの答えに達する。
先ほどと違う点というとそのことしか思い浮かばない。俺は恐る恐る口を開く。
「ね、ねぇ、柚木?」
「なに、颯真君?」
や、やっぱり名前で呼ばないと反応してくれないみたいだ。
「南木さん?」
「...」
「柚木?」
「なに?」
「南木さん?」
「...」
「柚木?」
「なに?」
何回か繰り返しているうちに楽しくなってきた。
こう、素っ気ない猫が急に懐いてくれる感じみたいな。...俺は何を言っているのだろうか。
自分で何を言っているのかわからなくなったところで現実へと意識を戻す。
先ほどのやり取りのせいで余計に逆撫でしたようだ。男子たちの視線が死線へと見事に変貌していた。
どうしようかと思っていたら、それを見かねた神様が手を差し伸べてくれたように予鈴が鳴った。
それを聞いた柚木は、「あ、じゃあもう戻るね。またね、颯真君」と言い残してクラスを後にした。
いつも通り教室に一人残された俺は死線に怯えながら次の授業の準備をする。
「さすがだな、颯真く・ん」
「おちょくるなよ!」
近くに来た滝川にからかわれる。
ケラケラと笑っている滝川を一睨みする。
「それにしても颯真に彼女ができるのもそう遠くないかもな」
滝川は「さすが南木だな」と感心している。
「いや、どう見たらそんな言葉が出てくるんだよ」
俺は呆れたように滝川を見る。
「まぁそのうち分かるだろ」
笑いながらそう言ってくる滝川の言葉の意味が分からないまま先生が教室に入ってきた。
強制的に会話を中断させられて言葉の真意を聞けなかったがどうせ滝川の妄言だろう、と心の隅に押しやった。
『面白い』『続きが気になる』と思ってくださった方はブックマーク、評価投稿をお願いします
評価投稿や感想は作者のやる気が上がります!
しかも嬉しいです!
明日、明後日は柚木視点になります!