第96話「衝撃の事実」
京子は地面に顔を向けながら泣き続ける。
真も奏もその光景を憐みの目で見つめ、彼女の心境に同情を寄せる。やっと本音が言えた。彼女はそれだけでとても嬉しかった。
「京子さん、顔を上げてください」
「えっ……」
「姉さん、京子さんは身を切る覚悟でここまで来てくれたんだよ。だからお願い。ここは僕に任せてよ。姉さんには迷惑をかけないようにするから」
「黒杉家の連中と関わるのは極力避けたいんだけどな。また不当解雇にでもされたら困るし。あんたさ、自分が真をとんでもない事に巻き込もうとしている自覚はあるか?」
「……はい」
「真はあたしの大事な弟だ。もし真に何かあったら、あたしはあんたらを絶対に許さない。あたしはあんたを信用したわけじゃないし、レジスタンス新聞と黒杉財閥の争いに巻き込まれるのは御免だ」
「……」
無理もないですね。お兄様が一度手をかけた相手ですし、これじゃUSBメモリを返してもらえないのも無理はないですね。
唯一の証拠であるこれを奪われればチャンスは永久に失われる。万事休すですね。
「だが、いつまでも婚活法につき合わされるのも真っ平御免だ」
「「!」」
「真に被害が及ばないように配慮してくれるか?」
「もちろんです。たとえこの身を盾にしても、真さんには被害が及ばないようにすると約束します」
「京子さん」
「真、その情報を公開したらしばらく身を隠せ。京子さん、しばらくは真を安全な場所へ避難させる用意はできているか?」
「はい。任せてください」
「ほら、これが必要なんだろ」
真は奏からUSBメモリを渡される。
今後の日本の運命をかけたたった1つの希望。真はそれを受け取ると、それに伴い役目を終えたと感じた京子も帰っていく。
「真さん、奏さん、色々お世話になりましたね」
「全くだ。分かったらもう、二度と来るな」
「姉さん、言いすぎだよ」
「――そんなのこっちから願い下げです。庶民の家はあたしには狭すぎますから」
「言ってくれる」
「では、ごきげんよう」
真たちはとんでもない爆弾を受け取ってしまったと自覚する。真はあまりのプレッシャーに耐えかねて腹痛を起こし、手で腹を押さえている。
「いてて――」
「真、大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫。何だかテスト前にもこんな事があった気がする」
「テスト前はいつも腹痛だったもんな」
「でも、引き受けたからには絶対に成功させたい。一歩間違えば国家反逆罪だけど……僕はそれでも……正しい事をしたいんだ」
「ふふっ、分かったよ。真がそう言うならあたしも最後までつき合う。やっぱあたし、真を手放して結婚なんてできないかも」
「姉さん」
「あっ、スミちゃんからメールだ……ええっ!?」
「どうした?」
「スミちゃん、さっき家の中で倒れて、今病院にいるんだって。ちょっと行ってくる」
「おい、USBメモリはどうするんだよ?」
「あっ、そうだった。僕の部屋にある引き出しにしまってから行くよ。姉さん、念のために留守番をしながら僕の部屋をガードしててくれないかな?」
「分かった。行ってこい」
「うん」
真はメールで病院の名前を聞きながら菫のいる病院へと向かう。
午後3時、真は菫がいる病室まで行く。
「スミちゃん、大丈夫っ!?」
「マコ君、病院では静かに」
「あっ……ごめん」
真は周囲を見渡しながら赤面する。
彼は居ても立っても居られない状態である事に気づき、ようやく冷静さを取り戻す。菫はベッドの上で座りながら小説を両手に持ちながら黙読している最中であった。
「スミちゃん、まさかとは思うけど、重い病気とかじゃないよね」
「そんなわけないでしょ。ただ、病気よりもずっと厄介かもしれない」
「病気よりも厄介?」
「うん……私、妊娠したみたいなの」
「ええっ!? ――今何ヵ月目なの?」
「今3ヵ月なの。責任取ってね。ふふっ」
真は彼女の台詞からすぐに自分の子供である事を自覚する。
こんな大事な時期に大切な彼女を妊娠させてしまった。その事が彼の脳裏をよぎる。彼女は腹部を優しくさすりながらまだ見ぬ我が子の出産を夢見ている。彼女は子供が生まれる事を心から楽しみにしているものの、真には受け入れられる覚悟がなかった。
「――スミちゃん、ごめん」
「何で謝るの?」
「だって僕、父親になる資格もないし、それに僕がスミちゃんの勢いに負けたせいでこんな事になって、本当に申し訳ない」
「事の発端は私だから責任は半々だよ。それに私、マコ君の彼女で本当に良かったと思ってる。私はもう覚悟はできてる。どんなに時間がかかっても良い。マコ君の覚悟ができるまではずっと待ってるから、今すぐ決断しろなんて言わないよ」
「スミちゃん……」
菫はその見た目とは対照的に、心は立派な大人であった。
本来であれば微笑ましい事であり、これを喜んであげなければ我が子に対して申し訳ない。そう思う彼女の心に迷いなどなかった。だが彼女は今の真の立場を知らない。
これを知ったらショックを受けるだろうか。
菫は真のハンドルネームを知っている。それが彼にとっては災難であった。菫もまた人気上昇中のフリーコンポニストとなっていた。もうすぐメジャーデビューが差し掛かっていた彼女が妊娠した今、その夢はしばらくお預けとなった。
真はベッドのすぐそばにある椅子に座りながら落ち込むのであった。
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