第94話「国家機密」
樹が慎吾から話を聞いてから真を呼び出すまでの間、彼はずっと悩んでいた。
この時、真は人気アフィリエイターとなっており、特に婚活法によって行われた婚活イベントの経験を語る動画や記事が人気を博していた。
彼は彼女持ちである事も公表しており、婚活法によって恋人ができた成功例と見なされていた。
収入面では姉である奏をついに上回り、家にお金を入れたり、両親に仕送りをしている事も人気の理由となっていた。
「立花さん、話って何ですか?」
「ああ、実はな――」
樹は真にレジスタンス新聞が入手した黒杉財閥に関する国家機密を公表する。
黒杉財閥は諸外国との問題を解決するべく、密かに核兵器を開発していたのだ。唯一の被爆国である日本において、核兵器の開発など言語道断である。明らかな憲法違反だ。だが何でも力で解決してきた黒杉財閥の陰謀は、もはや歯止めが利かない領域にまで達していた。
かつてレジスタンス新聞が総理官邸から盗み出したのがこの情報である。
婚活法は核兵器開発にかかる資金集めの手段であった。軍事兵器の開発には多大な資金がかかる。そこで少子化対策や経済の活性化といったもっともらしい理由で婚活法を施行させ、婚活イベント参加者からは消費税を、婚活イベント会社からは婚活税を軍事費として徴収していた。
全てを知った真は静かに怒りを露わにする。彼の握りこぶしはプルプルと震えていた。
「――それじゃみんな、核兵器の開発のためにずっと婚活をさせられてたって事ですよね?」
「ああ、黒杉内閣は俺たちをテロ組織呼ばわりしてるけど、大勢の国民を裏切っているあいつらこそ、この国最大のテロ組織だ。本当のテロ組織はどっちかをみんなに教えてやろうとは思わないか?」
「……分かりました。それで、僕はどうすれば良いんですか?」
「金曜日の午後8時に、この情報と証拠となる写真を掲載した記事と解説動画をできるだけ多くの人に拡散させてほしいんだ」
「証拠の写真はあるんですか?」
「今そのデータはレジスタンス新聞のスパイが持ってる。明日そいつに会って受け取ってくれないか?」
「わ、分かりました」
「この国の未来はお前にかかってる。恐らくこれが黒杉財閥を倒す最後のチャンスだ。この手を逃したら俺たちはずっと生き地獄を活きる事になる。俺たちの子供や孫の代まで十字架を背負わせるわけにはいかねえんだ」
「はい。必ずやり遂げてみせます」
真は使命感を持ちながら真剣な眼差しで彼らの期待に応える決意をする。
「明日の午後12時、スパイがお前の家に行くから開けてやってくれ。奏は会社なんだろうな?」
「はい、姉さんを巻き込みたくないんですね?」
「ああ。あいつをこれ以上巻き込みたくはないし、正直に言うと、お前を巻き込む事にも抵抗はあった。でも俺が知っている中で、ネット上で影響力がある奴はお前しかいなかったんだ。本当に済まない」
「良いんです。こんな僕でも、世の中に貢献できるなら、喜んでやります」
「ありがとよ。これは国家機密だから、誰にも内緒だぞ」
「はい」
真は決意を胸に八武崎家へと帰宅する。
家では突然樹に呼び出された真に奏が尋ねる。
「真、樹と何を話したんだ?」
「大した事じゃないよ。婚活イベントをどう過ごすかを話し合ってたの」
「嘘ばっかり」
「えっ」
「真は嘘を吐く時、相手の目を見ないで話す癖がある。あたしに嘘は通用しないぞ」
「……姉さん。今回ばかりは何も話せないよ」
「何でだ?」
「姉さんを巻き込みたくないから。詳細は然るべき時が来たら必ず話す。だからそれまでは静かに見守っててほしいんだ」
「――しょうがねえな、分かったよ」
「ありがと」
真は嘘を隠すのが得意ではない。だが今回は嘘だとばれていたとしても、どうしても隠し通したいという意志だけを奏に伝え、いつものように手洗いうがいを済ませて2階へと上っていく。
スパイってどんな人だろう。
確か黒杉内閣はずっとレジスタンス新聞に情報を提供し続けたスパイを追っていたんだよね。そんな人と接触するんだから、絶対に危険を伴うに違いない。
立花さんの言う通り、姉さんを巻き込むべきじゃない。
真はそんな事を考えながら秘密裏に国家機密を暴露するためのブログ記事作成を進めていた。凍結されても良いようにデータのコピーも作っていた。
入念に準備をした上での投稿は初めてだ。
翌日――。
奏が八武崎家を出ると、真は奏が家を出た事を確認した上でメールを確認する。
メールには樹からのメッセージが届いていた。
『午後12時前に玄関の鍵を開けておいてくれ』
あぁ~、なるほどねぇ~。
インターホンの音もなく入りたいって事は、近所の人にも悟られたくないって事か。僕、何でこんな役目を引き受けたんだろ。一歩間違えば消されかねない事なのに。
でも、このまま婚活法が続けば、男性恐怖症であるスミちゃんの身が持たない。僕が行動を起こしたのはスミちゃんのためでもある。
午後12時、真は既に玄関の鍵を開けている。誰がいつ入ってきても良いように。
予定通りの時刻に扉が開き、外から1人の人物が物静かに入ってくる。
「どうにか約束は守ってくれたようですね」
「!」
真は意外な人物の姿に驚きを隠せなかった。今までに見た事がある人の顔だ。でも何でこの人がスパイとしてここに来たんだろう。
彼はそんな事を考えながらスパイを迎え入れるのだった。
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