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第95話「血に染まる十字架」

 真は外から入ってきた人物は慣れたようにリビングへと上がる。


 その人物はスパイとは思えない高級な服を着て彼の前に立っている。


「……何故京子さんがここに?」

「まだ分からないんですか?」

「じゃあ、もしかして……」

「ええ――あたしがレジスタンス新聞のスパイです」

「!」


 真が驚いた顔のまま固まっている。何を隠そう、真の前に現れたのはあの京子である。彼はずっと信じられないと言わんばかりにポカーンとしていたが、彼女はそれを見てクスッと笑っている。


「もう会いたくないって言ったのに、まさかこんな形で再会するとは思いませんでした」

「信じられないです。あなたは黒杉財閥の人間のはず」

「あたしは黒杉財閥の人間ではありますが、黒杉内閣の人間ではありません」

「じゃあ、あなたは最初から赤羽さんに協力していたんですか?」

「ええ、そうです。あたしが初めて赤羽さんと会った時、あたしは彼に黒杉財閥の栄光の裏側を聞かされたのです。これ以上お父様の治世が長引けば、また罪のない人々が被害を被ると思って、表面上は敵同士を装いながら密かに協力していたのです」

「という事は、赤羽さんに総理官邸のマスターキーを渡したのも、重大な国家機密の『証拠写真』を撮ってレジスタンス新聞に提供したのも――」

「ええ、あたしです。あたしは黒杉家の内部から情報を集め、色んな方々に婚活法についての調査を依頼していましたので」

「でも、慎吾さんにマスターキーを渡すタイミングなんて……!」

「さすがに気づかれたようですね」

「総理官邸のダンスパーティの時ですね。赤羽さんと京子さんが唯一接触したあの時、京子さんは赤羽さんをなだめるふりをしてマスターキーを渡したんですね」


 慎吾はダンスパーティ開催前、京子の胸ぐらを掴み威嚇していた。


 その時に死角からこっそりとマスターキーを彼のポケットへ入れたのだ。真は気づきこそしなかったものの、京子の手の動きに不審な点を感じていた。


「さすがは幼馴染の結婚を阻止しただけの事はありますね」

「あ、あの話は忘れてください」

「いいえ、忘れられません。あたしはあの時からあなたが好きだったんですから」

「赤羽さんに5時までだと言ったのは、タイムリミットを伝えるためだったんですね」

「そこまで覚えているとは、あなたも隅に置けませんね」

「それで、証拠の写真というのは?」

「この中に入っています」


 京子がバッグの中から『USBメモリ』を取り出す。それを見せびらかすように顔と同じ高さまで持ってくる。


 その時だった。


 奏が横から京子が持っているUSBメモリを素早く奪い取る。


「あっ、ちょっと! 何するんですかっ!?」

「姉さんっ! どうしてここにっ!?」

「話は聞かせてもらった。リビングの下をちゃんと確認しなかったのが運の尽きだったな」


 奏はそう言いながらリビングの下にセロテープで貼り付けにしつつ、通話状態にしたままのスマホを取り出してみせる。


「! 何故そんな事を?」

「もしこの事が黒杉財閥に知れたら真はどうなる?」

「そ……それは」

「下手をすれば真もあんたも国家反逆罪で捕まるぞ。それに何で黒杉家の一員であるあんたが黒杉家を裏切るような事をしたのか、ちゃんと説明してもらおうか」

「――あたしは小さい頃から黒杉家の女として、優秀な婿を迎えるための教育を受けてきました。でもあたしはもっと自由で楽しい家庭に生まれたかった。家庭内はいつも冷たい空気で、みんな勝負事に勝つ事しか頭になくて、とても冷たかった。あたしが大学を卒業して黒杉グループの株を貰って資本家になった頃、黒杉家の分家の者たちに誘拐されたのです」

「誘拐?」

「ええ、あたしはそこで何日も幽閉されました。黒杉家に生まれたばっかりに、身内同士の権力争いに巻き込まれて、しかもお父様はあたしに身代金を全く払おうともせず、この事件自体を隠蔽して、女だからと見捨てたのです」

「酷い」

「そんな時にあたしを助けてくれたのが――赤羽さんでした」

「赤羽さんが?」


 京子は赤羽に助けられた時の事を思い出す。


「そうです。あたしが黒杉家の実態を知ったのはその時でした。あたしは黒杉家が居酒屋チェーンを通して多くの人々にありがとうを届けてきた陰には、たくさんの人々や店舗の犠牲があったのだという事を知りました。強引に他の場所の店舗を買い占めたり、周囲の競合店舗を閉鎖に追いやったりして、それで数多くの自殺者も出しています」


 京子はずっと孤独に戦ってきた。


 表面上は敵を装わなければ怪しまれる。だから慎吾の話を聞いても平気なふりをしなければならなかった事が、彼女の心をより一層傷つける。


 黒杉家の一員である事を証明するために憎まれ口を叩き、その度に恨まれる事は、もはや彼女にとっては限界だったのだ。


「今、黒杉財閥は、犠牲になった人々の血に染まっています。だからっ! 一刻も早く……こんな世の中を終わらせて、あたしは黒杉家におさらばしたかったんですぅ! あああああぁぁぁぁぁ!」


 突然、京子が今までの我慢を吐き出すかのように泣き出す。


 真はこの時になって初めて京子の心境を知る。ただでさえずっと黒杉家の娘という十字架を背負ってきた彼女にとって、真は心の支えであった。だから彼女はなかなかカップリングを解除しようとしなかったのだと。


 だが真に振られてしまった今、彼女に残っているのは家に対する反抗心のみ。


 本当は真を巻き込みたくなかったのは京子も同じだった。

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